【第二部】第二章「蒼白の月夜 Side-B-(一)」



 大学を出て五年ほどしたときの話。俺は猛烈に金が欲しかった。その中で「土地がとても売れる」ってことに気が付いたのだ。不動産はかなりの価値がある。持ってる奴は持って無い奴よりも強い。俺は、団塊世代のバブルの時期に荒稼ぎした世代の人間をターゲットにして、いっぱいお金を頂こうと考えていた。そしてカモにしようと大学時代の友人「すーりゃん」に電話を掛けることにした。


こいつは経済学部出身だが、結構頭がいいくせに、人が良すぎて、俺にとって一番利用しやすい駒だった。疑わないし、騙しやすいし、人が良すぎるし。俺のことをどう思っているのかは知らないけどな。




**


 「……はい、もしもし」


 「あ、『すーりゃん』、俺だよ俺、オレオレ」


 「あ、うちはオレオレ詐欺、結構なので」


 「あひゃひゃ、すーりゃんなら乗ってくれると思ったよ。うっれしいねぇ!!」


 俺はすーりゃんを小馬鹿にしながら話をしていた。こいつは余裕がないのか。忙しいのか。口調でよーく分かるぜ。せかせかとした感じがな。どうせ就職難に差し掛かる時期だ。すーりゃんも決していい環境ではないはずだ。仕事にありつけたら大したもんだ。誉めてやろう。さてはさて、すーりゃんは就職失敗組かなぁ?


 「なんなんだよ、今、俺は忙しいの!切るぞ」


 「あー、待って待って!あのさ、三分でいい、三分、俺の話を聞いてくれ。『これはビジネストーク』だ」


 「……」


 交渉戦術その一。話を押しのけられたら、譲歩しながら、話をするべし。五分ないし、三分は短時間だが「それくらいならぁ……」と思ってくれる間合いだ。「相手の集中力を切らさないトークスキル」と「興味のある話題」さえあれば、会話の時間を延ばすこともできるのだ。「金の困ってる奴には金の話を、女に困ってる奴には、女の話」をすればいいのさ。たとえそれが絵に描いた餅だったとしても、騙して本物にできればいいのだから。


 俺はすーりゃんに悲しい声色を作って言った。


 「最近さぁ、とーっても困ってるんだ。会社を立ち上げるのに、出資金が必要で必要で。そして一発儲けるために子会社を作ったから儲けたいのだよ」と。すーりゃんは人がいいので、しばらく悩んだ後で乗ってきた。しめしめ釣れた釣れた。


 「……で?どこに行けばいいの?」


 「鏑木市の駅前に来てくれ。『竜門口』の方に三時に来てくれ。お茶飲みながら話そうじゃあないか」


 俺は電話を切るとにやりと笑った。




**


 俺は駅に先に着くと、「すーりゃん」と、「ただやん」を会わせた。ただやんって男は、俺が「就職活動」と称しながら、悪巧みをしつつ、世情調査しているときに、会社のグループディスカッションで会った奴だ。すっごい、人がいい正義感のおぼっちゃまだ。集団面接の後に俺のことを気に入ったらしく、意気投合して、酒を飲んだりして付き合っているが、すっかり俺に気を許している。財布を掏(す)ろうと思えば掏れるんじゃないかと思うくらいにな。こいつも物好きだと思うぜ。俺なんて人間に構ってんだからな。そして、もう一人の俺の駒だ。法学部出身で、弁護士を目指して勉強している奴だから、俺にとっては有力な戦力になるはずだ。




 駅前の喫茶店に、俺はすーりゃんとただやんを連れていった。そして席についた。


 コーヒーがそれぞれに届いた。すーりゃんはコーヒーにミルクを入れ、砂糖を入れて、マドラーでかき混ぜながら、俺に電話で聞いたことの質問をしてきた。俺には胸の内に秘めた大きな計画があったのだが、全てを明かしはしない。いや明かすわけにいかない。


 「……で、どんなことをしたいんだ?」


 「あはは、ちょっと待ってな」


 俺は笑いながらタブレット端末を取り出すと、「老人のカモの写真」を見せた。病室で窓を眺めながら、佇む一人の老人。これはあらかじめ、「こいつらを騙すため」に仕立てたものだ。


 「ある老人。身寄りのない奥さんも先立たれて、子どももいない資産家だ。世の中が高齢化して、こう言うお金持ちな、資産家のご老人が増えているのさ」


 「まぁ、昔は景気が良かったからなぁ。戦後の後の高度経済成長期に、たくさん稼いだんだろうよ」


ただやんは頷きながら言った。そして、俺はもう一枚の「若いカモの写真」を見せた。


 「ここには一人の家族がいる。これはある家族だ。そうだなぁ、娘が二人いて、今ちょうど中学生くらいだろうか。幸せそうな家族だよ。あははっ!」


 「……で、そいつらに、なんの関係があるんだ?全く、赤の他人じゃないか」


 すーりゃんは疑問に思ったのか、俺に質問をした。俺は「頭の悪い男だ」と心では思いながら、すーりゃんを窘(たしな)めた。いけない丁重に扱わないと。




 「まぁまぁ、落ち着きなさいな。今この家族の『お父さま』は、将来に向けて家を建てようとしてるんだ。ただ、土地も無いし、家を建てるにもいい場所がない。とーっても土地が欲しい。そこでだ。『仲介業者として』身寄りのない老人から、土地の資産を『時価の五割から七割』で買い取って、それを将来有望な、若いお父さんに『相応の価格』で売ると。そこに仲介手数料や少し施工企業を仲介して、マージンを頂いて儲けるわけですよ」


 俺は得意げに話していた。実はこのビジネスにはカラクリがある。だが、今はそれを話すわけにいかないのだ。興味津々に、ただやんは聞き入っていた。「財産権」とかいろんなことは、実はなんとかなるものさ。要は頭の使いようだ。俺は頭がいいからな。


 「身辺整理に関しては、俺らが老人と一緒に手伝いながらやってるのさ。必要とあらば、俺が出向くしなっ。それに『法律の専門家のただやん』がいるし。お金に関する計算はすーりゃんがいるし。俺らにできないことはないだろっ?あははっ!」


 「おいおい、買い被りすぎだろ」


 ただやんは照れていた。しめしめ、すーりゃんはちょっと慎重になっているな。俺はこいつらを落とすために、カバンを漁って、小細工した通帳を彼らに見せた。二人はその額を見て驚いていた。だがこれもカラクリだ。


 「ここに出資金が三千万ある。実は何人か、ビジネスパートナーも取り付けてある」


 「嘘だろ?頭がいいと思ってたけど、これほどまでとは……」


 「そうそう、その金どうしたんだよ!」


 二人が俺を問い詰めた。しかし、言い訳したら後が面倒なので、俺はそれらしいことを言って、ごまかした。


 「そうだなぁ、社名はなにがいいか……」


 話の流れに乗せられて、すーりゃんも少し考えていた。流れはばっちりだ。そして、ただやんが一言言った。


 「『エデン』がいいんじゃないか?聖書で『エデンの園』が最初に出て来るし、それに、俺らの売買するのも土地だし」




 聖書か。俺には無縁だな。俺にはすでに決めている名前があった。取りあえず、しっくりこないふりをしていようか。すーりゃんも口を開いた。こいつらのセンスは少し……ダサいんだよなー。


 「『ハウスキーパー』とか……じゃあ、ダメか?いや、いいんだ」


 「なかなかいいの出ないなぁ」


 「そうだなぁ」


 すーりゃんとただやんは溜め息を吐いていた。真剣に考えているだけ、滑稽(こっけい)だ。おっといけない。


 「あの犬、カッコよくね?」


 「そうだよなぁ。犬っていいよなぁ」


 二人で見入っていると、俺は「やっとか」と思って言ったのだった。


 「そ、それだぁ!!」


 「は?なにが?」


 すーりゃんは俺に聞いたので、俺は答えた。


 「株式会社・『ドーベルマン』うーん、悪くないね、悪くない。あひゃひゃ」


 「……そうだよなぁ、いい、いいよ。さすがだよ、お前」


 「俺もいいと思う!」


 こうして「ドーベルマン」という名前の会社が発足したのだった。




**


 俺が会社を設立して数か月が経った。俺は「二人の駒」を会社に残して、出掛けることが多かった。なんせこれからすることは大仕事だからな。最近は連日の雨だったが、やっと晴れたようだ。俺はすーりゃんとただやんを連れてチラシ配りをした。


 「従業員のカモの二人」は、せかせか動いている俺に対して、不信感を持っているようだ。面倒だが、取りあえずは「営業に行っている」って言い訳しとけばいいだろう。今回、俺は「新たなカモ」を探しに、鏑木市のニュータウンに車で来ていた。そして、俺はマップを見ながら、すーりゃんとただやんに指示を出し、百枚のチラシを三つに分けて、ポスティングをさせた。




 すーりゃんと俺が公園を見ると中学生くらいの女の子が、父親がブランコを押されながら、夢を語り合っていた。不幸な環境に育った俺にとっては、とっても見ていて胸が苦しくなる光景だった。


 「……は将来何になりたいんだ?」


 「私は看護婦さんになるよ!!いろんな人の怪我を治してあげるの!」


 「そうかそうか。おまえは優しくていい子だなあ」


 「お父さんも怪我したら治してあげるよ」


 「そうか。じゃあ、今すぐにでも治してもらいたいくらいだなぁ」




 会話を聞き、俺はすーりゃんに言った。ついつい笑いがこぼれちまうぜ。


 「……あの家族なんか、特に夢があるし、いいと思うんだよなぁ。あははっ。ぶちこ……な、なかなかニュータウンでの団地生活はたっかいのなんのって。あはっ!」


危ない危ない。自が出るとこだった「ぶち壊したい」なんて聞かれたらどう思われるか。幸い聞かれてなくて良かったわ。




**


 しばらく経ち、「カモの家族の父親」がオフィスに訪れた。家族は連れていなかった。俺は「カモの父親」と面会をしながら、写真を見せ、そして土地の写真を見せた。食い付いてるな。ちょっと携帯が鳴っていたけれど、今は無視しよう。


 


 カモの父親は、一通り写真と物件を見終わると、興奮しながら口を開いた。どうやら気に入ってくれたようだ。


 「こんないい物件、絶対高いですよね!お幾らだったんですか?」


 俺は少し間を置いた。そして、カモの父親に耳打ちをした。もちろん「原価」なんて言えるわけがないだろ。くひひっ。


 「え、そ、それはないでしょう。だって俺が購入額を聞いたらびっくりしちゃいますよ!だって、せ、千五百万円って!!」


 「ああ、言っちゃダメじゃないっすかぁ、秋月さん」


俺は、興奮しているカモの父親を見ていて、「もう少しだな」と思った。そして、カモの父親が土地の売買契約を結ぼうとしたときに、俺は少しずるい手を使ってやった。交渉の上で大切なのは、目の前にニンジンをぶら下げて、欲しがらせることだと俺は思っている。俺はカモの父に言った。血眼に呼吸を荒げている様子が見えるな。


 「すみませんね、肝心なところで。秋月さん、『おそらく確実に、土地は確保出来る』と思うのですが、ちょっと、なにかの不都合があるといけないので、前金として……幾らか頂いてもよろしいでしょうか?」


 カモの父は少し考えている。悩んでるな。ここは「差し障りのない額」を提示しようか。


 「お幾らでしょうか?」


 「百万円。振込お願いできますか?書面の契約は、この場でも出来ますし、後々郵送で送ってもらっても結構です。大切なお話ですから帰って奥様に相談されても……」


 「ちょっと考えさせてください」


 どうせ「帰って、奥さんに相談する」とか言うんだろ。そんなの甘いんだよ。


 「ただ、二、三日、納金が遅れたら、『この土地が残っている』とは限りませんけどね」


 「分かりました!払います!」


 カモの父親は勢いづいたのか、キャッシュではなく、クレジットカードを財布から出した。その様子を見て俺は「よし、釣れた!」と思った。すーりゃんがクレジットカードのリーダーを事務所に取りに行ったようだ。よしよし。面倒なただやんは黙々と言われるままに書類を取りまとめているな。よし騙されてるな。俺は笑いをこらえるのに必死だった――。

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