【第五部】第四章「夢を追って」



 卒業シーズンが到来し、少しずつ桜も芽吹く季節。犬司と美咲は高校三年生になり、進路を控えていた。


 『秋の悪徳ブリーダーでの火災』、それから『ゴールデンレトリバーの件』などから、少しずつ二人の関係はぎくしゃくしていた。仲がいいのか悪いのか。そんな状態になっていたのだ。あからさまに距離を取っているわけでもないのに、普段通りの会話が出来ないでいた。




 「おはよう、ミサキチ!」


 「……」


 いつも通りに声を掛けるものの、犬司は美咲に無視をされてしまう日が多い。犬司にとってはむずがゆいような気持ちだ。それを見ていた太一は不審に思う。


 「お前、怒らせたのか?」


 「身に覚えがないんだよなぁ。最近、なんかこうやって話しかけても返事がない日が増えたというか」




 「ねぇ、ミサキチ。最近、犬司くん一生懸命話しかけてくれてんのに、何で無視してんの?」


 黒髪でセミロングの女の子「由比 ほのか(ゆい ほのか)」が、最近の美咲の様子を見て話しかけてきた。


 「私もわっかんないんだよ。最近、犬司の顔見てると、顔を逸らしたくなるって言うのか。恥ずかしくなるって言うのか。今まで咳してて背中撫でられてても平気だったのに、この前、森城町に行って来た時以来、急にカッコよく見えてきちゃって。それから目を逸らすことが多くって。……あー、前みたいに意識しないで話せればいいのに!」


美咲は火照った顔を抑えた。ほのかはニヤニヤとして言った。


 「好きなんだねー、……分かった。そんなミサキチにいいものをあげるよ」


 「えー?なになに?」


 美咲は興味津々に、ほのかの手元を見た。ほのかはカバンから二枚のチケットを出した。


 「これ、うちの兄と観に行こうと思ってたんだけどね。あげる!」


 「えええ?!今話題の『ワイルド・ウルフ』のシーズン・ワンじゃん!前売り券取るの、大変だったんじゃないの?」


 「うん。でも、ミサキチに頑張って欲しいしさ。ちょっと行ってきなよ」


 「わ、分かった。ってか、犬司と行かなくても嬉しい!私、動物大好きなんだよね!」


 美咲は嬉しそうにはしゃいでいた。




**


 美咲はお風呂上り、スマホの画面を見て悩んでいた。受信先「鷹山 犬司 (筋トレバカ)」。三十分程、立ったり座ったり、スマホを置いたり、唸ったり。そして意を決して、彼女はメッセンジャーの「送信ボタン」を押すことにした。


 「もう、どうにでもなれ!」


 五分程して、犬司から返信が来たようだ。彼女はその文面を見て一瞬戸惑ってしまった。




――


いいよ。いつにする?


Byケンジ


――




 その後、もう一通。


――


最近俺、何にもしてないよな?


Byケンジ


――




 美咲はやや冷や汗を滲ませながら、文面を考えた。そして会う日程を伝えた。もう一通のメッセンジャーに関しては、適当に誤魔化したようだ。そのまま胸を高鳴らせながら、美咲は床に就いた。




**


 春の公園の桜の綺麗な噴水の前で犬司は欠伸をしながら待っていた。お洒落はせず、いつも通りの高校生がするようなラフな格好で。財布に入っている金額も少し友達と出かける程度の額を持参したようだ。すると少し上品な格好で帽子を被った美咲が現れる。白のハットに紺のノースリーブニット。下はグレーのワイドパンツと白のパンプスを履き、貝殻のイヤリングをしていた。いつもの髪ゴムは右手首に付けている。犬司はびっくりして二度見してしまった。


 「え?え??どうした??お前?!」


 「いやー、ちょっと気合入っちゃって。いこいこ」


ノリノリな美咲に対し、戸惑いを隠せない犬司。何より美咲が映える格好をしているからか、余計に自分が惨めに思えたからだ。


 


 さて、映画館に入ると、美咲は嬉しそうにチケットを出した。映画の内容を二人で見る。


 ――1891年イギリス。ロンドンである舞台俳優が名声を得ていた。弟の知らせで、友人が行方不明であることを知る。久しぶりに故郷に帰ると、道中列車の中で謎の老人か狼の頭の銀細工の指輪を渡される。故郷に帰ると、父の冷遇に遭い、その後弟が殺されて肉屋に安置されていた。殺害した犯人が狼男であると知るが――。




 映画には何度も恐怖シーンがあった。息を呑む犬司と美咲。美咲は心の中で思った「これってタイトルミスかな?動物につられてホラーを選んでしまったけど、予想以上に怖かったのかも」そう思っていた。


そして狼男に追い込まれるシーンが。思わず美咲は声を上げて、犬司に抱きついてしまった。


 「い、いやああああ!」


 「み、ミサキチ。静かにしような」


 犬司は恥ずかしそうに周囲の観客にペコペコ謝っていた。美咲は赤面しながら小さくなっていた。




 映画を見終わり、二人は映画館の前のベンチでお昼を食べながら盛り上がっていた。


 「あのシーンで、列車の中での銃撃戦が始まるとはね!」


 「そうそう。しかも、『銀の銃弾』しか利かないって時に、弾が無くなるってとこ。しかも追い込まれて、最後の最後で噛み殺されそうになる主人公。あれは恐怖だよね」


 「そこでお前が悲鳴を上げると」


 「言わないでよ!恥ずかしかったんだから」


 犬司は美咲にポコポコ殴られる。美咲が抱きついてきたことを思い出し、何も言えなくなってしまっていたようだが。それから、美咲は恥ずかしそうに言った。


 「少し……歩く?」


 「そうだな」




**


 お昼過ぎ、どこもお花見客で賑わっていた。お酒に酔いながら歌う楽しそうな人たち。犬司は周りの桜を見渡しながら色んな人を見ていた。美咲は無言で俯きながら犬司について行く。二人が無言で歩くと、犬司が立ち止まり、その後、美咲が犬司の背中にぶつかった。


 「あいたっ!急に立ち止まらないでよ!」


 「あ、悪い。ちょっと川に水鳥が居たもので。ほら見てみ?鴨とかアヒルが泳いでる」


 「わー、ホントだぁ!!めっちゃかっわいい!!」


 動物を見て興奮する美咲。そして、犬司は前々から美咲が避けていることを、美咲に聞いた。


 「……なぁ、ミサキチ。どうして最近避けてるんだ?」


 「それは……」


 言葉に詰まる美咲。犬司はゆっくりと深呼吸して、美咲の目を見て言った。


 「落ち着いて話してくれ。何でも聞くから」


 美咲は意を決して話し始める。




 「実はね、高校で犬司と再会した時、めっちゃ嬉しかったの。毎日が楽しくて。忘れられないことばかりで。でも、この前に犬司が、私と一緒に森城町に行ってくれた時、私、本当に嬉しかったんだ」


 「……」


 「でね、色々犬司と出会って遊んだり話したことを思い出してた。その後、勇敢に戦ってくれた」


 「結局、俺は何にも出来てないけどな」


 「ううん、そんなことないよ。……でね、私、犬司のことが好きなの」


 「……へ?なに言ってるの?」


 「だから!好きなの!」


 「俺も好きだよ」


 犬司は笑って言う。しかし、美咲の顔は笑っていなかった。むしろ戸惑いが見える。




 「実は……これで付き合おうって訳にはいかないの。三年、三年間、私は動物医療の研究で海外に行ってこようと思うの」


 「え?え??嘘だろ!?離れ離れじゃん!!」


 その言葉を聞き、戸惑いを隠せない犬司。美咲はボロボロ泣きながら、訴えるように言った。薬が切れてきたのか、咳も止まらなくなる。


 「そうだよね!私も思ったよ!!でもさ、この前の動物たち見たら、私もなにかやりたいじゃん!この喘息だってケホッケホッ、はやく、なおしたいしケホッケホッ!」


 「……分かった。分かったよ」


 美咲の決心の強さを見た犬司はただ一言言って、そのまま美咲の背中を擦っていた。




**




 すっかり日が暮れて、暗くなり始めた頃、犬司と美咲は美咲の家の近くまで来ていた。


 「今日はありがとう!楽しかったね」


 「うん、ありがとな」


 昼過ぎのやり取りからややぎこちなかったが、二人は明るく振る舞うことに徹していた。そして犬司はずっと考えていたことを口にした。


 「ミサキチ、いや、美咲」


 「なあに?」


 「明日の放課後。教室に誰もいなくなったら、連絡する。その時、渡したいものがある」


 「……分かった」




**


 そして、翌日の放課後。


 窓から夕暮れが見える。部活を終え、生徒たちがちらほらと帰宅する中、犬司は美咲が来たのを見て、静かに話し始めた。


 「……来てくれてありがとう。はい、これ」


 「なにこれ?」


 美咲の手のひらの上には、『チープなプラスチック製のおもちゃの指輪』が置かれていた。犬司は少し恥ずかしそうに言った。


 「いつか、いつか帰ってきたら。その時は本物の指輪を渡すから。……その時まで待ってるから」


 「そ、それって……結婚するってこと?」


 「そ、そう言うことだな」


 犬司は恥ずかしそうに頭を掻いた。そして、美咲に言った。


 「美咲が海外で頑張っている間、俺は『何か動物の為に出来ること』を探してみるよ。まずは、この前電話しようとした『NPO法人の動物愛護団体』。そこに行ってみようと思う。美咲も頑張って。『帰ってきたら一緒に動物の為に生きよう』」


 「……ありがとう、犬司」


 美咲はぐちゃぐちゃに泣いていたので、犬司はそっと抱き寄せた。そして、二人で窓を見た。夜の帳が降りる頃、二人は夢を誓い、再会を約束するのだった――。




――終わり。

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