【第五部】第二章「里親探し」
二週間ほど経過した。季節は十一月に入った。冬の訪れを感じる季節。犬司はスマホのディスプレイを見ながら、溜め息をついた。
「……駄目だ。『楼雀(ロウザク)組の京介さん』にも当たってみたけど、『猫はいいけど、犬は苦手で』って苦笑いされちまってさ」
「それは仕方ないね。手を尽くしても、足を尽くしても、何をしてもうまくいかないもんだねー」
「足を尽くしても」ってなんだよ。と犬司。美咲は街頭に貼ってある手作りのポスターを見た。そして、そこに貼ってある可愛らしいゴールデンレトリバーの写真を撫でながら言う。
「こんなに可愛いのに、今レトリバーは人気ないのかな。大きくなる犬種だから」
「そうだよなぁ。最悪うちで飼うって手も考えてもいいのかも知れないけど、猫と犬とオカメインコで、って!ブレーメンの音楽隊かよっ!」
ノリツッコミ。秋風が冷たかった。
**
「なぁ、太一、相談がある」
「お金と恋愛の相談以外ならいいぞ」
「大丈夫だ。それ以外の話だから」
「なら聞こう」
「あのさ、犬飼わね?」
「えっらい唐突だなぁ……ちょっと待ってろ」
太一は眉間にしわを寄せながら額に手を当てて、三分ほど長考した。そして言った。
「どこの回しもんかわからんが、可愛い犬で同情を引こうったって無駄だからな!うちはもう犬は飼えないって言ってるんだから!」
「は、はぁ?わけわからん」
「悪い、ちょっと中学の時に亡くしたロブ(犬の名前)がまだ心の傷になっててな。俺もナイーブなのよ。こう見えて」
「はいはい、こう見えてな。おセンチお疲れ様。傷が癒えるといいな」
犬司は半分冗談を言いつつ、慰めつつ。太一に期待をしてしまったことを後悔したのだった。
**
その夜、小鳥遊(たかなし)家食卓にて。今日は、美麗が焼き魚を中心とした食卓を用意してくれたようだ。切嗣は魚を突きつつ、箸で美咲の方を指しながら質問をした。
「……なぁ美咲。最近、頑張ってワンちゃんの里親を探してるって聞いたんだが。その後、いい話はあったか?」
黙って首を振る美咲。そして、切嗣は安堵した表情で話を始めた。
「……良かったぁ!間に合ったよ。実はな、うちの署の後輩に当たる『馬場』って奴がいてな。そいつに七歳になる息子がいるらしいんだが、教育の為にも犬を飼いたいって言ってたんだよ」
「え、嘘っ!嬉しいっ!!」
美咲は思わず、表情を綻ばせる。
「写真とかあったら俺のケータイの方に送ってくれ。今、馬場に見せてやるから。そしたら一緒に犬を渡しに行こう」
「うん。ありがと、お父さん」
「そ、その……あの犬司って子も連れてきてくれるか?彼が救ってくれた犬なんだろ?」
切嗣はもじもじと恥ずかしそうに言った。その様子を見て、美麗が付け足すように言った。
「お父さん、犬司くんに会いたいんだって。『この前、署でも話題になってたんだよ。功労賞の授与式に出てたのは、うちの娘のボーイフレンドだ!』ってみんなに豪語してたらしいわ」
「か、母さん言うなって!」
切嗣は恥ずかしそうに言ってビールをあおった。そして、みんなで笑っていた。
**
夜十時。犬司は自室でクロを撫でながらボーっとしていた。この前の「猫又の一件」を京介から聞いてから、尻尾を何度も触ってみたが、嫌がって逃げられた。仕方なく、今は自分に身を委ねて甘えているクロを甘えさせておくことにした。
すると、スマホにメッセンジャーが一通届く。送信元「小鳥遊 美咲 (アニヲタ)」。犬司は立ち上がると太ももに乗っていたクロは、そのまま華麗に飛び降りた。スマホのメッセージを確認すると、嬉しそうな口調で文面が添えられていた。
――
ケンジ!聞いて聞いて!=^_^=
里親見つかったよ!
うちのお父さんの後輩の人が引き取ってくれるんだって!
今度そのうちに行くことになったよ!
また明日教えるね( ´艸`)
じゃ、おやすみなさい!
Byミサキ
――
「お、嬉しい知らせだな!!良かった良かった」
思わずガッツポーズ。それから、玄関に居るゴールデンレトリバーの様子を見に行くことにした。
「ちょっと今日は冷え込むらしいから、暖めてやんないとな」
**
そして日を改めて休日になり、馬場家に訪問することになった。切嗣と美咲、犬司はそのまま車に乗って霧前市の郊外に走って行く。犬司は小さな子犬を抱きながら、景色を眺めていた。美咲は助手席で切嗣と話しながらゆっくりと時間が過ぎて行った。
「あー、先輩お疲れ様です!」
「悪いね、明正(あきまさ)。こんな朝早くに押し掛けちゃって」
切嗣は後輩に挨拶をした。そして玄関から馬場家の中を覗き込むと、恥ずかしそうに隠れながら二人の兄妹が様子を伺っていた。
「おーい、出てきなよ!ワンちゃん来たよ!」
明正が言う。子どもたちは表情が変わったように驚いた。
「えええ!!ワンちゃん?!」
飛び跳ねる子どもたちに、犬司は屈んで小さなゴールデンレトリバーを見せてあげた。そのふわふわの毛並みを撫でながら小さな女の子は嬉しそうに言った。
「あったかーい」
「そうなんだよ、あったかいよね、動物って。きみたちは動物好き?」
美咲が目線を屈めて男の子と女の子に話しかける。
「うん……だ、大好きっ!」
少し考えてから、男の子が答えた。
「そっか!私も大好きだよ。お名前なんて言うの?」
「……おっ、おれはりゅうのすけ。ななさい。で、こっ、こっちはいもうとで、……はるってなまえだよ。よっ、よんさい」
少しどもったような喋り方で、男の子は一生懸命に答えた。
「そっかー、可愛いねぇ」
美咲は嬉しそうだった。そして、犬司と美咲と二人の子どもは子犬を中心に話していた。明正と切嗣はそのまま家の中に案内されて入って行った。
「はい、お茶どうぞ」
「悪いね、紗代ちゃん。いつもありがとう」
「いえいえ。主人がいつもお世話になってます」
切嗣は窓から四人と子犬の様子を見ながら安心したようで、明正と話をし始める。
「子どもはいつ見ても和むなぁ。あの長男坊は何歳なんだ?」
「あれが七歳になる『竜之介』。ちょっと思慮深いっていうか、考えてることが多い性格なんです。で、四歳の『波留(はる)』。甘えん坊さんっすね」
「お前、見てると分かるけど、相当な親ばかなのな」
「先輩には敵いませんって」
笑う二人。そして妻の紗代が居なくなったところで、仕事の話をし始める。
「……なぁ、明正。単刀直入にお前に聞くが、今回の『森城町の火事の一件』、お前はどう見てる?」
「俺は……あの二人の兄弟は冤罪だと思ってます。きな臭いですよね。証拠が無いっていうか。関連があるか分かんないんですが……実は、前から追ってる奴が居るんです」
そう言って、明正は「港を歩いている男の写真」と、「タンカーの前で密売業者と話をする男」の写真をリビングの引き出しから出し、机の上に置いた。写っている男は、薄暗く明かりに照らされて、横顔しか分からない。
「鏑木市の港に行った時に見たんですが、『(株)クロイシ・ペットビジネス』の社長に似てません?横顔とか。暗いんで、ちょっと分かりづらいですけど」
「ん?あのクロイシって、今テレビで有名になってるアイツ?彰(あきら)社長だよな。『頑張る、日本革命!』に出てたよな。先週の放送見てたぞ。すっごい人が良さそうだったけど、裏があるような雰囲気ではあったけど」
「俺も分かんないっす。分かんないけど……ただ、俺は『性善説』信じてないんで。放火事件も引き続き調べていきますね。なんかあったら教えます」
「ありがとう。またなんかあったら遊びに来るよ」
「嬉しいです」
そう言って、もう少しゆっくりと過ごしてから、切嗣は窓を開けて犬司たちに声を掛けた。
「おい、そろそろ帰ろうか」
「はーい」
「じゃあ、またね!可愛い写真撮ったら見せてね!」
「うん、おねえちゃん、またきてね!」
美咲は波留をぎゅーっと抱きしめてから手を振った。犬司は切嗣に「今日はありがとうございました」と丁寧に頭を下げ、そのまま車で霧前市の市街地まで戻ったのだった。
切嗣は運転中やや険しい表情で、今回の放火事件の事を考えていた。犬司と美咲は後ろの席に乗り合わせ、遊び疲れたのか、うとうととまどろんでいた。
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