【第三部】第二章「まどぎわのおんなのこ」
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最悪な展開になってしまったが、それでも眞子は華蓮と犬司を仲直りさせたいと、何度か足を運んでいた。犬司はぶすーっといつも面白くない顔をしていて、華蓮は玄関口まで来るものの、引き返すか、陰に隠れて見ていることが多かった。
二週間ほど経ち、経過を見せに、病院の整形外科に行くとたまたま小児科の前を通りかかった。肌が白く、犬司と同い年くらいの女の子が母に連れられて、診察室に入っていく。時より咳き込みながら。呼吸も苦しそうだった。その儚げな姿に目が留まったのか、華蓮とは対照的な女の子の姿を見たのか。犬司はやけに彼女の方を目で追っていた。
「どうしたの?犬司」
眞子が黙っている犬司を見て不審に思った。無論、女の子は可愛くなかったわけではない。しかし、犬司にとって女の子と別の場所で会うのは久しぶりだったのかも知れない。
「おなまえ、なんていうのかなぁ」
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整形外科と小児科の位置が近かったのか、それから何度か足を運ぶことがあった。犬司は順調に回復していった。しかし、落ちてしまった筋力を戻すためにリハビリも必要だったようだ。
「筋肉の硬直を防ぐために、手首や負担の少ない場所の筋肉を動かしてあげてください。小学生ですし、もうじき治ると思いますよ」
「ホントですか?!嬉しいです。良かったねー、犬司!」
「う、うん」
犬司は気が重かった。あの道場に行くのがいやだったようだ。そして、眞子は「少しジュースでものもっか!」と言って、ラウンジに犬司を連れていき、その後、窓を見ながら向かいの病棟をゆっくりと散策していた。
窓からはすっかりと秋めいた景色が広がっていた。眞子は犬司と共に山あいの景色や、植えられている木々が色づく様子を楽しんでいた。すると犬司は、窓を眺めて寂しそうにしている女の子の姿を目にした。
「あ、さっきのおんなのこだ」
「ん?犬司、誰かいた?」
「いや、べつに」
犬司は向かいの病棟の窓の二階に女の子がいることを確認していた。会ってみたいなぁと密かに思っていた。
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まるひと月。犬司にとって大変な時期が終わったようだ。ぐりんぐりんと腕を回して犬司は喜んでいた。
「あっ、犬司、無理しちゃだめよ」
「ああー、このめんどくさい、ぬのともおわかれだよー。せいせいした」
犬司は飛び跳ねたり、動いたりととてもはしゃいでいた。
「お世話になりましたー」
眞子はそう言うと、頭を下げ、診察室を出た。
「良かったね、犬司。これでみんなとも遊べるね」
「えへへ。がんばってきんりょくももどさないと……あっ!」
「どうしたの?犬司」
そう思って、犬司は色んなやりたいことを思い巡らしていた時、思い当たることがあって走り出した。
「おかーさん、ちょっとまってて。ぼく、ちょっとあいたいひとがいるから!」
「え、ちょっと犬司、待ちなさい!」
そのまま犬司は姿をくらましてしまい、眞子は戸惑っていた。
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「たしか、このへやだったよなぁ。でも、へやばんごうがわからないし、どうしよう」
犬司は病院の中庭から女の子を見た部屋の窓を見上げていた。眞子に早くしないと見つかってしまう。そう思って、病院の庭に落ちていた小石を二個ほど取ると、二階の窓にめがけて軽く投げた。コツン。割れないようにそっと投げる。
「きづくかなぁ」
しかし、気が付かないようだ。二回投げる。気が付かない。そこで犬司はそのまま、また無茶をして壁にある雨どいを伝って窓に向かってよじ登って行った。
「りはびりだとおもって。いけないきょりじゃないし」
しかし、考えが甘かった。犬司は登ってしばらくしてから腕が痺れてきてしまった。病み上がりの腕の筋肉が悲鳴を上げていた。
「しんじゃう、しんじゃう。またこっせつする!トイレもいきたくなってきた……」
ひやっとした。その時「なんなんだよもう!」と言って、女の子が窓を開けた。これはチャンスだ。そう思って犬司が声を掛けようとしたとき、女の子は窓を閉めようとしたので、犬司は「おーい、ここだよここ!!」 と言った。もちろん女の子はびっくりしていた。
「なんで、そこにしがみついてるの?」
女の子は質問し、犬司は答える。
「こわいんだ。トイレにいきたいんだ。わけはまたはなすから、たすけて」
女の子は「わかった」と言うと、ベッドの下にたまたまあった長めのロープを、ベットや柱にくくりつけ、犬司に投げて渡した。犬司はそれにしがみ付いて窓から入ってきた。
女の子はその初めての来客に胸躍らせ、ワクワクしながら名前を聞いた。
「あの……おなまえはなんていうの?」
「ゴメン、もれる!!」
しかし、犬司はトイレに走って行った。
「あのおとこのこは、いったいだれなんだろう」
犬司は急いでトイレに行くと、戻ってきてそのまま病室の札を確認した。
「ことりあそび……み、なんてよむんだ?」
うーんと頭を悩ませていると、眞子が「やっと見つけた」と犬司のもとに現れた。
「たかなし みさきって読むのよ!はぁ、犬司、やっと見つけたわー、心配したのよ?」
「ご、ごめんなさい」
「私も無茶させちゃうとこあるけど、犬司も怪我治ったばっかりだから、今は静かに過ごさないと。取りあえず、早く帰りましょ」
「あっ……まって」
しかし、犬司はそのまま眞子に連れられて、車に乗せられてしまった。眞子は疲れていたようで、帰り道話しかけても、答えてくれなかった。
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