【第三部】第一章「ぼくはよわくない!」
**
時は二年経ち、犬司(けんじ)は小学三年生、華蓮(かれん)は五年生になっていた。道場では、早朝から床の雑巾掛けをさせられ、その後、華蓮と組み手をして、いつも恒例のように馬乗りになって華蓮に「ひひーん」と言わされる犬司。小学生にしてはやや酷な扱いだ。
「はあ、アンタ二年経っても結局弱いまんまじゃん。早く下僕脱出してくれないかしら」
「れんねー、おもい!はやくおりて!」
「重いって言った?もう一分追加しようかしら」
「ひっ、ひひーん」
そう言って華蓮はニヤニヤ笑った。そして、一分経って、犬司はくたっと横になる。犬司はしっかりとした筋肉がついて、小学生にしてはカッコいい男の子になっていた。華蓮に「最近気になっていること」を聞いてみることにした。
「れんねー、きいてもいい?」
「なに?けんじ」
「さいきん、おんなのこにはなしかけられるんだけど、どうしたらいい?」
「……」
華蓮は面白くなかった。何故なら犬司を独り占めしているポジションに居たからだ。しかし、この二年間で体力も運動神経もしっかりしてきた犬司を見る女の子が数人いたようで、嫉妬を覚えた。
「しらないわよ!さ、組み手するわよ」
「えーー?なんでこたえてくんないのさ?」
「けんじがモテるなんて大雪が降るに違いないわ」
「へ?おおゆき?わーい、みんなであそべるね!」
「ば、ばかっ!冗談に決まってるでしょうが!」
**
「きょおのきゅうしょく、ぶったにくでぇー、たけうちかれんはこわいひとー」
犬司が楽しそうに歌いながら学校に登校していると、同い年くらいの男の子が中学生に絡まれている現場を目撃する。
「おいぼうず、わかってんだろ?お前、いいとこのおぼっちゃまだろ!」
「やめろ!今日は持ってないんだ!お金ならいつでもあげるから!」
「じゃあ、財布見せてみろ。お前のとこの親父なら一万円くらい、ポンと出してくれるはずだぜ」
財布を取り上げようとして、中学生が手を振り上げた、その時だ。
「お兄ちゃんたちでひとりを攻撃するなってみっともないよ!」
岩の上に立って声を張り上げる犬司の姿があった。そして、その男の子の腕を掴んだまま、去ろうとした。が、中学生はにやにやと笑いながら話している。
「まったく、とんでもない熱血クンだな。そのまま逃げられると思うなよっ!」
犬司は腹を蹴られた、が、鍛え上げた腹筋が蹴りを受け止める。そして、犬司は笑った。
「れんねー、ぼくがよわっちくないってことを、しょうめいしてあげるよ」
ぼそっと言って、犬司は低い身長差を利用して、中学生の腕を掴んでバランスを崩して、そのまま抱え込み、そして投げ飛ばした。
「しはんじきでん、まいひめっ!!」
「ぐ、ぐう」
中学生は地面に落ち、そこで強かに背中を打った。そのまま怒りを表し、犬司に向かってきたので、犬司は足払いをして、そのまま足関節を決め、締め上げる。
「まいったか?このままかんせつを、きめてもいいんだぞ?」
「ぎ、ギブギブ!」
中学生は地面を叩きながら訴えたので、犬司は彼を離すと、土ぼこりを払い落として、そのまま男の子に「いこ!」と声を掛けて行った。後ろで中学生は甘いな。と思って犬司の後ろから襲い掛かる。しかし、犬司はそのまま中学生を背負い投げてしまった。中学生は泡を吹いて気絶した。
「だからいったじゃん。そのままこうさんしておけばいいのに」
そう言って、犬司はランドセルから荒縄を取り出すと「しはんじきでん、ほばくじゅつ」を彼にしてあげた。
「ばいばい。もうしないでね!」
「け、けんじくんってカッコいいんだね!」
「へ?そう?あ、どっかでみたとおもったら、あけるくんじゃん!」
「覚えててくれたの?嬉しいなぁ」
「仲良くしようね!」
犬司と明(あける)は照れながら握手を交わして一緒に登校した。
**
さて、犬司は体育の授業でマット運動をすることになった。彼は鍛えていたので後転、前転はもちろんのこと、倒立前転や頭跳ね起き、飛び前転なども出来る程に道場で身体をほぐされていた。
「鷹山犬司くんは道場に通っているらしく、運動神経は抜群らしいぞー」
先生が嬉しそうに言った。
「ケンジすっげー!」
「おなかのきんにくもすげー」
「どうやってつけたんだ?」
「おれもおれも」
女子だけでなく、男子にも運動神経のセンスでちやほやされていた犬司は少し天狗になっていた。犬司は習っていない倒立前転を得意げに披露していた。その時、男子の一人が犬司に言った。
「なぁ、ケンジー、さかだちして、なんぷんくらいいけるんだ?」
「おれもみてみたい!」
「わたしも!!」
「こら、ケンジくんに無理言わないの!練習練習!」
「はーい」
生徒たちはしぶしぶ先生の言うこと聞き、仕方なくマット運動の練習に戻った。
その時、犬司は何を思ったか、こっそりと倒立を練習してみたいと思い、体育館のわきに言って先生の見ていない所でじっと倒立していた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ。むぅ、くるしいけど、いっぷんはいけたな。さんぷんがんばろう」
頭の中で数を数えていたのがいけなかったのかも知れない。また、誰も見ていない所やっていたことが悪かった。二分を経過し、三分経ったとき、犬司は頭に血が上り始め、そしてバランスを崩して転倒した。
バタン!小学生の小さな身体が体育館の床に打ち付けられ、大きな音が体育館に響いた。犬司は受け身を取り損ねて、右腕を下にする形で倒れた。思わずこらえきれずに悲鳴を上げる。
「いってえええええ!!」
「へっ!?どうしたの?!」
生徒たちが見ると腕を抱えて犬司がうずくまっていた。先生は頭を抱えながら溜め息をつくと、犬司の方に駆け寄ってみた。
「大丈夫?痛いか?今保健室に連れてくからな」
「うん、なんかみぎうでがびりびりしてる。あと、かなりおしりがいたい」
犬司は泣きそうになりながら言った。朝の快進撃と、体育の時間のちやほやですっかり調子に乗っていた彼は打ち砕かれたようにがっかりとしていた。明は遠くから心配そうに見ていた。
「だいじょうぶ?」
「いたくない?」
みんなが心配しているので、先生は一度自習を命じ、犬司を保健室に連れて行った。
**
保健の先生が犬司の腕を見ると、内出血をしていたようだ。青くなっていたので、そのまま保護者を呼んで病院に行くことになる。眞子は青い顔をして犬司のもとに駆け付けてきた。
「犬司!何やってんのよ!!心配したのよ!!」
「……ごめんなさい」
**
整形外科医がレントゲンを撮ると、犬司の右腕は骨折していたようだった。他の箇所は大したことが無く、鍛えていたからだと思われる。しかし、しばらく道場に通えないことが犬司にとってモヤモヤとした感覚になっていた。言うなれば、華蓮や師範に会えない寂しさと、厳しい修行をさせられないことに喜びを感じていた。
「全治一か月ってところでしょう。安静にして下さいね」
「これじゃ鉛筆も持てないわね。左で書くしかないかぁー、たはぁ」
眞子はやっちまったと言わんばかりに子どもを責めるわけでも、心配するわけでもなく、これからのことを考えていた。犬司は黙っていた。
「ほらほら、元気出しなって。男の子でしょう?先生から聞いたけど、私は犬司の味方だからね?さ、道場に挨拶にいこっか」
病院を出るころに学校は終わる時間を迎え、通学路はぞろぞろと生徒が歩いていた。眞子はそのまま車で道場まで行くと、玄関で挨拶をした。
「ごめんくださーい!」
「はーい、今行きます!」
師範が出て来ると、犬司の腕を見てびっくりしていた。眞子は事の経緯を説明すると、黙って師範は聞いていた。
「……ってことなんですよ」
「仕方ないですね、しばらくお休みさせましょう」
すると、華蓮がたまたま帰ってきて玄関口に立っている犬司にばったり会うと、びっくりした表情で言った。
「え?!ケンジ、どうしたの?」
「……」
「答えなさいよ!誰にやられたの?それとも、転んじゃったとか?」
華蓮は犬司の方をもって揺らす。犬司は痛がっているが、黙っていた。そして華蓮は心にもないことを言った。
「弱虫!だから私に勝てないんだよ!!」
「うるさい!ぼくはよわくない!!きょうだって、きょうだってちゅうがくせいにかったんだ……から」
「へ?そうなの?」
華蓮がポカーンとして聞いていると、犬司は大声で言った。
「れんねーのばかっ!だいっきらい!!」
そう言って犬司は走り去って車に乗り込んでしまった。華蓮は腹が立ったのか、ませていたのか、大人げないことを言った犬司に対して、寂しそうに言った。
「なにあいつ。はらたつわー」
そう言って乱雑に靴を脱ぎ捨てて、ずかずかと足を踏み鳴らしながら道場の中に入って行った。一部始終を見ていた眞子と師範は不穏な空気に溜め息を吐いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます