【第二部】第四章「日常生活と戦々恐々」
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「今日の図工では粘土を使いまーす!食べないでねー!!」
先生はみんなに笑顔で言った。そう言っているそばから食べる生徒がいる。そして吐いた。
「まずっ!せんせー、まずいです!!」
「説明を聞かないから悪いのよ、早く口ゆすいできなさい!!」
「はーい」
クラスから笑い声が上がった。先生は仕切り直して言った。
「今日作るのは自由です!何でもいいので好きなものを作ってください!」
「はーい!!」
思い思いに製作を始める生徒たち。一人の生徒は何やら粘土を細長く延ばして、巻き始める。そして、満足そうにしている。周りの男子生徒たちはざわついているようだ。
「あれって、あれじゃね?」
「あれだよな」
「ヘビだよ!みんな何言ってんの?」
茶化す声が上がり、そのまま生徒たちは触発されるように下品なものを作り出した。
「こら!!まともなものを作りなさい!!」
「はーい」
生徒たちはしょんぼりし、製作を再開した。
「なぁ、ケンジ」
「どうしたの?タイチ」
「こっそりへんなもの、つくってださないか?」
「さ、さっきあいつらが、おこられたばっかじゃん。ホントにいってんの?」
そう言って犬司は怯えている。太一はニヤニヤしながら効果音付きで粘土を取り出した。
「じゃーん!!」
「なにそれ?」
「カエル。カエルだよ。ゲーコゲーコ」
太一は手に持った粘土のカエルを揺らしながら鳴いて見せる。犬司は笑いながら指を指して言った。
「みえないよ!!」
「じゃあ、おまえは、なにつくったんだよ」
犬司は恥ずかしそうにもじもじしながら言った。
「お、おかあさん」
「ぶっは!!おまえのかあちゃんって、こんなかおなのか?ひひっ!」
「ばかにするなー!タイチのカエルだって、ひどいかおじゃないか!!」
二人でじゃれ合いだす。少しして先生が、終了間近になったので、手を叩いて注目させる。
「はいはい静かに!!この時間の優秀な作品を紹介するよー。はい、明くん発表して!」
「エッフェル塔です」
少年の目の前には小学生の造形美とは思えない粘土のエッフェル塔が建っていた。その作りの良さにみんな驚愕している。この中には「エッフェル塔」という単語すら分からない子もいるだろう。
「凄いね、明(あける)くん。なんでエッフェル塔なんか作ったの?」
「つい最近、パリに行った時の写真を見ながら作りました。家族でフランスに行ってきたので」
「そうなんだぁ、お金持ちだねー。はい、みんな拍手!!」
大きな拍手が巻き起こる中、先生は僻み涙を流した。「私だってまだ行ったことないのに」と心の中で思っていたようだ。
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放課後。
「ケンジー、よりみちしてかえろうぜ。きょうは『獣王レンジャー』のとれーでぃんぐかーど、だいさんだんが、かめもとやにならぶんだぜ!!」
太一は胸躍らせながら飛び跳ねつつ言った。しかし、犬司は華蓮と師範の顔が頭によぎり、太一に渋々断った。
「うーん……いきたいんだけど、ちょっとシハンがこわいから」
「シハン?」
「うん。シハン。さいきんぼく、ドウジョーってとこにかよわされてんの。じゃあね!」
誘惑をこらえつつ、犬司は教室を出て行った。太一は大声で言った。
「いいカードうりきれても、しらねーからなー!」
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夜。道場には師範の怒号とへとへとになりながら頑張る犬司の姿があった。
「まずは筋トレだ!!基礎体力を付けなさい!!力も無い奴に技は語れない」
「せんせー、もうやすもうよー」
始めて三十分。犬司は泣き言を言い始める。
「たわけ!!それでも男かっ!!」
「んじゃー、おんなのこでもいいや」
「アンタがおんなになったら、きもちわるいだけだから」
「かれんちゃん、いたの?!」
「ぶつぶついってないで、さっさとやればー?さもないとうえにのるよー」
華蓮は腕立てをしている犬司の背中に座ろうとする。犬司は悲鳴を上げる。同調するように、師範は容赦なく言った。
「そうだ、華蓮。このへたれを叩き直してやるんだ!!」
「ひ、ひいいい」
「らじゃー、じいちゃん」
犬司は小学生にして地獄を見たのだった。
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夕方、眞子が迎えに来るとぼろ雑巾の様になった犬司と加減を知らない師範の姿があった。犬司は母の姿を見ると、助けを求めるように言った。
「おかーさん、むかえにきてくれたの?」
「こら!!まだ残ってるだろうが!終わるまで帰さんぞ!」
「ひっ!」
「頑張れ犬司!!負けるな犬司!!」
眞子は「流石、鬼の師範と言われるだけあるわね」と心の中で思っていた。
十分後、ノルマを終えた犬司の姿があった。師範は嬉しそうに言った。
「ここまで根性のある男の子は初めてです。帰ったら消化の良いものを与えてください」
「分かりました。良かったね、犬司」
「うう、なんかなっとくいかない」
「まったねー!」
華蓮は戸口に立って手をひらひらさせていた。
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やや夜遅くに犬司は家族で夕飯を囲んでいた。
「どうしたの?犬司?食欲ないの?」
犬司は黙って頷いた。
「疲れてるんだよ。でも、食べないと堪えるぞ」
「あそこ、ぼくいきたくないよ」
眞子は無理をさせてしまったかな。と二日目の晩にしてそう思った。しかし輝也は犬司を撫でながら言った。
「男の子はいっぱいいっぱい修行して強くなるもんだ。犬司がテレビで見てる『獣王レンジャー』も主人公が修行して強くなっただろ?」
「へ?そうなの?」
「頑張れば、犬司も『ライオニック・ビースト』も打てるようになるさ!俺から見れば、今のお前はすごくカッコいい」
「えへへ、そうかな?」
犬司は照れている。そして、安心して食事をとり始めた。眞子はその様子を見てホッとし、何とかなりそうだな。と思った。犬司の道場通いは、始まったばかりだ。
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