【第五部】第六章「後日談」



 三日三晩うなされていたらしい。私は気がつくと、病院のベッドで目が覚めた。瑠璃に刺された脇腹には包帯が巻かれていた。しかし、まだ若干ずきずきと痛む。


 「冬野さんって方が、救急車と警察呼んだらしいわよ。で、赤沼さんが冬野さんと瑠璃の取り調べを今してるとこよ。正直冬野さんの顔も見たくなかったんだけど……で、アンタはやっと帰ってきたと思ったら、大怪我して帰って来て、なにしてるのよ!」


 「お母さん……久し振り。あと、出てってごめんなさい」


 私はかなり久しぶりに見た、母親にただただ謝っていた。


 「全く、久しぶりじゃないよ!アンタは四年も家飛び出して連絡もしないで……探したんだから!聞いたわよ。冬野さんに養ってもらってたって。」


 お母さんは私の頬にビンタをかまそうとした。私は目を瞑って身構えた。しかし攻撃が来ないと思ったら、お母さんは泣いていた。


「……私が悪かったのかしら。もっとしっかり愛していれば。ごめんね、藍」


「おかあさん……」


お母さんはそう言って私を抱きしめてくれた。私とお母さんは二人で抱き合って、泣いていた。




 「全部瑠璃から聞いたわよ。『詐欺の共犯者に四年間お世話になってたって、知らなかったんでしょ。その人はお父さんを詐欺に遭わせた人ってこと。正直、私も呆れて物も言えなかったわ。でも一生懸命だったんだと思うわ。罪を償うために、親の代わりになってここまで守ってくれたんだから」


 「そこまで知られていたのか」と思った。正直、私はかなり気まずかった。


 「私は、ね、本当は冬野さんが憎いし、ずっとうちに仕送りし続けてくれてる唯我さんも赦せてないの。瑠璃もまだ、心の底では思ってると思うわ。簡単に人を赦せるわけじゃないもの。でもね、精一杯、あなたに向き合ってくれて、精一杯、自分の罪と向き合ってくれている。時間は掛かるかも知れないけど、私は和解していきたいと思ってるのよ。だから、あなたも早く親孝行しなさい。家出した四年、……重いわよ?」


 お母さんは、リンゴを六つに切り分けると、私の前に置いた。


 「藍にはこれから『冬野さんについて話してもらいたいこと』、いっぱいあるんだからね。隠してたら承知しないからね!」


 「お母さん」


 不覚にも、私はその言葉に潤んでしまったのだった。


 


 「で、瑠璃はどこにいるの?」


 「さっきも言ったでしょ。警察官の赤沼さんのところよ。あなたのお腹刺しちゃった件で取り調べ受けてるわよ。歳が歳だし、あなたもこうして生きてるから、お咎めだけで、そのうち帰って来るでしょ」


 お母さんはそう言いながら、フルーツナイフをハンカチで拭いている。


 「あの子は本当にお姉ちゃん想いでね、藍を刺したとき『おねーちゃん死なないで!!』って冬野さんと一緒に泣き叫んでたらしいわよ。……全くもう」


 「瑠璃、ごめんね。ごめんね」


 私は瑠璃に本当に悪いことをしてしまった。この傷よりも彼女の心の傷の方がとても深いと思った。


 


 「只今、臨時ニュースが入りました。今から八年前の八月三十日、「株式会社・ドーベルマン」にて詐欺事件を犯行した被告三人のうち、一人が逮捕されました」


 「昨夜未明、鏑木市の歌舞伎湾から、鏑木警察署に電話があり、電話を掛けたのは冬野 蘇芳(ふゆの すおう)被告本人だったことがわかりました」


 「冬野被告は、当時の事件についてはなにも語っていなかったのですが、一言だけ言いました。釈放されたら詐欺被害に遭わさせてしまった家族の元に、もう一度謝りに行きたいと話していたようです」


 「警察では、このような好青年が詐欺事件を起こしてしまうことはとても嘆かわしい。不況をなくして、詐欺のない世の中にしていきたいものだ。と話していました」




 「トーさん……。」


 私はテレビを見ながら、トーさんがいち早く釈放されることを祈っていた。




**


 そして、刑期が終わったある年の春。


 「お前さんもここともお別れだな。出所してやりたいことはあるか?」


 「藍に会いに行くことです。結婚はしてませんが、俺にとって大事な娘なんです」


 「……頑張れよ。門出祝いに花でも買ってきな」


 刑務所所長は「その男」に一万円を握らせ、力強く背中を押しだした。


 「……長かった。本当に。でも、俺にとっての贖罪はこれからだ」


 「その男」の門出は快晴だった。背中から春の暖かい風が後押しする。生きる気力をもらった「その男」は花屋へ走って行った。大切な家族に逢うために――。






――終わり。

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