【第五部】第五章「赦しの愛」



 そして、私はやっとのこと、港に着いた。周囲は街頭の明かりと雪で明るかった。周囲を見渡した。すると、トーさんらしき人が、港の周りを歩き、まるで死に場所を探しているように見えた。そして、トーさんは深呼吸をして海へ身投げをしようとした。


周囲の人たちが冷やかしていたが、必死に私は説得していた。




 「やめて!!トーさん!!」


 「え、お前、どうして来たんだ!!俺みたいなどうしようもない人間、ほっとけばいいのに!」


 「トーさん、お願いだから、……死なないで!!」


 私はトーさんに泣きながら、必死に足にしがみ付いた。


 「手紙読んだだろ?俺は、もうお前に合わせる顔なんかないんだ。瑠璃ちゃんから全部聞いたろ?どうしようもないよな。ははは」


 トーさんはあくまでも気持ちを変える気はないらしい。そして瑠璃も瑠璃で赦す気などさらさらになかったようだ。


 「おねーちゃん、そいつは、『死んで償おう』としてるんだよ!!止めなくてもいいよ!!家族めちゃくちゃにしちゃったんだから、当然だよ」


 瑠璃は冷酷に言い放っていた。今までこんな表情の妹は見たことがない。更に、瑠璃は凄まじい剣幕で言い寄った。


 「トーさんだか、かーさんだか、誰だか知らないけどねぇ!ボクにとって、おとーさんは一人!!おねーちゃんも一人!!おかーさんも一人!!掛け替えのない家族なんだ。誰にも代えられないし、なにものでもないんだよ。それをめちゃくちゃにしやがって!死んで当然だよ!それ以外になにができるのさっ!」


 「瑠璃、ひどいよ……そんな言い方ないんじゃないの?傷口に塩塗りこんでんの?」


 「おねーちゃんもそこまで言っても分かんないのかなぁ?その人も、おねーちゃんが止めてなければ死んでいたのに。それとも、ボクが海に突き落とした方が早かったのかなぁ……。それとも……」


 瑠璃が壊れた。半狂乱になっていた。だれがを言っても聞かない状態だった。目が死んでいた。堪えてきて、精神的に抱えている傷が深くて重いのが分かる。私もその状況を作り出して一人で、本当に寂しかったのだろうとてもとても辛かった。私は駆け寄って瑠璃を抱きしめようとした。


 そして瑠璃は笑みを浮かべるとポケットから、刃渡り十八センチはあるかと思われる出刃包丁を取り出して、刃先をトーさんに向けた。


 「瑠璃、そんなものどこで手に入れたの?は、早くしまいなさい!」


 「どうだっていいじゃないか。おねーちゃんは、おねーちゃんでいつまで経っても、その人かばってるし、気分が悪くってしょうがないよ。ボクは、ボクが出した結論は……その人を殺して、他の犯人も死んでもらわないとみんなが幸せになれないんだ!おねーちゃんがその人から離れないから……依存してるんなら、ボクはその人を殺す」




 その瞬間、街灯の下、瑠璃はトーさんに刃物を向けて走ってきた。トーさんはトーさんで「ここまで痛烈に言われたのなら、もう死んで償うしかないかもな」と瑠璃の前で、仁王立ちになっていた。私はこの状況を止める術がなかった。もう、仕方がない……。ここまで来てしまった大きな溝は、私が無理をしてでも、繋いでみせる!


 ザク。肉を突き刺したような鈍い音がした。瑠璃が包丁で突き刺したのは、トーさんの内臓ではなく、トーさんを庇(かば)った私の脇腹だった。気がつくと、私は必死になって身を乗り出してトーさんを庇っていた。オシャレなコートに血が滲み、滴ってその傷の深さを痛々しく物語っていた。あーあ、もう着れないかも。私、死んじゃうのかなぁ。そう思った。最期の気力を振り絞って、私は妹を叱った。


 「……やめなさいって言ってるでしょうが。だれも、だーれもとく……しないわ……よ」


 「おねーちゃ……ん?」


 「あい……」


 瑠璃とトーさんは目の前に現れ、包丁で突き刺され、倒れた私に茫然(ぼうぜん)としていた。私は軋むような激痛に顔を歪めながら、二人の大馬鹿に叱咤した。もう、これ以上喋ってたら、私は死ぬかも知れないなぁ……。


 「『命の価値で償(つぐな)え』とか私には分からないよ!!それで解決しようとかお父さんと一緒じゃん。卑怯だよ」


 「おねーちゃん……どうしてそいつを庇ったの?」


 おろおろしながら、私に聞いてくる瑠璃。


 「そうだよ。俺をどうして庇ったんだ?」


 トーさんもトーさんで分かっていない。


 「……瑠璃、一つだけ最後に聞いて。悪い人がどうして悪いことをするのか。それを考えたことはある?例えば、物凄くお腹が空いて死にそうな子どもがいて、パン屋から一切れのライ麦パンを盗んだ。その店主は子どもを探し出して、棒であざが体中に出来るほど殴った。それと同じことをしているのよ……」


 私は脇腹を押さえながら、瑠璃に必死に訴えかけた。


 「それからトーさん、私はどんなことがあっても、トーさんは悪人に見えなかったよ。よね……んかんの……生活でトーさんが見せてくれる『笑顔』。間違いなくホン……ノ……ね。」


 私は薄れゆく意識の中、ゆっくりと目を閉じたのだった。トーさんは私を抱きかかえながら泣いていたのだった。私にとって、それは最初で最後のトーさんが見せる「義父としての最後の最高な愛情」だったのかも知れない……。


 「あーい!!しなないでくれぇ!!」


 トーさんのわんわん泣く姿を瑠璃は泣きながら見つめていた。トーさんのことを根っからの悪人ではないと瑠璃にも分かったらしく、瑠璃はそれ以上攻撃してくることはなかった。なにもせず、ただ必死に私に謝って。そしてトーさんと一緒に泣いていたのだった――。

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