【第五部】第四章「復讐心と贖罪」



 次の日の夕方。私は夕飯の支度をするべく、台所に立って人参を洗っていた。


 「トーさん、夕飯は肉じゃがで良いよね」


 「ああ」


 私は野菜の面取りをし、白滝を包丁で切り、みりん、砂糖、醤油で味を付けたあと、味をしみ込ませるため、弱火にした。そしてトイレに行きたくなったので、トイレに入った。




 洗面所で手を洗っていると、瑠璃の財布らしき物を発見した。可愛らしい大きな猫の顔が縫いつけられた財布。中には家族の写真やポイントカード、小銭など大切な物がぎっしり詰まっていた。


 「瑠璃、財布忘れてるんじゃん!届けに行かないと!!でも、帰っちゃったし、家に帰るわけにもいかないし……いいや、届けに行こう!」


 私はそのとき、どうして昨日の夜に瑠璃を見たのか分かった。


 「トーさん、瑠璃が財布忘れたみたいだから届けに行って来るね」


 「ああ。寒いから気を付けろよ」


 トーさんは元気がなかった。返事も淡々としていた。朝からこんな感じだった。


 「トーさん、行って来るからね。鍋、吹きこぼれないように見ててね」


 「ああ」


 私は、「どうして元気がなくなったのかが心配だったのけれど、困っている瑠璃のことも心配だったので、急いで財布を届けに行くこと」にした。これで家に戻ることがあっても仕方ない!私は開き直り、そのまま家を出たのだった。バタン。私は玄関のドアを閉めた。冬空にその音が無機質に響きわたった。




**


 私は走っていた。瑠璃の姿を探しながら。私は走った。雪の中を。自分の妹を二度見違えるはずもばい、私にとって大切な妹、それが瑠璃だ。昨日どんなに困っていただろうか。それから、私の顔を見たいと、私の姿を必死に探し求めてきた、その健気な姿を想い、必死に走った。


 息を切らしながら私が行かなくなった高校の前に来た。自動販売機の前に、瑠璃が立っていた。降りゆく雪をボーっと見つめながら、棒立ちになっていた。


 「あ、おねーちゃん、来てくれたんだ。あの人と一緒にいたんじゃなかったんだ」


 瑠璃の目には輝きがなかった。澱んだ目で乾いた笑いを浮かべていた。


 「瑠璃、財布忘れてたよ。これないと困るんじゃないの?」


 「いいんだ。ボクはいいんだ。風邪引いたって構わない。おねーちゃんに裏切られたって構わない。……もう生きてく気力もない」


 「あなた、自分がなにを言っているか、わかっているの?」


 私は瑠璃が喋っているその一言一言に寒気がしていた。


 「ボクはおねーちゃんに裏切られたんだ。『おとーさんを殺した共犯者』と同居して、おとーさんのこと忘れて。おとーさんを殺した人を「トーさん」って慕って仲良くして」


 「瑠璃、分かんない、おねーちゃんに分かるように説明して。お父さんを殺した人ってなに?よく分からないんだけど」


 私は、瑠璃がなにを言っているのか、さっぱり分からなかった。


 「……まだ分からないの?おねーちゃんは、おねーちゃんと今一緒に生活している人は!『お父さんを殺した張本人のひとり』なんだよ!お父さんは四年前詐欺に遭って自殺したんだよ!!その共犯者なんだよ!!」


 「……えっ!!」


 私は、瑠璃がどうしてそんなことを知っているのかが、まったく分からなかった。瑠璃は信じ込みやすいところがあり、瑠璃は誰よりもおねーちゃん想いで、家族想いだった。そんな瑠璃が今、目を三角にして、人が変わったように激怒していた。ここまで怒っている瑠璃の姿を見たのは私にとって初めてだった。


 「おねーちゃんはそんな男の人とずっと一緒に住んでて、なーんにも感じなかったの?おかしいよ!!なにかあるとは思ってたけど、なにか唆されたんじゃないの?一緒に住んでて情に流されたとか?」


 「違う!私とトーさんの関係はそんな浅はかなもんじゃない!!トーさんは、トーさんはお父さんを殺してないよ!!」


 私は、瑠璃が、「トーさんのことを罵(ののし)っている姿」を見ているが私にとってはとても辛かった。私は、精一杯泣き叫びながら、「瑠璃の言葉」を否定していた。




 「やっぱりなにさ、その『トーさん』って呼び方は。あの人を、おねーちゃんは『父さん』って慕いながら生活してたの?気持ち悪い!ボクたちには、お父さんは『秋月 常盤(あきつき ときわ)』一人しかいないんだよ!!いい加減、目を覚ましなよ!分からないの?」


 私は瑠璃に怒鳴られ、やっと目を覚ました。私は非常に情けなく思った。しかし、なにかが引っかかっていた。


 「……おねーちゃん、分かったんなら、家にもう帰るよ!本当はボク、詐欺師の犯人なんかめちゃくちゃにしてやりたいくらいに憎いんだけれど、そうやって心が晴れるんなら、今頃とっくにやってるよ」


 瑠璃は激怒して、私の手を引っ張っていた。私は最後に聞きたかった。どうして「あの人」が、そんなことをしてしまったのかを。


 「ねぇ瑠璃、もう一回聞きたいんだけど、どうして『トーさん』が人殺しだって分かったの?」


 「ねぇ、その『トーさん』ってのやめない?……それは、あの人が書いてた日記帳見ちゃったからなんだよ。おねーちゃんのとこに、おさいふ取りに行って、それで家の鍵が開いてて、たまたま部屋に入っちゃったんだ。そしたら日記があって。前にも、警察の人とか、新聞の記事を見たり聞いたりしててね」


 「無断で侵入して、トーさんの日記を見たの?!あなた、それで人殺しって、随分都合よすぎない?ハッキリ言うよ。私、本人から聞かない限りは、信じないからね。そんな嘘っぱちな理由を信じるよりも、直接聞いた方が早いよ。」


 私は瑠璃の言葉が信じられず、家に引き返して直接聞くことにした。


 「おねーちゃん、帰らないの?」


 「やることが出来た。いいから瑠璃も来て。今、トーさんに会いに行く。直接聞いた方がアンタも納得行くでしょ。」


 私は、ごちゃごちゃ文句を言っている瑠璃を、強引に引っ張って家まで走って行った。




**


 戻ってきたそして家に着いた。時計の時刻は既に夜九時を回っていた。トーさんは家におらず、鍋の火は消え、リビングには、静かな雪の降る音と寒さが虚しく残っていた。私と瑠璃はその場に立ち尽くしていた。そして書斎に瑠璃がもう一度、「例の日記」を取りに行こうとしたとき、私は一通の手紙が机の上に置かれていたのを発見した。




**


 同居人のお前へ。


 妹さんに俺の素性がばれ、生きていく気力もなくなったので、鏑木市の出会った港で死ぬことにしました。


 今まで怖くて話せなかった、俺の過去をここに記しておきます。


 俺は小さい頃、兄弟の多い貧しい家庭の子どもでした。そんな兄弟の長男だったからこそ、両親や兄弟への愛情は妬ましく、大人になってもそれは変わりませんでした。俺がお前さんのお父さんを騙してしまったのは、今から八年前のことでした。


 俺には「黒石 彰」と言う頭のいい友人がいました。黒石は、人一倍頭の回転も速く、世論に対して不満を抱いているような難しい男でした。悪だくみもし、その気になれば、世界征服をしてしまえるようなそんな男でした。


なにを考えているか分からない男でした。黒石は大学時代に知り合った「唯我 忠護」と言う男を連れてきて、会社を立ち上げたいと言いました。


 俺はそのとき無職でした。正直、金が欲しかったので、必死に立ち上げた会社で、唯我と働いていました。その会社は、老人から土地を買い、その後若い人に売るというビジネスでした。


ある日、秋月 常盤さん、つまりお前のお父さんに当たる人が家を建てたいと言って会社に来ました。俺は笑顔で応対し、たくさん常盤さんと話していました。そして、黒石はうまく常盤さんを丸め込むと、ローンを組ませて二千万円近くの大金を常盤さんから騙し取ってしまったのです。


 詐欺の計略は割愛しますが、俺のこともすっかり信頼してくれていた常盤さんが騙されて、契約書にサインするとまで思っていませんでした。黒石は俺と唯我の前に分け前としての金を置いて、そのまま、姿をくらましてしまいました。


しかし、俺にとってこの金を使うことが出来なくて、俺はその重さと罪悪感に三日三晩うなされていました。一時は死のうと思ったくらいでした。




 そして、気付けば手首を切っている事が多くなっていました。


 毎日毎日、枕元で常盤さんが囁(ささや)いているような気がし、自傷行為に苛まれていました。そして、気が付くとお前さんのお父さんが亡くなったと言う事を聞きました。それを聞いた俺は、青くなりました。


 俺はせっかく入った会社を退職せざるを得ないくらいに病んでしまい、街の中をふらふらと歩く事が多くなりました。肩をぶつけられ、喧嘩を売られることも多く、その腹いせに怪我の賠償金をせしめることも多くなり。「人から奪うことだけ」は上手くなっていきました。俺の懐は暖かくなっていました。しかし一向に、心は寒いままでした。


 聞いた話によれば、もう一人の共犯者の唯我は、何度も何度も断られながらも、お前のお母さんである柚木さんのもとに、足を運んではお金を返そうとしたと聞きました。黒石は結局行方をくらましたままで見つからずに。


残された俺一人、自首する勇気も無く、自殺する勇気も無く、かと言って、謝りに行く勇気もなく。ふらふら街と歩いていたときに、会ったのがお前さんでした。俺はそれを「神からの思し召し」だと思って受け止め、お前さんに、有り金全部はたいて進学させ、一緒に生活する事に使って行きました。せめて父親の代わりになりたいと思ってやっていたのです……。




 そして、俺がお前さんのお父さんを思い出さなくなり、段々と罪の意識が薄まっていったと思っていました。しかしそんなときに、お前さんの妹である「瑠璃ちゃん」が現れたのです。俺の罪悪感がまた妹によって呼び起こされました。


俺のしてきたことは、瑠璃ちゃんの口から、お前さんに伝わって、お前さんは、俺に対して憎悪感を抱いて、俺を悲しい形で裁くでしょう。そうなる前に、俺は死ぬことにしました。




 そして、詐欺をしているときに分かってしまったお前さんの名前をもとに探していて、実は、お前さんの名前を分かっていました。今も父親ではないけれど、せめて父親として呼ばせてください。藍(あい)、今まで本当に楽しかった。ありがとう。


 冬野 蘇芳 (ふゆの すおう・トーさん)より。




**


 「トーさん!!死んじゃ駄目!!」


 私は外を出て、トーさんの車を確認した。しかしトーさんの車はなかった。


 「おねーちゃん、分かったでしょ。行こうよ」


 「瑠璃、アンタもきて。一刻を争う事態かもしれない。」


 私は冬の海で思い当たる節があった。トーさんは冬の海が大好きだと言うことを。そして出会ったのも鏑木市の港だった。そして何回か海釣りに連れて行ってもらったことがあった。そのときは全然釣れなかったけど。外はすっかり真っ暗で、冷え込みも激しくなって雪が降っていた。私は懐中電灯を手に持ち、必死に走った。


 「瑠璃、走るよ!」


「え!?どこに行くの!」?


 私は港へ向かった。正直、間に合わないかも知れない。それでも走った。大切な人の命を守るために……。

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