【第五部】第二章「嘘はいずれ分かるもの」
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「おねーちゃんに、ああいう風に言われたのは良いけど、お母さんにどう伝えようか。絶対怪しいと思うんだよね」
ボクはおかーさんにどう話すべきか悩んでいた。正直、おかーさんを心配させたくないし。雪が舞って、どうやら電車も若干遅れ気味のようだ。遠くまで歩いてきて、疲れてしまったよ。ボクは少し休もうと思い、自動販売機の前に立った。
「うう、今日は冷えるなぁ。おねーちゃんのとこに、長居し過ぎてしまった。外は雪が降って来ちゃったよ。ホットレモネードでも飲むかぁ」
ボクは寒さに震えながら、お尻のポケットに手を突っ込んだ。しかし、いつも持ち歩いている「大きな可愛い猫のおさいふ」がなくなっていた。
「あ、おさいふがない!どこに落としたんだろ?もしかしたら……唯我さんのおうちかなぁ?なんてボクはバカなんだっ!!」
ボクは、間抜けな自分を責めて、頭をポカポカと殴った、そして頭を抱えながら自販機に身を預けた。雪が白く舞い、少しずつ寒さが増してきた。おさいふ、見つかるかなぁ……。
「……おねーちゃん、まだ『唯我さんのとこ』にいるかなぁ。積もる前に、暗くなる前に、急いでおさいふを取りに行かなくちゃ!」
ボクは走り出した。降り続ける雪は、ボクの身体をより冷やしていったのだった。
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そして、唯我さんとおねーちゃんの住んでいるアパートに着いた。
「『幸せの家』。うん、間違いない!おねーちゃん、家にいるかなぁ」
ボクはインターホンを押した。しかし、一向に返事がなかった。仕方ないのでもう一回押した。
「あれ?出かけちゃったのかな。……困ったなぁ。今度、いつ来れるか分からないし……これじゃあ、帰れないよ。どうしよう」
ボクはその場に座り込んで、しばらく待っていようかとも考えた。しかしボクは三分もしないうちにじれったくなってしまい、立ち上がって玄関のドアノブを捻ってみた。いけないことをしている。そう思うけれども、早く帰りたかったから。
「……開いちゃったよ。どうしよう」
ボクは予想外の出来事に混乱して、悩んでしまった。けれど、魔が差して「留守中の家」に入って行った。心は忍びない気持ちでいっぱいだった。
「……いいや、入っちゃえ!ボクは自分のおさいふを取りに来ただけだし。ささっと出ればいいだけだしね」
ボクは自分に言いわけしながら、小声で「失礼しまーす」と言いながら。靴を脱いで、忍び足で玄関から入っていった。
「おさいふ、おさいふ……うーん、見当たらない。困ったなぁ」
ボクは気が付くとリビングを探し、机や流しの上を見て、居間に行ってみるけれど、見つからなかった。ボクは無我夢中だった。
「やっぱりどっか落としたかなぁ。あ、トイレ探してなかった!」
ボクは、思い当たる最後の場所はトイレだと思った。そしてトイレだと思って部屋のドアノブを捻った。
「……うわっ、ここトイレじゃないじゃん。でも綺麗にしてあるなぁ。よく掃除してあって、本がぎっしり詰まっているよ」
ボクが入り違えた部屋は、総計三百冊以上あるかと思われる書斎だった。おねーちゃんがやったのだろうか。一冊一冊の本は、綺麗に整頓され、フローリングはワックスで磨かれ、ボクの興味本位をそそったのだった。ボクは本棚の本を一冊一冊、手に取って見ていた。すっかり「悪いことをしている気分」から解放されて、人の家で自己中心に動いていた。
「六法全書?株式市場?FX?難しい本ばっかだなぁ。あ、経済の勉強をしているって言ってたっけ」
そして、ボクは机の上に目が行った。そこには、使い込まれた銀色の万年筆やカッターナイフ、インクの瓶。そして、電卓や消しゴムなどが散らばり、中央には二冊の日記帳が無造作に積んであった。
「やけにぼろっちい日記帳だなー。唯我さんのだろうな。おねーちゃんはこんな日記帳使わないだろうし。たぶん、この部屋は唯我さんの部屋だろうな」
ボクはそのまま日記帳を戻そうとした。「他人の日記を読む趣味はない」と思っていた。けど納得がいかなかった気持ちがまたこみ上げてきた。正直、おねーちゃんと同居している男の人を「はい、そうですか」と簡単に信用できるはずがなかったからだ。疑いが募り募って、ボクは思い切って、その日記帳を開いてしまった。
「大したもんじゃないだろうし、読んじゃっても構わないよね。大丈夫、大丈夫」
自分に言いわけをしながら……。
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今日は久し振りにアイツの笑顔を見ることができた。俺の罪もやっと償えるときが来た。嬉しい。
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今日は食事に連れてってやったよ。アイツは楽しそうだったし、被害に合わせてしまった、常盤(ときわ)さんの顔もあまり思い出さなくなってきたな……。
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「常盤さん?なんでここにお父さんの名前が?アイツ?……そもそも俺の罪って?」
ボクは好奇心が収まらなかった。そして日記をさらに捲(めく)ってしまった。
「あ、この日あたりは、日記が飛び飛びに書いてあった!……10月10日。この日は確か、おねーちゃんが家出した日だったっけ」
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××年10月10日(水)
……困ったことになった。常盤さんが自殺してしまったそうだ。困った。そして、まさかその娘さんが、目の前に現れるとは思わなかった……。「俺が詐欺に遭わせてしまった人の娘」とこんな形で出会うことになるとは。いや、俺もずっと心で祈ってはいたけれど、天の思し召しなのか?それとも罪を悔い改めよって意味なのか?贖罪(しょくざい)しなさいって意味なのか?混乱している。追い返すわけにいかないし。……どちらにせよ、俺は死ぬわけにはいかなくなってしまった……。
「え、これってどういうこと?まさかまさか」
ボクは更に日記を捲(めく)った……。
××年8月30日
この事実をしっかり刻んでおきたいので、書いておくことにする。
大学を卒業して五年が経った。大学の旧友だった黒石 彰(くろいし あきら)ビジネスがしたいからと電話が掛かってきた。正直、就職先に困っていた。そんな中、唯我 忠護(ゆいが ただもり)と名乗る男性と共に会社を経営することになった。
しかし、俺が黒石から頼まれたビジネス。それは「詐欺」だったんだ……。事実はどうあれど、一つの家族この被害に巻き込んでしまったのは否めない。このお金をどうするか、そして、これからどう生きていけばいいのか。主犯の黒石は行方知れずだ。まさかこんな事になるなんて……俺はもう死んでしまいたい。
俺は警察に捕まるのだろうか……?
ボクは日記のそのページに血染みが出来ていることに気が付いた。「この人はこの日記を遺書としながら、自殺を図ろうとしていたんだろうか」と思ったのだ。
「まさか……ね」
ボクは青ざめていた。日記を持つ手には、じわりと汗が滲み、かなり混乱していた。そして自分の中で、薄々事実が分かりつつも、受け入れられなかった。そして更に日記を捲った。もはや、悪いというよりも、自分の中の気持ちが抑えきれなかったんだと思っていた。
「あ」
日記の隙間から一枚の煤けた新聞のスクラップがひらひらと舞って床に落ちた。それはとっても見覚えのあるスクラップだった。
「お父さんが自殺した日の記事だ。ボクが図書館で見たのと同じ……」
ボクはその言葉を言い終えた後、同時に良く分からない嫌悪感や憎悪感が襲って来るのを肌で感じていた。悪魔が「憎い、アイツが憎い、殺してしまえばいいんだ」とボクに囁いているような気がした――。
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