【第五部】第一章「……うそ、見つかった!?」



 「トーさん、早く車、出して!!」


 私は地下駐車場に車を止めていたトーさんに言った。トーさんはもたもたと音楽を選曲していたので、瑠璃も追いついてしまう。瑠璃はトーさんの車の窓ガラスを叩きながら必死に訴えていた。


「おねーちゃん!!逃げるの!?その男の人はだれ!?おかーさんが心配してるんだよ!!」


トーさんは私の顔を見ながら言った「……出なくていいのか?」と。でも、私はそのまま無言で頷いたので、トーさんは発進させた。私は涙を拭きながら「ごめんね、ごめんね」と言ったのだった。




 瑠璃は私を必死に追いかけたけれど、どんどん加速する車には追いつけなかった。転んで雪と砂と泥にまみれながら、わんわん泣いていた瑠璃の姿が後ろの窓から見え、私の胸を締め付けるのだった――。




 翌日の朝。瑠璃は諦めて帰っただろうか。それとも、寒さの中、私を追ってずっと、霧前市に残っているのだろうか。いろんな心配ごとが、私の頭の中を回り巡っていた。


 「うー、冷え込みなー。おい、雪降ってたぞ」


 トーさんがゴミを出してから部屋に戻ってきた。私は少し、瑠璃に対して「かわいそうなことをしたかな」と昨日の夜あれから何度も思い返していた。もう私はこれ以上、家族に会わせる顔がなかった。そして昨日から、私に「良くない考え」が沸き起こっていた。昨日、「もしあの場所で、私がトーさんを切り捨てていたら、私はきっと自由だった」と思う。けれど私の心の中に刻まれた「トーさんの存在価値」は簡単に切り捨てられるものではないほどに、とても大きかったのだ。


 私の弱い心は「それを切り捨ててしまったら」、死んでしまうじゃないかって思っていた。「家族か。それとも義父か?」私は、今、究極の選択を迫られている。私は「トーさん」と「瑠璃」の二人を選ぶことが出来るのだろうか?


 そう言えば、トーさんは私のことをどう思っているんだろうか。私は四年間ちょっとの間、一緒に生活してきて、トーさんがとても大好きになったのだけれど、トーさんは私のことを必要としていて大切に思ってくれてるんだろうか。今、私はとても不安になっていた。




**


 更に一週間が経った。暦の上ではすっかり冬の真っただ中。朝から冷える日だった。トーさんは、いつもは仕事だけれど、今日はたまの休日で。私もアルバイトも大学も休みだった。だからお互いにゆっくりと家にいられる日だった。私は、溜まっていた洗濯物を洗うことにした。トーさんの家で、こうして家事をすることだいぶ経っている。学校が変わって、交代制になっているけれど、今まで苦になったことはほとんどなかった。むしろ、わたしには、恩返しをしたいと思う気持ちさえあったのだ。


 昼の日が高い時間、絶好の干し具合になり、私は外気を肌で確認してから、「洗濯物が凍らないだろうか」と思いながら、干すべく洗い終わった洗濯物を、洗濯機から回収しにいった。ここんとこずっと「お互いに」忙しかったため洗濯物も、相当量溜まっていた。私は、洗濯物の皺(しわ)を叩いたり、振ったりして伸ばして、ぴんと張って物干し竿に干していった。やっぱり、外は寒くって寒くって。今着ているエプロンとセーター、それから重ね着をしただけでは身震いがしていた。


 


 「朝から精が出るなー」


 トーさんも茶化しに来たのか、タバコを吸うためなのか。ベランダに出てきた。私は笑いながら、「ここ数日間家に早めに帰れなかったことや、今、溜まっていた洗濯物を干さないとダメだ」とか。トーさんとそんなことを話しながら、一緒に洗濯物を干していた。今日は、なんだか寒さで空気が張り詰めているが、私もトーさんも久し振りの休日の為か、気持ちが弛緩し、私はすっかり油断していた。




 「おねーちゃん!!ここにいたの?」


 聞き覚えのある声がし、下を見ると瑠璃がいた。びっくりしてしまった。ベランダを仰ぎ見るようにして、見ていた。少し着込んでいたようだが、寒そう震えながら私を探していたのかも知れない。私は、瑠璃のそんな姿に根負けしてしまった。そして、トーさんの了承を得て、瑠璃をトーさんの家に入れることにした。




**


 「おねーちゃん、探したんだよ!!……やっと見つけた。おかーさんも、家で話したら、おねーちゃんに会いたがってたんだよ!!こんなとこでなにしてるの?早く家に帰ろうよ!」


 「……瑠璃はどうやってこの場所を探し当てたの?」


 「その男の人の車のナンバーだよ。『鏑木 500 な 10-10、黒いワンボックスの車』。しっかり覚えてるんだから。おねーちゃん、鏑木市に住んでて、おばちゃんじゃなくて、男の人の家で生活してるじゃんか!どういうこと?わけを説明してよ!!鏑木市の中を一軒一軒回ってさ、やっと見つけたんだからねっ!」


 瑠璃に言い逃れができないほどに、状況証拠を掴まれてしまった。この子の執念はどこから来ているのだろうと私は驚きつつ、恐怖さえ感じていた。


 「この女の子はお前の知り合いか?」


 「この男の人は、おねーちゃんの知り合い?彼氏?なんなの?」


 私はこうなるだろうとは想定はしていなかった。迫り来る質問を捌(さば)きれるほど、私は優れた頭を持っていない。それに、とっても混乱していた。だから、必死に訴えた。


 「もー、一人ずつ順番に話してよ!!お願いだからっ!」


 そして、瑠璃のことをまず説明した。


 「と……、あ、ごめんね、紹介します。私の妹の『瑠璃』です。歳は五歳離れています。」


 瑠璃はそっぽを向いて不機嫌そうにしていた。


 「よろしくな。なーんか妹さん、不機嫌そうだな」


 「そして、こちらの方は……」


 そう言えば、「私はトーさんの名前を聞かされていなかった」と今になって気が付いた。言っても状況も厄介で、瑠璃に上手く説明できないじゃないか。瑠璃がそれで納得してくれるとも思えないし。そもそも私が「知らない男の人と同棲している」と瑠璃は聞いたら、どんな顔をしてしまうのだろうか。私は非常に困っていた。しかしトーさんは、私が話す前に自分から喋り出していた。


 「俺は、秋月さんの友人の兄で、経済学の勉強をしている『唯我(ゆいが)』と申します。彼女と大学で知り合って、趣味も合っていたので、時々俺の家に遊びに来ているんですよね」


 「じゃあ、どうして唯我さんの洗濯物をおねーちゃんが干してたんですか?」


 「それは……」


また追いつめられる私。今日の瑠璃は、特に鋭いところを突いてきた。


 「俺がだらしないから、いつも遊びに来たついでに、洗濯物も干してくれるんですよ。いつもお姉さんには怒られてますね。俺の方が二回りも上なのに」


 トーさんは瑠璃にそう返し、にっこりと笑った。しかし瑠璃は納得がいかない様子で、ずっと私の方を睨んでいた。


 「……おねーちゃん、ここにいないでうちに帰ろうよ。おかーさん、心配してるよ」


 瑠璃は私の腕を掴み、上目遣いで訴え、身体を揺らしながら訴えてきた。私は答えるのに非常に困っていた。


 「そ、それは……」


 「どうして、そんなに帰りたくないのさ。なにか絶対言えない理由があるんじゃないの?帰れない理由が!」


 瑠璃の言葉は鋭くて、私の心に入り込んで来た。私は瑠璃の異様な剣幕と心の中の罪悪感で心はズタズタにされてしまいそうだった。


 「…………」


 「おねーちゃん、行こうよ。ね、ね?」


 瑠璃は私の手を引き、立ち上がって無理やりに外に連れ出そうとした。私は唇をギリッと噛み、心で必死に抵抗していたが、しかし、思うような言いわけが出て来なかった。


 「まぁ、妹も来たばっかりし、外は寒いよね。ちょっとお茶していきませんか?それからでも、構わないよね?」


 トーさんは、瑠璃に笑いかけ、渋々座らせたのだった。私は「今日のトーさんの間合いの良さ」に感嘆していた。それから、私は、お茶を急須に入れ、お菓子をお盆に乗せて、トーさんと瑠璃の前に置いた。私とトーさんは、「瑠璃が今納得していない点を上手く聞き、そして消化させながら、そして瑠璃を納得させながら」淡々と話を進めていった。


 「……おねーちゃんは今わけがあって、ここに住ませてもらってるんだね。それは分かった。じゃあ、やるべきことを済ませて、早く戻ってきてよ!」


 「……分かってるよ。瑠璃も身体に気を付けてね。お母さんによろしくね。また、私の方から連絡するからね」


 「分かった。それと、おねーちゃん、また遊びに来ても良いかな」


 「いいよ」


 「嘘吐いてたら承知しないから!」


 私には、瑠璃の目が一瞬殺気立っていたように見えた。気のせいだろうか。私は乾いた笑いを浮かべながら瑠璃を見送った。そして瑠璃はやっと帰ってくれてホッとしたのだった。




 「なんかとても激しい妹さんだなぁ。お前もそろそろ、家に戻るべきときが来たんじゃないのか?」


 「……もう少し、もう少しだけでも、いさせてくれないかな?お願いだから」


 私はトーさんにしがみ付いて、泣いた。嘘をついている苦しさと背徳感。瑠璃の健気さと自分の罪悪感。いろんな感情に押し潰されそうだった――。

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