【第四部】第二章「ぶっち・再来」



 ボクがおねーちゃんの連絡先を聞き、そして、コウサカくんの連絡先を聞いてから。数日が経った。時間は学校の休み時間。コウサカくんから聞いたおねーちゃんの番号に何度も何度も連絡するも、おねーちゃんはなかなか電話に出ずに、ボクにとってとても悲しい気持ちを呼び起こしていた。


 「只今、電話に出ることが出来ません。ピーっと言う発信音の後に……」


 ガチャ。ツーッ、ツーッ。無機質な音がスピーカーから空しく流れ、電話の主(あるじ)の不在を告げていた。ボクはスマートフォンを耳から離した。


 「おねーちゃん、また繋がんないよ」




 そして午後の休み時間。ボクは、夏稀と一緒に体育館裏にいた。そして今度は夏稀のスマートフォンを借りておねーちゃんに電話をしていた。作戦を変えてみようと思ったのだ。


 「今日で十二回目だね。今ちょうど午後三時だから、今日と言う日付に入ってから、一時間に一回以上掛けてることになるよ。アンタも良くやるわー」


 夏稀はボクに飽きれていた。そしてまだ、親以外ほとんど登録もしていない、新品のスマートフォンをバッグにしまった。夏稀のことだから、このスマートフォンも一年もしないうちにボロボロになるのだろうとボクは思った。


そしてヴーッ、ヴーッと音を立てて、スマートフォンのバイブレーションが鳴った。


 「まさか、おねーちゃん?!夏稀、早く出して!」


 「待って、ちょっと待って」


  夏稀は肩掛けバッグのチャックの開閉に、若干手こずっていた。そして、なんとかバッグの中からスマートフォンを取り出した。


 「ん?!海原さん?どうしてこんなタイミングで?」


 「いや、それよりも夏稀、どうして海原さんとちゃっかり連絡先を交換してんの?」


 「いやー、海原さんとあの後、仲良くなっちゃってさぁ。うちのお母さん、クラシックジャズとかが趣味だったらしく、聴いたことある曲とかお話ししたら、ぜひ、『連絡先の交換を』って迫られちゃって」


 夏稀はことの経緯を長々とに話していたので持っていたスマートフォンは、留守電モードに入ってしまった。ボクは、慌てて夏稀にそのことを告げ電話に出させた。


 「はい、もしもし」


 夏稀は声のトーンを一段階高くして電話に出た。


 「コウサカです。その声は夏稀さん?」


 「は、はいっ!!どうなされたんですか?」


 「憧れのコウサカくん」と聞き、夏稀のキャラには更に猫が被った。ボクはさすがだなぁと思っていた。そして、電話越しに確かに聞こえた。


 「そこに、瑠璃さんいる?」


 夏稀はボクをちらりと見た。そして、噛み付きそうな剣幕でボクを睨んだあと、電話口の相手に意識を戻した。ボクは本当に器用なものだと思った。


 「い、いませんよ。ど、どうしたんですかー」


 夏稀は乾いた笑いを浮かべながら「コウサカくん、コウサカくん」とはしゃぎつつ電話を続けていた。


 「うん。大した用件じゃないんだけどさ、今日の放課後、空いてたらさ、瑠璃ちゃんに『ぶっち』に来るように伝えてくれない?」


 「あっ、はい。分かりました。時間はどうします?」


 「うん、何時でも良いよ。俺、今日のバイトは、夜七時まであそこにいる予定だからさ」


 「分かりました。伝えときます」


 夏稀はそう言ったあと、コウサカくんに続けざまに切り出していた。


 「あの、それはそうと、お話しませんか?」


 「ごめんね。これ、海原さんの携帯だから。電話長くなるといけないから切るね」


 ガチャ。ツーッ、ツーッ。むなしく響く電話音。


 「くっそーっ!!」


 夏稀は黄色い声で嘆き叫ぶと、スマートフォンを肩掛けバッグの口を開いて投げ込んだ。この間およそ五秒の素早い技だった。ボクは、なぜ夏稀が悔しがっているのか、少し分かったような、分からないようなおかしな気分だった。


 「どしたのさ、夏稀」


 「アンタばっかり、アンタばっかり……。」


 夏稀は校舎の壁に手を当てて俯(うつむ)くと、呟くようにボクを呪っていたようだった。しかしボクは全く恨みを買われるような筋合いがなくって、頭の上に一つあった疑問符が三つぐらいに増えた気がした。そして夏稀は落ち着くと、ボクに用件を伝えてきたのだった。


 「今日の放課後、『ぶっち』に来なってコウサカくんが言ってたわよ。……それと私も行くからね!!」


 そう言うと、夏稀は、先にすたすたと教室へ戻って行ってしまった。


 「んー、何か分かんないけど、なんで夏稀の機嫌悪いんだろう。ま、いっか」


 ボクは夏稀の背中を必死に追って行ったのだった。




**


 そして放課後になり、学校からまた歩いて夏稀と一緒にカフェに来た。ボクも夏稀とおんなじくらいにこの居心地の良い空間が、すっかり気に入ってしまい、元気に挨拶をして入って行った。


 「こんにちはー、うっみはっらさぁーん!!お疲れ様でーっす!!」


 「アンタ、他のお客さんいたらどうすんのよっ!!バカッ!」


 ボクの後頭部に、夏稀は勢いよくクロスチョップを決め、ボクの後頭部からは、今にも湯気が立ちのぼりそうな感じの痛みを発していた。思わずこぶは出来ていないかを確認してしまった。


 「いや、元気がいいのはいいことだよ。クロスチョップ、ナイスだ!」


 海原さんは「グッジョブ」と親指を立てて、夏稀を褒めていた。夏稀は、照れ臭そうにそっぽを向きながら「やり過ぎました」と軽く笑ったけれど、少しボクはふて腐れてしまった。


 そして、コウサカくんがホットミルクと紅茶を持って、ボクと夏稀に「まあ座りなよ」とけしかけた、ボクたちはコウサカくんにお礼を言ってそっとカウンター席に座っのだった。




 「んー、やっぱり冬はホットミルクに限るよ。コウサカくん、ボクの好みをよく分かってるね!」


 ボクはホットミルクを半分くらい飲んで、マグカップを机に置くとコウサカくんを褒めた。そして目を輝かせながら、ホットミルクに対する情熱を海原さんに語ってみせた。どうやらここで使っている牛乳も良いものらしい。


 「で、今日は私たちをどうして呼んだんですか?」


 夏稀はカウンター席から身を乗り出すようにして、コウサカくんに聞いた。


 「いや、大したことじゃないんだ。少し長くなるけどね。」


 そう言ってコウサカくんは話し始めた。




**


 「思い出したんだけど、かなり前の十一月にさ、霧前市の大型モールに「アインシュタインの本」を買いに行ってきたんだよね。その日は少し朝から冷え込む日でさ、高校が集団インフルエンザに罹(かか)って急に休みになっちゃったんだよね。で俺は家にいるのも暇だったんで、電車に乗って遠くまで足を運んだんだ。




 霧前市に行ったことがあるなら知ってると思うけど、インターチェンジの近くにさ「TOYO」って時計ブランドが出資してできた大きなショッピングモールがあるんだ。そこの五階が本屋と服売り場のフロアなんだ。今度行ってみるといいよ。それで俺は、「アインシュタインの相対性理論」を探してたら、そしたら、本棚の向こう側にモヒカンでブラウンジャケットを着た「チョイワル親父」って言うのかな。そんな風貌の背の高い男の人と高校生の女の子が親しげに服売り場付近を歩いてたんだ。




 俺、ここで知り合いで会うのもなんだと思って、ちょっと敬遠してはいたんだけど、ちょっと気になっちゃっててさ。やけに見覚えがあった、秋月に良く似てたんだよね。ここしばらく秋月は学校に来てなかったし、心配してたんだ。でもちょっと高校に来てるときと雰囲気が違ってたから、声掛けづらかったんだ。でも思い切って声掛けてみたんだ。そしたら……」




 「……そしたら?」


 ボクと夏稀は息を呑んでを答えを待った。ピーッ!!っと、やかんから音が鳴った。答えを待つと同時に、お湯が沸騰したことを知らせたのだ。聞き入っていた海原さんはあわててコンロにやかんを取りに行った。




 「……秋月だった。ごめんな。黙ってて」


 「本当ですかーっ!」


 夏稀は、机の上に両手を突いて立ち上がった。マグカップがその振動で激しく揺れる。


 「まだ続きがあるんだって。落ち着いて」


コウサカくんは夏稀を制するとそのまま話をつづけた。




 「それで、俺は『久しぶりだね』って感じで話をしてから、少しばかり世間話をしたんだ。それから今どうしてるかを聞いたんだよね……」


 「でっ、でっ、何処だったんですか?」


 「夏稀、黙って聞きなよ。」


 ボクはコウサカくんに喰って掛かりそうな勢いの夏稀を、右の手の甲で制した。そして、コウサカくんは話を続けた。


 「でも、黙って逃げられちゃったよ。知り合いに会いたくないみたいな雰囲気でさ、さっさと行っちゃったんだよね。」


 「そうですかー。だって、瑠璃」


 夏稀はボクの背中をポンポンと叩いて励ましてくれた。


 「おねーちゃん……生きてて良かった。それだけでも良かった」


 ボクは目元に涙を溜めていた。そして、じわじわと泣いてしまった。目を両手で覆ったけれど、涙は溢れて溢れて、ホットミルクの中に零れ落ちてしまった。


 「今行ったら会えるかもしれないっ!!」


 そう言って、ボクは勢いよく立ち上がると、カバンを持って走り出した。


 「ちょっと、待ちなさい、瑠璃っ!!」


 夏稀は呼び止めるが、ボクの耳にはその言葉は入らなかった。ただボクは会いたかったんだスタミナを気にしている余裕も、寒さも時間なんかも関係なかったんだ……。


 取り残されていた夏稀は、店の戸口から戻ると、海原さんに「彼女を止めるな、行かせてやりなさい」と宥(なだ)められて、静かに、残った紅茶を飲んでいたみたいだった。コウサカくんもその様子を一連の流れを見て、俯(うつむ)いてそのことについて考えていたようだった。

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