【第三部】第三章「BLACK Side-B-(三)」



 秋月さんからの振り込みを確認して、俺は黒石のもとに通帳と帳簿を渡した。黒石は、最近、他にもビジネスをやっているようだった。それの利益が会社に入っていたようで「ドーベルマン」の経営が先行き不透明でも、しっかりと運営は保たれていた。ただやんの話によると、黒石は最近のペットブームに乗っ取って、少しずつスポンサーを付け、ペットビジネスを展開していきたいと話していたらしい。俺が突っ込んで聞こうとすると、教えてくれなかった。




 秋月さんは、今度は奥さんを連れ、平日の休みを取ってオフィスに訪れた。奥様は柚木(ゆずき)さんと仰っていた。俺は家族の顔を見られたのが嬉しくなり、笑顔で出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました。秋月さん、いや常盤(ときわ)さん!奥様も来て下さってありがとうございます」


 常盤さんは嬉しそうに俺の顔を見て言った。そして奥様を紹介してくれた。


 「ああ、紹介するよ。妻の『柚木(ゆずき)』だ。いつもありがとう」


 「いえいえ。こちらこそ」


 「若いのにホントしっかりしてるわね。あのチラシ、捨てなくてよかったわね、ね、お父さん!」


 「ホントだなぁ。新しい家が建つのが楽しみだよ」


人と人との繋がりは暖かい。俺は改めて思った。そして、黒石がオフィスに入ってきて、応接間にご夫婦を


を案内していた。俺も応接間に行くことにした。ただやんは書類整理に追われていたようだった。




 「さて、ローン契約ありがとうございました。……お父さん、家を建てたいんですよね?宜しければ、腕のいい大工さん、紹介しますよ!」


 「あなた……ちょっと払い過ぎじゃないの?ちょっと私心配だわ。少し、焦りすぎじゃないかしら。幾ら金利が安いとはいえ、月五万円払っていったら、私たちはおじいちゃん、おばあちゃんになっちゃうわ」


 柚木さんは常盤さんの服を引っ張りながら言った。柚木さんが言うのも無理はないと思う。常盤さんは既に、契約とはいえ、「五百万円の預金」を溶かしていたからだ。そして、更に八百万円のローン契約を交わしていたのだ。土地は確保したし、これからゆっくりと「終の棲家」を建てるのも悪くない。俺ならそう思うのだが、しかし、黒石は違っていた。


 「お父さま、もし、もしですよ?娘さんたちにお子さんが生まれて、いざ、お孫さんをニュータウンの団地で遊ばせるとしたらどうでしょうか?私なら、騒がしくて居たたまれません。しかしお父さま。自分の家なら悠々自適に遊ばせられるんですよ。『老いてからでは遅いのです。老いてからでは』」


 「そう言いますけどねぇ……」


 柚木さんが悩む。しかし、常盤さんは柚木さんの心配を押し切って、「これから買おうとしている家の契約書」にサインをしてしまった。サインを頂くと黒石は、より一層笑顔になった。そして「ありがとうございました」と言って、サインしてもらった書類を、綺麗に整えて自分のビジネスカバンに収めた。




 正直、俺の気持ちにも、もやもやとしたものがあった。けれど大切な顧客だったので、最後まで見届けようと決めていた。玄関口で口論気味に出ていく夫婦に対し、「慰めにもならない言葉」を俺は、気休めに掛けたのだった。


 「アイツ、俺が言うのもなんですけど、いい奴ですから。『腕は』信用していいと思います。観察眼もありますし……」


 「君がそう言うなら間違いないな」


 常盤さんが俺の目を見て言う。少なくとも、「俺に対しては、信用していたようで」良かったと思った。


 「あなた……行きましょ。ちょっと夕飯の支度しないと」


 柚木さんは俺の目を見ることもなく、急ぎ足で常盤さんの手を引いて行ってしまった――。




**


 更に、ひと月ほどした頃だろうか。秋月さんのご夫妻がオフィスに訪れた――。

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