【第三部】第四章「BLACK Side-B-(四)」



 俺が聞くと話はこうだった。完成した家を見せたいので、二人に来て欲しいと黒石から電話があった。黒石は相変わらず、待ち合わせの時間に遅れてきた。俺は、秋月さんご夫妻に謝りながらなんとか場を取り持っていた。


 「あなた、ちょっと前にも、二人で行って家を見てたじゃないの。まだ建築途中ではあったけど、足場も組んでくれて素敵なお家になりそうだったわよね。今日は待たされてるし、もう十分して来なかったら、用事があるって言って帰りましょうよ」


そわそわし始める柚木さん。俺は必死になってその場を引き留める。さすがに俺の面子も保たなくなってきた。いつもは温厚に見える常盤さんの顔も陰りを見せた。少し不機嫌そうだ。そして、二時に差し掛かったころ、黒石がめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔でひたすらに謝っていた。もう、「こいつは地面に、額を刷りつけるんじゃないか」ってくらいの勢いだった。


 「いやあ、本当にいつもいつもすみません!!御贔屓(ごひいき)にして頂いているのに!なんと申し上げたら良いのか。これ、つまらないものですが」


そう言って黒石は柚木さんに鏑木市の中で「並んでもなかなか買うことの出来ない、美味しいシュークリーム」の入った紙袋を手渡した。それを見て柚木さんは思わず笑顔になった。


 「あの有名店のシュークリーム、わざわざ並んでまで買ってたんですか?それは本当に、こちらこそ感謝したいくらいです!ありがとうございます!!」


 黒石は少しニヤッと笑った気がした。「下げて一気に上げる手法」をこの二ヶ月くらい見ているが、誰も同じようには出来ないだろう。素でやっているのなら、もはや天才だと、俺は思った。




 そして、黒石は時計を見ながら言った。


 「今から、お時間……大丈夫ですか?」


 「俺ら、ちょっと帰ろうかと思ってて……」


 「あ、いえ、全っ然大丈夫です!!一時間くらいならお構いなく!!」


 柚木さんもすっかり黒石に魅了されていたようだった。俺は二人の夫婦に同行することにした。




**


 黒石は二人の夫婦を完成した家に案内した。時折、設計図を見にオフィスに訪れる様子を見ていたが、実際建物を目にして大きな興奮を覚えていた。中の真っ白な壁や窓から広がる絶景の山麓はお金を払っても惜しくないくらいに素晴らしいものだった。


 常盤さんは、窓から自慢げに山の知識を披露していた。


 「柚木、あそこに見える山はな……」


 その二人の姿を見つつ、俺はとても和んでいた。しかし、黒石の肝心の姿が見当たらなかった。窓から見下ろすと、黒石は車の前で、一生懸命に携帯電話を耳に当てて話していたのが見えた。俺は、黒石が携帯電話でなにを話しているかが、全く分からなかった――。




**


 秋月さんご夫妻は、すっかりと満足したようだった。そして、黒石は会社に二人を連れていき、応接間に案内し、今回の施工金額を細かく説明した。ただやんは、パソコンに向かって、ひたすらに「秋月さんたちの契約書類」をまとめていたようだった。


 「本来、一千万円の物件なんですが、あの家を今回は八百万円でご提供しようと思っているんです。ちょっとうちの仲介手数料で、百万円ほど頂きますが……」


少し残念そうに黒石は言った。しかし、人間分からないものだ。金額に「百が、千が付いていたとしても」、ここまで来てしまうと、すっかりと金銭感覚が麻痺してしまうものだ。秋月さんご夫妻は書類にサインをすると、出て行ってしまった。




**


 一週間ほどして、ローン審査が通ったころだろうか。ただやんが俺に険しい顔をしながら話しかけてきた。


 「なぁ、すーりゃん。俺、この契約書ずっと扱って来たんだけど、すっごい嫌な予感がするんだけど」


 「え?どういうこと?」

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