【第三部】第二章「BLACK Side-B-(二)」


 高野老人の土地を購入してから更にひと月が経った。会社の帳簿は黒くなることはなく、水光熱費やテナント管理費用を差し引いて、赤くなるばかり。一向に会社の先行きが見えない。俺とただやんは、苛立ちを隠せずにいたのだった。


 「……ったく、アイツはどこに行ってんだよ!『毎回営業だ、営業だぁって』。サボってるんじゃないか?」


 「ホントそうね。『肩書きだけの社長』になりたかったのかな?」


 俺とただやんは、「現在不在の社長」の文句ばかり言っていた。一向にフラストレーションが溜まるばかりで、「アイツに付き合った、俺らが馬鹿だった」と文句ばかり漏らしていたのだ。そして、ただやんと俺は「気分転換に、タバコを吸いに行こう」とドアノブに手を掛けた。そのとき、黒石が入ってきた。


 「悪い悪い、いつもいつも突然申し訳ないなぁ。あはは。……ちょっといいターゲットを見つけてしまったんだよ。『百枚くらい』チラシを刷ってくれないか?」


 やや自信ありげに黒石は言う。俺らはこのときの黒石が「大きな収穫を得る」のを知っていた。俺とただやんは顔を見合わせて頷くと、「黒石の策」に乗ることにした。


 「ホント、いつも突然だよな」


 「ホントホント。お前、なんにも教えてくれないじゃんか。で、今度はなにをすればいいの?」


 「……『土地、安く譲ります!』って、でっかく印字したチラシが欲しいっ。どうやら、回ってて分かったんだけど、俺の言っている場所はニュータウンで、若い世代の親子が公園で遊んでるのを見てるんだな。あはっ!」




 黒石の言うとおりに取りあえず、百枚ほどチラシを印刷機で刷った。作成には三時間くらい、掛かったのかも知れない。黒石は、この前の「高野老人の土地の魅力的な写真」を全面的に取り込んで、 「しっかりと、アピール出来るようなチラシにして欲しい」と念を押しながら言ったのだった。俺とただやんはパソコンに齧(かじ)りつきながら、「黒石の納得がいくまで」チラシを作成していた。




**


 そして、日を改めて。天候が晴れた三日後。連日の雨だったが、やっと晴れた。俺とただやんは黒石が「いつも営業に行っている」らしき、鏑木市のニュータウンに、車で来ていた。そしてマップを見ながら、黒石の指示に従い、三部に分けて、百枚のチラシをポスティングすることになった。




 俺が公園を見ると中学生くらいの女の子が、父親がブランコを押されながら、夢を語り合っている微笑ましい姿を見ることが出来た。


 「……は将来何になりたいんだ?」


 「私は看護婦さんになるよ!!いろんな人の怪我を治してあげるの!」


 「そうかそうか。おまえは優しくていい子だなあ」


 「お父さんも怪我したら治してあげるよ」


 「そうか。じゃあ、今すぐにでも治してもらいたいくらいだなぁ」




 その会話を見て、俺は和んだ。そして黒石は言った。


 「……あの家族なんか、特に夢があるし、いいと思うんだよなぁ。あははっ。ぶちこ……な、なかなかニュータウンでの団地生活はたっかいのなんのって。あはっ!」


一瞬、「ぶち壊したい」という言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。俺は引き続き、チラシを配るのだった。




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 数日後。オフィスに一本の電話が入った。俺は電話を取って話をしてみると、彼の名は「秋月 常盤(あきつき ときわ)」と名乗る人物だった。そう、あの公園で娘と遊んでいた男性だった。男性は恐る恐る電話をして来た。


 「あの、つかぬことを聞きますが、そちらの会社では『時価の七割』の値段で土地を譲ってくれるとは本当でしょうか?インターネットでも見たのですが」


 「ええ。本当ですよ。秋月さんは新しいお家を建てたいのですか?」


 「……はい。実は、妻と娘たちに内緒で家を新築したいのです。チラシを妻に捨てられかけましてね。あはは。ニュータウンでの生活は正直疲れまして。娘も近いうちに高校に行きますし、将来的に結婚するにしても、終の棲家にしても、私は一つ、家が欲しいと思っているんです。ここだけの話で、大きな声で妻には言ってませんけどね」


電話口の秋月さんは申し訳なさそうに、しかし「助かります」と話していた。黒石の狙い通りだった。五百万円で購入した「例の土地」を仮に「八割で」手放したとしても、マージンが「百万円」と利益「七百万円」で会社側にとって「八百万円くらいの利益」が見込める。


もし仮に、高野老人の土地を「一千万円」で購入していたとしても、マージンと利益で「三百万円の利益が見込める」わけだ。一発の稼ぎが大きいビジネスだと、改めて俺は思ったのだった。




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 数日後、秋月さんはオフィスに訪れた。家族は連れていなかった。黒石は秋月さんと面会をしながら、写真を見せ、そして土地の写真を見せた。黒石の携帯が面会中に何度も鳴っていたのを見ると、「ここ最近の営業が実を結び始めているのだろうか」俺はそう思っていた。


 


 秋月さんは一通り写真と物件を見終わると、興奮しながら口を開いた。


 「こんないい物件、絶対高いですよね!お幾らだったんですか?」


 黒石は少し間を持たせていた。そして、こっそりと額を耳打ちして驚く、秋月さん。


 「え、そ、それはないでしょう。だって俺が購入額を聞いたらびっくりしちゃいますよ!だって、せ、千五百万円って!!」


 「ああ、言っちゃダメじゃないっすかぁ、秋月さん」


 俺とただやんは苦笑いしていた。興奮するのも分かる気がする。そして、秋月さんが土地の売買契約を結ぼうとしたときだった。黒石が印鑑を押す前に「待った」を掛けた。その場に居合わせた全員が疑問を浮かべると、黒石は秋月さんに言った。


 「すみませんね、肝心なところで。秋月さん、『おそらく確実に、土地は確保出来る』と思うのですが、ちょっと、なにかの不都合があるといけないので、前金として……幾らか頂いてもよろしいでしょうか?」


 秋月さんは少し考え、黙った。そして言った。


 「お幾らでしょうか?」


 「百万円。振込お願いできますか?書面の契約は、この場でも出来ますし、後々郵送で送ってもらっても結構です。大切なお話ですから帰って奥様に相談されても……」


 「ちょっと考えさせてください」


分かる気がする。なによりも、大きな買い物だからだ。「帰って、奥さんに相談するのが」最善の選択だと思った。しかし、黒石の話術が上手かったのだろうか。秋月さんは違ったようだ。


 「ただ、二、三日、納金が遅れたら、『この土地が残っている』とは限りませんけどね」


 「分かりました!払います!」


 そう言って秋月さんはキャッシュではなく、クレジットカードを財布から出した。俺はすぐさま、クレジットカードのリーダーを事務所に取りに行った。ただやんは黙々と書類を取りまとめていた。黒石の顔が笑っているような気がしたのだが、恐らく気のせいだろう――。




**


 数日経ち、入金が確認できたのを見て、俺は安心した。着々と売買が進んでいるようだ。また、秋月さんはオフィスに訪れた。秋月さんはそわそわした様子で俺に話しかけてきた。


 「あの、岩村社長はいらっしゃいますか?」


 「岩村……ああ、アイツなら今出てますけど、どうしました?」


 「実は一時に待ち合わせて、一緒に土地を見に行くんです。でも、なかなかこのビルの前に居ても、なかなか来ないんで、オフィスまで上がってきてしまったんですよ。申し訳ないです」


時計を見ると一時半になっていた。「肝心なお客様を待たせてアイツはなにをしているんだ」と俺は思った。もう十分くらいだろうか。黒石が来るまで、俺は秋月さんと、お茶を飲みながら話をしていた。娘の話を自慢げに話す秋月さんは、とても楽しそうだった。すると、黒石がただやんと一緒にめちゃくちゃな笑顔でオフィスに入ってきた。


 「いやー、秋月さん。すみません!ホントお待たせしてしまい、申し訳ないです。なんと言ったらよいのか」


 秋月さんの右手を両手で包み込むように、黒石は握手をし、気持ち悪いほどの笑顔で平謝りを繰り返していた。しかし、秋月さんは咎めることもなく、「俺と楽しく話が出来て、むしろ感謝だったよ」と言ってくれた。俺もその言葉に救われた。


 「私も優秀な部下を持って幸せですよ。本当に、本当にそう思います。じゃあ、行きましょうか!」


 「わざとらしいなぁ」俺は思っていたが、口にはしなかった。そして秋月さんが一緒に行きましょうとせがむので、俺も黒石に同行して、「高野老人の土地」まで行くことになった。




**


 土地に着くと、写真以上に美しい景色が広がっていた。秋月さんは風や空気や山麓の景色を見ながら、しっかりとした土地を足で踏みしめて感動していた。黒石は秋月さんの肩を叩いて言った。


 「あきつきさぁん、やっぱりいい土地だと思いますよ。良かったですねぇ。抑えといて正解だと私も思いますよ!」


 「俺も思います。良かったですね。ご近所づきあいも大変だと思いますし、片田舎でゆっくり暮らすのも悪くないと思います」


 「はい。はい!嬉しいです」


 後で聞いたのだが、秋月さんは、このとき、初めて土地を購入したことを家族に打ち明けていたらしい。もちろん家族は驚いていたが、とても喜んでくれたそうだ。




**


 そして、さらに一週間後。黒石は携帯電話を片手にとてもせわしない口調で話していた。


 「あの、ほんっとうにすみません!!私も手を尽くしたのですが、土地が高騰してしまいまして!……はい、私も悪かったと思っています!ですから、にひゃく……ああ、秋月さんが大変な事情も分かってるんです。時期は遅くなってもいいので振り込みをお願いします。……え?家族が急いで振り込んで欲しいって?……あー、ありがとうございます!助かります!では、確認出来ましたら、折り返し郵送で送ります」


 電話を切って、黒石はミネラルウォーターを口に含んだ。俺とただやんは顔を見合わせて小声で話していた。


 「なぁ、お前、経理扱ってるよなぁ。土地が高騰したって話、聞いたか?」


 「いや、まったく?でも、アイツがそう言ったんなら、仕方ないな」


 俺らはなにも知らなかった。この後の黒石の行動に、さらに驚くことになるとは――。

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