【第三部】第一章「BLACK Side-B-(一)」



 大学を卒業して、早五年くらい経った。そのときの俺はとてもお金に困っていた。仕送りをしなければならない、兄弟姉妹がいて、両親も頼りにならないと思っていたからだ。少しいいところに、就職するため、経済大学を出たものの、今の就職難の波に、俺も例外でなく呑まれてしまう。なにか「いい仕事はないだろうか」そう思ってたとき、しばらく連絡を取っていなかった、旧友の黒石から電話が掛かってきた――。




**


 「……はい、もしもし」


 「あ、『すーりゃん』、俺だよ俺、オレオレ」


 「あ、うちはオレオレ詐欺、結構なので」


 「あひゃひゃ、すーりゃんなら乗ってくれると思ったよ。うっれしいねぇ!!」


 この男には特徴的なところがあった。まず、とてもよく笑うところだ。そしてもう一つ。とっても怪しいところがある。それは。


 「なんなんだよ、今、俺は忙しいの!切るぞ」


 「あー、待って待って!あのさ、三分でいい、三分、俺の話を聞いてくれ。『これはビジネストーク』だ」


 「……」


 黒石は言った。「最近、会社を立ち上げるのに、出資金が必要だと。そして、一発儲けるために子会社を作ったから儲けたいのだ」と言った。俺は「話がうますぎる」と思ったのだが、しばらく「稼ぎの悪い仕事」を続けているのも気分が悪いので、一つ乗ってみることにしたのだ。


 「で?どこに行けばいいの?」


 「鏑木(かぶらぎ)市の駅前に来てくれ。『竜門口』の方に三時に来てくれ。お茶飲みながら話そうじゃあないか」


 俺は「臭い」と思ったが、そのまま三時に言われた場所に足を運んだのだった。




**


 駅に着いて待っていると、俺は一人の男を紹介された。男の名前は「唯我 忠護(ゆいが ただもり)」と言った。どうやら黒石とは、就職活動の際に面接先の会社でグループディスカッションがあり、そして、面接の後に意気投合して、酒を飲んだりして付き合っているそうだ。


 唯我とは、四年過ぎても連絡を取っているとのことだった。黒石はそいつのことを「ただやん」と呼んでいた。彼は法学部出身で弁護士を目指して勉強しているようだった。この三人で会社を立ち上げたいと黒石は言った。




 喫茶店。俺と「ただやん」は黒石に連れていかれ、席についた。


 コーヒーがそれぞれに届いた。俺はコーヒーにミルクを入れ、砂糖を入れて、マドラーでかき混ぜながら、黒石に質問した。黒石にはどうやら大きな計画があるらしい。


 「……で、どんなことをしたいんだ?」


 「あはは、ちょっと待ってな」


 そう言うと黒石はタブレット端末を取り出すと一枚の写真を見せた。病室で窓を眺めながら、佇む一人の老人の写真だ。それを指さして言った。


 「ある老人。身寄りのない奥さんも先立たれて、子どももいない資産家だ。世の中が高齢化して、こう言うお金持ちな、資産家のご老人が増えているのさ」


 「まぁ、昔は景気が良かったからなぁ。戦後の後の高度経済成長期に、たくさん稼いだんだろうよ」


 ただやんは頷きながら言った。そして、黒石はもう一枚の写真を見せた。


 「ここには一人の家族がいる。これはある家族だ。そうだなぁ、娘が二人いて、今ちょうど中学生くらいだろうか。幸せそうな家族だよ。あははっ!」


 「……で、そいつらに、なんの関係があるんだ?全く、赤の他人じゃないか」


 俺は、疑問に思いながら黒石に質問をした。黒石は「結論を出すには早い」と俺を窘(たしな)めた。




 「まぁまぁ、落ち着きなさいな。今この家族の『お父さま』は、将来に向けて家を建てようとしてるんだ。ただ、土地も無いし、家を建てるにもいい場所がない。とーっても土地が欲しい。そこでだ。『仲介業者として』身寄りのない老人から、土地の資産を『時価の五割から七割』で買い取って、それを将来有望な、若いお父さんに『相応の価格』で売ると。そこに仲介手数料や少し施工企業を仲介して、マージンを頂いて儲けるわけですよ」


 黒石は得意げに話していた。それを聞いた、ただやんは、その抜け目なビジネスに驚いた。しかし、親戚の相続権など「財産権」はどうするべきかを質問した。法律関係に詳しければ、そこが気になるのは当然だろう。それに関して、黒石は答えた。


 「身辺整理に関しては、俺らが老人と一緒に手伝いながらやってるのさ。必要とあらば、俺が出向くしなっ。それに『法律の専門家のただやん』がいるし。お金に関する計算はすーりゃんがいるし。俺らにできないことはないだろっ?あははっ!」


 「おいおい、買い被りすぎだろ」


 ただやんは照れていた。俺はうまく乗せられていないだろうか。どこかでそう疑いながらも、黒石の言うことに従ってみることにした。そして、黒石はカバンを漁って、通帳を俺らに見せた。俺らはその額を見て驚いた。


 「ここに出資金が三千万ある。実は何人か、ビジネスパートナーも取り付けてある」


 「嘘だろ?頭がいいと思ってたけど、これほどまでとは……」


 「そうそう、その金どうしたんだよ!」


 俺らが問い詰めたが、黒石はさらっと流してしまった。そして、黒石は言った。


 「そうだなぁ、社名はなにがいいか……」


 黒石は少し考えた。俺も少し考える。なにがいいかと。そこで、ただやんが一言言った。


 「『エデン』がいいんじゃないか?聖書で『エデンの園』が最初に出て来るし、それに、俺らの売買するのも土地だし」


 しかし、黒石はしっくりこない様子だった。俺もなにか違う気がしたのだ。そして、恐る恐る俺も口を開いた。


 「『ハウスキーパー』とか……じゃあ、ダメか?いや、いいんだ」


 「なかなかいいの出ないなぁ」


 「そうだなぁ」


 俺とただやんはコーヒーの渦巻くミルクを見つめながら、溜め息を吐いた。そして、ふと目を上げて窓を見ると、「凛々しいドーベルマンを連れたお金持ちの婦人」が、街を歩く姿が目に入った。


 「あの犬、カッコよくね?」


 「そうだよなぁ。犬っていいよなぁ」


 二人で見入っていると、黒石が閃いたように呟いた。


 「そ、それだぁ!!」


 「は?なにが?」


 俺は黒石に聞いた。そして、黒石は答えた。


 「株式会社・『ドーベルマン』うーん、悪くないね、悪くない。あひゃひゃ」


 「……そうだよなぁ、いい、いいよ。さすがだよ、お前」


 「俺もいいと思う!」


 こうして「ドーベルマン」という名前の会社が発足したのだった。




**


 俺らはその後、鏑木市のオフィス街の一角の雑居ビルのテナントとなった。小汚いオフィスに回線を引っ張って三人でホームページ制作をしたり、チラシを製作したり。と言っても、黒石は営業と言って出掛けることが多く、ただやんは債務整理や法律関係を少し調べて書類の作成に。俺は経理や事務用品の買い足しと帳簿を付けて終わることが多かった。黒石は代表取締役としても会社を管理していたので、月謝をくれていた。僅かだったが。俺は生活もあったが、殆どの生活の中心を、この起業の事務関係に割いていたのだった。




**


 ひと月経ったくらいだろうか。なかなかビジネスも上手くいくはずがない。電話機の着信履歴が空なのを見て、俺とただやんは途方に暮れていた。そこに黒石が、一人の老いた男性を連れてきた。そして黒石は大きな声で言った。




 「仕事だ!」


 俺らは、胸を高鳴らせて椅子から立ち上がった。黒石はよろける男性の手を取って転ばないように歩かせていた。俺は、応接間に男性を案内した。ただやんがお茶を汲んでいた。




**


 老人の名前は「高野(たかの)」と言った。ご老人の視力はすっかりと衰え、足腰もおぼつかない様子だった。黒石は何度もご老人の家に尋ねて話をし、ご老人を送迎してここまで来たとのこと。住まいは森城町だとか。しかし、稼ぎもあり、鏑木市の一角に土地を持っているらしい。妻に他界され、もうすぐ自分もこの世を去るが、葬儀代と寄付金の為に、土地を売買した、まとまったお金が欲しいとのことだった。




 「岩村さんになら、私は手放しても構いません……優しい、いい人に、役立てて欲しいのです」


 俺は「岩村?」と疑問に思い、黒石を肘で小突いた。すると、黒石は「察しろ」と目で訴えて、一枚の名刺を机に滑らせる。そこには「株式会社・ドーベルマン 代表取締役社長『岩村 昭(いわむら あきら)』」と書かれていた。昔から食えない男だったが、偽名を使うほどのことがあったのだろうと、俺は深く考えないことにした。




**


 黒石は「高野老人の土地登記簿と周辺の写真」を、俺とただやんに見せた。それを見た俺は驚いた。その土地は、「時価総額千五百万円する優良物件」だったからだ。土地面積は百五十坪あり、周辺には、山麓(さんろく)が映える綺麗な場所にあった。かと言って田舎過ぎず、都会過ぎず。「ここに家を建てたらどんなに気持ちが良いだろうか」と俺は想像してしまった。ただやんはついつい突っ込んで聞いてしまったようだ。


 「ほ、本当に手放すんですか?!こんないい土地をですよ?息子さんとかいらっしゃらないんですか?」


 高野老人は黙って寂しそうに頷いた。黒石は、オフィスの引き出しから売買契約書や社印を持ってくると、高野老人の前に置いて、遠い耳に話しかけるようにして、書類をただやんが代筆した。俺は土地の売買金額を電卓を叩きながら税金が、いくら差し引かれるとかいろいろな分厚い相続関係の書類を引きながら調べていた。この雑居ビルでは、満足にパソコンやインターネットが使える状態ではなかったのだ。


 結局、黒石は高野老人から五百万円でその土地を譲ってもらうことになったらしい。前もって交渉していたようだ。しかしどんなことをしたのかは、俺らには明かされることはなかった――。

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