【第一部】第五章「事件の核心に迫る」



**


 それから散り散りに解散し、帰宅していった。ボクは夏稀と一緒に歩いていた。


 「瑠璃、今日は楽しかったね」


 「うん」


 ボクは俯いて考えごとをしていた。空返事だったのか、夏稀からめっちゃ心配された。


 「瑠璃!どうしたんだよっ!!元気ないじゃんか!!」


 「……ごめん夏稀、ボク、ちょっと行くとこあるから、先に帰ってて!」


 ボクはそのまま走り出した。そして夏稀はその場に戸惑いながら一人残されていた。


 「えっ、わ、分かった。じゃあ明日学校でね!」


 


**


 解散して一時間も経たないうちに、ボクは警察署にもう一度入っていった。ボクは走ってきたのですっかりと息が上がっていた。受付の女の人と話していた赤沼さんをボクは大声で呼んだ。


 「赤沼さん!!」


 「ん?忘れ物か?」


 赤沼さんはゆっくりと歩きながらボクの方へ来た。少し息の上がったボクのことを心配してくれた。


 「どうした?随分急いでるじゃないか。息まで切らしてどうしたんだ?」


 ボクは焦りと戸惑いが入り混じる気持ちで必死になって赤沼さんに言った。


 「きょ、今日じゃないとっ、気持ちがっ、か、変わってしまう気がしてっ!お願いです。お父さんについて知ってること、全部教えて下さい!!」


 「お、落ち着け。まず呼吸を整えろ」


  赤沼さんは周囲をきょろきょろと見まわして、ボクに深呼吸をさせた。そしてボクを外に連れ出した。


 「取りあえず外へ出るぞ。ここで話せる話じゃない」


 


**


 「で、瑠璃ちゃんはまずなにから聞きたいんだ?」


 赤沼さんは少し不機嫌な顔をして、ボクに聞いてきた。そして胸ポケットからタバコとライターを取り出して火を点ける。吸い込んで煙を上に吐いた。


 ボクは混乱していた。色々聞きたいことがあったからだ。赤沼さんにすがるようにして、話しているんだけれど、なにから話していいか、全く整理が出来ていなかった。そして頭に浮かんだストレートな質問を、赤沼さんに投げかけた。


 


 「おとーさんはどうして亡くなったんですか?命を絶つような理由があったんですか?」


 ボクは少し身震いをしながら、それでも止められない気持ちに一生懸命ブレーキを掛けながら聞いた。赤沼さんは煙草が半分、灰になるまで一杯に息を吸い込んでボクにかからないように、横を向いて、一気に煙を吐き出した。そしてボクの目を見入るようにして見てきた。


 「知らなくてもいいこともたくさんあるんだ。でもなんで今更になって聞くんだ?最近お父さんが恋しくなったのか?」


 「……そ、それは」


  赤沼さんは無言になるボクに、更に続けて言った。


 「瑠璃ちゃんは見る限り、お父ちゃん子だし、長い間、お母さんを支えながらずーっと苦労してきたように見えるんだ。俺はそういう子を別の事件でもいっぱい見てきた。お父さんのことも思い出さないようにしながら、家庭にも持ち込まないようにしている。瑠璃ちゃんもそうじゃないのか?」


 赤沼さんの言葉はボクの痛い所突いてきた。ボクは認めざるを得なくなって静かに答えた。


 「……そうです」


 赤沼さんはボクの気持ちを汲みながら、ゆっくりと静かな口調で話した。


 「お父さんを『思い出すキッカケ』ってなにが原因だったんだ?」


ボクは赤沼さんのその言葉にとても苦しくなった。そして静かに、言葉を話すのも苦しいけれど、静かに話し始めることにした。




**


 数日前の話。ボクは職業体験も控えていたので、夏稀に言われた「警察官の仕事」について調べたくて、学校の図書館に放課後訪れていた。高校だけあり、図書館では受験を控えるセンパイたちが熱心に勉強をしていた




 ボクは「職業に関する本」のある棚を前にして頭を悩ませていた。


 「うーん、警察署かー。朝から夏稀に唐突に言われたんだけど、ボクがしっかり調べとかないとアイツに馬鹿にされるだろうしなぁ。なにも調べないで普通に行くのも、アリと言えばアリなんだけれど、なんかシャクに触るんだよね」


 取りあえず何冊か、机に本を山積みにして、上から一冊取ってぱらぱらと捲(めく)っていた。しかしボクは漢字があまり得意ではなく、少し苦戦していた。


 「えーっと。これはなんて読むんだ?こうむしっこうぼうがい?しょうがいちし?」


 日本の拳法や罰則の刑法をまず読んでみることにしたんだけれど、ボクは頭が痛くなっていた。


 「あー、もうダメだ。ボクには無理っ!!」


 ボクは少し気分転換に窓から顔を出して頭を冷やした。すっきりとして頭が切り替わると、ボクはあることを思いついた。


 「あ、そう言えば四年前におとーさんがどうして自殺したのかが、新聞に載ってるかも知れない」


大きな声で喋ってしまったので、ボクが座っていた席の、隣の席で勉強していた優秀そうな男子が口元に指を立てて「静かにするように」とジェスチャーをして来た。ボクは迷惑をかけたことに落ち込んだ。




 「先生、古い新聞って置いてますか?日付は四年前の十月くらいのが見たいんですが」


あの日ははっきりと覚えている。中学生になって間もないボクは、少し鮮烈に見ていたからだ。先生はそのまま、奥の書庫にボクに入るかを聞いた。


 「ちょっと探してみようか。この図書館の書庫は職員限定で、一般には公開してないんだ。今回は特別だよ。良かったら来る?」


 「見たいです。お願いしまーす!」


ボクは痛く感謝し、頭を下げた。先生はその言葉を聞き、カウンター下の引き出しから赤い札の付いた古い鍵を取り出した。そしてカウンターの奥に入って行った書庫の扉の鍵穴に差し込んで、ノブを回しドアを開けた。




 薄暗い部屋は埃っぽく、古紙の独特な匂いがした。ボクはその書庫を見渡すと、思わず想像よりも狭かったと感じて要らんことを言ってしまった。


 「案外狭いんですねー」


 「狭くて悪かったわねぇ。で、四年前の十月だっけ。えーっと、この棚がそうだったと思う。ちょっと待ってて。日付はいつ?」


 「確か、五日か六日あたりだったと思います。満月の綺麗な日だったので」


 「分かったわ。ちょっと待っててね」




 先生は書庫の奥に行って積んである新聞の山の中を探してくれた。そしてここじゃないかと思う日付の新聞を下から引っ張り出した。そして埃を払って日付を確認し、ボクに渡してくれた。


 「うん、間違いない。『満月の日』だね。はいどうぞ」


 「ありがとうございまーす」


 ボクはお礼を言った。そして先生は忠告してくれた。


 「欲しかったら、いくらでもコピーを取ってあげるからね。ただし持ち出しちゃダメよ」


 「はーい」


 ボクはそのまま本を積んであった机に戻って、受け取った新聞に目を落とした。まず目に留まったのはテレビ欄だった。


 「えーっと、あー、懐かしい『獣王レンジャー』だ。必殺技の『ライオニック・ビースト』がカッコ良かったんだよねぇ!この頃やってたんだー」


 少しして、ボクは本来の目的を見失っていたことに気付いた。


 「あ、そうだった。おとーさんがどうして自殺したのか、知りたかったんだよね」


 トップ記事から目を配っていくのだけれど、芸能人や政治に関する記事、後は世情の話が多くってなかなか見当たらなかった。ボクは持ってきた新聞を間違えたのかな。そう思っていた。


 「うーん、無いなー。さすがに取り扱ってくれなかったのかなぁー」


ボクは少し残念に思った。しかしボクは唐突に閃いた。


 「あ、そうだった。おとーさんの命日じゃなくって、その二、三日後の新聞じゃないとダメなんだ!どうして気が付かなかったんだろう!馬鹿だなぁ」




 そしてまたボクは、カウンターまで行くことにした。騒がしくしてしまったので、また同じ人に睨まれた。そして「またやってしまった」と落ち込んだ。先生はボクが探そうとしている事柄が見つかったのかを聞いてくれた。


 「どう?目的のものはあった?」


 「スミマセン。ボクの勘違いでした。ちょっと二、三日前の新聞出してくれませんか?」


 「もう!また書庫に入るの、じつはめんどくさいんだからねー。もう少しで、ここを閉めなきゃならないし。これでなかったら諦めなさいよー。」


 先生は渋々書庫に入ると二、三日前の新聞を引っ張り出してくれた。そしてボクの手に乗せた。


 「先生、いち生徒なのに扱いがひどいよー」


 「あなた一人の為に動くのって結構大変なんだからねー。ほら行った行った、早くしないと図書館閉めるわよー」


 先生はボクの背中を叩いてカウンターから追い払った。そしてパソコンの前に座って動かなくなった。


 「ボク、先生の残念な一面見ちゃったかなぁ。図書館の先生、実は大好きだったのに」


 ボクは呟いた。そして机に戻って、借りてきた新聞に再び目を落とした。少し小さいけれど、鏑木市の地方記事に小さく取り扱われているのを発見した。


 「あー、やっと見つけた!うちのお父さんの名前が書いてある」


 


**


 ××年10月6日(木)


 鏑木市 歌舞伎ヶ丘町、△△マンション403号室の寝室にて、秋月 常盤(あきづき ときわ)さん(当時44歳)が睡眠薬を使用して自殺を図っていた。警察の調べによると、彼は、ここ一週間全く家に帰る事が無く、毎日残業をしていたらしい。更に、朝方にかけての睡眠時間を削ってコンビニエンスストアなどのアルバイトを掛け持ちして必死に働いていたようだ。


 その過労が鬱(うつ)病になったと思われる。高校時代の友人は、彼のような真面目で気さくな仲間を失ってしまった事が悲しい。と遺憾を示していた。××県鏑木市警察は、今後彼がどのようにしてこのような状況に至ってしまったのか、調査を続けると話していた。




**


 「こんなことがあったんだ。全く知らなかった」


 ボクはおとーさんの自殺した原因を改めて知ったショックに、戸惑いを隠せずに、ただただ悲しんでいた。


 「誰がお父さんをこんな状況に追い込んだかは分からないけれど、ボクの家族をメチャクチャにしたのは赦せない!!ホントに赦せない!!」


 ボクは机に新聞を叩きつけた。注意されるのが三度目だったのか、隣の机の優等生らしき人は立ち上がってボクを叱ろうと近づいてきた。しかしボクは怒りと悲しみにぐちゃぐちゃになって、その男子は声を掛けるに掛けられなかったみたいだ。男子は少したじろいで咳払いをすると、席に戻っていった。


 


**


 「つい最近、おとーさんの自殺したときの新聞を見たんです。ボクももう高校生だし、少しは新聞でおとーさんがどうして亡くなってしまったのか。それを理解しておきたかったんです。高校の図書館で四年前の新聞を読んだんです。そしたらおとーさんはたくさん仕事をして、疲れてそれに耐えられなかった……って書いてあったんです!」


 ボクは泣き出しそうになりながら、赤沼さんに話した。赤沼さんは黙って聞いていた。ボクはその後も止めどなく言葉が溢れて止まらなくなる。


 「おとーさんは、おとーさんはっ!どうして、たくさん仕事をしなければならなかったんですかっ!たくさん仕事をしなければならないほど、お金が必要な状況になってしまったんですかっ!ボクはまだ中学生で何にも知らなかったから、仕事がどれだけ辛いか半分くらいしか分からなかった。でも、おとーさんは!おとーさんは、誰かに相談することもなく、一人で背負いこんで命がなくなって。ボクは、ボクは、この感情を、どこにぶつけたらいいんですかっ!」


 ボクは堪え切れずに、そのままボロボロ泣いてしまった。赤沼さんに八つ当たりするのも良くないと思っていた。でも自分では感情を抑えきれなかった。赤沼さんはボクの一言一言を怒りもせず、なにも言わず黙って聞いていた。


 「……瑠璃ちゃんの気持ちは分かった。いや、正確に言えば、痛みについては瑠璃ちゃんしか分からない。でもね、瑠璃ちゃんはそれを聞いてなにがしたいんだ?犯人を見つけて、仇討ちでもするつもりなのかい?」


 赤沼さんはポツリと静かに言った。そして持っていた煙草をアスファルトに押しつけてもみ消していた。


 「もし、その原因がとてもひどい状況だとしたら。瑠璃ちゃんはそれを受け入れられるのかな?俺には、瑠璃ちゃんが情緒不安定で、悲しみや怒りに呑まれて。感情をコントロールできない状態になってるんだ。違うかい?」


 赤沼さんの言葉はとても胸に刺さった。ボクは考えた。知ったところで「受け入れられるのか?」それに打ち勝つことが出来るのか?」と言うことを。全く自信がなくなってしまった。


 「スミマセン」


 赤沼さんはボクを可哀想に思ったのか、優しく頭を撫でてくれた。そして、「厳しいことを言い過ぎた」と謝ってくれた。


 「少しきついこと言い過ぎたな。すまない。まぁ、もやもやしてても仕方ないから、簡潔に話そうか」


 赤沼さんは少し間を置いて、そして意を決して話してくれた。ボクは思わず、唾(つば)を飲み込んだ。




 「瑠璃ちゃんの親父さんは詐欺に遭ったんだ」


 「詐欺……ですか?」


 ボクはびっくりしてしまった。そしてテレビでよく放送していたことを思い浮かべながら、赤沼さんに話してみた。


 「あの、あれですよね。テレビとかでよく呼びかけている、『おばあちゃんたちをオレオレ』って騙したりしてお金を振り込ませるやつですよね?」


 赤沼さんは少し考えてから教えてくれた。


 「んー、種類は違うけれどそんなもんだな。俺が瑠璃ちゃんの親父さんの調査をしてたとき。あれぐらいの歳んときは家が欲しくなるもんでさ。俺にも子どもがいるんでよく分かるんだよ」


「家ですか?ちらっと聞いてたんですが、お母さん、教えてくれなくって」


 「そうだ。家だ。やっぱり家族もいて、仕事もしてれば、家族の為に家が欲しくなるだろ?瑠璃ちゃんの親父さんは、一生懸命働きながらマイホームを買う為の貯金をしていたと思う」


ボクはそれが原因なのかなって一瞬思った。


 「じゃあ、その頃からたくさん仕事をしてたんですか?」


赤沼さんは苦笑い。そして教えてくれた。


 「いやいや、身体持たないって。だから親父さん倒れちゃったんだろ?」


 「あ、そうでした」


 ボクはうっかりしていたことに気が付いた。そして赤沼さんは「本当の原因」を教えてくれた。


 「まぁ、その辺りの時期さ。親父さんは、ある会社と、『土地売買のやり取り』をしてたらしいんだ。買おうとしてたのは、『土地が時価一千五百万円』、『家が約一千万円の家』だったかな。ちょっと高級そうな家を、瑠璃ちゃんの親父さんは買おうとしてたみたいだな。五百万までは貯金してたみたいだ。残りは、ローンを組んで買おうとしたんだな」


 赤沼さんは事件の背景を思い出しながら、一つ一つボクに話してくれた。ボクには、赤沼さんの言っている言葉の意味が難しくて半分くらいしか意味が分かっていなかった。


 「ローンって何ですか?」


 「高い物を買うときに何回かに分けて買うことだよ。その際に『契約』って何回かに分けて買う事に同意させて、変更できないようにする手続きを行うわけだな。そして、先方は、何度も『振り込みの依頼』を親父さんにしていたようだ」


 赤沼さんはボクに丁寧に説明をしてくれた。ボクは話の筋が少しずつ理解出来てきて、相槌を打ちながら聞いていた。


 「しかし、売られた土地と家は真っ赤なニセモノだった。更に、瑠璃ちゃんの親父さんが『貯めてきたきた五百万円』と『借金を合わせて、一千五百万円』。トータルで『二千万円近く』。それくらいの金を騙し取られてしまったんだ。『その泡のような借金』を押しつけられちまったんだよな。悲劇としか言いようがないだろ?」


 赤沼さんはとても悲しそうに話していた。そして煙草を再び口に咥えて、火を点けた。


 「ひどい!そんなこと、だれがやろうとしたんですか?」


 「それが分からないんだ。ただ俺はまだ事件を追ってるってことだけは知って欲しい」


 「はい……」


 そして赤沼さんはおとーさんの、その後の話もボクに聞かせてくれた。


 「親父さんは、一応被害届出したんだ。でも払い込んだ金は返ってこなかったんだ。そして、一向にことが良くなる気配もなかったと」


 「……お母さんはどうして知らなかったんだろう。」


 ボクは思い返せば、おかーさんの口から、おとーさんが詐欺の被害に遭っていたことを、聞いたことがなかった。そして改めて「赤沼さんから聞いた真実」。赤沼さんはボクに話してしまったことを改めて後悔していたようだった。


 「俺は親父さんじゃないから分からない。けど親父さんの気持ちを察するとするなら、お母さんには話してたみたいだが、家族に隠したかったんだろうな。一生懸命に稼いできた、およそ二千万円の金を詐欺でぶん取られるなんて、誰にも言えないよな」


 赤沼さんはおとーさんに同情してくれた。そして煙草を吸って、煙をゆっくりと吐いた。ボクは赤沼さんと無言になっていた。ただ今は、後味の悪い気持ちに吐き気がしそうだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る