【第一部】第四章「警察署・職業体験にて」
そしてボクは学校に行き、朝のホームルームを迎えた。担任の先生が朝のテンションの上がらない口調で話している。内容は来週の職業体験についての話だ。
「えー、お前らはもう高校生だ。将来の夢が決まってる奴がいるかも知れないし、いないかも知れない。そんなお前らに朗報だ。来週は職業体験があるんだ!どこに行きたいか決めておくように。親御さんでもいい。自分で決めるのもいい。あー、だから早めに行きたいとこを決めておくように。連絡は以上だ」
先生が話し終えると少しざわめきが起きる「えー?どこにするー?」と言った声が、そこかしこに聞こえたので、先生は一度静かにするように言って仕切り直した。そして今日の日直の子が言った。
「起立、礼、着席」
「職業体験かぁ。どこにしようかなぁ」
ボクはボーっと考えていた。すると、離れた席の夏稀がこっちにきてボクに話しかけてきた。
「ねーねー、瑠璃は来週どこ行くか、決まってる?」
「夏稀には教えないよ。ボクはボクの行きたい所に行くんだ」
ちょっと意地悪をしてみた。しかし夏稀の方がちょっと上手だったみたい。
「どうせ頭空っぽな、るりたんのことだから決まってないんでしょ。分かってるんだからね!」
「な、なぜ分かったし」
ボクは驚き退いた。「やっぱりな」夏稀は言った。仕返しされてとても悔しかった。
「じゃあさー、私と警察署見に行かない?確かリストにあったはず」
ボクはギャルっギャルしてる夏稀が警察署なんて言ってるから、天変地異が起こると思い、思わずびっくりしてしまった。
「ええええ?!夏稀が警察署?!なにがあったの?!」
「し、失礼なっ、興味があるだけよ。悪い?これでも婦警さんもいいなって思ってるのよー」
夏稀はぷんすか怒っていた。ボクは自分の見る目をもう少し鍛えようと反省したのだった。
**
それから職業体験の日が来た。先生が相変わらず張りのない声でみんなに話している。ボクは思わず欠伸をしてしまった。
「お前ら、行きたい所を挙げてくれ。多数決を取ってグループ分けするから」
先生はリストアップされた職場リストを黒板に書いた。それから行きたい所を生徒に聞いた。そしてグループを作成していった。
「うーん、警察署が多いみたいだなぁ。特に男子!お前らは少し、他に移れないのかぁ?」
先生の無理強いに男子の間でざわめきが起こった。「誰が譲るものか」と、「譲ってたまるか」とひしめき合っていたので、先生はじゃんけんをして決めることを命じたみたいだ。そしてボクたち女子はと言うと。
「女子は少ないみたいだから、これで決定するぞぉ」
先生は黒板に大きく丸をした。時間は掛かったが、残った男子の方も少しずつ決まり始めたようだ。
「良かったね、決まって」
「うん、まーね。楽しみだねぇ」
夏稀はボクと一緒に行かれるのが嬉しかったのだろうか。ボクは学校以外に行く場所に少し楽しみで胸が躍っていた。
「ちぇ、ジャンケンで負けちまったよ。お前がグー出さなきゃ」
「やったね。お先に楽しんでくるわ」
男子たちは「グーを出すだの、パーを出すだの」文句を言い合っていた。そして負けたメンバーは嘆きながらそれぞれの第二候補へ散って行った。
「えー、あんたたちが来たのー?」
夏稀は明らかに嫌そうな顔をしていた。仲が悪い男子だったのかなぁとボクは思った。男子もふんぞり返っていた。
「悪いかよ」
「頼むからうるさくしないでよね」
夏稀はここぞとばかりに真面目ぶった。そして来た男子を冷やかにあしらっていた。夏稀の言葉を無視し、男子はボクに声を掛けてきた。
「よろしくね。秋月さん」
「あ、うん。宜しくね。夏稀はあんなんだけど、優しいからね」
ボクは少し夏稀の印象を良くしておいたのだった。
**
「じゃあ、午後から実際の職場に行ってもらう。現場の人にはくれぐれも迷惑をかけないようにな」
「うーい」
「特に警察署。お前らは本当に心配なんだからな。」
先生は「男子の選択ミスをしてしまった」と思っていたのかな。少し溜め息交じりに話していた。そしてグループリーダーになった夏稀に菓子折りを持たせて、ボクたちは出発したのだった。
**
「しかし、なんであんたなのよ。あんたなんか警察官に向いてないって」
「うっせーな。お前こそ。不真面目な癖して、警察署に行くのかよ」
夏稀と男子はまたケンカをしていた。仲がいいのか悪いのか。ボクは溜め息をついた。
「またケンカしてるの?全く、仲がいいのね」
「お前ら、ホント仲いいよなー」
もう一人の男子も呆れながら言った。ボクは夏稀に釘を刺した。
「夏稀。頼むからそのテンションで職場の人に迷惑掛けないでねー。頼むよー」
駅まで歩いて行くとセルリアンブルーの高層ビルが現れる、鏑木市で最も大きい警察署だ。周辺都市においても結構しっかりしているんじゃないかと思う。ボクたちは自動ドアをくぐった。夏稀が先陣を切って案内係の人に職業体験に来たことを告げた。
「はい、お伺いしていますよ。『歌舞伎ヶ丘高校』の御一行様ですね。それではご案内します」
案内係の婦警さんの後にボクたちはついて行った。すると背の高い、渋いのおじさんがいた。ボクはとてもその顔に見覚えがあった。スーツの上にトレンチコートを羽織って、ハットとサングラスをしていた。思い出し、ボクは挨拶をした。
「あ、赤沼さんだ。お久しぶりです。四年ぶりですね!」
ボクは赤沼さんに頭を下げた。この人は、「父が詐欺に遭った犯人」を追い続けている刑事さんだ。カッコいいんだけれど、自意識過剰なのが玉にキズだとボクは思う。ボクは懐かしい気持ちになって少しほっこりした。
「よう、瑠璃ちゃんじゃないか。元気にしてたかい?身長は……あの頃と変わらないチビ助さんじゃないか」
「うるさいやい。人が気にしていることを言わないでおくれ」
ボクは飛び跳ねながら抗議をした。赤沼さんは笑いながらボクの頭を撫でてくれた。
「ん?その人知り合いだったの?」
夏稀はなんだか驚いていたようだ。聞いてきた質問に対して、ボクは答えた。
「うん?前に、うちに良く来てくれてた刑事さんだよ!」
「え?瑠璃、警察のお世話になってるの!?……なんか悪いことしてたの?!」
夏稀はボクが「なにかの犯罪」を犯していると思ったのだろうか。少し引いた眼で見ていた。ボクは急いで訂正をした。
「い、いやなんにもしてないよ!これっぽっちも。一ミリも」
「……ホントかなぁ」
夏稀はボクのことをまだ疑いの目で見ていた。いちいち疑問を晴らすのもめんどくさくて、ボクは夏稀を放置した。
赤沼さんは、それからみんなに説明を開始するべく、みんなを招集して、大きな声を出してみんなの前で説明をし始めた。
「さて、私は今日案内を任された刑事課の赤沼だ。私は詐欺や強盗殺人、麻薬などの監査などの取り締まりを請け負っている。敏腕刑事(デカ)だ」
そこに居た誰もが「自分で言うなよ」と思っていたのかも知れない。赤沼さんは被っているハットをちょいちょいといじりながら、言うたびにいちいちポーズを取っていた。そして婦警さんが通りかかって一言言った。
「なに言ってるんですか!『いつもは見回り行ってくる!』って抜けだしてるじゃないですか!聞く話によると、小一時間競馬やパチンコに行ってるって聞きましたよー。『サボりのぬまさん』って。うちの課でも有名なんですよー」
ボクたちは大きな声で笑ってしまった。赤沼さんは恥ずかしそうに取り繕う。
「いや、それは誤解だ。大きな間違いだ」
しかし、もう一人の案内役の婦警さんは更に赤沼さんにとどめを刺すように言った。
「実際、今日の案内役だって『赤沼さんが適任だ』ってわざわざ回された仕事だって聞きましたよ。まぁ、別の意味で(子ども好きって意味で)で、適任だと私は思っていますが」
赤沼さんはそれを聞いて開き直った。そしてふんぞり返って言った。
「あー、バレたか。仕方ない!バリバリエリート刑事(デカ)として、今日はみんなにカッコいいとこ見せてやろうと思ったんだがな。世間の目は欺けない」
赤沼さんはヘラヘラと軽く笑いながら「参った参った」と頭を掻いていた。
「ここに居る時点で、全然バリバリじゃないと思いますが」
案内係の婦警さんはかなり厳しい言葉で赤沼さんを攻めていた。赤沼さんは「勘弁してくれ」と言わんばかりに両手を擦りながら婦警さんにへこへことしていた。
「やよいちゃーん、勘弁してくれよーっ。今日はいつもより尖ってないかいっ?」
「職場でその名前を呼ばないでくださいッ!!」
婦警さんは赤沼さんのつま先をヒールの尖った部分で踏みつけた。赤沼さんは思わず痛みに声を上げる。
「いたい、いたい!ごめんって!」
赤沼さんは婦警さんにひたすら謝っていた。婦警さんは渋々足をどけてくれた。
「いやー、女性は怒らせると怖いなぁー。男子諸君、気を付けるように!じゃあ、行こうかぁ!」
男子たちは苦笑しつつ、赤沼さんを見ていた。婦警さんたちは顔を見合わせながらひそひそと話していた。
そして赤沼さんを先頭に、鏑木市警察署の施設見学が開始した。男子たちの心はすっかり赤沼さんのキャラクター性に魅了されていたようだ。夏稀は「女性って怖いなぁ」の一言を自分に当てはめて少し考え込んでいた。ボクは速足になるみんなに「置いていかないで」と思いながら、必死について行くのだった。
**
「はい、ここは『生活安全課』。お前さんたちがいつも交通事故に遭わないのもこの課があるからだな。交通整備をしてくれているからだ。生活するうえでも、一番お世話になるのもこの課だな。何か質問なるかー?」
「ないでーす!」
「無いようだから次行くぞー」
赤沼さんは淡々と説明しながら、順々に課を回って言った。ボクたちの中の数人は欠伸をしたり、眠そうにしていたり、退屈そうにしながら話を聞いていた。ボクだけ必死にメモを取っていたが。
「ここは会計課だ。落し物をしたときに、ここに届け出たり、若しくは落し物を届ける場所だ。職員の給料の管理をしたりする所でもある。地味だが色々と責任ある課だな。なにか質問なるかー?」
赤沼さんは一人一人の顔を見渡していた。そして、男子が恥ずかしそうに質問を投げた。
「あのー、こう地味なとこしか見てなんですが。事件があって華麗に解決したり、中国系マフィアやヤクザを取り締まるような、派手な所はないんですか?」
「あんた、刑事ドラマの見過ぎじゃない?」
夏稀は「そんなの空想でしょ」と呆れながら言った。「やっぱりないかな」と肩を落とす男子。
「おー。そうだなぁ。それは俺の働いてる所だ。ただ、やっぱり事件ってのは、いつも突発的に起こるもんなんだ。実際働いてる現場を見せたくても、血生臭いことが多くって、中高生には見せられないんだよ。それに、どこかに情報が漏れたら困るから公に見せるのは良くないしな」
赤沼さんはそう言うと男子生徒に「ドンマイ」と言いながら背中を叩いていた。
「そうなんだー。見たかったなぁ」
男子は残念そうに俯いた。しかし、赤沼さんはアフターフォローも忘れていなかった。
「若造、頑張ってくれ!俺みたいに敏腕刑事になることが出来ればやれないこともない!ボーイズビーアンビシャスだ」
赤沼さんは笑顔で親指を立てながら男子に励ましのサインを送った。男子はそれを見て、なにか熱いものを感じ涙を流しながら話していた。
「あがぬまざーん!!俺、がんばりまずー!!」
赤沼さんは男子に胸を貸し、よしよしと背中を擦りながら励ましていた。そして、男子が落ち着くのと皆に招集をかけていた。
「よーし、次いっちゃうかぁ!」
赤沼さんは照れくさそうに言っていた。
「うーっす!!」
さながら体育会系。男子の熱気を夏稀は理解できずにいた。周囲にいる警察職員たちは「赤沼さん今年もやってるよ」「毎年良くやるねぇ」と口々に囁いているのが聞こえた。
**
「さて最後は君らに制服を着てもらおうか。サイズが少し大きいかもしれない。少し背伸びした気分だと思って、我慢してくれよ」
赤沼さんはみんなにそう言うと「やよいちゃん」と呼ばれていた女の人が、ボクたち一人一人にクリーニングパックに入った紺色の制服を手渡してくれた。
そしてみんなは、警察署が貸してくれた制服を持って更衣室を借りて着替えに向かった。……三十分経たないうちにちらほらと更衣室から高校生警察官が出て来た。
「おー、やっぱりぶかぶかだったかー。身長がぴったりな子もいるなぁ。でも『馬子にも衣裳』ってやつだな将来が楽しみだ」
赤沼さんは頷き、とても嬉しそうにしていた。しかし、ボクたち女子は制服のサイズが合わず、袖口がだらんと垂れていた。流石に大人用の制服はサイズが大きかったのかも知れないね。
「赤沼さん、もう少し小さいのないんですかぁー?私なんか動きづらくって」
夏稀はじれったそうにして、合わない制服に違和感を覚えていた。しかし、赤沼さんはボクの方を見るように夏稀に言った。
「その初々しい感じがいいんだよ。そこの瑠璃ちゃんを見てみなよ。楽しそうにしてるだろ?」
「……へ?」
「だらーん、ぶかぶかぁー、袖おばけ」
ボクは脚のつま先の裾や、指先の袖口が大きすぎて、ついついふざけてしまった。職員の女性はその姿に口元を押さえてなんだか悶えていた。男子たちはボクの姿を見て笑っていた。ボクは場を和ませようとしてやったのだけれどね。夏稀も一瞬思考停止していたようだった。
しかし夏稀は仮にも「今回のリーダー」として取り締まらねばと改めて気づいたのだんだと思う。夏稀はボクにゲンコツをした。
ボクの頭から鈍い音がした。ボクは目から星が出て、一センチのたんこぶが出来た。とっても痛かった。夏稀はボクを殴った右手を擦っていた。ボクはすかさず痛みを訴えた。
「いってー。何すんだよぅ!!」
「こら瑠璃!ここに何しに来たの?!遊びに来たんじゃないんでしょ!!『袖お化け』になっていたかったら家に帰ってお父さんのワイシャツと戯れてなさい!!」
ボクは夏稀の説教がおねーちゃんの姿と一瞬ダブって見えた。
「お姉ちゃん……」
「どうしたの?私は瑠璃のお姉ちゃんじゃないよ!」
「へ、あ、ごめんごめん。なんでもない」
「なんか最近の瑠璃、変だよ。どうしたの?」
夏稀はボクを見て首をかしげていた。ボクは夏稀に「なんでもない」って言って誤魔化し続けていた。
そして赤沼さんは手を叩いて、今日の記念に写真を撮ろうとみんなに呼びかけていた。
「じゃあ、みんな着替え終わったみたいだし。写真撮って解散にしよう!今日は来てくれてありがとな!」
「えー、もう終わりかよ」
「なんか物足りねー」
男子は寂しがっていたり、物足りなさを訴えていたが、赤沼さんは「また来てくれ」と笑いながら言っていた。
「さっきは痛かった?ごめんね」
夏稀はボクの頭を擦ってきた。ボクは夏稀に心配しないように、痛くないよと一言言った。
「大丈夫だよ。心配しないで。じゃあ夏稀、カメラの前に行こっか」
ボクは夏稀の手を取って、男子たちと一緒にカメラの前に並んだ。
赤沼さんは写真を撮る前に、みんなの前で言った。
「今日は本当にありがとな!今日がお前らにとって人生を決める日になるといいな。まー、俺みたいなダメダメ刑事にはなるなよ」
「あれー?凄腕刑事じゃなかったんでしたっけ?」
みんなの間で一斉に笑い声が上がる。カメラを構えていた職員さんはそのタイミングでシャッターが切っていた。
「よし、今の表情もらった!!」
赤沼さんはガッツポーズをしながら嬉しそうに言っていた。
「あー、俺まだ表情決めてなかったのにッ!!」
「おせぇ。おせぇ。お前らが決め顔してもなんにも変わんないって。もともと性格が明るそうだしなぁ。若いっていいなぁ。それより、そこのお前、横向いてたぞ」
「え、俺?!」
指摘された男子は戸惑って周りの人たちに確認していた。しかし、みんなは「しらねーよ」あるいは 「向いてたんじゃない」と無責任な回答。
「ちくしょー、俺の大切な青春の一ページが!!」
男子は嘆いて膝をついていた。ボクたちはお腹を抱えて笑ったのだった。
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