【The last one drop】Rousing Days:four「消失(ロスト)」

 

 ――エルノが叫んだ時、目の前でフィオナが死にかけていた。そうか俺は守られたんだ。エルノは鈍い頭で思った。

 「フィオナ、フィオナ!!しっかりしろ」

 「エルノ、勝って。……呪いの言葉と傷をあなたから引き受けたわ」

 フィオナは眠るように意識を失った。ベレンセは駆け寄ると、ありったけの月桂樹の葉をフィオナの身体に擦りこんだ。呪いが解けるのを必死に願っていた。


 エルノは怒りに燃えてアスモデウスを睨んだ。

 「これほどお前を憎んだことはないよ。……アスモデウス。愛する女に守られるなんてかっこ悪いとこまで、仲間にみられちまったしな」

 「それでいい。俺も貴様も元々一人だ。一人で生まれ、一人で死ぬ。……それが運命だ」


 火花のように激しく衝突を繰り返す二人は肉眼では捉えられなかった。アスモデウスの鎧はぶつかり合うごとに砕けていき、エルノの肉体も血を流していった。

 「……これで最後だ」

 エルノにありったけの力を込めて、アスモデウスは斬りかかった。剣は雷のように黒い光を帯びていた。

 エルノは体勢を低くし、心を燃やした。そして突っ込んできたアスモデウスの鎧の中心にテラピノツルギを突き刺した。燃える剣は鎧をまるごと焦がし、霊体のアスモデウスを粉々に焼き払った。そして、アスモデウスは忌みごとを呟きながら姿を消した。


 「勝ったのね!!エルノ!!」

 喜んで駆け寄るニナにエルノは言った。

 「……ああ。なんとかな」

 エルノは肩で息をしていた。セシリアとベレンセはフィオナを必死に介抱していた。不可解なのは、城の中の淀(よど)んだ空気と外にある繭(まゆ)が未だに消えないことだった。

 「……俺はやり残したことがあるのか?」

 不審に思いながらも、エルノは口の訊けないアメリアに肩を貸されて城の外に出た。掘りを出て、空を見上げたその時だった。


 「エルノ!!足!!」

 セシリアが叫ぶと、エルノの影から「黒い手」が掴んで暗闇に引きずり込もうとしていたのだ。そう……アスモデウスは死んでいなかったのだ。エルノは元々覚悟を決めていたのだろうか。悟ったような表情で言った。

 「セシリア、ベレンセ、ニナ。……アメリア、ハビエル、リカルド……今までみんなありがとう。俺はここまでかも知れない」

 エルノは鋭い爪を使い、自分の胸に手を突き刺すと心臓を抉り出した。滴る血液と共に「燃えるコア」が、ほの暗い空間に光っていた。周囲の驚きと沈黙をよそに、薄れ行く意識の中でエルノは呟いた。

 「今までありがとう。……愛してる」

 エルノが心臓を握りつぶして自爆し、アスモデウスを道連れにしようとした時、フィオナが両手と翼でエルノを包み込んだ。その翼のお陰だろうか、周りの人々は死なずにすんだようだった。

 「死ぬ時は一緒よ。……エルノ」

 フィオナの言葉と共に、光が地平線まで広がった。


**

 ――恐らく世界中が涙しただろう。一瞬「全ての闇が明るさに変わるくらいの光」が広がって「ⅩⅡ(ダース)の世界」を照らした。

 エルノとフィオナ、そしてアスモデウスは砕け散った。だが二人の亡骸なのだろうか。「二体の泥人形」が折り重なるようにして落ちていた。

 セシリアは「泥人形」を拾い上げると抱きしめて、その場にへたり込んだ。そしてひたすらに泣いた。

 「えるのぉおおおお!!どうして勝手に逝っちゃうの?私の断り無しに逝かないでよ!!ふぃおなぁあああ!!可愛い妹だと思ってたのに!!」

 「……」

 ベレンセもニナも、初めて会ったばかりのアメリアやハビエルも何も言えなかった。しかし確かなこと。それは「紫色の雲」が晴れ、「紫色の繭」から人々が目を覚ましていたことだった。彼らは何も知らなかったが、何故か目頭に涙の筋があったことだった。

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