【The last one drop】Rousing Days:two「王宮の座に就く者」
「創造主の子……エルノ。そしてフィオナか。不思議な出会いもあったものだ」
エルノはニナに急かされてフードを取った。フィオナも十六歳ほどの少女に、姿が成長していた。エルノは「淫欲のフィロリア」を倒し、成人男性の姿に成長し、瞳の中に青い炎が燃えていた。額からはユニコーンの角が生えていた。
「初めて会った時と随分変わっちゃったね、……エルノ」
セシリアは感慨深い気持ちになった。フィオナも透き通るような肌をし、髪の色や持っている翼の長さが成長していた。二人が創造主の子である。それは姿を見ても、はっきりとした事実だった。
「カジメグと言い、お前らと言い、私にはなんだか不思議な出会いが約束されているようだよ。もう何を見ても動じないわ!」
アメリアは鼻で笑った。
ベレンセは「一息入れよう」と言いながら、机に紅茶の入ったティーカップを並べた。
「『アスモデウス』の話は、ニナから聞かされていたんだ。メフィストフェレスの後釜として現れた悪魔でね、誘惑を巧みに使う悪魔だ。僕の見解では、その繭(まゆ)が羽化した時、本当の恐怖が来るのではないかと思っている」
アメリアはそれを聞いて、冷や汗交じりに呟いた。
「邪魔な者を片っ端から消し去るのでは無く、それ以外の手段があるとしたら……」
「アメリア、君は頭がいいが、頭が固いところがある。そこまで考えなかったのか?マインドコントロールやカルト宗教は『洗脳の一種で、親鳥として刷り込みをする』行為だ。つまり『絶対服従をさせる何か』が起こるってことだよ」
アメリアはぞっとした。自分の親族や同胞達が、見えない糸に操られて動いている姿が脳裏に浮かんだのだから。
「こうしている場合じゃない!行きましょう!!」
セシリアがけしかけたが、ベレンセは黙っていた。
「いや、無意味に動くのは危険だ。『虚構の無欲(ディサイア)』の成分を少し調べよう。アメリア持っているだろう」
「どうして持っている事が分かった?」
「君のことだから、親の敵(かたき)同然に、持っているだろうなってね。僕に預けてくれ。分析するから」
**
ベレンセは植物の精油を絞る装置を使いながら、薬学に長けるセシリアと共に「虚構の無欲(ディサイア)」の分析をした。
内容物は以下の通り。コカニス【コカイン】、ティマツの実【大麻】、ブラックマッシュルーム【マジックマッシュルーム】、夢幻蚕(むげんかいこ)の糸、スパイス系植物の精油、その他雑多な繋ぎの混ぜ物等だった。
「かなり入ってましたね。しかも毒性と依存性の高いものばかり……」
セシリアは両手で顔を覆った。
「恐らく、夢幻蚕の糸(むげんかいこ)が、生物の体内の分泌液と反応して、身体の中から糸を精製したのだろう。これは厄介なんだけれど、砕けて粉末状になって風に飛び、ドラッグを吸っていない者も粉末を吸い込んで繭(まゆ)になってしまうんだ。幸いなことに火に弱いから、空気を焼き払えばいいし、風の収まったくらいに、風上の方角から潜入すれば、最悪の事態は逃れられると思う」
「だから、飛躍的に感染するように繭(まゆ)が生まれたのだな」
「そうだと思う。けどエルダーニュのこの丘が安全だったのは『夢幻蚕の粉末』が小高い丘の上にあったから、防げたんじゃないかなって思うよ」
「流石です、アメリア司書官長のお兄様。しかし早く手を打たないと、他の種族も繭(まゆ)にならないとは言い切れないですね。粉末が世界中に回り、世界中に蔓延してしまう。風は山岳地帯であれど、時間が掛かれば行き渡ってしまいますね」
「早く手を打ちたいものだがな」
「それなら大丈夫よ」
頭を抱えるアメリアに、ニナは答えた。
「エルノとフィオナがいる。エルノの炎のように『燃える心』は誰にも魅了されない真の強さを。フィオナの水のように『たゆたう心』は周りに流されない真の優しさを持っているもの。あなたが一人で抱え込もうとするから苦しくなるんでしょうけれど、ここには『最強の矛と最強の盾』がある。城に行きましょう」
「仕方が無い。未だに安心出来ないが……大船に乗せられたつもりで行こう」
アメリアは外套を羽織ると、胸にペンを挿し直して言った。
「兄よ。信頼しているぞ」
**
出掛けに、ニナは創造主に祈った。美しい彼女の後ろ姿につい、皆は見とれてしまう。
「創造主様。ここまでの導きを感謝いたします。不躾な使い魔でした。ユアンに叱られてここまで来ました。……最後の闘いに臨みます」
彼女が天を仰いだ時、エルノの手には「テラピノツルギ」が具現化されて納められた。フィオナの竪琴は「風を操る盾のような形状」に変化した。
「テラピノツルギ……この場面で出てきたのか?」
驚いたのはエルノだけでは無かった。好奇心旺盛なセシリアがまじまじとエルノの剣をみて呟いた。
「カジメグお姉ちゃんの青龍刀にそっくり。燃える形状。形を持たない青い炎……でも立ち上る煙の蒸気と刻印が少し違うかも。……エルノ、今までこれを操っていたの?」
「ああ。俺が弱っちい時からな」
「風の盾か。前線に二人が立てば怖い者なしだな」
**
街に入るとベレンセ達は絶句していた。無理も無い。想像を絶する光景だったからだ。腐敗臭に似た匂いは、人々の汗に繭の構成物質が混じって放たれる異臭だった。幸いなことに死ぬ人はいなかったようだったが。辛うじて生命維持を保たれている状態。見るからに苦しくなってベレンセは吐き気を催してきた。
「兄よ、しっかりしろ。気を保て!!」
アメリアとハビエルは必死にベレンセを励ましていた。周囲を警戒しながら、エルノは先頭にフィオナはしんがりに就き、守備を固めながら歩いて行く。足下に粘り気のある繭の糸が張り付いて、とても気持ちが悪い。
エメラルドの外壁。堀に水を蓄えた美しい城、王都ケハーの王宮を前に、皆は息を呑んでいた。門の周りにも紫色の糸を散らした繭(まゆ)が、ごろんごろんと転がっていた。エルノは来る途中で、繭(まゆ)を切って中にいる者を取り出してみたが、夢の中で生きているような、死んでいるようなそんな中にいたようだった。
「強い催眠術に縛られているとベレンセは言っていたが、催眠が解ける時は来るのだろうか」
青い顔をした男性を哀れみのまなざしで見るエルノ。
門を押し開け、中に入ると『故・アウフスタ女王』の好きだった真紅の絨毯(じゅうたん)が階段に敷かれていた。変わらない景色だった。階段を上がり、重い王座の間の扉を押し開けて中に入った。
そこには、赤髪で赤目の筋肉質のドワーフが入り口に背を向けて立っていた。
「やっと来たか。待ちわびたぞ、創造主の子。……エルノ」
アメリアが怒りに燃えて、赤髪の男にまくし立てた。
「おい、私の国民をな……」
「口が過ぎるぞ。女。俺は創造主の子と話している。黙っていろ」
男がアメリアを睨むと唇の前で指をかざした。アメリアは呪いを掛けられたように口を封じられ、喋れなくなってしまった。ハビエルがアメリアを心配して駆け寄る。アメリアは首を振って何も言わなかった。
ベレンセやセシリアはぞっとした寒気で後ずさりした。エルノはひたすらに睨みながら、男に詰め寄った。
「アスモデウス。貴様がやったのか」
「そうだ。黄泉(よみ)の世界から、この男の身体を宿主にして戻ってきたのだよ。『レオ=ランチーノ』いい男だろう。筋肉もしっかりしている。燃えるような正義感だ。女と酒に弱く、金遣いが荒い。そして……影響されやすい」
「『悪魔憑きの悪魔』と呼んでいるメタヘル。……お前の性格によく似てるよ。今まで倒してきた連中は一癖も二癖もある連中だったが、お前はもっと凶悪だ。そして最低だ」
「アスモデウス」は笑った。それは見下すような笑い方だった。
「メタヘルか。貴様らがそう呼ぶのなら、その名前が相応しいだろう。心の闇の魔物の総称でありボスクラスの魔物だ。だが俺が噛み砕いたのでもうこの世にはいない。俺は……メタヘルから三つの個体を作り上げたのだ。骨が折れただろう、創造主の子」
「ああ、強かったよ。冗談抜きにしてな。だが、宿主が苦しんでいるのを、お前はなんとも思わなかったのか?」
「悪魔に同情を求めるのか?落ちぶれたなぁ、創造主の子。いいか?俺は悪魔だ。人間ではないし、エルフでもリザードマンでも無い。喋っている言葉も嘘か誠か、自分で判断しろ……創造主の子よ」
エルノは歯ぎしりをして、アスモデウスを睨んだ。
「何が目的だ。用意周到な計画をし、三体の敵を俺に送って時間稼ぎ。この国を支配して王様気取りか。笑っちまいそうだ」
「貴様は考えが浅い。だから俺には勝てない。いくいくは全ての生き物の頂点に立ち、この世界に自分を神格化させるのだ。創造主よりも俺が偉い。憂いも無ければ、死も悲しみも無い。……そんな世界を俺が作ってやろう」
「嘘を言うな。お前の言葉に同情も優しさも無い。どうせ繭(まゆ)を一ひねりにして中の生き物を殺してしまうのだろう」
側で聞いていたベレンセは、アスモデウスの言葉に、はらわたが煮えくり返っていた。アメリアのように口を塞がれる覚悟で、エルノの前に立ち悪魔に喧嘩を売った。
「……憂いだ?悲しみだ?それを嘲笑(あざわら)う奴に成長など無い。分かるか?お前には分からないだろ。痛いこともしたくない。せいぜい上から見下して威張ってろ!!」
「下等生物よ、死ぬが良い」
ベレンセは黒い魔法弾を喰らい、壁に吹き飛ばされて身体が折れ曲がった。セシリアが胸元を開くと「月桂樹の葉」が入っていたので、辛うじて致命傷は免れたようだった。
「噛みついてやった……後は頼む……」
ニナもセシリアもどうすることも出来なかった。「呪いの結界」が、エルノとアスモデウスの間に張り巡らされて、周囲の物を焼き払っていくのが見えたから。
「創造主の子。ゲームをしよう。お前を『多面鏡の立方体』に閉じ込める。俺を刺し殺して出てこれたら、俺は繭(まゆ)に捕らわれた連中を解放しよう。だが……立方体はお前を押し潰す。出てこられなかったらそこでお前は死に、世界は俺の手に……落ちる」
リスクしか無い。エルノは賭けに乗るのか。フィオナは叫んだ。
「エルノ!!騙されないで!!アスモデウスの約束なんて、信用できないわ」
「……フィオナ。ありがとう。俺は『ⅩⅡ(ザイシェ)の国』に帰った時、考えてたことがあったんだ。『俺は何の為に生まれて、誰の為に死んでいくのだろうか……』と。雷に打たれて、胸を締め付けられた時、何となく『この剣』の元々の持ち主の生き様が伝わってきてさ。逃げられない宿命に立ち向かう勇気。困難に直面した時に打開する力を貰ったんだよな。だから『死ぬつもりで』俺は闘う」
「語りが長いが、答えは決まったようだな。安心しろ。お前の死に様も、俺の死に様も、誰も看取らないからなぁ……」
アスモデウスが両手を振ると、銀色の立方体の中にエルノとアスモデウスは吸い込まれていった。フィオナは泣き叫びながら立方体を叩いたが、叫びは虚しく、部屋にこだまするだけだった――。
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