【Fifth drop】Sorrowful Days:eight「伸るか、反るか」


 アタリーは放心状態で老婆のようにぐったりとしていた。エルノの身体は、メタヘルを倒した影響で成長を遂げたのか、変化しようとして額が光っていた。それは蛍の光のように闇に輝いていた。

 アタリーの抜けた「水浴の間」からは、娼婦の女性が、解放されたように逃げ出して閑散とした空間になっていた。王の席が空いたドワーフの国。無法地帯を感じさせる不穏な匂い。長い戦闘の末に既に夜明け前になり、少しずつ朝日が差し込んでいたが、南の方角から異様な気持ち悪さが漂っていた。それは、ベレンセの故郷のある「Ⅷ(セイシャ)の国」の方角だった。


 「再会の喜び……とは言いがたいようだ」

 樹木の根元には意識を失って眠っているエルノ。それに寄り添うフィオナ。目の前には投石機を持ったドワーフの集団。それと睨み合う、エルノの連れのリザードマンの騎士達。そして城の中にはセシリアとニナがおり、仲間がまたしても危険な場所に集っている。死んで離ればなれになると思いきや、ベレンセは仲間と再会することを赦された。しかし、状況は好転しない。

 ベレンセは状況を好転させるべく頭を捻ったが、全くと言っていいほど知恵が出てこなかった。


 「この場から逃げようにも、逃げられない。満身創痍の仲間を担いで逃げるべきか?マドレーヌ、君の鞍に『僕以外の仲間を乗せて』遠くまで逃げてくれ」

 マドレーヌはいななきながら首を振った。「ベレンセのことを見捨てない強い意志」が感じられたようだ。決して頷きはしなかった。


 すると、城の中からリカルドがセシリアに肩を貸されて出てきた。失血による消耗状態で、今にも立っているのが精一杯だった。

 「本調子じゃないけれど、行けよ、……心理学者。不本意だけれど、弟の尻拭いくらい、俺にやらせてくれ。……でないとおかしくなりそうだ」

 リカルドは身も心も既にボロボロだった。弟に手を下した影響は、少なからず彼の心に大きな傷を残していたのだ。

 「でも、ベレンセさん。あなたは闘える状態じゃないでしょう」

 「分かってる。でもな、俺の弟が払ったツケなんだよ。このままじゃ『リザードマンとドワーフの間に』深い禍根を残してしまうんだよ。……無血停戦をしてみせるさ。これでも、俺は頭が切れる方だからな」

 リカルドはにやりと笑い、その場で座り込んだ。


 「ベレンセさん、彼はこうなったら梃子(てこ)でも動かないですよ。今はアメリアさんの所に行くべきじゃないでしょうか」

 セシリアはベレンセに訴えた。ベレンセはポケットの中でくしゃくしゃになった「アメリアからの手紙」を握り込んでいた。


**

 ――兄よ。久しいな。さて、本題に移ろう。

 「エルダーニュの薫る丘」を除く魔術種族の全域が、紫色の厚い雲に覆われ、見る影もなくなってしまったのだ。犯人は分かっている。種族不明の黒いフードを被った目の赤い男だ。彼は酒場を拠点に感化されやすいエルフやノームに「煙状のドラッグ」を蔓延させたようだ。

 その名前は「虚構の無欲(ディサイア)」。兄が冤罪を突きつけられて国を出てから、追われている間に、見る間も無く、秒で蔓延し、全ての者は「紫色の繭(まゆ)にくるまれて」深い眠りの中に陥っている。


 私とハビエル、そしてセシリアの両親は、一端待避するために、兄の研究所を間借りして身を潜めているが、善戦が浮かばずにとても苦戦しているのだ。


 頼りない兄を信頼したいわけではないが、私の大図書館の部下、いや家族同然の仲間達を救ってくれ。頼むのを渋ってしまった。兄に頼りたくはなかったんだ。申し訳ない。

 今は兄の力が借りたい。……兄の研究所にて待つ。急いできて欲しい。

 アメリア=ハウジンハ――。


――【The last one drop】に続く。 

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