【Fifth drop】Sorrowful Days:six「ポルノ・アディクション」


 アタリーがベレンセを睨んでいた。静かに松明が燃え、パチパチと木が爆ぜる音を立てていた。家に帰る者もいたが、数人の「性に対する弱さ」を持つ者は、胸を痛めながらベレンセの語る言葉に耳を傾けていた。大半は男性だった。

 彼女の周りには、「イシアルに取り憑いていたメタヘルの陰」がはっきりと現れていた。荒れる彼女には、暗闇の中でもはっきり見える「メタヘル特有のもや」が出ていたのだ。口調も荒々しくなり、感情を支配される悪魔の所業。それがメタヘルの大きな特徴だった。

 

 「僕も、一男性だ。女性に弱さが無いとは言えないし、性欲が無い訳じゃない。ただ、君の心中を察するに、『性行為を行っている時以外はつまらない』と言う言い方が気になってしまってね」

 「だってそうじゃない!何が言いたいのよ。あなたは私を罵って悦に浸りたいの?あなたには分からないでしょう。いろいろ忘れられるんだから」

 「君の好意は『飲酒』と同じだ。酔って忘れて、また思い出す。だが恥を忍んで言わせて貰おう。でもな、結局はその代償に『罪悪感を感じている』のを自分自身よく分かってるんじゃないのか?」

 「……分かったわよ」

 ベレンセは赤い顔をしながら、静かになったアタリーの前で語り始めた。アタリーは唇を噛んで、怒りを噛み殺していた。

 「君の罹(か)っている病『性依存症』、つまり『過剰セックス障害』の定義は、『性交渉の経験があるなし』によらない。大枠に『自慰行為』『ポルノグラフィティ(※淫らな画像や動画の類い)』『性交渉』『テレホンセックス(電話で淫らな通話をすること)』等の頻度が高いことによる。だから、だれも関わりが無いとは言えない心の病なんだ」

 「そ、そうなの?!知らなかった……」


 聴衆の女性が顔を覆って恥ずかしがった。周囲の男性がそれに食いついたが、ベレンセは咳き込んで、話を続けた。

 「『過去六ヶ月の間に淫らな妄想を長時間してしまった』『ストレス解消や不満解消の手段として性的行為を用いている』『抜け出そうとしても、悪い習慣から抜け出すことが出来ない』こんな事が当てはまるようなら、既にその傾向(性依存症)の中にあると言える。そして、この傾向の人は、大体『幼少期の親からの愛情不足』を性的欲求で埋めようとしたり『ストレス解消の手段として、性的行為から出る快感物質』を求めようとするんだ。結局は誤魔化しなんだよ」

 「そう……あなたには、私が寂しそうに見えるのね」

 アタリーは寂しそうに俯(うつむ)いて言った。

 「見えるよ。紛れもなくね『愛のない性行為に意味は無い』。虚しいだけだ。自分を騙(だまして)してるだけだ」

 「こいつ、言わせておけば……」

周囲にいる男性陣が、アタリーの肩を持って言った。アタリーは男性の方を向いて少し曇っていた表情が明るくなった。

 「心理学者。お前の発言はこの国の男を敵に回すことになる。いいのか?アタリーはこの国の男を魅了しているんだ。お前が否定する度に、自分の首を絞めることになるぞ」

 「構わないよ。元々死ぬ予定だったんだから。……正直、死んでもおかしくなかったんだ。みんなに『心の悪魔であるメタヘル』の存在を知って欲しいんだよ。彼女を否定しているんじゃない。彼女の心の闇を見て欲しいんだ」

 

 その時、アタリーが酷く葛藤状態に陥ったように見えた……が、間もなく姿が変貌し始めた。騙し騙し、人の器を借りて潜んでいたメタヘルが、彼女の表情を豹変させ、心を狂わせたのだ。

 「コロス……ベレンセ、コロス……」

 「エルノッ!!」

 後ろに隠れていたニナが叫んだ。物陰に隠れていたエルノは、アタリーに頭突きを喰らわせ、気絶させると、何も言わずに「もやの中」に飛び込んで、深層心理の世界に入っていった――。


 「多少荒療治だけれど、仕方ないわね」

 折り重なるように意識の無いアタリーとエルノの身体。ニナとベレンセは二人を丁寧に寝かせると、枕元で「エルダーニュ・オイル」を焚き始めた。

 「時間が無い。君らには、この青年のしたことをしっかりと……目に焼き付けて欲しい。これが『メタヘルの悪意』だ」

 聴衆は立ち尽くしていた。生唾を飲み込んでエルノの闘いを見守っていた。フィオナは、エルノの額に手を当てると静かに言った。

 「勝って。戻ってきて……エルノ」


**

 「……マルティ、すまない。マルティ……お前を俺は……分かってやれなかった」

 城の医務室。満身創痍のリカルドがうなされて、苦しんでいた。それは弟を殺した贖罪を祈るように。セシリアは滝のように流れるリカルドの汗を拭っていた。

 ――まだまだ夜は終わらない。獣の声が城の周囲に響いていた。

 

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