【Fifth drop】Sorrowful Days:five「執行日の夜」
鬱蒼(うっそう)と木が生い茂り、葉が重なって、空も見えない城の庭園。罪人に枷が掛けられ、引きずられていた。しかし満月の月明かりだけは、はっきりと木の枝の間から差し込んでいた。
「早く歩け!!」
槍で背中を突かれて、呻(うめ)きながら歩くその姿は、売られていく子羊のような姿に近かった。冤罪と言う言葉が近いかは分からないが、彼らのうち、何人かは「王の機嫌を損ねた」と言う私的な罪状によって、今回の罪を断行させられていた。
「お前ら、よく見ておけ。リザードマンに権力を持たせたから、こうなるのだ。僕を王に立てたことを今更、悔やんでも遅い!!」
マルティは気が狂ったように言った。顔を覆って立ち尽くす、ドワーフの国民は「彼を止めて欲しい」と心の中で思っていたが、しかし決して楽になることは赦されなかった。真夜中なのに、松明を持って見守る聴衆達。その中にはシルヴィの姿もあったようで、非常に胸を痛めていた。
「出来損ないの心理学者。頭でっかちの臆病者。腰抜けのチキンエルフ。この国に入ってきたのが運の尽きさ。骨まで焼け焦げて灰になって死ぬがいい」
アタリー=ラヴォー。風俗施設「水浴の間」のヒエラルキーの頂点に立つ絶世の美女。種族は不明。年齢も不明。分かっていることは、セシリアを憎んでいる。ただそれだけの理由でベレンセを処刑に追い込んだ。
現在国王として国に立っているマルティに対して、彼女は猫なで声ですり寄ると、お得意の色仕掛けで、セシリアの仲間のベレンセを処刑まで追い込んだ。実に腹黒い女である。
ベレンセも罪人と同じように木に吊されると、両腕両足に太い縄を縛り付けられて、頭から油を掛けられた。そして足下から炭火をくべられて、火が点けられた。
枯れ木が燻り少しずつ煙が上がって、一酸化炭素を生じさせていた。
呼吸が苦しくなり、煙を吸って、ベレンセは彼は意識が遠くなってきた。死を覚悟したその時だった。彼は「今際の時」に「出来のいい妹の姿」が頭に浮かんだ。
――兄!ベレンセ兄!!いつまで私を待たせるんだ。さっさと私の誇りになってくれ。みんながアンタのことを貶(けな)したとしても、私だけは尊敬しているんだから!――
「……アメリア。出来損ないの兄だけれど、少しでも君の誇りになれたかい?」
ベレンセは涙を浮かべながら妹を想った。足の焼ける熱さよりも、自分の惨めな姿に酔い、そして薄れ行く意識の中で目を閉じた。
しかしその時だった。彼を力強く呼ぶ、青年の叫び声がした。
「ベレンセ!!生きろ!!バカヤロウ!!」
黒い影がベレンセの背中を横切った。そして、ベレンセが張り付けにされていた十字架状の木をバラバラに引き裂いた。周りの囚人は勿論、マルティやアタリーも何が起きたか分からずに絶句していた。
ベレンセは支えを失ってその場に倒れ込むと、膝を突いて噎(む)せていた。煙を吸いすぎたようだが、辛うじて意識はあったようだ。
「げほっ、げほっ」
「一人で死ぬなんて赦さないよ!おバカさんが!!」
ニナが目の前に立っていた。どうやらベレンセが張り付けにされていた木は、エルノが爪で切り裂いたようだ。
「お前ら……自分のしたことを分かっているのか?」
怒りに燃えるマルティ。連れのリザードマンの騎士達は、アルバーン国王の従者であった為、彼の息子であるマルティの変貌に、驚きを隠せなかった。ベレンセとエルノを庇(かば)う形で立っていた。
しかし、更にヒステリックになったのは、悪女のアタリーだった。自分の計画を邪魔され、挙げ句、衆目に痴態を晒してしまったこともあり、かなり荒れて怒り狂っていた。
「そんな連中さっさと処刑しなさいよ!!虚仮(こけ)にされてていいの?!」
マルティは殺気に満ちた目でベレンセを見つめると、手斧を構えた。何人かの兵士が彼の背後についた。――しかし、それだけで終わらなかった。
「マルティ。……俺は悲しいよ」
茂みの中から現れたのは、涙目をしたリカルドだった。ベレンセが生きていたのか、ほっとした様子セシリアも出てきた。ベレンセと目が合ったのか、彼女は気まずくなってそっぽを向いてしまったが。
「兄ちゃん、どうしてこんな所に来た」
「聞いたんだよ。セシリーによ。惨めだな……女の言いなりになって。国中の連中に迷惑を掛けて。挙げ句、人の命を軽んじて奪おうとした。お前はそんな奴だったのか?」
「うるさい!!自分だけ幸せになった兄ちゃんに分かるかよ!!とっさに現れてお説教なんて、いいご身分だよな」
「お前は苦労を知らない。そんな生き方じゃ、誰もお前を助けないし、助からないんだよ。それはな、今まで楽に生きてきた自分の蒔いた種なんだ。分かるか?」
「苦労しろ!って言ってんのかよ」
「ああそうだ。ベレンセ達を見てみろ。目が輝いてるだろ?死にに行くつもりで生きたことかあるか?お前には無いだろうな。淫(みだ)らなことに耽(ふけ)ってないで、さっさと目を覚ませよ」
リカルドが言い終わらないうちに、マルティは自分を嘲笑しながら言った。
「兄ちゃんには言っても分かんないだろうなぁ。カジメグと楽しく旅をしてさ。ずっと活躍を見たり、仲間と楽しい旅をして、助けられるなんて美味しい思いをして。英雄気取りだったよ。カッコ良かった。それはもうね。眩しいくらいに。それに比べて、僕は惨めなんだ」
「コロッセオで一緒に闘ったり、ミケル国王を二人で倒したじゃないか。それに、お母さんとお父さんはお前に任せるって言ったろうが。書記も任せて連絡取ってたじゃないか。何が不満だったんだよ」
「兄ちゃんには分からないよ。俺の気持ちなんて一つもね」
「分からないな。お前は誰かを『本気で愛したこと』があるか?無いだろ。カジメグがそんなに好きなら、最後まで貫けよ!そんなんだから、情欲に逃げるんだよ!」
隣で痛い所を突かれたらしく、アタリーが黙って怒りを押し殺していた。
「マルティさん、あのうるさい兄貴、さっさと殺してよ。二人で国を創りましょうよ」
「そうだな……ごめん。兄ちゃん。そういうことだから」
マルティは静かに「兄弟の縁」を断ち切った。
「そうか。……俺の知ってるマルティは変わってしまったんだな」
リカルドは目を瞑って深呼吸すると、腰に帯びていた剣を引き抜いて、マルティに差し向けた。
「お前を討つ。弟は俺にはいない」
**
――周囲の人達が、息をのんで見守る中、リカルドとマルティは激しくぶつかり合っていた。リザードマンの激昂。闘志が燃え上がっていて、誰も止められなかった。死ぬからだ。マルティの持つ手斧は、両刃で厚みがあり、剣をへし折るような構造だった。
マルティは体当たりして、ひるんだ隙にリーチを詰めて、リカルドの顎や胸の骨を打ち砕こうとした。しかし、痩せ身のリカルドは躱(かわ)すと、長い刀身の剣でマルティの手首や腕に太刀傷を付け、長く斧を持てないように攻撃を仕掛けた。
あばら骨が龍鱗の上から砕かれたリカルドと、両腕の筋肉から血を流すマルティ。長期戦はもう望めなかった。
「こんな勝負になるなら、もっと違う形で会いたかったぜ。見てて気持ちのいいものじゃないからな」
「僕もそう思う。にい……リカルドじゃなかったら、もっと良かったのに」
力一杯振り下ろした斧が空を切った。地面にめり込んだ。引き抜こうとしている隙を見て、リカルドがマルティの顎を蹴り上げた。仰け反ったマルティの喉元に剣を突きつけたが、マルティは剣を握り込んだ。しかしリカルドは、構わずに剣を引き抜いた。
マルティの指が、数本切断されて宙に浮いた。
「くっそ!!いてぇよ!!」
「舐めるな!!」
力が入らないにも関わらず、斧を引き抜くと、マルティは斧をリカルドの腹に打ち当てた。とっさに身を引いたが、リカルドは吹き飛んで城の壁にぶち当たった。
「ぐふっ」
「おいっ、誰か止めろよ……」
周囲の人達が慌てふためくが、マルティはお構いなしだった。脳内麻薬が出ているのか、二人とも痛みよりも興奮状態に支配されていた。
リカルドは剣を地面に突き立ててなんとか立ち上がると、マルティを睨み付けた。
「さっさと決めるぞ。内臓がボロボロだ」
「ああ。僕は身体中が傷だらけだ」
二人は背中合わせに立った。そして、ゆっくりと半歩ずつ離れていった。
先に動いたのはマルティだった。リカルドの首に向かって手斧を渾身の力で投げた。轟音を立てながら斧はリカルドに迫った。しかし、リカルドは顔面まで来た斧をいなすと、片膝を着いて動かなくなった。すかさずもう一振りの斧で斬りかかってきたマルティの喉を、リカルドは突いた。そこはリザードマンの急所だった。
仰向けになってマルティは絶命した――。
**
「……」
リカルドは両手の傷を見て、軋む身体中の痛みに耐えきれず、膝を突いて崩れ落ちた。セシリアが、必死な表情で駆け寄った。
「セシリー、俺は……弟を殺した。俺も死ぬべきだ」
「あなたは何も悪くない」
「アイツのこと、大好きだったんだよ……頼む。この策略を仕組んだ悪魔を殺してくれ。でないと、俺は、俺は報われない……」
リカルドはそのまま気を失い、騎士やセシリアの手によって、傷の手当てを受けた。一瞬の静寂が流れた。ベレンセは、残されたアタリーを睨みながら言った。
「おい、娼婦の女。さっさと国に帰れ」
「ははっ、何を言うか。私に帰る場所なんてないわ。男の人と『愛し合っている』ときが一番の私の幸せなの。身体を重ねて、まぐわっているとき。それが唯一の生きがいなのよ。童貞の男には分からないでしょうね!」
「お前は間違っている。国を内側から腐敗させ、淫らな風習を流行らせた。セシリーが暴れなければ、もっと悪い結果になっただろう。離婚する夫婦が増えた。国王が情欲に逃げた。性道徳が乱れた。全てお前がしてきたことだ。分かるだろうが!!」
怒濤の剣幕でまくし立てるベレンセ。その姿は鬼のようで、エルノもニナもそしてフィオナも驚いていた。
「……分からないわ。頭がおかしいのかも知れないわね」
「分からないようだから、はっきり言おう。君は病気だ!!」
「何をおかしいことを言っているのかしら。馬鹿じゃないの?」
「馬鹿にするな。童貞でも、おかしい奴でも、好きなだけ罵ればいいさ。だがこれだけは言っておこう。君は心の病気に罹(かか)ってるんだ。病名は『性依存症』だ!!」
周囲の空気は、その一言で凍り付いた。しかし、ベレンセの表情は真剣そのものだった。厄介だったのは、アタリーに見覚えのある「悪魔の使い魔」が潜んでいたことだった――。
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