【Fifth drop】Sorrowful Days:four「語り続ける使い魔」
数日後、二人と一匹は「ⅩⅠ(ロファ)の国」に到着したのだった。相変わらず蒸し暑かったが、ニナはめげなかった。
「Ⅴ(トリ)の国」への最短ルートは北西の方角。カディナ火山の噴火口を横切る最も危険なルートだった。しかし、時間が無かった。更には、抜けた先にある「エンガル高地の岩盤の壁」を、ピッケルを立てながら垂直に登っていかねばならない。
二人と一匹は困り果てていた。しかし、アルバーン国王が快く力を貸してくれた。彼は、以前のエルノの活躍に恩義を感じていた為だったようだった。彼の前ではとてもとても、「息子が大変なことをしている」とは言い出せなかったが。
熱に強いリザードマンの護衛が先頭としんがりについた。灼熱(しゃくねつ)地帯を抜けているのだが、喉が渇くし、靴から熱が伝わってきて歩くのも一苦労だった。
しかし、ひび割れた地盤に一輪の白い花が咲いていて、一行の目を楽しませてくれた。そう。それは「カディナジンジャー」の花だった。灼熱の熱い中で、力強く凜と咲くその姿は、自然の力強さと愛おしさを感じさせた。
少し山の麓まで降り、エンガル高地の岩盤を前にして、一行は野営をすることにした。葡萄酒に酔いながら武勇伝を話すリザードマンを見ていると、アルバーン国王も葡萄酒が好きで、酔っては大口を叩いていたことを思い出した。エルノは苦笑いをした。
そんな中、ニナがエルノとフィオナを呼ぶと、人目のつかない所まで行って話し始めた。
「エルノ、フィオナ。良く聞いて」
「ああ。そんなに思いつめた顔をしているってことは、きっと大切な話なのか。良くない話なのか。どちらかなんだろうな」
「そうよ。あなた達に知って欲しいの。前にも話したけれど、特異体質のことをね」
「俺とフィオナの?」
思い返してみると、エルノの姿は「フィロリア」に一撃加えてから「上半身の一部が龍化し」、「REM」と闘って「足腰が堅牢になった」。「アンガー」を倒した時「背中から堅い翼」が生えた。年齢も二歳ずつ成長していた。
「あなたの体質はね。メタヘルと闘うと『神獣』として成長していくの。フィオナは分からないのだけれど、エルノと強い共感性を持っていて、深層心理に入った時に同調して痛みを受けるように生まれてきたのよ」
「えっ、ええっ」
「どうして……今まで隠してたんだよ!初めて聞くこともあったじゃないか」
「確信が持てなかったのよ。これはベレンセから聞いたのだけれど、あなたの深層心理に入る能力を、心理学では『逆転移』と言うらしいわ」
「ちょっと待ってくれ。頭の整理が追いつかない……」
一呼吸してから、エルノは言った。
「いいよ、話してくれ」
「ベレンセは『臨床心理士』として、『クライアント(患者)』に接しているのだけれど、浮き沈みの激しいクライアントを看ると、時々治療が終わった時に、どっと疲れてしまうことがあるの。無意識に相手の痛みを受け取ってしまう反応を『逆転移』と言うらしいわ」
「つまり、エルノの痛みが、私の痛みとして伝わってくるのも『逆転移』なのかしら……」
「ベレンセに言わせれば、そういうことになるのかしらね。そして、エルノは人一倍『人の痛みを感じ取りやすい』から、『人の心に入りやすい』らしいわ。フィオナには出来ないらしいけれどね」
「俺にしか出来ない役目……」
エルノは考え込んだ。そして、ニナを見つめると言った。
「なぁ、ニナは『アスモデウス』って悪魔を知ってるか?」
「……どうしてその名前を?」
「この前、雨ざらしになってた時、俺に語ってきたんだよ。創造主?って奴がさ。」
「話さなければならない時が来たようね」
ニナは重い表情と口調で話し始めた。
「戦乙女カジワラが打ち倒した悪魔『メフィストフェレス』。彼は『ファウスト』と言う男の霊を『依り代』にして呼び出された悪魔だったの。『Ⅲ(ギーシャ)の国』の国王ヨハネス=ヘンラインは、霊媒をする悪習慣があってね、それが悪運尽きて、腹違いの息子にファウストの霊が取り憑き、殺されてしまったの」
「それが三十年前の話か」
「そう。メフィストフェレスは、エシュカトル神殿の祭壇の聖水で焼き払われたのだけれど、戦争の禍根。革命の後の平和は尽きることが無く。あなたが今まで倒してきた、『メタヘルのような心の闇に住むモンスター』が三十年間で、激増したの。それに目を付けたのが『アスモデウス』。誘惑の蛇よ」
「創造主もそんなこと言ってたな」
「この悪魔はもとい、なりを潜めていたのだけれど、本格的に活動したのは『戦乙女カジワラが命を捧げてから』だったの。人々の心の隙間に自分が入り込んで、自分の支配下に置こうと企み始めた」
「とんでもない奴だね。アスモデウス、ゆるさない!」
「メフィストフェレスが失敗したのは、王の心を掌握して、裏で権力を支配しようとしてた。しかし、アスモデウスは自分の配下のメタヘルを使い、一重にも二重にも行動を起こす厄介な奴よ」
「で、そいつは今どこに……」
「それが分からないのよ。エルノは創造主様から、何て言われたの?」
「ベレンセを助けに行けって。『Ⅴ(トリ)の国』に向かえって。ニナにも話したじゃないか」
「真相は闇の中ね。ここで話し込んでても何も解決しないわ。せっかく皆さんが良くしてくれてるんだから、早く寝ましょ」
**
翌朝。天候はよく晴れていた。気持ちが良かったが、エンガル高地の絶壁を目の前にすると足がすくむようだった。
ニナは、リザードマンの騎士に背負われて。エルノとフィオナは、バディを組んで岩場を登っていった。幸いなことに、エルノの足腰が健脚だったのでそこまでの疲れは見えなかった。ただ日が高く昇るにつれ、日照が強く照りつけてきた。強風も吹き、恐怖心を煽(あお)ってくる。
「エルノ、怖い!!」
「下を見るな。危なくなったら、俺が綱を引いて、安全なとこまで引き上げるから」
エルノの腰には太い綱が結わえられ、フィオナの腰と両手に繋がっていた。命綱であり、運命共同体として役割を担い合っていた。
ピッケルを持つ手に、滲む汗。下を向くとかなりの所まで上ってきたことが分かる。先頭のリザードマンが登頂し終え、エンガルオレンジの野生樹に縄を結わえ付けて投げてくれた。
「みんな、油断するな。慎重に登ってこい。ここまで来れば安全だ!」
皆登り切って、息を切らしていた。エンガルオレンジの甘い果肉が疲れを癒やしてくれた。麓を見ると火の粉の舞うカディナ火山の噴火口が見えた。反対の方角には、目指すべき王都が見えた。この後、シャトリ山脈の山間を抜けると王都にたどり着くだろう。しかし胸が締め付けられそうだった。並々ならぬ胸騒ぎがしたのは、エルノだけでは無かった。
**
日も陰る中、シャトリ山脈の山間を歩いていると、エルノと歩いていたリザードマンの騎士が彼に質問を投げかけた。
「なぁ、神獣の子。お前はどうして、王都グノーに向かっているんだ?」
「どうしてって……『心理学者ベレンセ』に会う為だよ」
「おい、本気で言ってるのか?……俺の見間違いじゃなければいいんだが、一ヶ月前に出た地方紙に『王都グノーでの処刑執行の計画が進んでいる』って目にしたんだよ。その名簿の中に、お前の探してた奴が居たぞ」
「おい、早く言ってくれよ!!それで……いつ執行なんだよ!!」
「明日の夜。満月に雲が掛かるタイミングで、十字状の松明に十人の罪人が吊されて火あぶりになるそうだ」
エルノは焦っていた。「あと一日しかない。知るのが早かったら……故郷で、もたもたしてる場合じゃ無かった」とひたすらに自分を責めていた。
ニナとフィオナは黙っていた。
「……乗れよ。振り落とされるなよ」
しんがりに就いていたリザードマンの騎士が、黒く大きな早馬に乗って二人と一匹に声を掛けた。
「……いいのか?」
「国王様に、『最後まで面倒を見てこい』って言われたんだ。さっさと乗れ!!急いでいるんだろ」
馬は風を切って夜道を走り出した。木の枝が身体に打ち当たる感覚がしたが、お構いなしに山脈の道を駆け抜けていった――。
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