【Fifth drop】Sorrowful Days:three「幻獣の国、猫の妖精(ケットシー)」


 ――ⅩⅡ(ザイシェ)の国。

 「なによ。何見てるのよ!」

 「……別に。結局、役目を果たせなくて帰ってきたんだね」

 「エルノが心配だったのよ。文句あるの?!」

 「僕はもう、何も言わないよ。じゃあね」

 白いケットシーのユアンと黒いケットシーのニナが「祈りの碑石」の前で話し合っていた。白いケットシーは、かつて「戦乙女カジワラ」の導き手として活躍した「創造主の使い魔」で、口数も少ない奴だったが、黒いケットシーはお喋りで多感で心配性なのが特徴だった。

 ユアンはニナが帰ってきているのを気に掛けていたのだが、威嚇され、罵倒されそうになって、そそくさと身を引いていった。


 彼女は、自問自答していた。

 「創造主様。私の選択は、間違っていたのでしょうか?あなたの大切な子ども達を危険な目に遭わすまいと、この場に引き連れて帰ってきたのです」

 実はニナがこうして祈りを捧げるのは、この日が初めてでは無かった。彼女は帰ってきて半月の間「自分の判断による罪責感」に押し潰されそうになりながら、葛藤していたのだ。その姿をずっとエルノとフィオナは物陰から見ていた。

 「創造主様も何か言ってくれたらいいのに……ニナが可哀想だよ」

 「ユアンもユアンだよ。無言でずっと黙ってるんだもん。自分が危険な場所にいたなら教えてくれても、良かったのにさ」

 特にエルノは落ち着かなかった。胸騒ぎがしたのだ。


**

 ――それは「三十年前のある日」のこと。青い鎧を着た鎧の女性が涙を流しながら、創造主のみつげを聞いて、自分の運命を受け入れていたのだ。「メフィストフェレス」と呼ばれる「悪魔」が世界を滅ぼそうと試みたこと。そして「聖めの器」として「血気盛んな戦乙女の血」を祭壇に身ごと献上すること。

 即ち「彼女は死ぬ為に世界に来て、世界を死んで救った」のだ。


 エルノは「夢の景色」を見ていた。それは、自分がニナと一緒に小高い木の上から「戦乙女カジワラ」の姿を見ていた。夢か。それとも現実なのか分からないふわふわとした状態で。


**

 「あのさ、フィオナ。俺……やっぱり行かないといけない気がするんだ」

 「ええっ、どうして?私、エルノと一緒にここに居たいよ」

 「いやね。今からずっと前に、重苦しい格好をした女の子がこの場所に来て祈ってたことがあったんだよね。十六歳くらいの女の子でさ、精悍(せいかん)な顔つきをしてて、とてもそんな歳に見えなかった。年齢相応の生き方をしていないみたいにね」

 「それで、その子はどうしたの?」

 「リザードマンとかエルフとか、何人かの仲間と行動しててね。涙を流しながら祈ってたんだよ。俺にはその時、とても滑稽(こっけい)に見えてさ。馬鹿馬鹿しいと思ってたんだ。きっと何か決心して帰ったんだと思うんだけれど、意味が分からなかったんだよね」

 「エルノはそんなものを見てたんだ。私も見たかったなぁ。なんせ、この国に異邦の民が入ってくることって、あまり無いものね。私は、ニナの決心を尊重してるの。エルノとここで生きたいもの」

 「前線で闘ってる男とさ、家に籠もってる男とどっちがカッコいいかって聞かれたら、フィオナはどう答える?……分かんないよな」

 フィオナは首を傾げていた。


**

 数日かして、雨が激しく降る日が続いた。雨脚は激しさを増し、肌寒い風も激しく吹いていた。それは「何かの怒り」を象徴しているようだった。雷鳴も激しく轟いていた。空を舞う龍が積乱雲を掻き立てて、必死に「何かを訴えているように」見えた。

 エルノは胸騒ぎがし、ニナは逆立つ毛を舐めて慣らしていた。フィオナは琴弾きに集中出来ず、二人と一匹はぞっとするほどの気持ち悪さを、心の奥底に感じていた。


 その時、エルノは創造主の声を聞いた。

 ――エルノ、私の愛する子。旅に出なさい。あなたの旅はまだ終わっていません――

 エルノは胸の苦しい感覚に襲われて、石の建物の前で跪(ひざまづ)いた。背中に雨が降り掛かって、びしょ濡れになるのにお構いなしに、創造主は語り続けた。


 ――アスモデウス。誘惑の蛇。またの名を「第二の悪魔」。彼が「地上にいる全ての者の心」を掌握し、支配者として立とうとしています。エルノ、あなたは立ち止まってはいけない。「王都グノー」へ行きなさい。ベレンセを助けなさい。彼は死ぬべき者ではないのです――

 「ぐぅ、苦しい……頭が痛い」

 うずくまるエルノ。ニナが急いで駆け寄る。雨の当たらない所までエルノを引きずるように連れてくると、彼は薄れ行く意識と共に、激しく肩で呼吸をしていた。

 「エルノ!!エルノ!!しっかりしなさい!!」

 ニナは意識を保つ為に、エルノの激しく頬を打っていた。創造主の語りが終わると、エルノはすっと意識を失って、寝息を立てながら眠ったのだった。

 「……エルノを引き留めすぎたのね。創造主様、私は愚か者でした」

 ニナは頭を垂れ、泣きながらその場で祈ったのだった。苦しんでいるエルノを解放して欲しかったのかも知れない。自分の罪過を悔いて、必死に祈っていると、光が雲の切れ間から差し込み、少しずつ空が晴れていった。


**

 雨が止むとニナは天を仰いだ。まだ日は暮れていない。急げば国を出られそうだ。ニナはそう思い、エルノとフィオナにけしかけた。そして気が変わらないうちに「ⅩⅡ(ザイシェ)の国」を出ることにした。フィオナは「エルノが行くのなら私も行かなきゃ」とエルノに従順な態度を見せていた。

 ニナが海の海峡に現れた浮き石を踏むと、ユアンが心配していたのか。それともニナの決心に水を差しに来たのか。普段は寡黙な彼が、口を開いて静かに喋り出した。

 「ニナ……行くんだね……」

 「ええ。私はおバカさんだったわ。雨に濡れて、すっかり頭も冷めたの。私が止めても、エルノは行くでしょうね。三十年前に『あなた』が『戦乙女カジワラをこの地に連れてきたように』、今度は、私が彼を導かなければならなかったのかしら」

 「どうだろうね。そんな昔の話。……覚えてないよ」

 ユアンはとぼけて言って見せた。

 「ユアン、また会いましょう。あなたのこと、嫌いだったけど、少し好きになれたわ」

 「それはどうも……ニナ。誰かが死んでも後悔しないでね」

 「何を言い出すのよ。馬鹿なことを言わないで」

 「君の慕っている目の前の英雄が、強大な敵に打ち砕かれてもね」

浮き石を足早に進むエルノを見ながら、ユアンは言った。ニナは荒々しい口調で言射返して見せた。

「……エルノを見捨てて逃げる?おバカなことを言わないで!!あの子は私にとって可愛い弟なの!種族や通う血が違っていたとしても、私はあの子のお姉ちゃんなの!!絶対に、あの子を見捨てて逃げたりしないんだから!!」

 ユアンはそれを聞き終えると、ふふっと笑って、厚い雲のカーテンの中に消えていったのだった――。

 

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