【Fourth drop】Lost Days:seven「兄を訪ねて」


 セシリアは涙を拭って、城下を後にした。堀の周りを警戒しつつ、慎重に抜けてくると、岩陰にマドレーヌとエルノ、フィオナ、ニナが隠れていた。月明かりにユニコーンの角が映えて見えたので、すぐに気付くことが出来た。

 日中の騒ぎから、日が暮れ、夜も更ける真夜中の時刻。ずっと戻ってくるのを待っていたのだろう。寒さに震えていた。


**

 誰を訪ねに行く訳では無かったが、三人と一頭と一匹は、シルヴィ夫妻の家が一番安心出来ると判断し、山間をゆっくり抜けていった。深夜なのに、震える一行を暖かく迎え入れてくれたドワーフ夫妻の優しさ。温かいポトフと、暖炉に灯った優しい光が、荒んだセシリアの心を潤してくれた。


 二人共、朝早いにも関わらず、城内で起こった惨事と捕らわれたベレンセの話を黙って聞いてくれた。最初に口を開いたのはフェオドールだった。

 「……やはりか。最近のマルティ国王はどうもおかしいと思ってたんだよ。美女を囲んで、誘惑に負けたか」

 「『水浴の間』には、女性のヒエラルキー社会が形成されていて、男性は近づくことが出来ないようになっているみたいです。私も逃げるのに必死だったから、マルティさんの顔をそんなに見ていないけれど、凄く怖かった」

 「リカルドさんにコンプレックスを持っているとは言え、流石にリカルドさんに叱って貰わないと駄目かも知れないわ。ただ『ミケル国王』みたいに、凶悪性を持っているリザードマンですもの。いつ、牢にいるベレンセさんに手を下すか。それを思うとヒヤヒヤするわね」


 そんな悩ましい会話をしていると、ニナが言った。

 「私、……ベレンセを助けてこようか?ほっとけないよ。身体も小さいし、お城に入って、出ることくらいなら出来るわよ」

 「ニナ……」

 「俺とフォオナも力になりたいんだ。剣術は未熟だけどな。フィオナだって」

 二人と一匹の力強い視線を感じたが、セシリアは決して首を縦には振らなかった。

 「あなた達は故郷に帰りなさい」

 「えっ、……今更何を言い出すんだよ!!ここまでやってきたじゃないか」

 「おバカさんなセシリー、私達のことを見くびっているの?」

 「気持ちはありがたいの。感謝してるわ。ただ、私もこれ以上……誰かを失うのは怖いの。『水浴の間の男性を攻撃した』ってことで、私があの城に入ると、余計におかしなことになる」

 「手の打ちようがないじゃん」

 「私、一人で『Ⅲ(ザイシェ)の国』にいるリカルドさんに会いに行くわ。兄弟喧嘩が起こってもいい。マルティさんにはリカルドさんが居ないと、駄目だと思う」

 「だったら、私達も連れてってよ!!お願い!!」

 フィオナが、泣きそうな顔で訴えた。しかしセシリアは良い顔をしなかった。

 「これは『私とベレンセさんの問題』でもあるの。フィオナ、元気でね」

セシリアは笑いながら彼女の頭を撫でた。

 

**

 翌朝。セシリアは誰も居ないことを確認し、マドレーヌに騎乗して朝霧に包まれた森を抜けて北上した。彼女の目には涙が滲んでいた。

 朝起きると、ニナ達が眠い目を擦りながら作ったお弁当が、机の上に置かれていて、フェオドールがセシリア用にと『軽装備の甲冑と手甲』を仕立ててくれてあったようだ。

書き置きには、ミミズの這いつくばったような文字でこう書いてあった。

 「また会いましょう。……ニナ」


**

 涙ながらにマーマレードジャム入りのサンドウィッチをリヴァ大河で食する。既に時刻は昼を過ぎ「Ⅱ(バンジ)の国」の国境を越えた所だった。

 マドレーヌに水を飲ませていると、学者のようなトールマン(人間)の男性が、興味津々に声を掛けてきた。

 「はぁ、珍しい!混血のお嬢さんが、ユニコーンに乗ってるよ。たまげた!!」

 「見世物じゃ無いですよ。撫でますか?」

 「いいのかい?わぁ、俺、貴重な体験をしたかも!!天にも舞い上がる気持ちだよ」

セシリアの心は、孤独感と長旅の疲れで荒んでいたので、癒やしを求めていた。

 「あの、私は『セシリア=ケーテル』って言います。『Ⅷ(セイシャ)の国』出身で、今、『Ⅲ(ザイシェ)の国』に向かってるんです。……お名前は?」

 「僕?僕は心理学者見習いの『アルネ=アンゾルゲ』だよ。……まだまだ勉強不足だ」

 「アンゾルゲ……?どこかで聞いたような……」


 麦畑が風に揺れて静かに音を立てた。ベレンセの「見せしめの処刑日」が一月後に迫る中、セシリアは貴重な出会いを体験していたのだった――。

 

――【Fifth drop】に続く。

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