【Fourth drop】Lost Days:six「悪魔に魅入られた弟君」

 ベレンセは両手に枷(かせ)を繋がれて、城の地下を歩いていた。何となくだが、血なまぐさい匂いがする。戦好きだった故ザヴィエ国王の名残が薄らと残っていた。

 「入れ!!薄汚いエルフが!!」

 「けほっ!」

 ドワーフの兵に背中を蹴られ、壁に身体を打ち付けたベレンセ。牢の格子が冷たイオとを立てて閉まる。寒い獄舎は、不気味なほどに物音一つしなかった。


 「……くそぅ、油断した。僕としたことが。こうしている場合じゃない。セシリーの身が危ない!!」

 ベレンセは地団駄を踏んで、自分の詰めの甘さに嘆いた。そして『冒涜罪で、処刑されるのではないか』という恐怖に薄らと脅えた。ぶつぶつと呟いていると、隣の部屋から話しかける声がした。少し老いたような訛(なま)りのある、男性の声だった。

 「……にいちゃん……おい、新入りの兄ちゃん!!」

 「僕に話しかけてるのか?」

 「他に誰がいるんだよ、お前だよ。少し話そうぜ」

 向かいの独房から聞こえてくる男性は、恐らく孤独感もあったのだろうか。少し興味本位でベレンセにちょっかいを出してきた。

 「僕は疲れてるんだ、ほっといてくれ」

 ベレンセは少しふてて、仮眠を取ろうと藁(わら)に身を横たえようとした。その時囚人は言った。

 「『マルティ国王のこと』聞きたいだろ。教えてやろうか?」

 ベレンセは、その言葉に耳を疑い、身を起こした。

 「し、知ってるんですか?」

 「知ってるも何も。俺はな、この城お抱えの猛獣使いだったからな。ザヴィエ国王の世代から、ずっと城に仕えてきたのさ。幻獣もいろいろ触ってきたぜ。ザヴィエ国王はもともと戦争好きだったから、獅子の世話とかよくしてたんだよ」

 薄暗くて顔が見えないのが、非常に残念だった。

「かなりのご高齢じゃないですか。こんな所にいたら、身が持ちませんよ」

 「なぁに、死ぬ時は死ぬ時だ。獅子の世話してたら、命がいつ終わるかとか、考えてちまってな。俺の命が終わるか、猛獣の命が終わるか。そんなんばっかだったよ……」

 男性は少し寂しそうに言うと、座り直して静かに言った。

 「ここだけの話だ。マルティは悪魔に憑かれてる。『戦乙女カジワラが闘って打ち破った悪魔』と、また別の悪魔が、どうやら彼の弱い所を誘惑したようだ」

 「そ、そうなんですか?!」

 「分かるんだよ。あのリザードマンのあんちゃんはな、悪い奴じゃない。ただ少しばかり意志が弱くてな。兄ちゃんのリカルドにコンプレックスがあるようだな」

 「リカルドさんって言えば、アルバーン国王の長男であり、『Ⅲ(ギーシャ)の国』の庶務をやっているんですよね。つい最近会ってきました。でも実質、王権を持って、こうして国を仕切ってるのは弟の方じゃないですか。国王になってもまだ不満があるんですか?」

 「王様ってのは大変なんだよ。一般市民にない重圧を一身に受ける。確かに財産も譲り受けただろうさ。お前は『戦乙女カジワラの伝承』を読んだか?エルフなら、少なからず手に取っただろう」

 「はい。『ケハー・図書館』で読みましたが……まさか?」

 「ああ。察しがいいな。マルティはな『故ミケル国王の革命』の後、『Ⅵ(ガウス)の国』までは『ショコラトル騎士団』と旅路を共にしたが、身体の弱さや、兄の天才肌について行けずにお国に帰ったんだよ。そして『戦乙女カジワラの旅路』を見届けられなかった。リカルドに全て旨い所持ってかれたんだな、言い方が悪いが」

 「嫉妬してるんですね。陰ながら」

 「そういうことだ。しかも、兄貴の知性やリーダーシップ性は確かにあるのに、与えられた権利を拒んで『伝承を執筆する』に至った。これ以上、奴の心は慰めようがないだろ」

 「そうですね。残念ですけど。でも、そこに『悪魔が誘惑した』と断言出来るんですか?」

 「いやな、ほんの二、三ヶ月前さ。一人になる時が割とあったのかも知れないな。表情が急に曇って、言われたことに強く反論するようになった。俺がこうして牢に投げ込まれたのは、その影響だな」

 「確かにリカルドさんは素晴らしい男性でしたからねぇ……」

猛獣使いは少し思いつめた表情になり、静かに語り出した。

 「実はな、問題はそれだけじゃないんだ。兄へのコンプレックスでのマルティ国王の元に来たのは、怪しい女だったんだ。お前は、自分の国で『アウフスタ女王がミケル国王を誘惑したこと』を知っているだろう。王ってのは、いとも簡単に女性につまづくものでな、怪しい女が『政治取引目当て』に国に入ってくると、『水浴の間』と呼ばれる『風俗商業施設』をこの街に建設したんだよ。元々仕事で疲れてた連中は、いとも簡単に転んじまってな。『恋愛で満たせない欲求』を埋めるようにこの施設に入り浸る男が増えた。そして街のバランスが崩壊したんだ」

 「むぅ、そうなんですね。……しかし、そんな施設ならば、撤廃すればいいじゃないですか。少なからず女性の主張はあるでしょうし、風俗施設なら街の風観を乱すってことを理由に取り払ったらいいんですよ」

 「そうなんだが……ドワーフは、どうしても男性の権力が強くてな。困ったもんだよ」


**

 水浴の間に連れ込まれたセシリア。絹の透けたローブを羽織った女性達が、身売りをしながら男性の相手をしていた。元々初心だった彼女は、刺激の強い光景に目を背けたが、強い女性達の圧力に屈するしかなかった。

 壁の彫像は、翼を持った女性の裸体が描かれており、大理石の光沢で光っていた。少し周囲が熱気で覆われているのは、言わずもがな、不埒(ふらち)なことを行っていたからではないだろうか。

 

 この施設の中で『ヒエラルキー』が出来ているのをセシリアは肌で感じたようだ。指名度が高い女性が、指名度の低い女性を虐げているようだった。女性間のどろどろとした憎悪感のある関係と、愛のない接触行為に酷い肌寒さを覚えていた。

 男性達は、女性にお酒を注がれて酔い潰れていた。何人かは個室に連れて行ったようだったが。

 「新入りのあなた。随分綺麗な肌ね。でも、甘く見ないことね。ここでは容姿よりも、男性の心を取り込んだものが、上に立つ世界なの。ご覧なさい。あの人達は、自分の美貌に威張り散らしていたの。あっけないでしょう」

 ぞっとするような女性の目線を感じた。セシリアはそっとそっぽを向いたのだった。


 棚を見ると世界各国の様々なお酒が、陳列されていた。外では、険しい表情をして立派に振る舞っていた男性が、この施設に来ると女性の前で無防備な姿を晒している。セシリアはその姿に唖然としていた。

 しばらくすると、少し自信なさげな男性がセシリアに興味を持ったらしく、もじもじとしながら話しかけようとしていた。

 「あなた、運がいいわね。ご贔屓にしているお金持ちの方から目を付けられたわよ」

 「えっ、ちょっと待って下さい。私は何にも。そもそも、無理矢理着せたのはあなた達でしょう!!帰らせて下さい」

 「いい気にならないで。指名されたのに文句言うの?お客様に迷惑よ!!」

 その後、給仕の女性が仲介役として立つと、セシリアは個室に連れて行かれ、媚薬入りの酒を注がれて話をひたすら聞くことになった。


**

 男性の話は、本当に自慢話ばかりで。虚栄心が強い感じが伝わってきた。黙って聞いていたら少し疲れてしまった。

 「……僕は『Ⅱ(バンジ)の国』に広大な麦畑を所有しているんだ。ここに置いてある発泡酒のいくつかは、僕の親族が経営している農場から出来たものなんだよ。どうだ!凄いだろう」

 「ああ、はい。……このくだり、何回聞いたんだろう」

少し口を潤す為にお酒を口に含んだ瞬間、身体が受け付けない感覚がした。

 「……くさっ、何この匂い。もしかしてマンドレイク(恋なすび)?……凄い量入ってるような気がする。早くここから出なきゃ」

 セシリアはもともとお酒を飲む女性ではなかった。興味もあって口に含んだお酒は、混ぜ物がしてあり、薬の味を誤魔化してあった。男性は、媚薬と酒の勢いで気が大きくなり、男性は暴力にかまけて襲いかかってきた。

 「僕は、お金もある!!君が一生働かなくても、生活していけるほどの財産はあるぞ!!娶(めと)らせておくれ!!」

 「きゃっ!何するの!!」

 男性の振り上げた腕に恐怖を感じて、目を瞑った瞬間だった。両親の教えがセシリアの脳裏に浮かんだ。


**

 「セシリア、結婚するまでは男性に身体を赦してはだめよ。あなたの身体は、創造主様から貰った大切な身体なのだから。将来、大切な人との間で愛を育むときの為に大事に取っておきなさい」

 「セシリア、誰とは言わない。君を心から大切にしてくれる男性と一緒になるんだ」

 学識のある両親は、貞操概念がしっかりとしていた為、軽はずみに性行為をすることを赦さなかった。全てにおいて、淑女であり、紳士だったのだ。


**

 頭の中で、ベレンセの顔がちらつく。覆い被さる形で襲ってきた男性を押しのけようとしても強い力で何も出来ない。

 「僕が嫌いなのかい?」

 「ごめんなさい……」

 肩まで剥き出しになっていた薄着のポケットに、「ジャッコウ【ムスク・ジャコウ】のオイル」が入っているのに気づいた。水浴の間の女性達からは、香水も女性の嗜(たしな)みとして取り上げられなかったのだろう。

 一瞬の隙を突き、セシリアは泣くふりをして、男性の鼻先にオイルを吹きかけた。周囲にむせかえるような強烈な悪臭が漂った。セシリアは袖口で鼻と口を覆った。

 「ぐあっ!!」

 男性が身悶え、激しい頭痛と吐き気を感じてのけぞった。体制が緩む。セシリアは男性から抜け出し、机に置いてあった「コルクを開けるピック」をポケットに忍ばせると、薄着一枚で逃走した。

 男性一人残った部屋に立ち尽くす、支配人の女性は怒りを露わにして立ち尽くしていた。

 

 「あの子、なんてことをしてくれたのっ……!うちの大切な資金源に泥を塗った。多大な損害だわ!!」


**

 セシリアが向かった先は、城の地下にある冷たい牢だった。娯楽施設として「水浴の間」が城内に作られたようだった。長い回廊を行き交う兵士の隙を見て逃げるように素足で走ると、掛けてあったマントを羽織って地下牢に走って。そして、危険を顧みずにベレンセの元に駆け寄った。

 ベレンセは疲れて眠っていた。冷たい石畳が、素足のセシリアに突き刺さるような寒さを与えた。一瞬の身震い。しかしベレンセの顔を見て、セシリアの表情は緩んだ。

 「……ベレンセさん、ベレンセさん!」

 「はっ、誰かと思ったらセシリアじゃないか。僕としたことが眠っていたのか。」

 目の前に居るセシリアが露わな姿をしているのを見て、ベレンセは泣きそうになった。

 「なんなんだよ。その格好は。……逃げてきたのかよ」

 「心配だったんです。このお城は酷く腐敗してる。女性が裏で権力を握ってるんです。鍵を探してきます。今出しますからね」

 「僕はいずれ死ぬ。……君は逃げろ」

 「馬鹿なこと言わないで下さい。早く、一緒に逃げましょう」

必死なセシリア。辺りをキョロキョロと見回していた。幸いなことに門衛は見当たらないようだ。

 「おい!!いいから言うことを聞きなさい!!」

 ベレンセは、とても強く叱りつけるような口調でセシリアに怒鳴った。普段の優男とは思えない口調だったので、セシリアも驚いて涙目になった。恐る恐るセシリアはベレンセの元に戻ると、ベレンセは格子越しに羊皮紙の手紙を渡した。

 「……怒鳴ってすまなかった。君に託したいものがある。僕の研究室だ。アメリアが調査していたらしく、すっかり忘れていたんだけれど、今僕らの故郷は『エルダーニュの丘』を除く全域が、ドラッグの汚染を受けて大変なことになっているらしい。ただ僕は行くことが出来ない」

 「だから、鍵を探して一緒に出ましょう。それこそ、あなたがいるべきじゃ……」

 「それじゃ駄目なんだよ。いいか。僕みたいなおっさんよりも、君は素敵な人と一緒に生きていくべきだ。いいか。君だけでも助かれ。二人で死ぬより一人でも生きた方がいいだろ」

 「どうしてそんな弱音を吐くんですか。元々ベレンセさんは弱音を吐く人だったけれど……」

 ベレンセは、少し天を仰ぐと、重い口調で言った。

 「君は『リザードマンの残虐性』を知らないだろう。今、執行権を握っているアルバーン国王の次男、マルティ国王は、悪魔に魅入られている。君が見てきたとおり、女性の中に『メタヘルに魅入られた患者(クライアント)』がいて、それにつけ込まれているようだ。ただ、僕もない頭で考えたんだけれど、手の施しようがない」

 「……そうですか。だったらどうしたら……」

 「さっさと故郷に戻って妹を助けてやってくれ。妹は僕よりも学識があるし、リーダーシップも取れる。この城へのメス入れも、きっとそつなくこなしてくれるさ。……僕はいずれ、……処刑されるだろうからさ」

 諦め口調で嘆くベレンセに、セシリアはほとほと呆れ果てた。消耗しきって、生きる希望を見失っているようだった。

 「ベレンセさん。私、今まで男性を知らなかったんです。でも、結婚するならベレンセさんみたいな男性がいいと思ったんです」

 「困ったなぁ。……いきなり何を言い出すと思ったら」

 「最初会った時は、部屋も片付いていない。デシカシーも無くて、だらしがないし、挙動不審で、卑屈で。正直、かっこ悪い人だなって思ったんです。でも旅の道中で、自分がどれだけ必死に努力して知識を蓄えてきたのかを私に見せてくれた。それだけじゃ無く、真摯(しんし)に患者(クライアント)に向き合って来た。私、感動してたんです。それなのに……どうしてそんなこと言うんですか!!最低です!!」

  セシリアの泣き叫ぶ声が石壁に反響した。


  ベレンセは押し黙り、俯いていた。

 「……ずっと好きでした。……行きますね」

 「……幸せになってくれ」

 セシリアは涙を拭うと、ベレンセから羽織り物を受け取って出ていった。


 「……あーあ、また振られたな」

 ベレンセは窓に映る月を眺めながら呟いたのだった。

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