【Fourth drop】Lost Days:five「王宮に迫る悪意」


 兵法三十六計の中の第三十一計に「美人計」と言う教えがある。権力を持つ強者に、色仕掛けを仕掛けて牙城を落とす策略である。もともと「男性は女性に弱い」という性質があり、聖書にも書かれていて、ハッキリとした裏付けがなされているのだ。


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 「ベレンセさん、とても楽しく、素敵な時間をありがとう。良かったらいつでも遊びに来て」

 「俺も少しエルフに対する見方が変わった気がするよ。良かったら泊まってってくれ」

 鍛冶師夫婦に手厚く見送られ、感謝されるベレンセとセシリア。彼らはエルノ達と合流して、王宮に話を伺いに行こうとしていた。しかしあまりにも、フェオドールが「泊まってくれ」とせがむので、ベレンセは少し違和感を覚えた。

 「フェオドール。気持ちは嬉しいが、僕らは先を急がなくちゃならないんだ」

 「私もそう思ってます。お二人にはとても好意があるんですが、これ以上お世話になる訳にはいかなくって……」

 「あのなぁ、夜の街中を歩くと大変な目に遭うぞ。ベレンセ。お前が男だから言っておく。何人もの美女に言い寄られて、個室に連れて行かれて、絞られるんだよ!!」

 「……は?!」

 「これ以上言わせんな。俺が嫁さんに殴られながら言ったのはそう言うことなんだよ。分かれ!!頭がいいくせに、こう言うことは察せないのかよ」

 ベレンセもセシリアもウブだった為か、フェオドールが何を言っているのか分からなかった。時刻は既に八時を過ぎていた。エルノも長い長い丘を登って帰ってきた。

 「ああ、おかえりエルノ」

 「あのなぁ、ベレンセ!!お前はなんて所に連れてきたんだよ!!夜になればなるほど、目を覆いたくなるくらいキツいんだよ!!奴らのフェロモンがキツいんだ。フィオナが泣いてたぞ!!」

 ベレンセは薄々、ことの大きさを感じ取ったようだ。そしてギュッと唇を噛み締めると、フェオドールに頭を下げて言った。

 「フェオドール。いろいろとすまない。僕に、この街のことを教えてくれないだろうか?一晩泊めてくれ。そしてじっくりと教えて欲しい」

フェオドールは頭を掻きながら言った。

 「……ったく。最初からそう言えよ、バカヤロウ」


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 翌朝。日も高くなったのを見計らい、ベレンセはフェオドールに見送られて出て行った。再三言われたのは「隙を見せないこと」「女性陣に関しては、肌の露出を避けること」だった。ベレンセは女性に対して免疫がなく、セシリアと初めて会った時もかなりの距離を

取ったくらいだ。彼自身、懸念材料は尽きなかったが思い当たることが一つあった。

 「匂うな……メタヘルの気配がする。イシアルの時と同じ、欲求に対する嗜癖(アディクション)だろうか」

 ベレンセはそう呟くと、仲間達に「ジャッコウ【ムスク・ジャコウ】」から摂ったエルダーニュ・オイルの小瓶を配った。

 「いいか、みんな。これから王都グノーの中心街に行く。ただ少し不安なんだ。異性からの誘惑に遭ったら、迷わずに瓶の蓋を開けてこれを嗅いでくれ。一発で目が覚めるはずだ」

 「なんですか?これ」

 「『ジャッコウ』って獣のフェロモン分泌腺から絞った貴重なオイルだよ。普段は香水に使われているんだけれど、僕は精製して五十倍の濃度に濃縮したんだ。アルコールで薄めて使えるようにしてあるんだけどね」

 「……どんな匂いがするのぉ?」

 興味津々に蓋を開けようとする、フィオナに対してベレンセが言った。

 「ダメダメ!!揮発して飛んじゃうし、気絶するくらい臭いから。嗅がないで!!」

 「キャッ!怖い……」

 突然の剣幕に身じろぐフィオナ。エルノの背中に隠れておびえてしまった。

 「ベレンセ、駄目だよ。フィオナ怖がってるじゃん」

 「すまない。ただホントに匂いが強すぎて嗅覚がしばらく効かなくなるから、気をつけておくれ」

 

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 少し岩肌の荒い鍛冶工房から、シャトリ山脈の山間部を抜け、馬車を走らせて着いたのはツタの絡まる土作りの城だった。「Ⅴ(トリ)の国」の城は、昔から罠細工の城だった。

 ベレンセは裏口から入るような狡(こす)い真似をしたくなかったので、堂々と胸を張り、医療テントでリカルドから預かった手紙を握りしめた。重い城門を叩いた。

 「リカルドさん。ありがとう。この手紙がなかったら、きっと僕はこの城に入ることすら出来なかっただろう」

 「『俺の名前を使ってくれ』って。すぐにその場で書いてましたもんね。カッコ良かったぁ……」

 「セシリーは、リカルドさんみたいな男性がタイプなの?」

 「えっ、彼は多分男女問わずに、人気だと思いますが……急に、何でそんなこと聞くんです?」

 「別に。何となくだよ」

 唇と尖らせて嫉妬するベレンセ。ニナがクスクスと笑っている気がした。


 しばらくすると、土壁の城門が重い音を立てて開いた。そこに立っていたのは、艶のある長い髪を横に流した妖艶な女性達だった。種族は分からないが、羽織り物からはっきりと分かる乱れきった容姿。あまりの淫らな容姿に目を背けたくなるほどだった。

 「何なのあんた達は!!」

 ニナは警戒心を剥き出しにして女性を警戒した。「戦乙女カジワラの導き手」だったユアン(白いケットシー)から元々聞いていた話と全く雰囲気が違っていたからだ。

 そして奥から見覚えのある体格をしたリザードマンの男性が来た。以前と打って変わって筋肉質な身体には贅肉(ぜいにく)がかなり付いていて、煌(きら)びやかな服装をしていた。私腹を肥やしているようにも見えた。

 「……マルティ……さん?」

 セシリアの表情が曇るのも無理はない。彼はこの数ヶ月でかなり落ちぶれた姿になっていたからだ。


 「やぁ、兄さんから話を聞いてるよ。また会ったね」

 「マルティさん。以前に会った時と随分姿が変わってないですか?!何があったんです??」

 リカルドの弟「マルティ」とは、数ヶ月前に「ⅩⅠ(ロファ)の国」の港で会ったばかりだった。筋肉質で戦士のような誇らしい姿をしていた彼だったが、今はなんだか様子がおかしかった。質素な服装から艶(あで)やかな服装に変わっていたのだから。

「みんなそう言うんだよなぁ。僕自身特に変わったことはしていないのに。失礼すぎるよ」

 「ま、マルティさん。この国の国王に会いたい。マルティさん案内してくれ」

「国王?ああ。今は、執権を僕が握ってるよ」

 一行の空気が凍り付いた。以前のマルティならまだしも、肥え太った彼が未だに執権を握っていると言うことに、とても違和感を覚えたのだ。

 「マルティさん。お話ししましょう。今のあなたは見ていられません」

 セシリアが渋い顔をしてマルティを責めた。

 「……みんなそう言うんだよなぁ。まぁいい。ここじゃなんだから、中に入ってくれ」

門を抜けようとすると、エルノが頭痛を引き起こし、うずくまった。フィオナが慌ててエルノの背中を擦った。

 「ああっ、俺に構わずに先に行ってくれ……」

 ベレンセはエルノのことを心配していたが「分かった」と言って、セシリアと共に中に連れられていった。

 「えるのぉ、だいじょうぶ?」

 「……中に入るなって……お前も聞こえたよな?」

 「まさか、創造主様の声が?止めに行かなくちゃ!!」

 「ニナッ!!行くな。俺に考えがあるんだ」

 

**

 王政改革以前の王宮は、闘技場を模して城内は武具の飾り物で溢れていた。故ザヴィエ国王の趣味からだ。

 しかし、今日こうして入ってみると、目も眩むような美女達が種族問わずに溢れかえっていた。歩けど歩けど、心に安息が見えない。何となく誘惑に対する警戒心が濃くなる一方だった。ベレンセは肌の露出の多い女性から目を背けながら、ひたすらに俯(うつむい)いて歩いていた。

 「マルティさん、私、こうしてこのお城に来るのは初めてなんですが、以前はこんなに女性が多い感じでしたっけ?」

 セシリアが質問すると、マルティは下品に言った。

 「ああ、半分は僕の趣味だよ。モテなかった時代の憂さ晴らしさ」

 「最低ですね。信じられない!」

 「ああっ、違うんだよ。半分はね、異国から来た女性がこうするべきだ。って政策に着手してくれたんだ」

 「ドワーフの国である『Ⅴ(トリ)の国』をリザードマンとして統制してるんですよ。少しは、責任と自覚持ったらどうですか!!」

 「うるさいなぁ。僕だって、毎日大変なんだよ。ドワーフの人達は頭が固いから、少しでも会話を円滑にする為に、女性を側に置く必要があったんだよ!!しょうがないだろ」

 半ば強引な理由を、怒り半分に呟くマルティ。ベレンセは溜め息を吐きながら言った

 「はぁ。マルティさん……お兄さんのリカルドさんは知ってるんですか?」

 「兄ちゃん?兄ちゃんは知らないよ。だって、結婚してるし、何かと口うるさいし」

 「女性を立てるのは確かに大事なことだ。しかし男性がリーダーシップを取らないと国は崩壊するぞ。あなたは分かってない。女性の中にきっと首謀者がいて、いずれ寝首を掻きに来ると思う!!」

 マルティは急に不機嫌になった。

「ああ、もういい。みんなそう言うんだ。おいお前達。エルフの男は牢に閉じ込めろ!!女はそうだなぁ……『水浴の間』に連れて行け」

 女性の静かな返事と共に、ベレンセとセシリアは捕らえられ、縄を掛けられて連行されていった――。

 

**

 一方、ニナとエルノ、フィオナは城の外部で戻ってこないベレンセ達を懸念していた。

 「エルノ、創造主様の声を聞いたの?」

 「ああ。ちょうど、門の境目の土を踏んだ瞬間だったかな。酷い頭痛と共に、引き返すように言われたんだよ」

 「わ、私はね、エルノとは違うことが語られたの……」

 フィオナが拙(つたな)い口調で言った。

 「この城の『アイマール兄弟』は、悪魔に魅入られたんだって……よく分からないんだけれど、どういう意味?」

 エルノとニナはその言葉の意味を考えた。

 「『第二の悪魔』がこの城にいるってことか?」

 「そういうことみたいね。もしかしたら、ベレンセとセシリーは危険な目に遭ってるかも知れないわ」

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