【Fourth drop】Lost Days:three「オランジェット」


 やや、森の中の苔むした鉱山地帯。足下には柔らかい植物が生い茂っているが、若干空気が薄く、肌寒さが感じられた。ドワーフの生息域のある「Ⅴ(トリ)の国」は武器職人の町。かつての王政で「ザヴィエ=ラカゼ」が悪質な武器を売り買いしていた。

 カジワラはこの地に来、彼を討ち取ると墓に葬った。そして、代わりにアルバーンがこの国を仕切ることになった。それから三十年……。


 「ああ、本当に空が見えない。目が緑に染まりそうだねぇ」

 「私、わくわくします。ドワーフさんとの仲、あまり良くなかったから」

 「僕もエルフだし、この地に来られるのはびっくりしてるよ。少し散策しようか。ニナ行くよ」

 「ええ。……ちょっと気になるんだけれど、あそこにふらふらしてる、おドジでふくよかな女性がいるわよ」

 目を凝らすと、銀髪で赤い瞳、浅黒い肌が特徴の体格のいい女性ドワーフが両手に荷物を抱えてふらついていた。背格好から見て、鍛冶職人だろう。腰には道具入れがあった。

 「あっ、まって!!こっちに来る。足下も危ないし。あー、見てらんない!!」

 ニナが飛び出した。女性の倒れてきた足を掴むが、身長が足りず、荷物が上から落ちてきた。ベレンセの頭に鉱石の入った袋が落ちてきた。

 「ぎゃん!」

 

 ベレンセは目から星を出し、後ろ手に倒れた。

 「ベレンセさん、大丈夫ですか!?」

 セシリアが慌ててベレンセに駆け寄る。馬車の荷台の小窓からエルノとフィオナが心配そうに見ていた。

 「いたた……目から星が出てる」


 ニナが女性にぎゃんぎゃん文句を言っていると、ベレンセは何事もなかったかのようにすっと泥を落として立ち上がった。見かけによらず、体力はあるようだ。

 「僕は大丈夫。君は怪我してない?」

  「ああ、すみません!!ほんっと、私、昔っからドジで。『シルヴィ=リシェ』って言います。こんな成りでも、鍛冶職人やってるんです。お詫びするんで、家に来てください!!」


 **

 「ったく、なんなのよもう。うちのリーダーにこんな仕打ちをするなんて」

 ニナがブツブツと文句を言いながら周囲を見渡していた。ここはシルヴィの家。レンガ造りの煙突の付いた鍛冶工房だった。階段から誰かが降りてくる音がした。革靴の硬いかかとが石畳にぶつかって硬質な音を立てている。

 「シルヴィ、お客様かい?」

 筋肉質なドワーフ男性。見た感じ中高年のダンディズムな雰囲気だった。拭えないエルフとの嫌悪感を出していた。睨まれたので、食ってかかるようにベレンセは立ち上がった。

 かつてエルフやノームとドワーフは仲違いしていた為、水面下で避けられない敵対感情があったのだろう。

 「ベレンセさん!大人げないですよ!!」

セシリアが一蹴。

 「すまない、ついね。……僕は心理学者のベレン……」

 ベレンセは警戒心に震える手を、ドワーフの男性に差し伸べると、彼はにやりと笑って、ベレンセの手を砕けるくらいの握力で思いっきり握った。

 「いたたた……」

 「はは、すまない!ドワーフのジョークだ。分かってくれ。俺の名前は『フェオドール』」

 「くっ、これだからドワーフは……」

 

 少し離れた円形テーブルの席にエルノとフィオナは座っていた。彼らは、舞踏会で使うの仮面をつけ、厚手の黒い羊毛の服を着て俯(うつむ)いていた。正体を明かしたくないと言うニナの配慮だ。エルノの背格好は成長し始めていた為か、隠すのも一苦労だった。

 しかし、蝶(パピヨン)のマスクはインパクトが強かった。ドワーフの男性は、ベレンセの連れを見て、あざ笑うように言った。

 「……推測しようか。君らは大道芸人かい?」

 「違うよ!僕らは、旅をしているんだ!一日中、工房に籠もって、鉄を叩いてる君とは違うよ!!」

 「ほぉう、それじゃあなんの旅だ?行く道行く道、大道芸をして、人様を元気づける旅か?」

 「いちいち言い方が癪(しゃく)に障るけど、元気づけていると言えばそうなるな」

 ベレンセとフェオドールは火花を散らしていた。割って入るように、セシリアが説明した。

 「あの、旦那様は『メタヘル』って精神に入り込むモンスターをご存じですか?」

 「いや。聞いたこともない。ドワーフには無縁だな」

 「そうですよね。三十年前はこの病気も、免疫力の弱い魔術種族(エルフ&ノーム)のものでしたから。最近勢力域を増して、リザードマンにも感染してるんです。私、もしかしたらドワーフの皆さんにも感染してるかと思って……」

 セシリアがやや不安な表情で呟いた。男性は大笑いしながら言った。

 「ははっ、何を馬鹿げたことを言ってるんだっ、この鉱山地帯の加工職人は体力が自慢なんだ。精神面をやられるなんてそんな馬鹿な奴がいる訳ないだろう。そもそも、根性なしは、鍛冶場から叩き出されるわ!」

 「そうですよねぇ。私の勘違いなのかなぁ。何となく街中の男性や女性に節操がないって言うか、少し『らしさがない』って言うか……」

 そんな他愛のない話をしていると、慌ててシルヴィが目の前に現れた。

 「ああ、ごめんなさい!!ホントにおっちょこちょいで。もぉ、フェオドール!!どうしてお客様が来たら来たって教えてくれないの?」

 「なんだ、お前の客人か。不審な奴らが最近多いから、てっきり間違えてしまったよ」

 「あなたのその口の悪い性格、さっさと直した方がいいわよ。結婚してからずっと言ってるじゃないの」

 「へいへい」

 フェオドールは不満そうに工房に退いていった。ベレンセはほっと胸をなで下ろしていた。シルヴィは何度も頭を下げると、お茶を入れてくれた。


 「懐かしいわぁ。あなた、セシリーでしょ?」

 「どうして分かったの?」

 「私ね、『カジー(戦乙女カジワラ)』の友達なの。あなたのことはリカルドから聞いたわよ。『天才の錬金術師、薬学に長けた、神童セシリア=ケーテル。解呪の壮石(レギュ・セーム)を錬成して、戦乙女の呪いを解く。エンガル高地の小屋で寝ずの夜を過ごし、朝明けと共に悪霊を追い出す。』彼の著書に書いてあったわ」

 「は、恥ずかしい。必死だったからなぁ。あの時は。リカルドさんとお知り合いなんですか?」

 「私?うん。あなたとは直接会ってないと思うけれど、彼女の武器を作ったの、私なんだ。『青龍刀』の武器の材料をくれたの、あなたでしょ?」

 「わっ、わわっ、なんだか嬉しい!!シルヴィさんがカジメグお姉ちゃんの仲間だったなんて!!」

 二人で思い出話に花を咲かせている。話には入れないベレンセは、少し不服そうだった。そっぽを向いてふて腐れていると、ニナが呆れた顔をしていった。

 「おバカさんね」

 「君には分かるまい。僕の気持ちは」

 「意地張ってる場合じゃないでしょ。少しはセシリーにいいとこ見せたらどう?」

 「ばっ、ばかっ!何を言い出すんだ!!」

 「エルノの方がまだ一生懸命よ。見てみなさい。フィオナを守ろうと必死になってる。あなたはちっぽけなプライドにしがみついて、『カジワラのこと』を知ろうともしないじゃない。気になる相手と共通の話題を持ったらどう?」

 「僕がいつ、セシリーに好意があるって言ったんだよ!」

 「あらそう。じゃあ好きにしたら?彼女はきっとモテるわよ。頭もいいし、優しいし、熱心だから。あなたは婚期逃して、一生負け犬でいたらいいわよ」

 ニナは冷めた表情で吐き捨てるように言うと、マドレーヌの様子を見に行ってしまった。


 「ベレンセさん、ごめんなさい!!私、話に夢中になっちゃって……ニナと何を話してたんですか?」

 「別に。こっちの話だよ」


**

 ベレンセが溜め息を吐きながら、紅茶を飲む。少し気疲れしたようだった。談笑に花を咲かせる女性達。ニナも加わって楽しげな雰囲気だった。

 「そうそう、ちょっとお茶菓子もなんだし、ちょうどいいものがあるの。『オランジェット』って知ってるかしら?」

 「何それ?聞き慣れない名前ですね」

 セシリアが不安げに首を傾げた。

 食事に探究心が増したシルヴィは、キッチンの戸棚から瓶詰めのお菓子を持ってくると、机の上に置いた。

 「このお菓子は、カジーのいた世界のお菓子らしいの。糖蜜漬けのエンガルオレンジを、月の涙(フル・ドローシャ)で包み込んだものなの。今こうして、月の涙(フル・ドローシャ)があるから、このお菓子が作れるんだよねぇ。カジーが好きだったから、作ってみたんだ。ちょうどお客様が来るとは思わなかったけど」

 「わざわざ気を遣わなくてもいいのに」

 「遠慮しないで。いい香りでしょ?」

 「ホントだ!!」

 瓶を開けると漂う甘い香り。チョコレートの甘い匂いと柑橘類の爽やかな香り。混ざった薫りがなんとも心を癒やした。

 「戦乙女カジワラってまさか、『月の涙(フル・ドローシャ)』の地脈を回復させた少女かい?」

 ベレンセが驚いて立ち上がった。

 「そうよ。ベレンセ。アンタ、今まで誰の話を聞いてたの?」

 ニナが呆れた顔をして言う。フィオナがクスクスと笑っていた。

 「ああ、僕はなんて馬鹿なんだ。君らは『生きた伝承』を見たってことか!妹も彼女と会ったらしいし、精神医療でも『月の涙(フル・ドローシャ)』は格別に、治療効果の高い代物なんだ」

 その言葉を聞いて、シルヴィの表情が曇った。

 「あのね、カジーのことを買い被るのはやめた方がいいわよ」

 「えっ、どうして?」

 「あの子、追い込まれて自殺しかけたことがあったの。私が食い止めたんだけど、アウフスタ女王を革命軍が抑えてる時に、分厚い雲と霧が空を覆ったの。古い井戸だったかな。あの子、錆びたナイフを手に取って、喉を切って死のうとしたことがあったのよ」

 「な、なんでそんなことが?!」

 「私にも分からないわ。ただ、ザヴィエ国王とも再戦するまで、必死に足掻いてたもん。誰だって嫌だよね。『機械仕掛けの肉体を持った筋肉男』をたった一人で倒すなんて。しかも、二回も会ってるのよ!信じられる?」

 「……お姉ちゃん、……私」

 「唯一の理解者は、きっとあの子には居なかったと思う。でも、この世界にたくさん、たくさん大きなものを残してくれたのは事実。この世界は今も争いが絶えないけど、私の武器を作る意味も少しは変わったかな。って実感してるの」

 ベレンセは、顎に手を当てて深く考えていた。

 「なんだか匂うな。それだけ屈強な精神を持った女の子が、唐突に自殺衝動に駆られるなんて」

 「ベレンセさん!カジメグお姉ちゃんも疲れてたんですよ!!」

 「分かってるさ。ただ、……メタヘルの匂いがする」


 **

 一時間程した頃だろうか。席を外していたフェオドールが、苦虫を噛み潰したような顔をして、家に戻ってきた。

 シルヴィがコートを脱がせると、ブツブツと文句を言いながら椅子に腰掛けて、お茶を一口飲んだ。

 「ったく。最近の若い連中は女々しくて駄目だ。『男らしさ』が足りてない。女が鍛冶場に入るとか、セレスタンさんも、『お前が武器を作ること』をよく許可してくれたよなぁ」

 「今は、あなたの仕事場を荒らすまいと、入らないようにしてるじゃない。そんなことを言ってると誰も付いてこないわよ」

 「あーあー。俺はどうせ若い連中に好かれないんだよ。いいさ。好きにやってるさ」

 ベレンセはそのやけっぱちな態度が引っかかったのか、眉をピクリと動かした。

 「フェオドール……君が言う、その『男らしさ』って何だ?」

 「そうだな。お前みたいにひょろひょろしてなくて、しっかり槌(つち)で鉄を叩ける奴だよ。根性が座ってる奴」

 「君は何にも知らないんだな」

 「なんだとぉ!」

 フェオドールはむきになって、ベレンセの襟首を掴み上げた。

 「そうやって暴力を振るうのが男らしさだと思ってたら大間違いだ。いいか?今から言う言葉をしっかり心に刻みつけてくれ。これは忠告だ。君の為を想って言ってるんだ」

 「……」

 黙って素直に聞き従うフェオドール。ベレンセは咳払いをすると、話し始めた。


 **

 「フェオドール、君は『ジェンダー』って言葉を知っているかい?」

 「知らん」

 「だろうな。生物学上の男女の分類を『セックス』と呼んで、文化や価値観、風習で男女に差をつけた言い方を『ジェンダー』と言うんだ。君みたいに『男はかくあるべき』って古い風習を持っている人間は、悪いけれど被害者が出てしまう考え方の一つなんだ」

 「俺が誰かを傷つけるのか?ふざけるな!!」

 「フェオドール。落ち着いて。ベレンセさんの言っているもよく分かるわ。女性で鍛冶師がいてもいい。男性で給仕をする人がいてもいい。あなたの考え方は、型にはまりすぎているの。言っていないけれど、この鍛冶場に『女性で働きたい』って縋りついてきた人、私は何人も断ってきたのよ」

 「そうなのか。俺はてっきりお前の友達かと……」

 「そんなわけないでしょう!カジーだって女の子だった。女性進出が確かに、あなたたち男性には目の上のこぶに見えるかも知れないけど、ドワーフの社会で、どれだけ女性が生きづらさを抱えてるのか、あなたは考えたことないでしょ」

 「悪かったよ。ベレンセ、もう少し話してくれ。お茶を入れてくる」

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