【Fourth drop】Lost Days:two「安息のいとまに」
星空が綺麗に夜を彩る。セシリアはシチューを掻き混ぜながら、疲れたように溜め息を吐いた。
「ここ数日間、こうしてゆっくり食事を摂ることも無かったし、出来なかった。なんだか久しぶりにゆっくり出来そうだわ」
「そうだね。特に君の場合、多くのクライアントと関わって、優しすぎる心を砕かれた場面が多かったし、血を見すぎたんだよね。どれだけ世界が平和になっても、僕はメタヘルが居る限り、平和にならないと思ってるんだ。この前から自分の無力さに打ちひしがれるばかりだよ」
「そんなこと言わないでください。ベレンセさんは十分働いてきましたよ」
「そう言ってくれると嬉しい。君もよく知っての通り、僕の妹は出来がいいから、小さい頃から比べられて育ってきたんだ。こんな成りだけど、悩みも人一倍に多くてね。両親に関する悩み事なんか、人並みに抱えてきたんだよね」
「そうなんですね」
「そういえば、セシリーの両親は種族違いなんだってね」
「あ、そうなんですよ。父がノーム。母がエルフの混血で、両親はアメリアさんの部下に当たります。年齢的にアメリアさんの方が年下なのに、立派だと両親は言ってました」
「どんな分野のことを扱っているんだっけ?」
「そうですねぇ、三十年前に『アウフスタ女王』が悪政を取り仕切っていた時代があったんです。彼女の生い立ちや家族構成を事細かに調べて、新聞記者に扱って貰ったりしてたんです。ベレンセさんの言う『犯罪心理学』とちょっと似てるんですが、王が生まれ育った過去を調べることで、少しでも抱えている悩みに寄り添おうと、私の両親は骨折ってきた人でした」
「どんな人も誘惑を受けて道を踏み外すことがある。ただ、大切なことはやっぱり気持ちに寄り添うことなんだよね。君は両親から一番大切なことを教えて貰ったようだね」
焚き火の燃える音と共に「月影の調べ」と言う曲調の美しい音色が響いた。フィオナの銀の竪琴は、聴く者を癒やす力があるようで、疲れ切った一行の心に元気をくれた。
「なぁ、ニナ。教えてくれ。俺がボプツィーンの心の中にいた時、誰かから呼びかけられるような気がしたんだよ。フィオナかも知れないし、他の人かも知れない。あの時『暴徒のアンガー』に噛み砕かれて、死んでしまう所だったんだ。でも、どうだろう。実際に会ってみて、胸が苦しくなる笑ってしまうような感情に心が騒ぐんだ」
それを聞いたベレンセは、自らの見解を交えて意見を言った。
「君はどんな人物か分からないから、人間(トールマン)の見解でしか無いけれど、十四歳から十六歳の間に二次成長期ってのがあるんだ。成長と同時に心の欲求が高まる時期でもある。その感情が恋愛かも知れないし、別の感情かも知れないけれど、大事に育てていけばいいさ」
「エルノ?まさか、好きな女の子が出来たの?」
「う、うるせぇ!!そんな訳が無いだろうが!!」
恥ずかしがるエルノ。セシリアはどことなく嬉しそうに言った。一向に恥ずかしがってフィオナに目を合わせない様子を見ると、何か特別な感情を持っていることは確かだった。
「まぁ、それ以上詮索するな。エルノも男の子なんだから」
「あれ、ベレンセ?引き際がいいじゃないの。珍しいこともあるのね」
「こ、コホン。……早く寝るぞ。明日も早いんだ!おやすみぃ!!」
ニナは首を傾げていたが、彼自身にも「恋愛の負い目」があることを触れて欲しくなかったようだった。
**
次の日、夜が明けた。朝露が焚き火に滴り、うっすらと煙を立ち上らせていた。少し女性陣の騒がしい声がして、エルノは目を擦りながら目を覚ました。テントから出ると、ニナが薪(たきぎ)を拾い集めて、火起こしをしていた。セシリアは鍋底の焦げ付きを擦っていた。
「ああ、エルノ起きたの?おはよう。よく眠れたかしら?」
「エルノ、ちょっと待ってて。ご飯、今から作るからね。ごめんね、なかなか火の点きが悪くって……」
二人がエルノに優しく声を掛けた。エルノは恥ずかしげに周囲を見渡すと、もじもじと頬を掻きながら呟くように言った。
「……あのさ、ふぃ、フィオナは?」
「あー、あの子なら、水汲みに行ってるわよ。そのうち帰ってくるでしょ」
「なになに?気になるの?」
「セシリー、茶化さないの!」
「ごめんなさい」
ニナがセシリアを叱った。セシリアは、お姉さんとしてエルノに振る舞いたいご様子だった。エルノは頭を掻きながら湖の方へ歩いて行った。
「あれ?エルノ?」
ベレンセは、少し離れた木々の間で、マドレーヌにブラシを掛けたり、餌の恋なすびをあげていた。遠目でエルノが見えたらしく、声を掛けようとしたが、ためらってやめたようだ。
――湖の畔。動物の鳴き声が静かに水面に響く。美しい髪をしたフィオナが、風に髪を揺らしながら、水面に足を浸し、竪琴を奏でていた。その美しい音色に、周囲の動物達はうっとりと聴き惚れていた。
エルノは恥ずかしそうににじり寄ると、フィオナの隣に座った。
「あっ、あのさぁ……」
「なぁに?」
ちょこんと首を傾げる姿。一挙一動に愛らしさが溢れた。それは小鳥のような仕草だった。
「つまらない質問になるかも知れないんだけれど、俺と前に、どこかで会ったことあるよね?君の声が響いたんだよ……なんて言ったらいいんだろう」
頭を掻きながら、説明に戸惑うエルノ。フィオナはくすくすと笑いながらエルノに言った。
「エルノ、聴いててくれたんだ!私、嬉しい」
「……えっ?」
「ⅩⅡ(ザイシェ)の国にいた時、私、一生懸命祈ってたの。エルノが苦しいの、……伝わってきたから」
「そうなんだ。そう言えば、君と初めて会った気がしないんだよね。気のせいかも知れないけど……」
恥じらいが若干抜けないエルノ。フィオナは愛らしい表情で笑いかけると、エルノに言った。
「いい?多分エルノは知らないと思うけれど、私、創造主様から聞いたの。『エルノにとって必要な存在』だって。よく分からなかったけど、あなたと会った時に『何となく安心する感情』が心の中に起こったの。『ああ、私はこの人と会いたかったのかな』って……今まであなたが見てきた景色、私に教えてよ」
エルノの瞳を覗き込むフィオナ。恥じらいもなく、淡々とした口調で「愛の言葉」を語っているのか。エルノは驚いていた。しかし咳払いすると、エルノは難しい表情で語り始めた。
「その……なんて言ったらいいんだろう……メタヘルって、心に住み着く悪魔が、弱った人に悪さをしてるんだよ。そいつが入り込むと、入り込んだ奴に悪さをさせるんだ。とんでもない犯罪行為をね」
「そうなの?どんなこと?」
「例えば、兵士達の首を絞めたり、子ども達を売り払って金儲けをしたりね。でもその悪意はメタヘルから来てるって誰も信じない。だから困ったもんだ。裁判に掛けたって、誰も信じないんだから」
「いやな話ね。当の本人は、無意識にやらされてるんだから。エルノがそいつを倒してるの?」
「そ、そうだね。フィオナには分からないかも知れないけど、俺は人の心に入れるんだよ。それで『テラピノツルギ』って剣を振りかざして、メタヘルを倒してるんだ。……いつも死にかけるけどね」
恥ずかしそうに笑うエルノ。
「すごい、すごいよ、エルノ!!」
フィオナは、飛び跳ねて喜んでいた。
「なんだかいい雰囲気じゃない。邪魔しちゃいけないわよね」
「でも、ご飯食べさせてあげないと……」
「どうしてエルノはこんなにモテるんだよ……僕に足りない物は何なんだ……」
その姿を、木陰から三人が覗き込んでいた。朝食が出来たらしく呼びに来た所、声を掛けづらかったのもあったのかも知れない。
**
セシリアの作った薬粥のようなオートミール。疲れでぐったりしていた胃に優しくしみこんだ。香草をふんだんに使っており、スパイシーな香りが食欲を掻き立てた。
ディオ渓流で取れた川魚を、ニナがチーズでホイル焼きにし、ガーリックスパイスで味付け。糸引くチーズの粘り気と、蒸しほぐれたサーモンの旨み、そして香り立つガーリックの香り。他にも、スープ類など豪勢だったが、キャンプ食でこんなに豪勢な食事を摂れるのは女性陣が有能な所以だろう。
ベレンセは無言で溜め息を吐いた。
「ベレンセさん、料理、お口に合いませんでしたか?」
セシリアが恐る恐る尋ねた。
「いやね、僕は研究の合間に携帯食料とコーヒーで済ませる食事ばっかだったから、美味しいもの食べられると思わなくって。この前の王宮の食事も美味しかったんだけどさ、家庭的な料理が、ホントに恋しくって。本当の癒やしって食事からあるんだなぁって反省したんだ」
「私も、なんだかこうして仲間内で食事を囲むのが好きなんです。本当に、ここ最近疲れちゃったから……この風景、ちょっと懐かしいんですよ。私がやんちゃしてた、小さい時を思い出して」
「えっ?!セシリーにやんちゃな時期があったの?想像出来ない」
「ほんっとうに小さい時ですよ!!ディオ渓流でびちゃびちゃになって遊んでたんですよ。私」
恥ずかしげに笑うセシリアの横顔。急に強い風が吹き、セシリアの髪がなびいた。
「かなり遠くまで来てしまったね。次の国はⅤ(トリ)の国か。病人がいないといいんだけれど」
「ですよね。海を渡って海流に乗って、ⅩⅠ(ロファ)の国に来て。その後に、Ⅸ(アイヴェ)の国の国境に来て。そして、シャトリ山脈を越えようとしている。マドレーヌの健脚が無ければここまで来られなかったし、紛争に巻き込まれて死んでいたかも知れない。創造主の御加護があって良かったよね」
「はい。でも、こんなに国が荒れててびっくりしました。ただ、私達の故郷がどうなってるのか少し心配なんです」
「何言ってるのさ、セシリー。大丈夫だって。僕の優秀な妹(アメリア)があの国を守ってるんだ。問題ないよ」
「杞憂だといいんですけど、私達は追われるように出てきたでしょ?挨拶もなしに。だから少し心配なんですよ」
「分かった。頭の片隅に入れとく。先を急ごう、妹に手紙を出すにも、設備のある場所に行かないといけないからね」
ニナが「早く行くわよ!」と急かし立てた。ベレンセとセシリアは慌てて荷物をまとめると、馬車に乗り込んだ。そして、フィオナが旅行に加わり、南の方角へと進んでいったのだった。
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