【Fourth drop】Lost Days:one「行動動機と犯罪者心理」
木漏れ日の差し込むディオ渓流の林間。シャトリ山脈の花崗(かこう)岩の岩肌に少し冷たさを感じながら、Ⅴ(トリ)の国に向かう「マドレーヌ医師団」。エルノとニナは、荷台で居眠りをし、マドレーヌの手綱をベレンセとセシリアが交互に持っていた。
アルバーンやリカルド達と別れてから、既に相当な時間が経っていた。ベレンセはマドレーヌに水を飲ませると、セシリアに一つ質問を投げかけた。
「セシリー、勉強しようか。ボプツィーンの件から、僕は『行動主義倫理学』のことを勉強することが出来た」
「行動主義心理学ですか?聞き慣れない言葉ですね。何となくどんな言葉かは察しがつきますけど」
「僕たち生き物の行動を突き動かす、様々な行動動機のことだね。行動をしている人の動きは表面的に分かったとしても、その人の心の内は、他人には分からない。その行動動機を、心理学者達が研究し、分析したようだ。僕達、生き物の行動動機は、以前学習したことによる経験と、刺激によって反応すると言われているんだよ」
「へー。そうなんですね。なんだか面白い、でも科学的に証明しちゃうと恋愛動機とか、愛情に対する概念が虚しい物になりかねませんね」
「まぁ、そう言うなって。確かにすべての行動動機には科学的な見解が基づくけど、これは感情を入れ込まない話のことだからね。ある有名な学者が『ベルの音と同時に犬に餌をあげる』と言う実験をしたらしい。すると『犬はベルの音を聞いたときによだれを出す』※ と言う反応をしたそうだ。つまり、この実験から生き物の行動は、S(刺激)を受けるとR(反応する)と言うことがこの時に証明されたんだ。この理論を『S-R理論』と心理学上では言うんだってね」 ※イワン=パブロフの実験「パブロフの犬」より。
セシリアは、羊皮紙のノートにメモを執りながら、察したことを質問した。
聡明なセシリアは、ベレンセの説明に対して、一つの質問を投げてみた。
「なんとなく理解出来ました。もしも、パニックを起こしやすい人の行動起因が、何かを分析すれば、心の状態をケアできる。結果的にメンタルケアにつながる。そう言うことなんですね」
「そう。よく分かったね。ティアナ=ボプツィーンは、過去に戦争で心に傷を負い、激しい光や獣の声を嫌ったようだった。僕が精神分析をする中で、分かったんだ。トラウマのケアも大事な治療法の一つでね、『行動療法』は大切な治療法なんだ」
「また一つ勉強になりましたけど、犯罪を未然に防ぐことは出来ないんですか?アルバーン国王が、『精神鑑定』を政策に導入する。って言ってたじゃ無いですか」
「いい質問だね。ちょうど話そうと思ってたところだ。以前、心の中には『エス』『エゴ(自我)』『超自我(良心)』が存在するって言っただろ。健全な心の持ち主は、エスをうまくコントロールし、超自我に押し潰されない自我を持つこと。『自我同一性(アイデンティティ)』をしっかり持って、自分なりの答えを心の中に導き出せることが大事なんだ」
「犯罪を犯す人は、心のバランスが欠如しているんですか?」
「そういうことになるね。自分が悪者だと周囲にラベリングされる『ラベリング理論』、それから悪い文化に染まってしまい、心の指針にしてしまう『非行的サブカルチャー理論』社会の中で差別を受けて、犯罪に手を染めてしまう『社会疎外理論』など、犯罪を起こす人の大半が、何かに誘惑されて、影響されてこうして犯罪に手を染めてしまう、心の弱い人達なんだよ」
「悲しい現実なんですね。愛された経験が無いと余計、そう言ったことから、身を避けられなくなってしまうんですね」
「そうだね。そして、犯罪者のパターンにはいくつかあって、世代と再犯率によって分けられるんだ。『早発持続型』『遅発持続型』『遅発停止型(一回性)』の三種類が存在している。人生の様々な時期に誘惑を受け、その後に、再び犯罪に手を染めるのか、それとも元の人生に戻っていくのか。それが分かれてくるんだ」
「じゃ、じゃあボプツィーンさんは……」
「彼女は『遅発持続型』だね。長い人生で特定の人物に対する恨みが蓄積し、その後、犯罪者として再犯を繰り返し、良心が汚れたまま生き続けるパターンだ。彼女は『自信欠乏者』でもあり、自己愛に薄く、自虐的な犯罪に手を染めてしまったんだ。そう言う犯罪者の心の裏を知ることが、国の治安維持や犯罪抑止に繋がるんだ」
「大切なことですねー、ただ戦争で、力を使って抑止しても国は良くならない。革命して大きな権力を持つ王様が、圧政支配しても、結局の所、平和には繋がりませんね」
「だから、僕はアルバーン国王が精神鑑定を取り入れてくれたことを嬉しく思っているんだ」
ベレンセは誇らしげに語ってくれた。
**
「Ⅸ(アイヴェ)の国」と「Ⅴ(トリ)の国」は、エンガル高地による険しい高低差があり、山越えがかなり厳しかった。渓流も西に向かい、激しさを増していく為に遠回りをせざるを得なかった。一行は「ⅩⅡ(ダース)の世界」の中心の国「Ⅵ(ガウス)の国」にある「エデル湖」で夜を明かすことにした。この場所は、かつて、ユニコーン・マドレーヌが戦乙女カジワラと出会った場所だった。
日も程よく落ち始め、ベレンセはマドレーヌを木に繋いで、焚き火の準備をしていた。綺麗な湖に見とれていると湖の上を歩く、不思議な雰囲気を持つ少女がいるではないか。何度もベレンセは目を擦ってみたが、見間違いでは無かった。
彼女の側には夜行性の小動物が群れていた。うっとりとする表情で美しい音色のハープを奏でていた。
「……誰が弾いているのかしら。綺麗な音色ね。心が洗われるよう」
セシリアはそのハープの音の美しさに聴き惚れ、食事の準備の手を止めてしまった。すると、荷台にいるニナが聞き耳を立ててキョロキョロし、荷台から飛び出した。
「に、ニナ?!どこに行くの?」
「知り合いかも知れない。ちょっと待ってて!!」
「何なんだよ、……騒がしいなぁ」
エルノがまぶたを擦りながら歩いてきた。セシリアは事情を説明すると、エルノは「ああ、いつものことだよ」と言って笑って誤魔化していた。
焚き火に鉄鍋と川魚か掛けられ、音を立てて美味しそうな香ばしい薫りを出し始める頃、ニナが一人の少女を連れて歩いてきた。
「遅かったじゃないの。ご飯出来てるわよ」
「ごめんなさい。ちょっと創造主様から、この女の子に会うように言われたの」
ベレンセは、マドレーヌに餌をやったり、医療器具を整理するのに忙しそうだった。ニナが連れてきた少女は透き通るような亜麻色の髪の毛をし、全身は柔らかな羽毛で包まれて、背中には小さな羽根が生えていた。幻獣で言うハルピュイア(ハルピー、ハーピー)のような姿で、愛らしい笑顔が特徴だった。
「可愛い女の子ね。ニナの知り合いなの?」
「そうよ。詳しくは聞かされてないんだけれど、綺麗な歌声を持つ竪琴弾きの女の子。ⅩⅡ(ザイシェ)の国から派遣されて、エルノの力になるようにって言われたのよ。……ところで、エルノは?」
「そう言えば、気分転換に散歩に行くって言って、しばらく席を外してたけど……」
「きゅ、きゅうん!!」
「きゅうん?」
エルノは小鳥のような少女の顔を見た瞬間に、冷や汗を掻き、どっと赤面して立ち尽くしていた。そして、胸を押さえつけて悶え、硬直して動かなくなった。少女は愛らしくエルノに笑いかけると、子犬のようにエルノに駆け寄って「遊ぼ!エルノ遊ぼ!!」と甘えた声で言った。
「く、来るなぁ!!」
エルノは不意に走り出した。少女はエルノの後を追って、木の陰まで走って行ってしまった。その奇妙な追いかけっこ。エルノの珍妙な反応を二人は見ながら首を傾げていた。
「どうしたの?エルノ。なんか様子が変ね」
「さぁ……私も長い付き合いだけど、あんな反応は初めてだわ。あ、そうそう、あの子の名前は『フィオナ』。これから力強い協力者になると思うわ。まだまだ成長途中の子どもだから守ってあげてね」
「分かったわ。エルノ!!フィオナ!!食事にしましょ!!」
しかし、セシリアの呼び掛けは、エルノには届いていなかった。
「……この感情はなんなんだよぉおおお!!来るなぁ!!」
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