【Third drop】Shuddery Days:seven「リベリア島送り」
アルバーンは聴衆を集めると、ボプツィーンを縄で縛り、面前に立たせた。アダンが必死に叫んだが、彼女は俯いたまま罪状を受け入れるのだった。ベレンセは自分の無力さに打ちひしがれていたのか、顔を覆って立ち尽くしていた。
「皆の者よく聞いて欲しい。この周辺三国である、『ⅩⅠ(ロファ)の国』『Ⅴ(トリ)の国』『Ⅸ(アイヴェ)の国』に危険を脅かしていた『罪人ティアナ=ボプツィーン』を紛争の末に、この手で捕らえた。彼女が首謀者として売り払った奴隷の数は二百以上。そのうち、多くがリザードマンの子どもであり、我が国の血税で立て上げた『ミケル孤児院』の子どもが拉致誘拐されていた。殺人は犯すことがなかったが、その大きな罪は避けて通ることが出来ない。個人的な同胞に対する恨みの感情はあったかも知れないが、それでも彼女のしたことは、避けられないだろう」
血の気の多いリザードマン達は騒ぎ立ち「殺せ!」と拳を突き上げながら叫び声を上げた。しかしアルバーンは沈黙し、重い口調で語り始めた。
「以前の戦争で私の同胞が、彼女の親族を殺したようだ。同胞は戦争に興じ、悦(よろこ)びとして、弱者を虐げ、そして多くの命が私利私欲の為に奪われていったようだ。それは、私にとっても傷の多い問題でもある。私がこうして国民の前に座しているが、この椅子も決して誇れる物ではなく、泥を塗って座っていることになっているんだ。だからこそ、全面的に彼女を責められるとは言い難い。私個人の感情や、一種族に処罰を任せることは避けたいのだ」
沈黙して、アルバーンの声に耳を傾けるボプツィーン。目隠しの下から涙が筋になってこぼれ落ちた。
「私の隊長としての無責任さが生じたせいで、結果的に彼女の息子を殺してしまった。それは紛れもない真実だ。だからこそ、重罰は避けたいのだ。私が悩んだ挙げ句、私はある決断に至った。それは『精神鑑定』の導入だ」
国民達は聞き慣れない言葉にざわついた。アルバーンは演説を聴きながら重い表情をするベレンセをじっと見、手招きすると、聴衆の前に立たせた。
「彼の名は『ベレンセ=ハウジンハ』。『Ⅷ(セイシャ)の国・都立ケハー・大図書館』の司書官、『アメリア=ハウジンハ』の実兄だ。そして突如、今回の紛争の前に来訪したのだ。彼はこの紛争中に、衛生兵に混じり、治療活動に尽力してくれた。しかし、彼は医師ではなく、『心の病を研究する臨床心理士』と言うではないか。彼曰く『犯罪者が抱える心の中身』を細かく分析し、より明確に懲罰をすべきだと、私に訴えかけたのだ」
「……仰るとおりです」
聴衆はそれを聴いて不平不満を呟いていた。ベレンセは難しい表情で思い詰めていた。
「皆に問いたい。『貧しい子どもがパンを盗んだ時、空腹であるから』と子どもの罪状を軽くするだろうか?それとも、『盗みという形』で厳罰を課せるのだろうか?私には、この問題は難儀で、公正な判断をしかねる。痛みを伴わぬ教訓は無いと言うが、どこまで痛みを加えるべきなのだろうか?」
アルバーンの嘆きに近い声が、王宮のエントランスに響き渡った。これは、彼らの知性と尊厳を懸けた大切な問題でもあったのだから。
聴衆の中に紛れ込み、セシリアはマドレーヌとともに話を聞いていた。するとフードを深く被って、脛(すね)まで掛かる長めのブーツを羽織った青年が、ニナと共に歩いてきた。セシリアの服を引っ張ると、呟くように言った。
「……話が長引きそうだな」
「エルノ?エルノなの?」
セシリアがエルノの顔を見ると、エルノはニカッと笑った。
「エルノの姿がすっかり変わってしまったから、私が知り合いの革細工職人に服を新調して貰っていたの。彼は口が堅いから、エルノのことを危険に晒すことも無いと思うわ」
「それは良かったわ。ベレンセ、思った以上に、重大な役割を担ってしまったようね」
聴衆が首を傾げたり、抗議をしたり。激しい声が飛び交っていた。そしてボプツィーンは縄を掛けられ、再び牢に引かれていった。
エルノ達はその様子を見て、会場を後にした。
**
王宮を出ると、堀の前に座って、溜め息を吐くアダンの姿があった。
「残念な結果になったわね。……アダン」
ニナの声に振り向くアダン。彼の目には、涙が溢れていた。
「なぁ、ニナ。僕に母親が居たとしたら、あんな人だったんだろうか?僕は生まれた時に捨てられたから、……分からないんだよ!!」
ニナは呆れ半分に頭を掻きながら言った。
「あなたねぇ、おバカさんなの?そんな訳がないじゃないの!子どもを二百人近く売り捌いている人が、あんたの母親な訳ないでしょう。そんな母親、こっちから願い下げだわ」
「確かにボスは悪いことをした。でも、僕がもっとしっかりしてれば、彼女を止められたら……真っ当な生き方に戻せたかも知れないのに」
「どこまで甘いの?言っとくけどねぇ、十五年近く、長男として孤児院の環境を守ってきた、あんたの言葉じゃないわ。現実を見なさい。一人で生きていくしか無いのよ。……いい?」
アダンが言葉を紡ごうと言いかけた時、エルノはニナとアダンを遮るようにして言った。
「俺を見ろ」
フードを取った彼の口からは、二本の牙が生え、頭から金色の針金のような髪が生えていた。両腕は竜の鱗のように輝き、ブーツを脱ぐと、両足のふくらはぎから獣の毛が生えて、山羊のような硬い脚が見えたのだった。十六歳に成長したエルノは、合成獣のようないかがわしい姿をしていたが、神々しさに満ちていた。
一瞬、周囲の目線がエルノに集まったので、フードを被り直すとエルノは言った。
「両親どころか、生まれてきた意味も価値も知らない奴がここに居る。それでも、俺は俺自身の生き方を諦めたくない。お前みたいに甘いこと言ってられないしな」
「……僕はどうしたら」
「いいか。生きろ。お前にはやることがある」
エルノはアダンの頭を撫でると、そのまま行ってしまった。ニナとセシリアは慌てて彼の後について行く。アダンは呆然と立ち尽くしていたのだった。
**
三日ほど経ち、ベレンセの精神鑑定が終了した。ボプツィーンは、「リベリア島」と言う「Ⅲ(ギーシャ)の国」の北にある孤島に軟禁状態で流されることになった。
罪状を受け入れた彼女の表情はどこか穏やかだったが、しかし物悲しさがあった。両手を縄に掛けられ、貨物船に乗り込んでいく彼女を見送る「マドレーヌ・医師団」最善を尽くしたつもりだったが、どこかやるせない気持ちが胸に突き刺さる……。
「何か言うことは無いか」
「私が死んでも、誰も悲しまないだろうな」
減らず口を叩きながら、船の中に入っていくボプツィーン。すると懸命に走りながら叫ぶ、アダンの姿がそこにあった。アダンは必死になって彼女を呼び止めた。
「ボス!!ボス!!待ってください!!」
「……?!」
ボプツィーンは声に対して振り向いたが、兵士が彼女を蹴り入れると、船の扉を閉めてしまった。
「ちくしょう……ちくしょぉおお!!」
船の出航と共にアダンは叫んでいた。遠目から見ていたセシリアとベレンセは、涙を拭いながら、その場を後にした。
「……行こう。ここに居すぎると、情が移りそうだ」
「なんとか出来なかったんでしょうか?」
「分からないよ。ただ、彼女は然るべき裁きを受けた。それだけだよ……悔しいけどね」
ベレンセ達は、次なる目的地「Ⅴ(トリ)の国」を目指すことにした。「Ⅱ(バンジ)の国」に向かうには、「Ⅴ(トリ)の国」を抜け、「シャトリ山脈」を越えるのが、最も近いらしい。「ユーリ=アンゾルゲ」の著書「心情心理・研究外典」を調べ、そして少しでも人の苦しみを和らげる為に、彼らは西の方向にキャラバンを走らせた。
故郷が恐ろしい状況になっていることに気づいたのは、彼らが次の国に訪れた時だった――。
――【Fourth drop】に続く。
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