【Third drop】Shuddery Days:two「根深き、種族差別」



 ベレンセは深く考え込んでいた。アルバーンは「創造主に従う信仰心を持つ」善良な国王でありながら、非常に敵が多いのだ。「戦乙女カジワラの革命」の前に起きた「五種族間の戦争」。それからの革命後の王政統治……。長きに渡る歴史の中で、恨みを買った人物も数知れない。今回の武力抗争には、歴史的な背景があると、ベレンセは睨んでいた。


 そして医療テントで医薬品の整理やカルテを付けていたイシアルは、書類を整えながら溜め息を吐いた。数の多い怪我人を手当てし終えて、疲弊(ひへい)の表情が顔に出ていた。溜め息が漏れる。


 


 「……なかなか平和が訪れないわ。どうしてこんなにも、私の祖国は争いごとがあるのかしら。久し振り帰って来たら、まさか国の紛争に巻き込まれるなんて。まだ医療班に就いているからいいのだけれど。……つくづく不運な女なのね」


 「イシアル、希望を持って。……激戦も終息を迎えつつあるわ。長雨に疲弊しきった敵陣。そして投げ込まれた閃光弾。アルバーン国王が一気に畳みかけるのが見えてる。私達は出来ることをしましょうよ」


 セシリアは笑顔でイシアルを励ます。しかしベレンセは「闘いに勝利しても、被害者の心のケアが癒えないこと」を非常に懸念していた。……敵陣の中枢部には、「孤児院の青年達と世代の近い」エルノとニナが潜伏している。彼らの動向だけが頼みの綱だった。……どんなに勝負で勝ったとしても、敗戦者の傷は癒えることが無いのだから。




 ベレンセはイシアルの祖国のこと、そしてアルバーン国王の生い立ちを不審に思っていた。もともと知的で、故郷が「Ⅺ(ロファ)の国であるイシアルに、ベレンセは唐突に質問を投げかけた。


 「イシアル。急に尋ねて申し訳ない。アルバーン国王の生い立ちを教えてくれ。僕の中にあるモヤモヤがずっと晴れないんだ。貧しかったのか、富んでいたのか。友人は多かったのか。……少なかったのか」


それに対してイシアルは、重い口調で答え始めた。


 「……貧しい家庭環境だったと聞くわ。彼は牧畜家系に育ったの。メシェバ原野には広い放牧地があり、リザードマンは肉食種族だから、家畜を好んで育てているの。ただ、収益が傭兵に行くよりも思い切った収入が入らなくて乏しいから、どうしても貧富の差が生じてしまうのを避けられないの」


 「そうなのか。その貧しさの中にあって、アルバーン国王は剣を手にしたんだ?だって、戦いを知らない温厚な家庭に育てられれば、何事も起こらずに済むじゃないか」


 「アルバーン国王は成人になった頃に『創造主様の声を信じて、聖戦を命じられた』らしいのよ。それまでのリザードマンは荒くれ者と、平和主義者の二通りに分かれていたの。だから、衝突は避けられなかった。その派閥(はばつ)は、他の国にも悪影響を及ぼすほどだったのよ。『メシェバ原野に住み、Ⅹ(ムーズ)の国を中心にする牧畜種族』、『カディナ火山の麓(ふもと)に住み、武力を保持する、Ⅺ(ロファ)の国の武装種族』の二種類に分かれるの。カディナ火山の麓はかなり資源が枯渇していて、食料自体も乏しかった為、牧畜種族の者達は力の強い種族に虐げられていたのよ。だから、完全に国の方向性はバラついていて、他種族からも鼻摘まみ者にされていたの」


 「同じ種族間でも、争いが絶えないって嫌な話だな。貧しさは闘いや争いを生むものだけどさ。あと『創造主の声を聴いた』って話は、戦乙女カジワラも経験したようだね。僕はそこまで彼女の伝承に詳しくはないけど。特別な人に対する、強烈な導きを感じるね」


 「そうなのよ。だから治安が荒れて、方向性がバラバラだったの。今よりも飢えて死ぬ子どもも少なくなかったわ。それを見て嘆いた創造主が、アルバーン国王に戦争をするようにと任命して、彼は剣を手にし、人々を率いて闘い抜いたらしいの。現在の王政に変わったのは『三十年前の革命(戦乙女カジワラの革命)』の後だったのだけれどね」


 「だけどさ、今も恨みを買うなんておかしな話じゃないか」


 「それが……違うのよ。どんなに平和的に解決しても打ち解けられない大きな溝があったの。だから、彼は反抗する人達を無理やりに力で抑え込んだの。表沙汰はご立派かも知れないけれど、虚勢と利己心の塊なのよ。きっと誰もがそう思っている」


 「でも、君はそんな王を信じているのかい?」


 「だって、誰も弱さはあるじゃない。今までで一番マシになった方なのよ。ちょっと解決策がアレだったけど」


 「抑圧された感情は爆発して、溝を生み出す。だから今の状況がある訳か。賢い選択だとは思えないな」


 「私もそう思う。でもね、その後に模範となったのが『戦乙女カジワラ』だったの。彼女は戦いで死ぬ敵をも憐れみ、墓に葬る美しい女性だったと聞くわ。世界を去った後、不思議と人々の感情に愛し合う心が生まれたの。彼女は『敵の為に死ぬ美しい女性』だったとアルバーン国王の長男、リカルドは語っていたわ」


 「ああ、僕も一目会いたかった。研究室に籠もっていなければ良かったんだ……」




**


 エルノとニナが孤児院の中に入ると、震える子ども達がお腹を空かせて待っていた。寮母らしき人物や、職員らは皆、荷物をまとめて逃げたのか。それとも殺されてしまったのか。痩せ細って、必死に指を咥えて飢えを凌いでいる幼児を見ると、エルノは胸が痛んだ。


 庭の周りには有刺鉄線が張り巡らされ、独特の暗い雰囲気を醸していた。美しい花は枯れてしまっていた。廊下に一枚、愛らしい人間(トールマン)の男の子の肖像画が飾られていた。エルノは震える手で肖像画に触れた。絵の具と紙質の劣化具合から、その絵はかなり古い物だと思われた。


 「……お客様かな?」


 「だ、だれだっ?!」


 木造の床の軋む音がし、後ろを振り向くと種族がリザードマンの、背丈の高い青年が微笑んでいた。しかし顔は殴られたのか、原型が歪(ゆが)むほどに腫れていて、目の周りには痣(あざ)が濃く付いていた。かなり痛々しい顔立ちだった。


 「驚かなくてもいいよ。僕はこの孤児院で割と年長の者さ。里親が見つからなくて、働く場所もないからこんなに大きくなってしまったけれどね。あ、僕は君らを攻撃するつもりは無いんだ。そもそもお腹が空いて、筋肉も落ちているし、勝ち目が無いだろうけどね」


 「ひっ、酷い顔ね。手当てしましょうか?」


 「……無駄だよ。どうせ、ボスが帰ってくるんだから」


 「……ボス?」


 「ああ。ティアナ=ボプツィーン。心優しき人間(トールマン)の女性だった人だよ。そこにある肖像画は、彼女の息子だ。僕らリザードマンのみなしごはね、ずっと国の援助を受けて成人するまで、この施設で育っていたんだ。当番制で家事を担当したりして、慎ましく生活してたよ……でも、ある日、彼女が取引相手の奴隷商人と一緒にやって来たんだ」


 震えながら話す青年。ニナはそっと彼の手に肉球の付いた柔らかい手を添え、バッグから「砂糖漬けのカディナジンジャー」を取り出した。


 「ほら、ゆっくり齧(かじ)って。口の中が痛いと思うけど……暖まるわよ。落ち着いて、ゆっくりと話をして」


 「ありがとう。……最初はいい人ぶって近づいてきた。新しい職員を装ってね。しかし本性は違っていた。僕らは殴られて、格子の付いた箱に閉じ込められ、ひもじい思いをしながら……売られていったんだ。年齢の若い順から、健康で艶(つや)のいい鱗を持つ子どもからね。まるで家畜を売り捌(さば)くように。僕は見ての通り痩せ細っているし、年齢もあるから、彼女の雑用に使われたんだよ」


 「で、でもさ、どうして急に俺らにそんな話をしたんだ?」


 「……分かってたんだ。何となく誰かが来ることをね。アルバーン国王は、この孤児院を守ろうと必死だったから。時々、国の役人が来たけれど、嘘をついて上手く誤魔化されて、役人達は政府の元に戻って行ったんだよ」


 「大人って汚いな。でも、アルバーンは知ってたみたいだぞ。流石に手の内は欺けなかったか」


 「そりゃ、リザードマンの子どもが不当に売り捌かれてると、どんなに誤魔化しても、行く行くは出所が掴まれるよね。『火のない所に煙は立たぬ』とも言うしさ。……僕はね、ボプツィーンがボスってことを知ったんだ。雑用の傍ら、必死に話しかけた。『サボるな!』って殴られながら、必死に話をした。すると徐々に心を開いてくれたのか、嫌がりながらもいろんなことを聞かせてくれたんだよ。僕ら、リザードマンが憎くてたまらないってこともね。でもね、結局僕を売ることが出来ずに、躊躇(ちゅうちょ)していたんだ。散々脅しをかけられたよ。『お前の行き場はろくな場所じゃない』ってね」


 「で、結局ここに居るわけか」


 「こんなやせっぽっちで、身体も弱い僕は、他で働けないしね。皮肉なものだよ」


 青年は少し疲れた顔をして壁に寄りかかった。エルノとニナは顔を見合わせて、青年に質問した。




 「……で、俺らにどうして欲しいんだ?」


 「信じないだろうけれど、あの人の闇は深い。とても苦しんでると思うんだ。どうせ、アルバーン国王に個人的な恨みを持って、僕らの仲間を連れて戦地に出向いて、長雨に降られて。そして力及ばずにアルバーン国王に捕まって、挙句……処刑されそうになっているんだろ?」


青年の顔が歪む。目尻から涙が溢れ出た。エルノとニナに深く頭を下げて、青年は頼み込んだ。


 「……頼む。僕がこういうのもなんだけれど、彼女を救ってくれ!!不幸なんだよ。僕も、……あの人 も。身寄りのない者同士、傷を舐め合って生きてたんだ。それがとても居心地が良かったんだよ。なのに……なのに……」


 エルノは黙っていた。ニナも薄々感じていたが、青年の心には「母親に対する慕情のような物」をうっすらと感じていたのだ。


 「お前、優しいんだな」


 「……馬鹿だと思う。僕の友人はみんーな、ボスに無理やりに連れていかれたよ。ここに残ったのは、幼い子ども達と僕だけさ。笑ってくれ。僕は友達を見捨てたんだから。怖かったんだよ。アルバーン国王の手によってボスが処刑されるのがね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る