【Third drop】Shuddery Days:one「歴史的戦犯」

 エンガル高地の岩肌が見える。砕かれた荒々しい花崗岩(かこうがん)と、火山地帯からの熱帯気候。そして緩やかなディオ渓流の流れ。それらの気候が、密林の中で蒸し風呂のような気持の悪さを醸していた。


 アルバーン率いる軍は、激しい交戦を武装勢力と繰り広げていた。


孤児院の捕虜(ほりょ)となった青年の種族は混在し、数も多かった。無理やりに連れて来られて、闘いを強いられているのが分かる。彼らの目は死んだ魚のようだった。そして、恐怖によって心を支配されていた。


 「出来るだけ殺傷は避けたい」そう願うアルバーンの指示で、軍は急所への攻撃は避けた。そして武器を叩き折って、無抵抗化するような闘いが続いていた。しかし、やけっぱちとなり、疲れを知ることのない若いエネルギーは長期戦を強いる原因の一つでもあったのだ。


 「暑さと疲れ、目に汗が入って闘いづらい……こんな無駄な争いを誰が望んだんだ」


 国の兵士達は、「我が子くらいの年齢の青年に剣を振るうこと」に対して、痛く嘆いていた。




 敵の首謀者は特徴的だった。女性らしく、小柄で年老いていたが、剣客だった。そして片目に眼帯をし、血管の浮き出た肩が露出した軍服を着ていた。彼女は発狂しながら、その白髪を振り乱し、尺は彼女の胸は程ある、鋭い薄刃の剣を振り荒らしていた。


 数人の兵士は横なぎに振られた剣に、腹の肉を浅く裂かれ、痛みの表情に膝を着いた。リザードマン特有の分厚い鱗が鋭く引き裂かれて、その肉が血を滴らせていた。


 「アルバァァーン!!ぶっ殺してやる!!」


 彼女は完全に恐怖心が麻痺していた。闘い慣れていたのもあったのか、地の利を物ともしていなかった。女性とは思えない野太い荒い声を張り上げていた。そんな彼女の威勢に圧倒され、兵士達は士気が削がれていた。


 スパイクの付いた靴で木の根を蹴り、飛び上がって振り下ろした剣が、深く地面を抉った。腐葉土と枝が跳ね上がり、兵士がのけ反るように後ろ手に手を突いて倒れた。そこへ剣が容赦なく振り下ろされ、足首から先が寸断された。痛みに絶叫する兵士。


 重傷を負った彼は、隙を見計らった衛生兵に担がれて、うめきながらテントに戻って行った。


 


 「国王は何をしたんですか……この女(ボプツィーン)は、頭のネジがぶっ飛んでます。完全に命を捨てに来ている。刺し違えても殺したい一心ですよ」


 「彼女一人で、うちの兵士の十人分だ。他の青年は闘い慣れていないようだな。ただ、ちょっと気候も荒れていて、兵器も使えない……困った状況だな」


 木陰に身を潜めて、兵士達が呟いていた。木々に剣の打ち合う音と叫び声がこだましていた。


 


**


 一方、急遽(きゅうきょ)設営された医療テントでは、手負いの兵士達をベレンセとセシリアが必死に治療していた。闘いが始まって間もないのに、担ぎ込まれてくる患者の数はかなりの数だった。激しい闘いを物語っていた。しかし、その中には捕虜の青年も含まれていた。


 「くそー、こんなところに運ばれてくるなら、ボスの元で殺してくれ!!敵の同情を受けてたまるか!!」


 「ふざけないで!!患者に敵も味方も無いの!!暴れないで!!」


 「出してくれ!!ベッドから降ろしてくれ!!」


 「くっ、困ったな……『認知の歪み』が発生している。恐らく『首謀者の元で殉教するのが栄誉ある死』だと、叩き込まれたんだろう。セシリー、少し強めの睡眠導入剤を嗅がせてやってくれ」


 「分かったわ。でもね、ベレンセ。このままじゃ包帯が足りないの!!他の患者の止血も追いつかない!!どうしたらいいの?!みんな死んじゃうよ!!」


 「……状況は予測していたけど、仕方ないな。患者には酷だが傷口を焼こう!!少しでも痛みを緩和する為に、『クラリン【クラリセージ】』のオイルを嗅がせてやれ。それから、消毒に『ロブマリー【ローズマリー】』のオイルを使おうか。イシアル、申し訳ないが『テオフィルの作った焼きごて』を使って、患者の患部を真っ赤になるまで焼いてくれ。そしたら、ロブマリーをたっぷりと擦り込んでくれ」


 「分かったわ」


 「『Ⅻ(ダース)の世界』の薬学も、竜の秘薬(ファグマ)も無意味だわ。……私の勉強してきたことが、こんなに役に立たないなんて」


 「ほら、セシリー、ぼさっとしていないで。ショックを受けるよりも手を動かしてくれ。まだまだ患者は来るんだから」


 「ご、ごめんなさい!!」


  


 「くぅ……いてぇ、戦争経験者か?強すぎる……あの白髪のババァめ」


 「人間(トールマン)がリザードマンを圧倒するなんて、聞いたことあるか?……油断した」


 リザードマン達には慢心があった。首謀者の「ボプツィーン」は手練れた戦闘員だったようで、剣術も相当の腕だったようだ。それを知らなかった若手の兵士達は自分らの慢心に後悔し、動けない身体に嘆いていた。


 そんな兵士達を、アルバーンは物陰から見ながら、密かに決心した。そして掛けてあった真紅のマントを身に纏い、鎧を身に付けて戦場に出向いて行った。


 「……ここまでよく持ちこたえた。後は俺に任せろ」


  


**


 闘いは熱を帯び、少し肌寒い雨が降り始めた。互いに疲れが見え始めた。


負っている傷が深く、汗と雨によって身体が冷え切った青年達は気を失い、倒れるように膝から崩れ落ちていく。彼らの中には、絶望に胸を押し潰されて、仰向けになって死を待っている者もいた。


 しかしアルバーンの軍は、弱気になった彼らに追い討ちをすることはせずに、青年達を拘束して、宿営の中に運び入れて行った。あくまでも、平和裏にこの戦いを終わらせようと決めていたからだった。




 しかし、地面がぬかるむ悪天候の中でも、山羊のような健脚でボプツィーンは林を駆け回っていた。アルバーンの精鋭が一斉に襲い掛かっても、いとも簡単に攻撃を躱(かわ)されてしまい、致命傷を与えるには至らない。


 必死になって追い続ける精鋭隊の背中に、太い矢の雨が突き刺さった。それは青年が射た物だった。


射られた兵士は背中から失血し、意識を失って倒れた。そんな兵士の首を跳ねようと、ボプツィーンが剣を鞘(さや)に納め、ゆっくりと歩み寄ったその時だった――。


 「伏せろ!!」


 轟音(ごうおん)のような野太い声が森林に響いた!


そして、数ヶ所から目も眩(くら)むような激しい光と、耳をつんざく破裂音がして、生存していた者達は敵味方関係なく気絶してしまった。その直後に盾を持ったアルバーンの軍隊がなだれ込み、残っていた青年達を縄で縛り上げていった。




 閃光を直に喰らったボプツィーンは、剣を杖にしてフラフラと立ち上がった。しかし、狂ったような強さを持っていた彼女は、人が変わり、怯える小鹿のように肩を小さく震わせていた。何らかのトラウマが発症したらしい。そこへゆっくりと真紅のマントを翻(ひるがえ)し、アルバーンがゆっくりと歩いてきた。


 「目が見えない……怖い……私は殺されるのか?」


 「ティアナ=ボプツィーン。戦争以来だな。あんなに小さかった小娘が、今は老婆に成り果てたか。年月が経つのは早いものだ」


 「私に話しかけるのは誰だ?殺すなら殺せ。さぁ!!早くしろ!!」


周囲を見渡しながら手探り状態で歩き、躓(つまづ)き倒れるボプツィーン。彼女のスパイク付きのブーツが脱げ落ちてその場に転がった。アルバーンはその靴を拾い上げると静かに言った。


 「私の同胞に息子を殺されたんだろう。そいつも戦争で死んだぞ」


 「うるさい!!貴様に何が分かる。知ったように話しかけるな!!」


 「その悔しい思いを、私や罪のない子ども達に向けてどうする。無意味だろう。片目を失い、息子を失った気持ちは分かる。だが、それを『ミケル国王の作った孤児院』の破壊と報復に当ててどうする?無意味じゃないのか?」


 ボプツィーンは地面に剣を突き立てて肩で息をしていた。アルバーンも黙っていた。二人の間に沈黙が走った……。ボプツィーンの視力は回復してきたようで、目の前に巨躯(きょく)のアルバーンが立っているのを見た。


 「誰かと思えば、私が憎んでいる張本人じゃないか。私が一人になったのを見計らって来たのか?」


 「……お前と話がしたい。俺も『あの戦争』で十字架を負い過ぎたんだ」


 「笑わせるな。お前らが潰した片目が痛むよ。……この眼帯を取って見せてやろうか?腐り落ちた目が穴になっているぞ。義眼を入れる金も無いんだよ。笑うなら笑え。ほら。惨めな私を笑え!!」


 自らの憐れさを嘲笑するボプツィーン。しかし、彼女は握りこぶしを震わせていた。自分の惨めな状況と、目の前のリザードマンの国王を憎らしく思い、怒りに震え始めた。そして「赤いオーラ」が彼女の身体から湧き上った。


 「コロシテヤル……サシチガエテデモ……」


 彼女はやけっぱちに飛び上がって、アルバーンに向かって襲い掛かって来た。振り上げた剣がアルバーンの肩口に切り込んで来た!アルバーンは咄嗟(とっさ)にハルベルト(十字槍)で受け止めた。ミスリル製の槍が、剣に打ち当たり銀色の光を放ちながら激しく軋んでいる。凄まじい力だった。ぬかるむ地面に足が沈み込むアルバーン。ボプツィーンはバックステップで後ずさった後、踏み込んで激しく二撃目を加えてきた。身動きの取れないアルバーンは、必死になって槍を振るが、間合いが詰められない。


 彼は身体中を切り刻まれ、真紅のマントがぼろきれと化していた。体重差が状況の不利を生み出していたのだ。雨に打たれ、遠のく意識の中、……アルバーンは失血して倒れた。


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