【Second drop】Corny Days:eight「スケープゴート」



 毎日のように王宮に運ばれてくる兵士達。セシリアは笑顔で傷口にオリーブ油を塗ったり、薬草を貼って包帯を巻き、懸命に手当てをしていた。そんな彼女の姿が見たいが為に、わざと怪我をして運ばれてくる兵もいたようで、彼女はすっかり王宮の看護師として働かされていた。その傍ら、司書試験を受ける為に勉強をするセシリア。ベレンセは疲れが見えているセシリアを休ませ、お茶を出しながら、話をし始めた。


 「セシリー、毎日お疲れ様。少し休んでくれ。僕も休むから」


 「ちょっと待って下さいね。この治療が終わったら、今すぐに行きます!」




 一通り包帯を巻き終え、満面の笑みを浮かべるリザードマンの背を見送ると、セシリアは椅子に座って紅茶を飲んだ。


 「毎日忙しいね。でも、頼られるのは悪いことじゃない。僕はソフト面を。君はハード面を手当てしてるんだ。僕もカウンセリングをしていると、なかなかに血生臭い話が聴こえてくるよ。耳を塞ぎたくなるほどにね」


 「そうですよね。彼らの食い扶持は、傭兵で稼ぐってことしかないんでしょうから。私達が『知性を創造主様から頂いた』のと同じで、リザードマンの皆様は丈夫な身体と剛腕を頂いているんでしょうね。戦争現場以外の派遣先があればいいんですが……」


深いため息を吐く二人。セシリアが助手について、ベレンセはかなり仕事が捗(はかど)っていた。内心かなり感謝していたのだ。




 「セシリー、久し振りに心理学の勉強をしようか」


 「は、はい」


 「ははっ、そんなに身構えなくてもいいよ。軽い気持ちで聞いてくれ。『スケープゴート』について学んでおこう。近いうちに役立つかも知れない。この地域には、貧困に悩む子どもが多いからね」


 ベレンセはバッグから「本」を取り出すと、咳払いをして慎重に話を切り出した。




 「……せっ、セシリーは、『幼い頃にいじめに遭ったことがある』って言ってたね。差し支えなければ、その話せる範囲でいいから、聞かせてくれるかい?」


 「分かりました。ベレンセさんなら大丈夫です。……小さい頃を思い出すのは、苦しいんですが、私はかなりの変わり者でした。周りの友達に打ち解けられないし、混血だし、何より好奇心旺盛な癖に、知ったかぶりで煙たがられていたんだと思います」


 「そうか。でもそれが痛みを知るきっかけに代わって、素敵な仲間と出会うきっかけに変わった。……乗り越えられて、本当に良かったね」


 「はい!本当にそう思います」


 「さて、僕達、生き物は『無意識』の中に『動物本来の攻撃性(エス)』を持っているって話を前にしたよね。それが『日常の不満やストレス』によって、フラストレーションが溜まっていくんだ。例えば、組織の代表者に高圧的な態度を取る人物がいたり、コミュニケーションに乏しく、対人関係を上手く構築できなかったり。それらが個人個人のストレスとなり、攻撃的な集団感情を引き起こす。そして、それらが爆発した時にいじめと化すんだ」


 「嫌なループですね。集団が大きくなればなるほど、厄介な問題だと思います」


 「そう。本当にそう思う。セシリーもそうであったように、集団は『周囲から変わっているように見られる人物』を、攻撃対象のターゲットにするんだ。フラストレーションを解消するために、特定の人物を生贄(いけにえ)にして攻撃し、弱者が生贄の選定に掛って『スケープゴート』されてしまうんだ。ある種の見解では『いじめられる人物に原因がある』と言う。そのような標的にされやすく、いじめられやすい人物を『ヴァルネラビリティ(被虐性)が高い』と呼ぶんだ。……嫌な話だね」


 「言わせてもらいますが、いじめる側に最終的な問題があると思います。心の傷なんて、なかなか癒えません。それに、フラストレーションを弱者を痛めつけて解消しようなんて許せません!」


 「その通りだ。僕もいじめられっ子だったからとってもよく分かる。今度は誰かの味方になれたらいいね」




**


 古代ユダヤ人が山羊を贖罪(しょくざい)の為の生贄(いけにえ)に使っていたことから、集団が持つ不満欲求を解消するために、その中の一人を攻撃する集団心理のことを「スケープゴート」と呼ぶ。


 いじめのあるクラスでは、生徒一人一人が不満を抱えており、そのストレス解消の為にいじめられっ子が「選ばれている」と言える。いじめられる側が、自己解決方法を身に付けるのが最善のように思えるが、やはり傍観者にならずに被害者を孤立させないことが最も大事だと言える。




**


 灼熱の密林地帯。ディオ渓流とカディナ火山、そしてエンガル高地の三つの国域の山間地帯には激しい紛争地帯が存在した。激しい銃撃戦。毎日のように子どもが拉致され、飢餓が絶えない。それは種族を問わずに悲劇を引き起こしていたのだった。前王、ミケル国王が「良心を持っていた頃に、立ち上げた美しき孤児院」。その建物が風化し、暴徒のアジトと化していた。




 「お前ら!!女子どもは容赦せず、奪って殺せ!!この世界は弱肉強食だ!!怯まずに襲って奪え!!」


 左目に眼帯、黒いマスクをし、腰に二本の両刃の剣を差した女性。髪は荒々しく乱れていた。何者かに取り付かれたような荒れ狂った口調で群衆を率いていた。彼女は「ボス」と呼ばれ、子ども達に労働を強いていた、その前では、血走った年端もいかない子ども達がナイフを持って、食べ物を奪い合っていた。傷つけあう子どもは、血を流して互いを敵視していた。


 「よこせ!!腹が減って死にそうなんだ!!」


 「俺だって三日食ってないんだ」




 飲み水一滴を奪い合う醜い世界。殴り合いと傷つけあう行為が絶えなかった。周囲にいた大人は傍観していた。善良な大人は死んでしまったようだった。十分な食物が子どもに行き渡っていないと言うのもあったが、敢えて争わせているような雰囲気だった。




 背の高い男子が持つナイフがもう一人の男子の頸動脈を掠めた。激しく血を噴き出し、卒倒して倒れた。


 「ちっ。またクソガキの死体が増えたか……捨ててこい」


 「…………」


 「早くしろ!!殺されたいのか?」


 子ども達が泣きそうになりながら「遺体」を密林の中に投げ捨てた。その亡骸(なきがら)は、猛獣の餌となって密林で消化されていくのだろう。何ともおぞましい雰囲気だった。大人も子どもも、慈悲や愛など関係なかった。力の強い者が武器を多く持ち、弱い者は亡骸になって葬られずに廃墟や密林で腐っていった。




 「ボス」と呼ばれた女性は、抜き身の剣を振り上げると叫んだ。


 「……近いうちに山脈鉄道に襲撃を掛ける。いいか?アルバーンの奴にこれ以上好きにさせてたまるか!武力放棄した牙の抜けたリザードマン。しかも、老いぼれだ。トレインジャックを囮にし、王都グノーを制圧する!!やる気のある奴は前に出てこい」




 十六歳のドワーフの青年が、震える子ども達をみて、身代わりになり女性の前に出てきた。孤児院の中では、比較的最年長だったようだ。


 「ボス……僕と友人が行きます。だから、この子達は見逃して下さい。見ていられないんです」


 「お前は馬鹿か?平和ボケしているのか?いいか。もう、ここは孤児院じゃない。軍事演習と人身売買所だ。年齢の若さが財産となり、容姿が良い者が高く買われるんだ。そうだなぁ……お前みたいな青臭い奴は、暖炉の燃えカスにしかならんだろうなぁ!」


 「ぐあっ!!」


 剣の柄で青年は腹を殴られ、吹き飛んで、強かに壁に背中を打ちつけた。子ども達は蜘蛛の子を散らすように、女性の前から逃げ、泣き叫んでいた。女性の仲間が「黙れ!」と叫び、恐怖心で場を制圧していた。




 「ボプツィーン……お前がエ……ノを殺すんだ。もうじき、この場で大量の血が流れる。しかしその血は歴史の大きな礎になるだろう」


黒い羊毛のフードを被った男性が囁(ささ)くように「ボプツィーン」に甘い言葉を吐いた。彼女は瞳がまどろむと、気が狂ったように叫びだした――。


 「ははははは!!なんて気持ちの良い日だ。アルバーン。お前に抉(えぐ)られた片目が疼(うず)くよ。また会えるのが楽しみだ」






――【Third drop】に続く。


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