【Second drop】Corny Days:seven「決断の時」



 ベレンセはアルバーン国王に食事を給仕してもらった。スパイスの利いた魚介料理がテーブルに並ぶ。激しい再会と混乱の後、やっとホッと一息ついて食事を摂ることが出来たのだった。


 ベレンセは自分のカバンの中に入っている小瓶を机に置くとアルバーン国王に説明した。




 「アルバーン国王、不躾ながら私の仲間を改めて紹介します。私の両脇にいるのは、あなたもお見知りの、混血の女性セシリア、そしてケットシーのニナ。セシリアの右隣りにいるのがエルノ。そしてセシリアの左隣りにいるのがイシアルです。私達はこの城で再会することが出来ました。改めて感謝します」


 ニナが不機嫌な顔をしていた。エルノと故郷に帰ろうと思ったら、ベレンセに捕まってしまったのだから。一回り背丈の大きくなったエルノは、スープを飲みながら話に耳を傾けていた。


 「何人かは見知っているが、ベレンセ。お前の聞き慣れない職業と、その不思議な精油。それらが私には大変興味があるんだ。ひとつひとつ、噛み砕いてこの老いぼれに説明してくれないか?」


 「……分かりました。私は心理学者と言う職を世に知らすべく、セシリアを助手に取り、メタヘルの駆逐に励んでいます。Ⅱ(バンジ)の国にかつて、ユーリ=アンゾルケと言う心の中を研究していた学者がいました。彼は肉体だけでなく、精神面も治療すべき分野として医療分野を見出し、心理学の学問を弟子に広めていました。しかし、戦火によって彼の書物が焼かれました。心に巣食う魔物、メタヘルの強い影響や絶えぬ戦争の殺戮(さつりく)の影響で、すっかり心理学の分野は闇に葬られてしまったのです」


 「ほう。なるほどな。……私も戦争経験者だが、酷いものだった。今でも古傷やトラウマが蘇るのだよ」


 アルバーンが身震いをした。


 「胸中お察しします」


 セシリアが呟いた。ベレンセは落ち着いた様子を見て、話を再開した。


 「……しかし『彼が残した書物の写本』が大図書館にあって、私は夢中で読み漁りました。物心ついた頃でした。私が成人して『植物の中に含まれる油には、癒しの効果がある』と言うことに気付いたのです。もともと油には、『害虫から身を守ったり、乾燥や湿気から自分を守っている植物自身の自衛本能』がありました。それらの効果は私達、別の生き物にも癒しの効果があると知ったのです。最初に手に取ったのはエンガル・オレンジでした。皮を絞り、何度も精製して、油を抽出し、それを肌に塗ったり、吸入してみたりし、文献として情報を蓄えていったのです。十年以上の研究の末、さまざまな植物から精製したものがこれらの『エルダーニュ・オイル』なのです。手に取ってご覧になり、嗅いだりしてみて下さい」




 アルバーンはカディナ・ジンジャーの精油(エルダーニュ・オイル)を手に取り、蓋を開けて嗅いでみた。リザードマンの鋭い嗅覚に迫りくるスパイシーな薫り。思わずのけ反った。


 「くあっ!!」


 ニナがそれを見て苦笑いした。自分も経験したからだろう。


 「ああっ、お嗅ぎになるときには、瓶の蓋を開け、手で口を仰いでお嗅ぎ下さい。薫りがかなり強いんです!!」


 アルバーンは目を回しながら言った。


 「はっ、早く言ええ!!しかし、この強烈な薫り……病みつきになりそうだ。私の大好きな葡萄酒(ぶどうしゅ)に劣らない、鋭い薫りがする!!生命力が溢れてくるようだ」


 「ありがとうございます。……しかし、私はこのオイルを扱い、聞き慣れない職業をしているせいか、エルダーニュの港町に入って来た『怪しい香や嗅ぎ煙草の風評被害』を喰らい、逃げざるを得ない身となってしまったのです」


 「全く……身も蓋もない噂で故郷を追い出されるとは。お前は根無し草になってしまったのか、可哀想に」


 「いえ、お蔭で私達はキャラバンを結成し、治療に当たれる訳ですから幸いです。滞在の間だけでも、この城『非常勤のカウンセラー』として雇って頂けたら嬉しく思います」


 「出来るだけ、身元は隠してな」




**


 机の上の小瓶が片付き、ベレンセの身の上の説明が終わった。そして食事を楽しむベレンセ達。話題の中心は「エルノの急激な変化」に触れることになった。




 「久し振りにエルノに会ったけれど、かなり変化しててびっくりしたよ。もともと不思議な少年だと思ってたけどさ!」


 「私も。こんなにちっちゃくて可愛い男の子だったのに。まぁ、今は今でカッコいいんだけどね」


 ベレンセとセシリアが言った。その言葉に対し、エルノは恥ずかしそうに「うるせえ」と言ってそっぽを向いた。


 「なあ、イシアルよ。お前も貴族の娘なら知っているだろう。『創造主信仰』について」


 黙々と食事を摂っていたイシアルに対し、アルバーンが質問を投げ掛けた。同胞に対する態度が良く表れている。


 「ええ。知っていますわ。『Ⅻ(ダース)の世界』が創造された時代、『月の涙(フル・ドローシャ)』が噴火して、時間が立ち、風化して固まって土壌となった。創造主様は、人と竜を一番東端の『Ⅻ(ザイシェ)の国』にお創りになった。時間が立ち、竜が人の形を取り、竜人(リザードマン)となって、大陸を渡り、Ⅹ(ムーズ)の国を中心に牧畜を始めた」


 「そうだな。彼を見ると、リザードマンとも人とも言えない、不思議な雰囲気を感じるんだよ……」


 ニナが黙々と食事をしながら、アルバーンを見て、一言言った。




 「……ここだけの秘密にしてくれたら、教えるわ」


 皆が一斉に押し黙り、顔を見合わせて頷いた。そしてニナは、紅茶で喉を潤すと話し始めた。


 「……創造主様は地の泥を取り、息を吹き込んで、人間(トールマン)を創った。人間は大陸を渡り、Ⅰ(シャオ)の国を中心に、農耕をしながら生活を営んでいくのだけれど、知恵を付け、繫栄していき、『創造主様の作られた血統』が薄まって五種族の中では、知恵がありつつも、最も弱くなったの。そして『月の涙(フル・ドローシャ)が枯れた影響による、古の戦争があった』の。争いの絶えない醜い種族を見た創造主様は、『世界を滅ぼし、もう二度と作らない』と密かに決めたのだけれど、異邦人の戦乙女カジワラが、滅びゆく世界の腐敗を食い止めたの。ここまではみんなも良く知ってるわよね?」


 「ああ。その辺は『創造主信仰』で良く言い聞かされた箇所だ。実際に私も見てきたしな」


 アルバーンが答えた。イシアルも頷いていた。




 「そして、戦乙女カジワラが『エシュカトル神殿の祭壇で生贄(いけにえ)となり』、その聖い血潮によって、世界が再生された。『再生された世界』を統治する役割を担わせたのが彼なの。生まれた頃に乳飲み子の状態で、青龍の力の籠もった青布に彼をくるみ、桃源郷の果物や水で養い育てた。そして十二歳になった時に、『幻獣の国・Ⅻ(ザイシェ)の国』から、外の世界に派遣して再び悪魔の支配が及ばないように、彼に世界を守らせようとしたの。これは明かされていない事実なんだけどね」


 「おいおい、俺は初めて聞いたぞ。どうして黙ってたんだよ!」


 取り乱すエルノ。ニナがひたすら謝っていた。


 「重い運命だな……カジワラも出会った時は、十六歳の小娘だったが、エルノは十四歳くらいか。全く創造主様の召しは拒めぬほどに重いんだな」


 「じゃ、じゃあさ、どうしてエルノが少しずつ青龍化しているの?」


 セシリアが尋ねる。ニナは分からないらしく首を振った。


 「それに関しては答えかねるわ。私も派遣された時、全てを聞かされたわけじゃないのだから。私も『メタヘルを退治する度に』、エルノが成長していくことに驚いているのよ。いつか……隠せないほどに大事(おおごと)になるのかしら」


 「俺の身体は……どうなっちゃうんだろうか」


エルノのことを心配するニナ。エルノもかなり不安な様子だった。しかしアルバーンは慰めるような口調で、燃えるような瞳をしながら言った。


「それを聞いたら、余計黙っていられないな。彼には宿命があるんだろう。だったら私も、この老いた身体に鞭(むち)を打って、彼の為に尽力しようじゃないか。鉄も鍛えればいいんだ。彼は打つ前の鉄だ。良く鍛えて、誰にも負かされぬように、私が鍛えてやる」


 「エルノ、今まで黙っててごめんなさい……ただ、私はこれ以上あなたを危険な目に遭わせたくないの。一緒に帰りましょう?」




 一匹と一人の熱い目線がエルノに向けられる。エルノは押し黙ってしばらく考えていた。そして絞り出すように、震える声で言った。


 「……おっ、俺は今まで腑抜けて生きてきた。でも、『おっさんの心の中』で闘って、REM(レム)に殺されかけた時に、誰かが『弱虫!』って言う声が聞こえたんだ……自分の運命が……そんなんだったら、もっと強くなりたいよ。俺、ずっと後悔してたんだ。ベレンセやセシリアの前から逃げて、すっごく後悔してたんだ……」


 顔を覆って泣き出すエルノ。セシリアが頭を撫でていた。アルバーンは黙って頷いていた。




**


 セシリアとベレンセがテオフィルの看護にあたり、ニナが城の給仕を手伝って、イシアルはキャラバンの備品整理と城の庶務を手伝っていた。エルノは近衛兵の指導の元、剣術を鍛えていた。



 一方、アルバーンは大臣のジェラルドと共に、地図上の「Ⅴ(トリ)の国との国境」を見ながら頭を抱えていた。それは『テオフィルの一件』が浮上する前の、例の案件に関してだった。


 「はぁ、色々と客人が来て賑やかになったのはいいものの、『暴徒の問題』は一向に楽にならんな。あれは、私達の国の癌(がん)だ」


 「まさか、心理学者ベレンセの言う『メタヘル』が一枚噛んでるとかじゃないだろうな」


 「まさかな。……いや、……ありうるかも知れん」


 「おいおい、アルバーン、冗談を言うな」


 真顔になり、真剣な表情で考え込むアルバーン。その語気には本気の色が見えていた。


 「ジェラルド、首謀者の顔は割れているのか?」


 「ああ。歴史上の戦犯でな、山脈鉄道でトレインジャックを起こしている迷惑な女だ。『ティアナ = ボプツィーン』って人間(トールマン)らしい。子どもを殺害された過去があるとか、ないとかで気が狂ったとか言う噂だが、……それが孤児院の制圧に影響しているとしたら、酷く迷惑な話だな」


 「ジェラルド、……私は、あまり人間(トールマン)と争いを起こしたくないんだ。平和的解決をしたいんだ」


 「俺も同じ気持ちだ。あまりよそ者を巻き込みたくないが、やはり彼らの力を借りるしかないのか……」


 重い気持ちで溜め息を吐く二人。彼らの縋(すが)る気持ちは「マドレーヌ医師団」に委ねられていた――。


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