【Second drop】Corny Days:six「力を貸して!」



 セシリアは毛布を被ったエルノの横顔を見逃さなかった。成長していたが、好奇心旺盛で観察眼のある彼女はエルノのことをずっと見ていたのだ。ベレンセ達を置いて、彼女は走り出していた。


 「おい、セシリー!!どこに行くんだよ!!おいっ」


 「ごめんっ!!そこで待ってて」


 「お前がいないと怪しまれるんだって!!」


 ベレンセの声が虚しく響いた。セシリアは、交錯する気持ちを胸に抱えながら、呟きながら、必死にエルノの背中を追いかけた。「あれってエルノだよね?」「いやいや、背格好が違うって。……でも」と呟きながら。




 「ここは小さい頃、私の遊び場だったのよ!!エルノっ!!追いかけっこなら負けないわよ!!」


 「ついてくるなぁ!!」


 王宮の広い回廊。大理石のエントランス。花崗岩(かこうがん)の彫像。観葉植物や噴水のオブジェ。国王の写真を傍目に見、そして広い回廊をひた走る。エルノを捜索する兵士たちもいたが、エルノは見事に、手の間をすり抜けていった。




 「どうして逃げるの?……私が嫌い?」


 「そ、そんなことは無いけど」


 城の裏庭に追い詰め、セシリアは足を止め、涙目になりながら呟いた。エルノは少し戸惑って、聞こえる言葉に歩みを止めた。


 「俺と一緒にいると、みんなが不幸になる……それに、この姿を見られたくないんだよ」


 エルノは毛布を被りながら、ざらざらになった腕を覆う鱗や、犬歯から成長した牙を触りながら恥ずかしそうに言った。その呟きが聞こえたか、聞こえないか分からない距離だった。セシリアは身を翻して、ベレンセの元に戻って行った。


 「分かったわ。会いたくないのね……じゃあ、元気でね」


 エルノはもどかしい気持ちになって叫ぶように言った。


 「行かないで!!」


 「…………」


 「みんなと一緒にいたい。それだけは、本音なんだよ!!分かってよ!!」


 セシリアはホッとした表情でエルノに近寄った。そして、後ろから抱きしめながら言った。


 「どうして卑屈になるの?そんなにカッコいい姿になったのに、どうして誇りに思わないの?」


 「変わっていく自分が怖いんだよ。俺は両親を知らない。それにニナにも、散々迷惑掛けてるし。このまま色んなことに巻き込まれたら、誰かが死ぬかも知れないんだ。だから、ひっそりと自分の故郷に帰ろうと思ってたんだ」


 「私達が信頼できないの?いい?私は『戦乙女カジワラの仲間』だったのよ?あなたが想像する以上に、もっと危険な目に遭って来たんだから!それに、あなたはひとりじゃない。どんな姿になっても、私は受け入れる自信があるんだから」


 エルノは零れ落ちる涙を拭いながらセシリアに振り向いた。


 「み、みんなと一緒にいてもいいの?」


 「あなたの力が必要なの。また力を貸して。お願い!」


 エルノは黙って頷いた。そしてセシリアに手を引かれ、ベレンセの元に戻って行った。




**


 ベレンセとエルノが再会し、喜びを分かち合うのも束の間。エルノは、老いた鍛冶職人の男性のことが心配で、ベレンセの手を引いて走り出した。


 「おいおい、どこへ行くんだ!!」


 「いいから!!おっさんがこのままじゃ、大変な目に遭うんだよ!!ベレンセ、助けてくれ!!メタヘルが、居たんだよ!!メタヘルって奴が!!」


 「何だって?!聞きたいことは山のようにあるけれど、あとで聞かせてくれ。どこに行けばいい?」


 「地下の尋問室だ!!」




**


 鍛冶職人は数人の兵士や軍団長に囲まれながら尋問を受けていた。彼は緊迫感に満ちたリザードマンに囲まれながら、手に汗を握って震えていた。本当に何も覚えていないようだった。


 「……『テオフィル=ラヴォワ』、質問に答えてくれ。本当に覚えていないのか?私の数人の部下の首を、気が狂ったように絞めたことも、自分がここに来て数日間ベッドの上で介抱されていたことも、牢に入れられて、縛られたことも」


 「……はい。記憶にありません。私は片田舎で武器を造る鍛冶職人でした。戦乙女カジワラの影響で、三十年前に革命が起き、『Ⅴ(トリ)の国』がアルバーン国王の支配下に置かれました。国は平和になりました。そして『競技用としての』武器製造にしか、需要が無くなったのです。世間で若い人たちが奇抜なアイデアを出し、目を見張るような武器を造る中、私は古いプライドを捨てきれず、時代の波に置いて行かれて、疲れ切っていたのです」


 「私の国王もそうだ。軍備を縮小し、自衛のために最小限に軍事力を縮小したんだよ。兵役は破棄され、リザードマン達は被災地派遣に駆り出されているんだ。来て分かっただろう。この国でも武器が売れないことを」


 「はい。そう思いました。商売と慰安旅行も兼ね、『Ⅺ(ロファ)の国』に旅に来ていた時でした。仰る通り、武器が売れずに疲れていたのです。港で歩いていると、黒い羊の毛のフードを被った『同胞(ドワーフ)の男』に口を鷲掴みにされて、身体の中に『何か』を流し込まれたんです。それから、私の記憶はありません」


 「それでは、国に来て本当にごく僅かな時間じゃないか。老いて記憶が掠れたのか?」


 「いやいや。滅相もない。気が付いたら王宮で介抱を受けていました。もしもあの場で倒れていたら、私は火山の熱で干からびていたでしょうに。……今は心なしか、穏やかな気持ちです。それまで『睡眠時間を削って』仕事に没頭していたので」


胸に手を当てて、思いにふけるテオフィル。軍団長は兵士と顔を見合わせて言った。


 「分かった。お前の処罰は、国王に委ねよう。ただ気が狂ったことに扱われて、厳罰は免れないと思え」


 「晩年なんです。故郷に帰れるでしょうか?」


 「分からん。お前の立ち振る舞い次第だ」


 厳しい口調で攻め立てる軍団長。そこへ様子を見に来たアルバーンがいた。


 「……様子はどうだ?」


 「困ったことに『記憶が無い』とのことです。拷問に掛けますか?気が進みませんが」




 その時、アルバーンが開けた扉から、ベレンセとエルノがよろけながら入って来た。


 「おい、お前ら、何の用だっ!!」


 軍団長が十字槍をベレンセの喉元に付きつける。ベレンセは恐怖のあまり石畳に尻餅を着いた。アルバーンは顎に手を当て、エルノの顔を見ると、察したように言った。


 「軍団長、手荒なことはよせ。それでは亡くなったミケル国王とやっていることが変わらぬではないか。話を聞こう……少年、お前はエルノとか言ったな?そこの銀髪のエルフは、お前の知り合いか?」


 「ベレンセ=ハウジンハ。アメリア=ハウジンハの兄で、心理学者をしております」


 「アメリア=ハウジンハ……あの堅物な、ケハー・大図書館の娘か?!その兄なのか?!これはたまげた。そして、聞き慣れない職業に就いているようだな」


 アルバーンは目を丸くして驚いていた。軍団長の槍を持つ手は一向に緩まない。


 「アルバーン国王にひとつ、聞きたいことがあります。ここ数年『心の中に住まう奇病』がこの世界各地で発生しているのをご存知でしょうか?」


 「知らぬ。どんな病気だ?」


 「メタヘルと言う奇病です。メタヘルはかつて、免疫力の弱いエルフやノーム、人間(トールマン)に憑く厄介な病気でした。私の祖国を治めていたアウフスタ女王、その母が亡くなった原因もメタヘルが原因なのです。精神力を奪い、気を弱らせ、衰弱させ、免疫力を落として感染症に罹りやすくする……そうでなくとも『死にたがりの気持ち』を引き起こすのがこの病気の特徴でした」


 「聞いたことがあるが、私の国域でも、ここ数年自害して死ぬ者が絶えなかったが……それが原因なのかも知れん。全く厄介な病気だが。特効薬はないのか?」


 「私が研究している魔法の精油、『エルダーニュ・オイル』が、唯一の効果のある秘薬なのですが、それでも焼け石に水の状態です。恐らくそこの男性もメタヘルの一種に罹り、気が狂ったのではないか。……と私は踏んでいるのです。少し調べさせて頂けないでしょうか?」


 アルバーンは考え込んでいた。そして、軍団長と顔を見合わせて許可を出した。




**


 軍団長の指示の元、数人の兵士が退席し、ベレンセがテオフィルの席に詰めるように座った。そして、肌の艶や脈を見ながら言った。


 「……間違いない。彼は仕事が大好きな真面目な男性だ。驚いたことに『バーンアウト・シンドロームの症状』に罹っているね。テオフィルさん、家族関係は?」


 「私は……両親が幼少期に育児放棄したんです。だから今は疎遠で連絡も取っていなくて、両親が生きているのか、死んでいるのか、全く分からないんですよ。自分の存在意義が分からなくって。仕事をしている間だけが私の取り柄でしたから」


 「加えて……ネグレスト(育児放棄)か。心の隙間にメタヘルが入り込んだ可能性が高いな」


 ベレンセはペン先を噛みながら頭を掻いた。周りの兵士達、アルバーンも何を言っているのか、さっぱり分からない様子だった。エルノは自分の生まれてきた境遇を重ね合わせるように、テオフィルに話した。


 「おっさん、耳を疑う話かも知れないけど、俺、夢を介しておっさんの心の中に入ったんだ。心の中は凄く渇いた砂漠のようだった。常に水を求めていて、鬼の仮面を被った魔物が影を操って、オアシスに来るものを拒んでいたんだよ」


 「そうなのか?エルノ?」


 「ああ。前にイシアルの心の中に入った時と別の感じがした。ベレンセには話しても分からないだろうけど、他人の心の中ってさ、すっげー気持ちが悪いの。胸が苦しくて、締め付けられそうでさ。その鬼は、おっさんの心の中で威張ってたんだぜ?」


 エルノは、苦虫を嚙み潰した様な顔をした。それを聞きながらベレンセは考えていた。アルバーンはベレンセとエルノの話を聞きながら、腕を組み、テオフィルに質問を投げかけた。


 「テオフィル、お前が城に来た時を覚えているか?疲れ切ってて、凄く眠そうだったぞ。げっそりと生気を吸われたような顔をしていた。門の前で倒れたのを覚えていないのか?」


 「全く覚えておりません。……まさか、ベレンセさんが仰っている『メタヘル』って、少年が言っている『私の心に住み着いた悪魔』なんですか?!」


 「そう。よく分かったね」


 ベレンセが言うと、テオフィルは震えながら頭を抱えた。歯がカチカチと音を立てていた。


 「安心しろ、おっさん。メタヘルだか、REM(レム)って言う悪魔は、おっさんの心にはもういないぜ?なんせ、俺が追い出したんだからな。めっちゃ強かったんだから」


 ベレンセは驚いていた。クライアント(患者)と何人も携わってきて、時間を掛けて治療をして来たが、エルノがクライアントと関わると、明らかに病状の回復が速いからだ。そしてアルバーンは、三日三晩の間に老いた鍛冶職人が狂った原因についてを思い巡らし、身をもって「メタヘルの脅威」について学んだのだった。




 一通り話を聞き終えたアルバーンは、ベレンセの書いたカルテを見て頷いた。


 「……鍛冶職人は監視下に置いて、しばらく様子を見ることにしよう。心理学者ベレンセ。お前に話がある」


 エルノにセシリアの元に戻るよう命じたベレンセは、アルバーンと共に書庫に入って行った。




**


 「アメリアは、三十年前の革命の時期に、私の息子二人が世話になった人物だ。お前も良く見るとアメリアと目元が似ているじゃないか。ははっ……驚いたよ」


 「私には勿体ない素晴らしい妹です。人並外れた知性と行動力が備わっていますから」


 「分かるぞ……だが、ベレンセ。ひとつ気になることがあるんだ。お前が縁もゆかりもないこの国に来たのは、理由があってのことじゃないか?」


 「仰る通りです。私は『不思議な少年、エルノ』を追って、旅をしてあなたの国まで来ました。……彼は、私の研究所に住まう居候でした。しかし、数ヶ月前の悪い噂によって、私もエルノも、仲間達も祖国から追われる身となりました。腐敗した祖国の調査と回復は、妹のアメリアに委ね、私はエルノを探しながら、世界の病の状況を調べるべく、この地に来たと言う訳です」


 「息子のマルティが『エルダーニュの港町』が大変なことになっていると言っていたが、話の通りだったな。詳しく聞きたい」


 「聞いたか分からないのですが、『ディサイア』と言う怪しい香が、巷に出回って、私達の故郷を腐らせ始めています。私の研究した精油がその風評被害に遭い、国を出ざるを得なかったのです」


 「そうか。事情はよく分かった。力を貸してやりたいのも山々だが、お前の身元を保証するものが何一つない。どう信用したら良いのだ?怪しいものが出回っている、この時世だ。お前のことを知人の顔で信用し切る訳にはいかないだろう」


 「私は骨身を削って、アルバーン国王、あなたに仕えます。あなたの国の政策に役立つなら、私の知りうる知識を全てお使い下さい。この三日三晩の間に、あなたの目が見、耳が聴いてきた目の前のことが、私の故郷でも、世界各地でも起こり始めています」


 アルバーンはしばらく黙っていた。




 そして背負っていた十字槍を抜き、ベレンセの喉元に付きつけた。ベレンセの肩が震える。


 「誓え、不審な行為をしないと。そしてお前には、世界を治療する覚悟があるんだと誓うんだ」


 年老いた国王の腕には力が籠もっていた。ベレンセは膝を着いて座り直し、アルバーンに忠誠を誓ったのだった――。


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