【Second drop】Corny Days:five「ウッディ・ウッディ」



 ニナは暗くなり始めた部屋に気付き、ロウソクを灯した。躊躇していたのか、エルノのカバンの中からエルダーニュ・オイルを取り出し、小瓶を見るとそのまましまい直した。


 「大丈夫。エルノなら勝てるわ」


 彼女は慢心していた。リザードマンの兵士達が目の前で変化を続けるエルノと、「クライアントの男性(鍛冶職人)」の姿を交互に見ながら、恐る恐る尋ねた。




 「……なぁ、ケットシーのお嬢さん。俺ら、君みたいな幻獣と会うのも初めてなんだけれど、少年が急成長して青い鱗を纏うなんて、夢でも見ているのかい?」


 「それに、縛り上げたこいつの顔色が少しずつ穏やかになっているような……」


 ニナは言うべきか言わぬべきか。そして、自分が教えられていた知識をもってしても、理解していることが少ないことを察しつつ、渋るように言った。


 「いい?誰にも言わないで。……この子は創造主様からの預かり物なの。『この世界を救う鍵』になるかも知れないのよ」




**


 クライアントの深層心理、灼熱の砂漠――。荒っぽい風が吹き、砂が巻き上がった。むき出しの岩肌に日差しが照り返す。オアシスをバックに、エルノとメタヘルの一種「REM(レム)」は向き合っていた。彼らは激しい交戦を繰り広げていた。


 エルノはテラピノツルギの炎を消し、右手に柄を持ち、REMの胸元に駆け込んだ。そしてオアシスに体当たりして突き落とすと、激しい掛け声を上げ、吹き上がる剣の炎を顎に向かって振り上げた。体勢を崩して、そのまま水面に落ち、仮面に炎が当たって、弾き飛ばしたように……見えたが、水面に落とされたのはエルノの方だった。


 「がぼっ……」


 REMは、操っている影を「縄の付いた鍵爪」のように引き伸ばし、エルノを水面のぎりぎりまで引き付けて、落ちるように見せかけ、身を翻して、エルノの背を蹴落としたのだ。エルノはオアシスの水を大量に飲み込んだ。テラピノツルギの炎が徐々に弱っていく。


 「ははっ。このまま弱っていくのを見ているのも楽しいのだけれど、上がって来いよ。もっとずたずたにしてやるよ」


 エルノはむせながら身を引きずって、砂地に上がった。顔を上げると「影で作られたようなサソリ」が群れを成して、目の前に現れた。


 「……やめてくれ!!」


 エルノの叫び声が虚しく響いた。しかし、一匹が手の甲に尾を振り上げてブスリと毒針を突き刺した。エルノは意識が衰弱していき、衝動的な不安と寒気に駆られ始めた。


 「俺らを甘く見たからこうなるんだよ。……くたばれ」


 REMは朦朧(もうろう)としていたエルノの頭を踏みつけながら言ったのだった。




**


 「おかしいわ。既に夜が明けそうなのに、エルノが帰って来ない……」


 ニナは焦りを感じ始めていた。エルノの青く美しい髪が真っ白く変化し、肌の艶を失い始めていた。隣に寝かされたクライアントからは、禍々しいオーラが立ち上る。むせ返るような瘴気が立ち込めた。


 「げほっ!!」


 黒い霧が部屋を覆った時、アルバーンが聞きつけたのか、部屋に飛び込んで来た。


 「おい!!何があったんだ!!」




 二人の近衛兵はアルバーンの顔に恐れを感じ、そして深々とお辞儀をして話し始めた。


 「……メタヘルか。厄介なものが国に入り込んで来たんだな。よし、お前たち!少年を力づけろ!!何が効くか分からん。薬湯を作って彼の喉に流し込んでやれ。身体を温めろ!!」


 ニナは変化し始める事態に対し、いたたまれなくなって叫んだ。


 「勝手なことをしないでよ!!」




 アルバーンはニナの元に寄ると、睨むように言った。


 「ケットシーのニナ。お前がこの子のことを、大事に思うのはよく分かる。だが、俺に彼が死ぬのを見過ごせと言うのか?それとも策があるのか?……国に厄介な病気が入り込んだんだ。最善を尽くすのは当然じゃないか。そうだろ?」


 「……手荒いことはしないでね。許さないんだから」


 ニナはそっぽを向いた。そしてアルバーンの手の中に「エルダーニュ・オイルの小瓶」を握り込ませた。


 「私、匂いがきつくて精油(エルダーニュ・オイル)を使いたくなかったの。でも、メタヘルに……一番効果がある武器はこれだと思う」


 アルバーンは耳を疑ったのか、少し笑いをこらえながら言った。


 「おいおい、これを使って敵を倒せと?笑わせるな」


 「……私だって、冗談だったら言わないわよ!!アルバーン、あなたを国王として信頼して言うわ。エルノの心には『リビドー』って言う『青く燃える炎』が宿っているの。かぐわしい薫りや美しい景色、恋愛や食欲、そして好奇心。純粋な彼を突き動かす、精神エネルギーが心の中で燃えているの」


 「それと、魔法の精油(エルダーニュ・オイル)と、どう関係があるんだ?」


 「……創造主様が言ってたんだけれど、彼の感受性を刺激すると、数倍に力が跳ね上がるらしいの。……『テラピノツルギ』がどうとか……あー、もう、これ以上言わせないで!!」


 アルバーンの厚い胸板をニナはポカポカと殴った。アルバーンは少し考え込むと小瓶を握りしめて、エルノの元へ行ったのだった。




**


 エルノは砂に埋まり始めていた。下半身が砕かれるような感覚だった。突き付けられる不安と渇き、死の恐怖が襲い、少しずつ砂に飲まれていく――。


 「俺はここで死んでしまうのだろうか……」


 オアシスのヤシの木がぼやけて見えた。鬼の仮面を被ったREMはエルノに背を向け、そのまま歩いて行ってしまった。


 「僕は次なる宿主を探すよ。せいぜいそこで死ぬが良いさ」


 「……死ぬのか?俺は死ぬのか?」


 意識が遠のく。誰かの呼びかける声が見上げた空から響いてきた。


 「「……おい、弱虫!!諦めるのか?」」


 その時、テラピノツルギからウッディ系のソフトな甘い薫りが漂い、ゆっくりとエルノの心と共鳴し始めた。それは「センダン【サンダルウッド】」の精油だった。心が穏やかになり、自分の置かれた状況がクリアになっていく。エルノは血が滾る感覚を身体に覚え、それと共に動体視力と反射神経が研ぎ澄まされた。


 「REMの弱点……そして俺のすべきこと……付け焼刃でもいい!今、この瞬間を勝ちに行きたい!!」


 ズルズルと這いずるように、エルノは砂から這い上がった。そして「弱って死んだ」と慢心し切っているREMの背中を見、膝を着いて息を整えた。そして目を瞑り、テラピノツルギに意識を鋭く研ぎ澄ました。不思議と呼吸が落ち着いた。そしてREMが振り向いた瞬間に「鬼の仮面と顔の境目」を狙って、走り出した。




**


 「……いない!まさか、くたばってないのか?」


 REMが砂音に振り向いた。しかしエルノのいた場所は砂埃が撒き立って分からなくなっていた。エルノ自身も、凄まじいスピードでREMに距離を詰めていたので、相手は居場所が掴めずにいた。


 REMが正面に向き直した瞬間だった。エルノが顔に向かって、テラピノツルギを振り上げた!顎に切っ先が打ち当たり、仮面が顔から引き剥がされるように上空に舞った。そして激しい音を立てて燻っている。


 「REMの宿主の男性」は喉を掻きむしりながら、酷くもがき苦しんでいた。顔を抑え、落ちてきた仮面に手を伸ばしていたが、エルノは砂を蹴り、空を舞って仮面を両断した。


 それと同時に、男性の身体から黒い煙のような物が分離し、そのまま彼は地に倒れた。エルノは肩で息をしながら胸の高鳴りを抑え込んでいた。




 「……創造主の子……エルノ……お前はイズレ……」


 二つに割れた仮面が忌みごとを言いながら、消えていった。エルノは疲れ果てて、仰向けに寝転がった。砂の熱さよりも、酷い疲れと眠気が襲って来たので、まどろみに抵抗することは出来なかった――。




**


 エルノが眠りに落ちて、二日目の朝を迎えた。クライアント(精神患者)の鍛冶職人は、近衛兵に連行され、事情聴取を受けていた。エルノはベッドで寝かされ、アルバーンは折りを見て、度々エルノの様子を見に来ていた。


 「エルノの呼吸が落ち着いて、血色も良くなった。それにドワーフの鍛冶職人からの瘴気も消え去った。……これは病魔に勝ったのか?」


 「そうみたいね。『エルダーニュ・オイル』の効果があったんだわ」


 ニナがエルノの頭を撫でた。エルノは寝息を立てて眠っていた。


 「もしもし、アルバーン様、お客様がいらっしゃっています……国王様のお知り合いだと仰っておりますが」


 「誰だ?こんな朝早くに」


 「『マドレーヌ・医師団』と言う、ユニコーンが率いる医療キャラバン隊だそうで、セシリアと名乗る女性は国王様の古くからのお知り合いだそうです。お会いしますか?」


 「セシリーだと?!セシリーが来てるのか?!早く呼べ!!」


 アルバーンはセシリアと会えることに興奮を隠せなかったようだ。それと同時にニナは息を呑んだ。「まさかセシリアがこの国まで来ているとは……でも何の理由で?」彼女は困惑していた。ベッドを見るとエルノの姿が無かった。


 「……エルノ?」




**


 「じょ、冗談じゃない!!セシリーにこんな姿見せられるかよ!!」


 エルノは数分間のやり取りの間に目を覚ました。そして隙を見て、毛布を羽織って窓から逃げ出したのだ。自分の身体が二歳成長し、「上半身の一部」が青龍化していること。


それをセシリアに見られるのがとても恥ずかしかったのだ。少し壁に寄りかかって息を押し殺していると、さっそく捜索の手が入り始めた。


 「おい、エルノとか言う少年を見なかったか?」


 「どうやら珍しい少年みたいだな」


 こそこそと聞き耳を立てながら、物陰に隠れながら歩いていると、ベレンセとセシリア、そしてイシアルが門を抜け、王宮に入ってくる所を目撃した。セシリアは懐かしい景色に興奮し、きょろきょろと城内の景色を見まわしていた。そして、エルノと目が合った。


 「えっ、エルノ……?!」


 「まずい!!」


 背を向けて逃げ出すエルノ。ベレンセ達が耳を疑ったが、セシリアは、エルノと再会した喜びを隠し切れなかった。胸の高鳴りを抑えられずに、彼を捕らえようと追い駆け始めた。


 「エルノ!!エルノなんでしょ!!なんで逃げるのよ!!」


 「違う!!俺は別人だ!!ついてくるな!!」


 王宮で奇妙な追いかけっこが始まったのだった――。


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