【Second drop】Corny Days:four「リビドー」



 


 行商人らしき男性の体躯は、やせ型で「ドワーフの鍛冶職人」と同じ身なりをしていた。ボロボロの道具入れに金槌を入れ、リュックに巻かれた赤いじゅうたん。そして極めつけは、鬼の仮面を被っていた。


 エルノは身に付けていた仮面の形相に驚き、一瞬身構えた。怪しい身なりをした男性のことが気になったが、それよりも喉が渇いていたので、溢れ出るオアシスの水に顔を付け、犬のように水を飲もうとした。すると男性が言った。


 「水が欲しいのか?」


 「見たら分かるだろうが!!喉が渇いているんだよ!!」


 「ははっ、……『こいつ』と同じだな。『その渇きの原因が、自分から来ているのに誰も気が付かない』んだ。飲んだって無意味さ。どうせ渇くんだから」


 「何が言いたいんだよ」


 「飲めばいいさ。このオアシスの水は美味い。だが、また欲しくなる。……そして戻ってきて、また飲む。だが飲んでも渇くばかりで、この水でしか喉が満足出来なくなるんだよ」


 エルノはぐっと喉の渇きを堪えた。そして膝に付いた砂埃を払い落とすと、男性を睨み付けた。


 「お前はどうしてここに居るんだ?鍛冶職人のおっさんだろ」


 「ああ。半分正解だな。『こいつ』は水を飲んで『自己承認欲求』を炊き点けられた。打てども、打てども、誰にも認められない武器に飽き飽きしたんだよ。そうだ。『こいつ』はここから出られなくなったんだよ」


 不敵に笑った。そして男性はじゅうたんに三つの水瓶(みずがめ)を並べた。


 「ここに三つの水がある。二つは毒水。一つは真水だ。お前が飲もうとしたオアシスの水は、『自分の心理欲求を炙り出す、依存性の毒』が入っている。その二つの水はオアシスから俺が汲んだものだ。渇いてるなら飲め。さあ」


柄杓(ひしゃく)で水を掬い取ってエルノの口元に、水を差しだす男性。エルノはごくりと喉を鳴らした。




 「ふん。偉そうに!飲むものか。さっさとそのいかがわしい仮面を取りやがれ。気味が悪いんだよ!!」


 そっぽを向いて抵抗するエルノ。口を引き絞って、汗を振り払っていた。


 「ふふふ。あくまでも取引に応じない気か……だったら、無理やりにでも飲ませてやろうかなぁ!!」


 男性の影が濃くなり、エルノの全身を縛り上げた。砂が手の形になって、「毒水」をエルノの口の中に流し込んでいく。「心の渇き」が別の物で「満たされていく気」がした。がぼがぼという、エルノの叫び声と共に……。




**


 「……俺は両親の顔を知らない。自分の存在意義も分からない。ニナと初めて冒険に出て、とっても楽しかったんだ。お金を手に入れれば、全てが手に入る気がした。でも、セシリーやベレンセに会って……俺はもっと大切なことに気が付いたんだ……」


 空っぽな心の空洞に闇が入り込もうとしていた。しかし彼の心に強い影響を及ぼしていた人達がいた。そのささやかな日々、美味しい料理と交わされる会話。出会って間もなかったけれど、とても暖かい日々だった。




**


 「『アディクション(嗜癖)』は心の渇きから来るもので、燃え尽き症候群にもあるんだよ」


 「アディクションって、刺激を求めて悪影響のある物質に手を出してしまうことですよね?健全な人間関係が構築されなかったり、賭博や食べ物に依存してしまう傾向があるって言ってましたが」


 「そう。それでね、特定の行為に依存してしまう『プロセス嗜癖(しへき)』の中に、仕事依存症(ワーカーホリック)が上げられるんだ。人から見ても十二分過ぎるほどに成果を出している人が、完璧を目指してもっと仕事に励む。すると、達成感から脳内麻薬(エンドルフィン)が出て、一時的に心は満たされるんだ。でもね、どんどんと肉体は疲れ切ってしまい、結果的に何も出来ないくらいに疲れ切ってしまうんだよね」


 「……何事も程々が肝心ですね」




**


 水を口に流し込まれ、息も出来ずに白目を剥いていたエルノだったが、「毒水の支配」は、エルノの心には及ばなかった。純粋無垢な少年の心は、汚れを押し流し、少しずつ身体から毒素を押し出していった。そしてエルノは少しずつ「心を燃やされて」いった。


 「ば、馬鹿な。毒水の影響が及ばないのか?」


 「みんなに会いたい!!ただそれだけが、俺の生きる道なんだ!!」




 ――エルノの手に「テラピノツルギ」が納まった。それと同時にエルノの身体が燃え上がった。彼の身体を縛り付けていた影が弾き飛ばされ、そのまま砕け散った――。


 「……身体が熱い。心が燃えるようだ」


 エルノは燃えるように輝く両手を見た。そして「ドワーフの鍛冶職人だった男」に、テラピノツルギを構えた。成長した彼の身体は十四歳の少年の姿になり、牙と両腕の鱗が青く輝いていた。そして燃えるような凛々しい目で言った。


 「お前は『REM(レム)』だろ。そこにいるのは分かっているんだ。ドワーフのおっさんの身体から出ていけ。さもないと燃やし尽くすぞ」


 「ははっ、バレてしまったか。僕は『衰弱のREM(レム)』。そんな付け焼刃みたいな力で、勝てると思ったら大間違いだ」


 男性の身に付けた鬼仮面の周りからは漏れ出るように黒いオーラが漂っていた。エルノは、砂を踏み込んで飛び上がり、叫びながら仮面に切り掛かった。テラピノツルギの燃える炎が揺れた。仮面に掠ったように見えた。しかし、男性はテラピノツルギを右腕で受け止めた。……焼け焦げる匂いがした。


 エルノは押し焦がすように、男性の腕にテラピノツルギを食い込ませる。足元から影がせり上がって来た。エルノはとっさの判断で後方に跳ね、半身を引いた。汗が飛び散って砂に染み込んだ。




 「やるじゃないか。良いことを教えてあげよう。僕の間合いに入ると、影に縛られて砂に絞り取られるよ。ふふっ、廃人にならずに、深層世界から生きて帰れるかなぁ」


 男性は仮面を整え直し、不敵な笑みを浮かべていた。エルノは声を荒げて叫んだ。


 「お前は、そうやって色んな人を苦しめている。楽しいのか?答えろよ!!」


 「ははっ、そうだ。楽しいよ。完璧主義者の職人に取り入るのは、簡単だったさ。男って奴は馬鹿でね、仕事に熱が入ると抜け出せない生き物なんだよ。そうさ、出世欲と支配欲の塊さ。それを僕が炊きつけたんだよ!!もう、面白いほどに踊ってくれたよ」


 「……黙れ。焼き焦がすぞ」


 「やれるもんならやってみろ。『深層世界の中では』僕の方が優位ってこと、君にしっかりと教えてあげようじゃないか」




**


 ニナは驚いていた。それはエルノの身体が成長していたからだ。木製のベッドに寝かされたエルノは必死に寝返りを打って、何かと闘っているように見えた。額に濡れタオルを置く。すると、湯気が吹き上がりタオルの水分が一瞬で蒸発した。


 「熱い!どうなっているの?!」


 「俺らは夢を見ているんだろうか……寝ている少年が成長しているぞ」


 「しかも青龍の鱗を纏っている。しかし、凄く苦しそうだ……」


 ニナはエルノの手を握り、肉球が火傷しそうな熱さに耐えながら必死に励ました。


 「エルノ、頑張って……」


 夜が深くなり、ロウソクの明かりは少しずつ弱り始めていた――。


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