【Second drop】Corny Days:two「武装地帯と変化の兆し」



 アルバーン国王は、二つのことを悩んでいた。一つは一向に解決しない国の貧富の差。そしてもう一つは、暴徒による支配だった。紛争地帯がこの国にはあり、未だに命の危機に陥っている者も、少なからず存在していた。


 「ば、馬鹿なこと言うんじゃない!!ジェラルド、気が狂ったのか?『Ⅻ(ザイシェ)の国』出身なんて、あり得るわけがないじゃないか!!」


 「そうよ。あり得るわけがないじゃないの。……私達のことを詮索しないで」


 冷ややかな目でジェラルドを見るニナ。エルノは困惑した表情だった。しかしジェラルドは引かなかった。膝を着き、土下座をするように頭を下げると、ニナとエルノの前で言った。


 「頼む!力を貸してくれ!!アルバーンはずっと問題を抱えてるんだ……もしも、君らが強くなる可能性があるなら、俺はそれに賭けたい。国を助けて欲しい!」


 「……話だけは聞くわ」


 「この国はずっと昔から、子どもに対する政策が不十分だったんだよ。リザードマンって奴は戦闘種族だから、子育てが上手くなくてさ。そのせいで『戦乙女カジワラの革命以前、戦争の時代』から、ずっと貧しい子どもが悲鳴を上げていたんだよ。つい最近、孤児院を建て上げて政策に乗り出し始めたら、それを叩き潰す動きが外部から起こり始めていたんだ」


 ジェラルドが話をしていると、そしてアルバーンが重い口を開いた。


 「……そう。俺らが税金を掻き集めて立てた孤児院を、暴徒が武力支配しているのさ。奴隷商人が主に、子ども達を拉致して、金儲けしてたから、甘い蜜を吸えなくなったんだろうな」


 それを聞いたニナは、目を覆った。


 「全く、次から次へと色々事件があるものね。心が落ち着かないないじゃないの」


 「『Ⅴ(トリ)の国』と『Ⅺ(ロファ)の国』の境目に、河の流れの激しい地帯があるんだ。そこに武装集団が、アジトを作ってずっと居座っているんだよ。地域住民に対する高圧的な支配が続いてる。奴らをこのまま野放しにしておくと大変なことになる。だから、近々『内側から破壊しようと思っている』んだ」


 アルバーンはじっと二人の目を見た。ニナは察したらしく毛を逆立てて怒った。


 


 「……まさか、『囮(おとり)になれ』だなんて、言わないでしょうね?」


 ニナは毛を逆立てた。しかし、エルノは先程から歯が痒いようで、口の中に手を突っ込んでいた。話になかなか参加出来ていないようだった。アルバーンは溜め息交じりに言った。


 「本当に申し訳ない……他に方法が無いのだ。俺達も最善を尽くすから、力を貸して欲しい」


 ニナは蔑(さげす)んだ目で、彼らを見ていた。無理もない。「自分らの国を守る為に、見知らぬ子どもを人質に差し出す」と言っているような物なのだ。


 「はぁ……見損なったわ。こんな子どもに頼らないと国を守れないわけ?ふざけないで。武装勢力だか何だか知らないけど、ままごとはよそでやってちょうだい。……ご馳走様。行きましょ、エルノ」


 ニナがそう言って、エルノを連れ出そうと立ち上がった。しかし、エルノは様子がおかしかった。


 「……エルノ?どうしたの」


 「ごめん、ニナ。『イシアルの夢の中から出てきた時』から、ずっと両方の歯が痒いんだ。歯が生え変わる感じがする……ううっ」


 エルノは口を抑えて机の上に伏した。机が叩かれて食器が跳ねた。口の中から二本の歯が零れ落ちた。開いた口から光る牙が見え、ニナはエルノの口を素早く覆った。


 「見ないで!!」


 「…………」


 アルバーンとジェラルドは何も言わずに、驚いた表情で顔を見合わせていた。




**


 エルノ達は流石に遅くなってしまった為、その晩は王宮で泊まっていくことになった。エルノは右手に「二本の生え変わった歯」を握り込みながら、ベッドで考えていた。


 「…………俺、どうなっちゃうんだろうか。身長も少し伸びた気がするし。ニナ、何か知ってるんじゃないか?」


 ニナは何も言わなかった。そしてエルノを慰めるように口を開いた。


 「大丈夫よ。何があっても、あなたのことは私が守るから」


 「ニナを危険な目に遭わせるわけにはいかないよ……俺なんて言うか、怖いんだ。自分の身体もこの国の未来も。……セシリー達に会いたいよ。お腹一杯ご飯を食べたい!」


 エルノは尖った牙を触りながら、泣き言を言った。少し涙ぐんでいた。


 「エルノ。あなたには『創造主様から預かった不思議な力』が流れているの。うまく言えないけれど、自分の未来は自分で決めるべきだわ。私はこれ以上、あなたを危険な目に遭わせたくないのだけれど……」


 ニナはそう言うと、ウトウトし始めて少しずつ無言になっていた。すると隣の部屋の隙間から、黒い煙のような物が濃く立ち込めてきて、酷い唸り声が響いた。エルノはニナを揺すり起こした。


 「……なに?!寝付こうとしてたのに」


 「しっ!ニナ、なんか変だ」


 客室のドアが激しく叩かれる。強い力でドアノブが回されている。「開けてはならない」と直感的にエルノは察していた。エルノとニナは必死にドアを押さえつけた。


 「誰か来て!!お願い!!」


 深夜の暗い王宮に、ニナの叫び声が響き渡った。




**


 ――二人のリザードマンの近衛兵が棍棒を持って駆けつけた。しばらく混戦し、エルノは様子を伺うようにそっとドアを開けると、廊下のカーペットに殴られて気絶した「ドワーフの鍛冶職人」が倒れていた。生々しい頭部の傷跡と床に滴った血痕は、抵抗の跡を表していた。松明で顔を確認すると、近衛兵の一人が驚いた。


 「お前は……運び込んだ鍛冶職人じゃないか」


 「意識が……ない?」


 鍛冶職人の男性は「夢遊病者」のようにうなされていた。彼は意識がないのに、呪文のような言葉をひたすら呟いていた。すると、彼の口から「黒い煙」が出て、一人の近衛兵の首を絞めつけた。慌て取り乱す周囲の者達。棍棒を振り回すも、実体がなく捉えられない。


エルノは焦った。すると酷い頭痛がして、幻聴のような声が頭の中に響いた。思わずうずくまるエルノ。


 「ううっ、頭が痛い」


 エルノは「声に従って」、無我夢中で「煙」を引っ掻いた。すると暗闇でエルノの右手が光り、そして龍のような爪が、近衛兵を取り巻いている黒い煙を搔き乱した。攻撃を受けていた近衛兵は、腰を抜かしてその場に尻餅を着いた。


 「た、助かった……」


 「油断しないで!」


 ニナの夜目が光った。意識を乗っ取られた鍛冶職人は、ゾンビのような動きで、近衛兵に纏わり付いた。そして上半身を締め上げる。苦しみももがくが、強い力なので離れられない。エルノは考え込んだ。するとピーンと来たらしく部屋に駆け込んでいった。


 「エルノ!!どこに行くの?」


 ニナが叫んだ。次の瞬間だった!エルノは、客室から出て来ると、鍛冶職人の顔に「エルダーニュ・オイル」をありったけぶちまけた。甘さ控えめのビターな柑橘系の爽快な薫りが、周囲に立ち込め、鍛冶職人の男性はそのまま後ろにのけ反るように倒れた。リザードマン達は薫りにまどろんだ。


 「……『キティルスの精油【ベルガモット】』持ち歩いてて良かったよ」


 「もーっ!エルノ!!一言言いなさいよ!!」


 ニナはいきなり薫りだした精油の薫りに鼻を抑えていた。




 そして、縄で縛り上げられた鍛冶職人を見ながら、近衛兵達は話していた。


 「……どうする?牢に投げとくか?」


 「意識が戻ったら、話を聞かないといけないな」


 手負いの鍛冶職人を縄で引いて連行して行こうとした時、エルノは弱々しい声で言った。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ。多分、それじゃ解決しない気がする。……嫌な予感がするんだ」


 「エルノ、あなたまさか……『彼の夢の中』に入る気じゃ……」


 脂汗を滲ませるエルノ。しかし、彼は何も言わなかった。そしてニナの必死の説得に対し、重い口を開いた。


 「もう、エルノ!!いい加減にしなさい。怒るわよ!!」


 「ニナ!!聞いてくれ!!直感なんだけれど、おっさんも被害者だと思うんだ。イシアルに取り付いてたモンスターと同じ匂いがするんだよ!!見捨てられないんだ!!」


 ニナはそれを聞いて、呆れ半分に呟くように言った。


 「……分かったわよ。そこまで言うなら、やれるだけやってみなさい。ただし、廃人になるようなことがあったら、引っぱたいてもこっちに帰って来させるからね!!」




**


 アルバーンとジェラルドは深夜帯なので起こすわけにはいかなかった。その為近衛兵達を説得し、見届け人として立たせることにした。彼らは、半信半疑の様子でニナとエルノの話を聞いていた。


気絶した鍛冶職人の男性を暴れないように、客室のベッドに荒縄で縛り付け、枕元には、精油を良く混ぜ込んだぬるま湯と吸水性の良いタオル。精油を垂らせるように良く燃えるキャンドルを用意した。そして、エルノのカバンに残っていた「エルダーニュ・オイル」を使うことにした。男性の隣に寝かされたエルノが寝かされたが、彼は連日の混乱と環境の変化で疲れ切っていた為、キャンドルが灯されると。間もなく深い眠りに落ちて行った――。


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