【Second drop】Corny Days:one「医療キャラバン、発足」


 ――Ⅺ(ロファ)の国・王都ヴァイセ。リザードマンの生息域で、灼熱の火山「カディナ火山」が溶岩を吹き上げている蒸し暑い国だ。かつて「ミケル=ノロゲル」が王としてこの地を治めていた。悪魔崇拝をし「ドラゴンゾンビ」を霊媒によって作り出した悪王は、貧しさに飢え苦しむストリートチルドレンを顧みず、どんどんと軍事増強に手を染めていった。


 しかし革命軍の反乱の後、戦乙女カジワラの手によって、討ち取られてしまった。その後百人以上の部下に慕われる「アルバーン=アイマール」が、新たな王となった。


 彼は信仰心に篤く、忠義に燃え、常に弱い者を顧みる器だった。しかし三十年が流れ、彼も老いを感じ始めていた――。




 ――王座の間。


 「あなた、古傷が痛むの?酷い汗よ」


 「……ああ。最近地鳴りや天候が酷い時に、苦しくなるんだよ。眠ると『戦争の時の光景』が鮮明に蘇るんだ。俺も弱くなったよ。同胞が死んでいく夢を見るんだからな」


 「疲れてるのよ。戦争が終わったのなんて、カジメグちゃんが来る前の半世紀以上前でしょう。あなたがこれ以上、気負う必要はないのよ」


 「そうなんだが……なんだろうか、『エルフとノームの国』の方から悪い空気が流れてきている気がするんだよ」


 「セシリアちゃんのいる国でしたわね。状況を確認したいし、手紙でも出しましょうか?」


 「ああ。頼むよ。……ドワーフの国域も武器を平和の為に取るようになり、リザードマンの国域もすっかり平和になった。しかし、俺の衰えた目では、これ以上未来を見ることが適わないようだ。……アウローラ」


 アルバーン国王は、かつて「古の戦争」と呼ばれた三百年以上前に起きた種族間争いで、リザードマンの隊長として、戦場でハルベルト(十字槍)を振りかざし、多くの敵の首を跳ねてきた。そして戦争が終結し、妻のアウローラと共に二人の息子を授かった。


それが、戦乙女カジワラの仲間「リカルド」と「マルティ」だった。特にリカルドは勇敢で前線を支えてくれたかけがえのない仲間だった。




 そして「戦乙女カジワラを中心に行われた、血みどろな革命戦争」が幕を閉じた直後、アルバーンは、「リザードマンの国域」と「ドワーフの国域」を統べる王となり、その手腕で三十年の間、民を守り、裁いてきた。


 しかし、かつての艶のあった美しい竜鱗と、宝玉のような瞳は老齢を重ね、皺(しわ)とひび割れが目立つようになっていた。


 「リカルドは……どこにいるんだ?」


 「あの子なら『Ⅲ(ギーシャ)の国』で『ショコラトル騎士団の戦績』を伝える為に、筆を執ってます。迫害を受けながらも、必死に喰らい付いて伝承していますよ。かつて盛りの付いた腕白な子だったのに、今ではすっかり変わってしまったわね」


 「世襲について話したいから、手紙を出して欲しい」




**


 魔力船が海上を滑り、そして港に錨(いかり)を降ろした。旅人達が港に降りる中、藁くずの中に身を埋めていたエルノとニナは、蒸し暑さに目を覚ました。


 「……暑いな。おいニナ。『Ⅺ(ロファ)の国』に着いたぞ」


 「すっかり眠ってしまったわ。うかつだったわね。はぁ、いつ来ても……焼けつくような暑さね」


 魔力船の貨物置場から、周囲を見渡して、忍び歩きで甲板に出て来るエルノとニナ。目の前に灼熱のカディナ火山が力強く吹き上がっているのが見えた。一人と一匹は焼けつくような喉の渇きを覚え、滲む汗を拭いながら二人は火山を見ていた。


 「エルノ、あなたの出生の秘密。この国に隠されているんじゃない?」


 「……そうなのか?」


 「ええ。あなたは普通の人間(トールマン)じゃないもの。『赤い瞳と青い髪は人間(トールマン)には存在しない』ってベレンセが言ってたのよ。自分の出生のルーツを調べる為に、まず『Ⅷ(セイシャ)の国』を目指したんでしょ?」


 「それもあるし、ここからしか『Ⅻ(ザイシェ)の国』に帰れないしな」


 首に巻き付けられた竜の柄のスカーフ。赤子だったエルノを、このスカーフで包んであったらしく、ずっと幼少期から宝物のように身に付けてきた。しかし、彼は両親の存在を知らなかった。


 「もう三十分もしたら、船も対岸に停泊するでしょ。そしたら『リヴァイアサン』を呼んで、故郷に帰りましょう」


 「……あーあ。帰りたくないんだけどな。まだまだ知りたいことが山のようにあるんだ」


 「捕まって見世物小屋に入れられるか、牢獄に叩き込まれるよりはいいじゃないの。さ、帰りましょ」




 港に着いた船を降りた一人と一匹。すると少し小太りで筋肉質なリザードマンが、きょろきょろと見まわしながら話しかけてきた。背中にはアックスを背負っている。


 「あっ、あのさ……君ら『エルフの国境』から来たんだよね?セシリアって女の子知ってるかい?」


 「え、知ってるけど……」


 「はぁ、良かった!!やっと手掛かりが見つかったよ。兄ちゃんとお父さんが調べたんだけれど、『魔術種族(エルフとノーム)の国』が今、大変なことになってるらしいんだ!!詳しく聞かせて欲しい!!」


 「……う、うん。それよりも、リザードマンの兄ちゃん、アンタの名前は?」


 「あ、すまなかった。僕はマルティ。食いしん坊で有名なリザードマンだよ」




**


 ――エルダーニュの丘、ベレンセの研究所。セシリアは震える身体を暖炉で温めながらベレンセと話していた。かなり思い詰めた表情だった。


 「セシリー、何だか丘から見えるのだけれど、港町に怪しい雲が覆っているね。港町で何があったか聞かせてくれるかい?」


 「あ、はい……よく分からないんですが、『煙草のような怪しい薬』が出回っているらしいんです。船着き場で襲われそうになったんで、急いで丘まで逃げて来たんです。エルノとニナを探したんですが、姿が見つからなくって」


 「はぁ……困ったなぁ。彼の力を借りたいのだけれど。幸い食糧の備蓄はあるけれど、みんなが心配だよね」


 「私、港に行くの嫌なんです。なんだか気持ち悪い空気が漂ってて。実家に帰れるかなぁ……」


 セシリアが不安がる中、ベレンセは二択の質問を突き付けた


 「セシリー、僕の中で二通りの選択肢を考えてある。一つ目は『クライアントの治療をこの地で続けること』もう一つは『エルノを追って、旅に出ること』だ。君の決断が欲しい」


 「究極の選択ですね……」


 セシリアが、それを聞いて深く悩んでいた。状況は思った以上に深刻だった。




 その時、玄関のドアがノックされた。ベレンセは身じろいで、恐る恐るドアを開けると、そこにはイシアルが立っていた。イシアルは、メノーの森を通り、ドワーフの住まう「Ⅳ(ニーファ)の国」を抜けて来てくれたようだった。


 「セシリー、どうしたの?震えているけど」


 「イシアル?……こんなに国が大変な状況なのに来てくれたの?」


 「え?何のことかしら?」


 ぽかんとするイシアル。セシリアは港町に、怪しい薬が出回っていることやメタヘルが発生した時のような怪しい雲が空を覆っていることを、搔い摘んで説明した。


 「その、原因はよく分からないんだけれど、……エルダーニュの港を温床に怪しい薬が蔓延しているの。誰かが持ち込んだみたいで。そのせいか分からないんだけれど、エルノとニナがどこかに逃げていっちゃったみたいなの」


 取り乱しながら言葉を選ぶセシリア。気持ちが落ち着かないのもあるのか、噛み気味に話していた。


 「そうなんだね。でもこういう時だからこそ出来ることってあるじゃない?正しい情報を集めておくこと。それが、生死を分ける一歩でもあるのよね。もしかしたら病人が運び込まれるかも知れないから、部屋中のシーツを集めておいて、包帯として使えるようにしておくのも、手かも知れないわ」


 「冷静だね。イシアル。少しずつ回復して頼もしく見えるわ」


 イシアルは照れながら、セシリアに言った。


 「私の国の王様は、アルバーンって国王なんだけれど、若い頃に百人隊長だったの。奥様のアウローラさんは聡明な人でね、怪我人の手当てをずっとやってきて、旦那さんを陰ながら支えて来たらしいの。その時、消毒薬が無い状況でもよく沸かしたお湯で、シーツを煮沸消毒して、包帯の代わりに使っていたそうよ」


 淡々と歴史の話をするイシアル。リザードマンもエルフもかつては大変だったようで、語り継がれてきた歴史を感じた。


 「ふうん。何だか大変な時代だったんだね。私のお爺ちゃんも、子どもの頃は大変だったって聞いたけれど、やっぱり、どの国も変わらなかったのかな」




 ベレンセは研究室にいたらしく、セシリアとイシアルの会話を聞きながら戻って来た。


 「お疲れ様イシアル。消毒薬にはエルダーニュ・オイルの『ロブマリー【ローズマリー】』がいいよ。さて、正しい情報を掴めるように『集団心理』について学んでおこうか」


 ベレンセが鼻を鳴らして答えた。


 「不安や恐怖が起きると、人々は集団的逃走(パニック)を起こすことが多い。特に日常生活が急に乱れた時に、正しい情報が伝達されない場合が多いんだ」


 「デマとかよく言いますよね。間違った情報が流れた時に良く聞きます」


 セシリアが答える。


 「そう。そしてパニックは暴動へと変化するものだ。この攻撃性を助長する人のことを『アジテーター(扇動者)』と心理学では呼んでいる」


 「そっか。つまりは『アジテーター(扇動者)』を叩くことが出来れば、国の問題は収束するわけね。分かりやすいわね」


 イシアルが顎に手を当てて考えていた。ベレンセは静かに言った。


 「どうやら、僕の見解が間違っていたんだけれど、メタヘルは一種類だけじゃないようだ。……『REM(レム)』と言う新たな病魔が、『君の故郷のリザードマンの国』で蔓延し始めている。早く炙(あぶ)り出さないと、大変なことになるかも知れないな」


 思ったよりも呑気に構えていたイシアルは、頭をぶたれたように表情を変えた。


 「ちょ、ちょっと待ってください!!どうしたらいいんですか?」


 「エルノとニナを探し出そう。……彼は、メタヘルに対するキーパーソンだ。マドレーヌに馬車を引いてもらいながら『医療キャラバン』を編成して『Ⅺ(ロファ)の国』に向かおう!このまま、エルダーニュの丘でじっとしているわけにはいかない。変な噂も経っているし、処刑されかねないしね。……いいだろ、セシリー」


 「私も同意見です。マドレーヌもそれを望んでいると思います」




**


 王宮に招かれたエルノとニナは、アルバーン国王始め、その家族と食事を摂りながら、エルダーニュの状況を話していた。


 「……リカルドから聞いた通りだな。『Ⅷ(セイシャ)の国のアウフスタ女王との革命』の際、メタヘルが国を襲ったらしい。大きな雲が空を覆い、地が闇で光が差さなかった。激しい雨が降り、人々は体温が奪われ、河川に飛び込む者や凶刃を胸に突き付けて死ぬ者が多発したそうだ」


 「兄ちゃんも良く耐え忍んだと思うよ。身体を鍛えていたんだと思う」




 エルノは三十年前に起こった、血みどろの惨状をゾッとしながら聞いていた。ニナは小さな器に盛られたジャーキーを齧(かじ)りながら、饒舌気味(じょうぜつぎみ)に語った。


 「エルダーニュは港町で、薬学に富んだエルフやノームの貿易街なの。文化の入れ替わりが激しくて、季節が変化する度に人々のファッションセンスも変わっていくのよ。どこからか仕入れた物が、誰かの手に渡り、毒でも薬でも、高値で裁かれる。私達はその影響で国を出ざるを得なかったのよ」


 「ニナ、これからどうするつもり?」


 マルティが質問をした。ニナは渋い顔をしながら答えた。


 「腰抜けなエルノと一緒に『Ⅻ(ザイシェ)の国』に戻ろうと思うの。彼には冒険は早すぎた。ユアンも言ってたわ、……戦乙女カジワラは十六歳だったって。まだ『創られてから十二歳』の子ども。世界を知るには早すぎたのよ」


 「俺は、俺はまだいけるよ!!」


 アルバーン国王は黙っていた。ニナは彼を帰らせようとしている。その時、王宮の大臣「ジェラルド=バルデム」が激しく扉を開けて入って来た。


 「アルバーン、そこの少年を鍛えてくれ。まだ帰らせるな!!凄いことが分かったんだ!!」


 「……ジェラルド、どうした?激しく息を切らしてるぞ」


 「預かり物の荷物のスカーフ。描かれている青龍の紋が、『Ⅻ(ザイシェ)の国にある創造主の遺跡』に刻まれたものと、全く同じなんだよ。俺の推測では、この子は凄く強くなる可能性がある……」


 ニナはその会話を聞き、「面倒なことになったわ」と頭を抱えていた。


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