【First drop】Funny Days:six「謎の麻薬」



 ――ここは「Ⅺの国(ロファ)の国・王都レンダ」の貿易港。「Ⅶ(セイシャ)の国・港町エルダーニュ」から魔力船に乗り、海を東回りに進んでいった場所だ。


 リザードマンの商人達は取引がひと段落したようでお酒を呑みながら葉巻煙草を吸っていた。船の外壁に寄りかかりながら「フードで顔を覆った男」が「ピンク色のもや」と会話をしていた。


 「……そうか。よく分からない光り輝く剣で切り裂かれたか」


 「冗談じゃないわ!焼けつくような痛みが今でも身体に残っているのだから。ご主人様、早く再生してちょうだい!!お願い!!」


 「お前もまだまだ考えが甘かったな。簡単に人の心を支配出来ると思った驕(おご)りだよ。ふふっ。『あの港町にばら撒いて来た麻薬』によって、私の戦略は徐々に進んでいくのだ……ああ、笑いが止まらぬよ」


 筋肉質のフードを被った赤髪のドワーフ。もともと気弱だった船乗りの彼は、人格が変わったように目つきが鋭くなっていた。ピンク色のもやは男の周りを回りながら、痛む身体を震わせて訴えた。


 「ご主人様、早く、このままじゃ、消滅してしまうわ!!」


 「時が満ちるまで、我が肉体に戻るがよい……」


 「ご主人様、一体なにを……えっ!」


 彼は鋭い爪が特徴的な手で、もやを掴み取ると、荒々しく口に放り込んで噛み砕いて飲み下してしまった。口の隙間から、ガス状の霧が漏れた。




 そんな中でドワーフの鍛冶職人が、時代の流れについて行けず、葡萄酒(ぶどうしゅ)を片手に、愚痴を零していた。その足取りは、ふらついて海に落ちそうな勢いだった。


 「ああ、俺ももうダメだ……どんなに頑張っても、売れる気がしない!最高級の逸品を造り上げたのに、このままじゃ、仕事が無くなっちまう!」


 彼は恐らく商売相手を変える為に、国を回って来たのだろう。しかしアイデアもセンスも、二流止まりで苦しんでおり、寝ていなかったのか目の下には隈が出来ていた。


疲れ切った鍛冶職人を見たフードの男は、ニヤリと笑うと背後に近づいていった。




 「おっさん、眠れていないようだな」


 「お前は誰だ!?」


 「『Desire(ディサイア)』とでも名乗っておこうか……ふむ、悪くない身体だ。借りさせて貰うぞ」


 フードの男は、鍛冶職人の口を鷲掴みにすると、太い腕で口から霧のようなものを流し込んだ。鍛冶職人の身体は震え、波打ち、そのまま地面に眠るように倒れた。


 「……ふふっ、次はお前だ。『REM(レム)』。喰らい尽くせ!」




**


 ――エルダーニュの丘、ベレンセの研究所。


十時過ぎ、日が高く上る頃にイシアルは目を覚ました。凄く頭の中がスッキリした状態になっていたらしい。ベレンセは作り立ての温かいオートミールを、深い眠りについていた彼女に運んだ。そしてカウンセリングを交えながら話を始めた。セシリアは傍に就いて、病状を整理する為に羊皮紙にメモを取っていた。


 「……体調はどうだい?顔色がいいみたいだけれど」


 「私、ずっと眠っていたんですか?なんだか……『十二歳くらいの独特の雰囲気を持った男の子』と一緒に、人形で遊んでたような夢を見たんです」


 「そうか。その男の子のお蔭で君が負っている重荷を、少しは降ろせたのかも知れないね」


 「……私は父親に対して偏愛がありました。母親の顔が怖くて、父親に依存していたのかも知れません。逃げるようにして火遊びのような不純交際もいくつかしたかも。思い返すと……恋愛の感覚が麻痺してて、正常じゃなかったのかも。ああ、なんて恥ずかしいんだろう」


 イシアルは両手で顔を覆っていた。セシリアは彼女の淡々と話を聞き、そしてイシアルの側に座ると背中を擦りながら言った。


 「あなたは私と同じくらいの年齢でしょう?それに魅力も充分にある。もっと自分を磨いて、素敵な男性とお付き合いした方がいいと思うわ。あっ、自分を磨くと言っても、変にストイック(禁欲)になるのではなくて、健康的に……って言うのか。ああ、上手い言葉が見つからないわ」


 焦りながら頬を掻くセシリアを見て、イシアルは微笑んだ。


 「分かったわ。セシリア、あなたは素敵な女性ね。同じ女性から見ても充分に魅力を感じるもの。お友達になってくれるかしら?」


 「ええ。喜んで!」




 ベレンセは二人の様子を見て安心していた。そして、少し心理学の話をし始めた。


 「人間関係を健全に構築することで、問題を解決する能力もふさわしく育っていくものなんだ。それを心理学では『ソーシャルスキル』と言うんだよ」


 「ソーシャルスキル……ですか?」


 「そう。意思決定、問題解決能力、創造力豊かな思考、クリティカル(批判的)に考えていく力、効果的なコミュニケーション、対人関係スキル(自己開示、質問する能力、よく聴くこと)、自己意識、共感性、情動への対処、ストレスへの対処……等々、人と人とが向き合うときに、成長が得られるものなんだ。『相手の気持ちを汲んで、傷つけない発言を提示する能力』、『自分の気持ちを適度に開示しつつ、マナーを守った発言をする能力』『人と接した時に感じるストレスをうまく処理する能力』等、ひとつひとつが成長なんだよ」


 イシアルは、それを聞いて思い詰めた表情をしていた。


 「……考えてみれば、私は自己開示(自分のことを相手に話すこと)が少なかったし、表面上でしか付き合っている友人しか居なかったのかも知れません」


 セシリアも、イシアルの言葉に対して激しく頷いて同調していた。


 「世の中の人は、利害の一致で付き合っている人が多いからね。でも、本当に大事なのは『本質の問題』なんだよ。数じゃなく、互いを高め合えるような友人がニ、三人……いや、ひとりでもいい。ひとりでも確信が持てる友人が居れば、それだけでも幸せなことだと、思えるけどね。……少なくとも、僕はそう思う」


 イシアルとセシリアは顔を見合わせて笑っていた。




**


 エルダーニュの港町では、どこからか流れ込んだのか分からない「怪しいお香」が流れ込み、少しずつ人々の心を脅かしていた。名称は「ディサイア」と人々の中で呼ばれて、密かに楽しまれていた。その煙は異様な紫色の煙で、頭がスッとなり、回転して嫌なことも忘れられるとか。若干依存性もあるらしく、その怪しいお香は、心の弱い者を虜(とりこ)にしていった――。


 「最近『ディサイア』って、ドラッグをキメると、頭の回転が良くなってスッとするんだよ。興奮するし、嫌なことも忘れられるんだ。反射神経も動体視力も良くなるんだぜ?」


 「……本当?あなた、最近顔色が悪いし、疲れているんじゃない?何だか怖いわ……」


 派手に決めた男女のエルフのカップル。男性が女性に自慢するように饒舌気味に話していた。そして、背中に隠してあったアイスピックを取り出すと、左手で持ち、右手の指の間に何度も突き立てて反射の良さを見せつけた。


 「ほら。凄いだろ?」


 「ええ。もっとやって」


 「それじゃあ……その前に」


 男性は「顆粒状のお香」を取り出すと、机に盛って火を点け、鼻の穴を抑えて煙を吸い込んだ。そして、口から紫色の煙を吐くと、目が蜘蛛の巣のように血走った。そして、指の間隔を狭め、アイスピックを素早く動かした。しかし、男性の手が激しく震え出した。


 「どうしたの?体調が悪いの?!」


 男性は激しくむせ返り、口から吐血した。そしてアイスピックを手の甲に突き立てて、床に倒れ込んだ。


 「きゃあああ!!誰か来て!!」




**


 エルノの商売がしづらくなったのは、それからのことだった。「依存性の激しい、紫色の煙の出る嗅ぎタバコ」「怪しいお香」通称「ディサイア」が、エルダーニュの港町に入ってきて、「エルダーニュ・オイル」に風評被害を及ぼしてしまったのだ。それどころか、彼らは以前からの商売にも目を付けられ、追われる身になってしまった。


 「お前らだろう?知ってるんだぞ?この町に『ディサイア』を持ち込んだのは!」


 「し、知らないよ!!何だよ『ディサイア』って!」


 「とぼけるな。子どものくせになんて奴だ!死人を何人も出している、人々を虜にする恐ろしい麻薬が、この港町に蔓延してるんだ。お前ら『王都・ケハー』で取り調べをするから、おとなしくついてこい!」


 じりじりと太い荒縄を持ちながら迫る男性。朝方、商売の為に港町に降りた彼らを見つけるや否や、目を血走らせて追いかけて来たのだ。エルノとニナは顔を見合わせて呟いた。


 「……おかしいことになってるな」


 「そうね。どこかのおバカさんのせいで。このままじゃ、ベレンセも危ないわ」




 ニナは、男性の股下を潜り抜けると、金的に嚙み付いた。股間を抑えて倒れ、痛がっている隙に、エルノは握り込んだ砂つぶてを男性の顔面にぶつけた。そして二人でエルダーニュの丘に向かって走って行った。


 しかし男性が大声で叫び、人が押し寄せてきたのか、彼らは結果的に丘に行くことが出来なくなってしまった。




**


 「……エルノ、どこに行ってしまったの?エルノ!!」


 セシリアは泣きながら、港町に出かけて行ったエルノとニナを探し回っていた。しかし、彼らの姿は見当たらなかった。




**


 ――Ⅺ(ロファ)の国の王宮付近。外は、カディナ火山の熱気で蒸し暑いくらいなのに、フードの男と遭遇した鍛冶職人は「疲労と酷い眠気」で倒れそうになりながら歩いていた。


 「……暑い……酷く眠い……もう限界だ……フードの男に『何か』を入れられてしまった……」


 「――お前の武器はそんなものでは無いだろう――。睡眠を根こそぎ、私によこすんだ。造り続けろ。魂を込めてな」


 そして彼は力尽きたのか、王都ヴァイセの王宮の庭で「老いたドワーフの鍛冶職人」が倒れた。彼の頭からは「青黒いもや」が濃く立ち込めていた。悪夢にうなされているようだった。アルバーン国王はドワーフの鍛冶職人が倒れているので、驚いていた。


 「おい、誰か来てくれ!!すぐにベッドに運んで水を飲ませろ!!」




 「ディサイア」と呼ばれる麻薬と「新たなメタヘル」の悪意が「Ⅻ(ダース)の世界」に及ぶ中、少年エルノと猫の妖精(ケットシー)ニナは、魔力船の貨物部屋に身を隠しながら、「エルダーニュの港町で交流した二人の友人」との別れを名残惜しんでいた。そして、一人と一匹の乗った船は、リザードマンの住まう「Ⅺ(ロファ)の国」に、ゆっくりと時間を掛けて進んでいったのだった――。




 ――【Second drop】に続く。


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