【First drop】Funny Days:four「第二の悪魔と『テラピノツルギ』」



 セシリア達がベレンセの研究所で遅くまで語らう中、エルダーニュの港町も少しずつ日が暮れ始めていた。潮風が冷たくなり始め、商人や漁師達は商売道具を片付けていた。


 そんな中、薄暗い路地裏のゴミ捨て場に「ドワーフ人の漁師だった者」がいた。彼は俯き気味にフードを深く被り、片膝を立ててゴミ箱に座って二やついていた。「何者か」に意識を奪われていたようで、周囲で複数の霊体が浮遊し、不気味に笑い声を上げていた。人々は寒気を感じたのか、遠巻きに路地裏を避けて歩いていた。




 「……くくっ、『メフィストフェレス』は失敗したが、『アスモデウス』は成功するってことを平和に酔いしれてる連中に思い知らせてやる」


 彼の不気味な笑い声は「野太い男の声」と「人を惑わすような甘い声」が重なって二重に響いていた。周囲ではうるさいくらいに、ガス状の霊体が回っては喋り倒していた。


 「『メタヘル』……首尾はどうだ?やっと、永い眠りから覚めたんだ!」


 「『REM(レム)』か。こっちはバッチリだ。ただ、思った以上に、『エルフやノームの心の牙城』が切り崩せないな。カジワラめ。厄介なことをしやがって……」


 「腹が立つ!!引きちぎってやりたい!!」


 「落ち着いて。『アンガー』怒っては美しくないわ。人々の心は絆に入り込むことで、引き裂くことが出来るのだから……」


 「くくっ、『フェロリア』は相変わらずえげつないな。まぁいい、アスモデウス様に従っていれば、全てが丸く収まるらしいからな」


 ガス状の霊体が黙った。そして「フードの男」は笑いながら言った。


 「エルダーニュの丘の冴えない心理学者。そして、エルノとか言うコゾウと使い魔のケットシー。それに混血の女……厄介だなぁ……非常に厄介だよ……くくっ」




**


 翌朝のこと。エルノとニナがいつものように港に来て、商売道具を広げようとした時だった。エルフの保安官らしき男性がエルノを見かけるや否や、いちゃもんを付け始めた。どうやら商売のことに関して面白くないことがあるようだった。


 「僕も良く知らないが、君が販売している商品(エルダーニュ・オイル)は、仕入れルートが怪しいらしいじゃないか。よそ者がいきなり来て『魔法の精油』を売るとか言いだすから、怪しいと思ってたんだよ。さ、今回は咎(とが)めないから、荷物をまとめてさっさと家に帰りたまえ!!」


 「なんだよ。ったく……怪しい物なんて入ってないぜ?何なら『ケハー・大図書館』で成分分析掛けてみろよ!!確かに、ベレンセは変な奴だけど、怪しい物は作らないぜ?」


 エルノが面白くない顔をしていた。ニナはいきなり匂ってきた、きな臭い話に首を傾げていた。


 「はぁー。ぼくちゃん?分からないのかなぁ。……つい最近ね、ある漁師の男性から『ウジ虫の混入している精油』を見せつけられたんだよ。そうだ。なんなら『ケハー・大図書館』じゃなくて、『Ⅷ(セイシャ)の国の保安協会』に確認してみるかい?」


 「んなぁ!俺だって、きちんと商売許可取ったんだぞ!!結構分かんない所も多かったし、登録費用も高かったんだから。なんなら、家に帰って書類を持ってきてやろうか?」


 エルノは激怒した。しかし、保安官の男性は面倒そうに耳をほじっていた。エルノは舐め切った保安官の男性の態度を見て拳を握りながら怒りに震えていた。隣にいたニナが首を振り、静かに耳打ちした。


 「……仕方ないわ、今回は引き揚げましょ」


 エルノは渋々怒りを噛み殺しながら広げた風呂敷包みを畳み始めた。すると、そこへセシリアがやってきて疑問に思い、彼らに尋ねた。


 「え?なにやってらっしゃるんですか?」


 保安官の男性は、突如現れたセシリアの美しさを見るや否や、咳ばらいをし、そっぽを向いて髪型を直した。そしてセシリアに言った。


 「あ、ああ。可愛らしいお嬢さん。大したことじゃないんだ。うん。可愛らしい子どもが違法な商売をしていたからとっちめていた所だったんだよ」


 「くっ、言わせておけば……」


 「へ?そうなんですか?そうなの?エルノ?」


 彼は二人が顔見知りと知って青くなった。エルノは保安官を指さして言った。


 「お前なぁ、さっきから勝手に違法商売、違法商売って決めつけて言うな!!いじめだ!!弱い者いじめだ!!」


 それを聞いたセシリアは、しゃがみ込んでエルノに目線を合わせると、諭すように言った。


 「……エルノ?本当?私の目を見て、正直に話して」


 黙って頷くエルノ。セシリアはジト目で保安官の男性を睨むと、彼は口笛を吹きながらバツが悪そうに立ち去って行った。


 「……エルノ、今日は目立ち過ぎだわ。もう商売にもならないし、もう帰りましょ」


 「くそー、やりづらくなったなぁ」




**


 ベレンセの研究所に渋々二人と一匹は戻り、ニナがお茶の準備をしようとエプロンを身に付けた時だった。セシリアはまたクライアント(診療患者)が訪問していることと、様子がおかしいのを感じて、立ち上がり診療室に入って行った。


 そこにはベッドの上に寝かされ、酷くうなされているクライアント(診療患者)がいるではないか。彼女は悪夢を見ているのか、汗を大量に掻き、呼吸を荒げていた。しかし全く目を覚まさなかった。


 「あ、ああ。君か」


 「……へ?!昨日すれ違ったリザードマンの女性じゃないですか!!どうして眠っているんですか?」


 セシリアが驚きつつ、おずおずと尋ねた。するとベレンセは思い詰めた表情で答えた。


 「最近『メタヘル』がまた復活したようだ。しかも今度は『手下』を引き連れてきたようだ……これはまずいことになったぞ」




 彼の話によると、精神病魔の「メタヘル」は、クライアント(診療患者)を媒体に繁殖し、反撃の隙を伺っていたようだ。もともとコンプレックスの強いイシアルは、何度もこうして治療のためにリザードマンの生息域から、魔術種族(ノームとエルフ)の国境に訪れていた。そうしているうちに、彼女を媒体として、メタヘルが心に入り込んでしまったようだ。




 「昨日の夜に、僕の家の玄関で倒れているのを見つけてね、こうして既に、半日以上看病しているけれど、全く目を覚ましてくれないんだよ……どうしたものか」


 思い詰めた表情をするベレンセ。セシリアも必死に考えていた。診療室に入って来たエルノとニナは顔を見合わせて、ニナはあることを提案してみた。エルノは黙ってニナの言葉を聞いていた




 「ベレンセ……その……言いづらいんだけど」


 「話して?何でもいいから」


 「『Ⅻ(ザイシェ)の国』の石碑にね『悪夢(ナイトメア)』に対する記述があったの。やってみたことが無いから半信半疑な所があるのだけれど、そこにはこう書かれていたわ。『悪夢にうなされた者の隣に、英雄を寝かせ、夢の中に入り込んで、心に巣食う悪夢を内側から滅ぼす』とあったのよ。ただ……この方法は『成人になっていない情緒が未成熟な心を持った少年』にしか出来ない方法なの!」


 「そうか、じゃあ……エルノがやってくれると?」


 ベレンセの表情が明るくなった。しかし、ニナは依然と思い詰めていた。


 「ただこの子ね、情緒が不安定でしょ?人里に降りてきて、お金が好きになったのも影響されやすい性格の所以(ゆえん)なのよ。強靭な精神が無いから、夢の中で逆に滅ぼされしまいそうで、なかなか心配で……」




 エルノの顔を見て、ニナとベレンセが溜め息を吐いた。エルノは怯えていた。自分に出来るのかがとても不安だったのだ。すると後ろで話を聞いていたセシリアが、エルノの背中をバシンと叩いた。


 「あなたねぇ、男の子でしょ!しっかりしなさい!!」


 「いった!いきなり何をするのさ!!」


 「……エルノ。落ち着いて私の話を聞いて。昔の話なんだけれどね、私はあなたくらいの年齢の頃に『解呪の壮石(レギュ・セーム)』って『呪いを解く石』を作ったことがあったの。それを使ってひとりの女の子を助けたことがあったのよ。わるーい女王様がね、ひとりの英雄の女の子を邪魔に思って、呪いを掛けて殺そうとしたの。……でも誰も何にも出来なくって、私一人だけが唯一、助ける方法を持っていたの」


 「そ、そうなの?」




**


 ――かつて、アウフスタ女王が生きていた時代。戦乙女「梶原 愛(カジワラ メグミ)」は、旅の道中で呪いによる熱病に見舞われて倒れたことがあった。そして、港にある小さな小屋で三日三晩うなされた。アウフスタ女王が掛けた呪いが、カジワラを苦しめ、悪魔(メフィストフェレス)に深層世界で、呪い殺されそうになった。


 そんな時、当時十二歳だったセシリアは、会って間もない『彼女の仲間達』に泣きつかれた。「カジメグを助けて欲しい!」と。


 そして、覚えたばかりの錬金術で「呪いを解く道具」を錬成することになったのだ。


 セシリアは、幼少から周囲の人物に奇異の目で見られ、変わり者呼ばわりされて、殆ど友人がいなかった。遊び相手は古文書だった。だから、とても寂しい幼少期を過ごしたのだ。しかし、そんな彼女には思ってもみないくらいに嬉しい言葉だった。でも自信がなかったのだ。


 それでも『カジワラを愛する旅の仲間』は自分よりも、もっと小さな女の子に縋(すが)るしかなかった。とても怖かったが、それでも当時十二歳だったセシリアは、眠らずに冷汗を掻き、遂に錬成を成功させたのだった。


 ただでさえ充分に設備が整っていない小屋での錬成だったが、創造主が彼女の心を祝福してくれたのだ。


 そして旅路の果てに、戦乙女カジワラは世界を救ったのだ――。




**


 「……怖くなかったの?」


 「そりゃ、怖かったよ。……でも、やるしかなかったんだよ。目の前で『誰かが死ぬ』って聞いて、黙ってる方が、私には無理だと思ったんだ。でもね、それをしたお蔭で『やったことは小さかったかもしれないけれど、小さな私のしたことは、大きな世界を救うきっかけになった』のよ。今度はエルノ、あなたの番じゃないかな」


 「……分からないよ。どうして勇気があったのか。でも、それでも、僕が力になれるならやらせて欲しい」




**


 ニナは、顔つきが変わったエルノを見て安心すると、そっとイシアルの横に布団を敷いてエルノを寝かせた。ベレンセは「ディオ・ユーカリ【ユーカリ・グロブルス】」の精油を、ロウソクにたっぷりと垂らすと二人の枕元に置いた。鼻の通りが良くなるようなシャープな薫りと、森林浴をしたような清々しさが部屋いっぱいに広がった。


 「凄くいい香り。私、これも好きかも……」


 セシリアが香りにウットリとする。ベレンセは精油について解説してくれた。


 「『ディオ・ユーカリ【ユーカリ・グロブルス】』はね、ディオ渓流で採れる稀少なユーカリなんだよ。葉っぱに栄養が豊富に含まれている為に、草食動物の餌にもなっているんだ。この精油は頭をスッキリさせて、集中力を高めてくれる効果があるんだよ。エルノ、さぁ行っておいで!」


 そして、エルノはうとうとと意識がまどろむと、ゆっくり夢のもやの中に包まれていった――。




**


 そこは、深い深い湿っぽい石畳の部屋だった。「夢の中」と言うのは不思議なもので、気持ちが悪く、上下の間隔や、遠近感が鈍っているような感じがする。壁を触ると、何となくじめっとした。


 「……そうか、俺は『イシアルの夢の中』にいるのか」


 不思議なことに、壁に掛けられていた「ランタン」が、青く眩しい光を放っていた。ゆらゆらと青く燃える炎は何となく「シャープなユーカリの薫り」がしていた。他にも明かりが無かったので、エルノはランタンを手に取ると、目の前の木製の腐りかけの扉を押し開けて、ゆっくりと階段を進んでいった――。




 渦巻くように下に向かう階段の底から、叫び声やもがくような声が聞こえてきた。壁に取り付けられた木製の小窓が歩くたびに、開いては閉じた。それは「幼少期のイシアルの姿」を映していた。


 良い子で居たい……。もっと頑張らなきゃ……。私なんか、可愛くない……。そんな心の叫びと、両親や周囲からの期待と重圧が、階段の中を渦巻いていた。小窓には、泣き叫ぶ小さなイシアルとそれを取り巻く笑う仮面が歪んでは消えた。エルノは、それを見て胸がとても苦しくなった――。




 「……おぞましい。気持ちが悪いよ!早く出たい……」


 酔ってしまうような空気が「ダンジョン」の中を充満していた。エルノは胸を押さえ、壁に手をついて息をあえいでいた時、青白い炎から声がした――。


 「エルノ、私の愛する子。……私はあなたをいつも見守っています……」


 「だ、だれ?!俺の声を呼ぶのは!!」


 「……あなたに、戦乙女カジワラの勇気の象徴、『青龍刀(せいりゅうとう)』を与えましょう。ランタンの灯りは、あなたの行く道の光。そして足のともしび。勇気を持って振るった時、その光は『テラピノツルギ』となるのです!」


 エルノは、夢の中で聞こえる言葉に首を傾げていた。しかし自分の周囲に渦巻く瘴気(しょうき)が、色濃くなり、エルノの呼吸や視覚を奪っていった。ランタンを持つ手が力を奪われて、徐々に弱くなっていく……。




 「立って!炎を握り込んで!振りかざしなさい!!」


 頭の中で凛とした声が響いた!エルノは、無我夢中でランタンの中の炎を右手に掴んだ。不思議と炎は熱さを感じず、振りかざすと青白い炎が剣のような形状になり、瘴気を焼き払った。周囲には緑色の煙が上がり、シャープな薫りが充満した。エルノはそれを見て、驚きを隠せなかった。


 「す、すごい……」


 「テラピノツルギの効果はこんなものではありません……あなた自身の心の強さが、多くの人々を救うのです。愛する我が子、雄々しく力強く立ち上がりなさい。お金なんかよりももっと素晴らしいものがたくさんあることをその純粋な心に刻んで欲しいの……」


 「不思議な声」は、そう言い残すと静かに聞こえなくなっていった。そしてエルノが持っていた右手の「テラピノツルギ」は、空気中に砕け散り、ランタンの中に吸収されて、炎に戻っていった。エルノは再び怖気づきつつ、静かに階段を降りて行った――。




**


 ――青龍刀(せいりゅうとう)。それはⅫ(ザイシェ)の国に住む、高熱の青白い炎を吐くドラゴンを模した勇気の剣である。戦乙女カジワラが、「Ⅴ(トリ)の国」を支配していたドワーフの悪王「ザヴィエ=ラカゼ」と最初に対峙した時、彼女の持っていた愛刀フランベルジュは、音を立てて彼女の勇気と共にへし折れてしまった。しかし、熟練の鍛冶師と錬金術師の仲間によって、剣は打ち直された。


 剣が打ち直されたのはいいものの、彼女は、恐怖心に勝てなかった。サイボーグのような肉体を持つ残虐な男に二度殺されに行くことを、誰も喜んで行わない。彼女は震え続けた。納屋の中で泥だらけになりながら。しかし、死にゆく仲間を見殺しに出来なかった。




 「……あなたは、私が、倒します!」


 「生意気なことを言うようになったなぁ、小鹿が雌獅子に化けるか。とても楽しみだ」




 彼女は震える膝を打ち叩いて立ち上がった、そして剣を握り込み、突き抜いた。剣は神々しい光を放ち、ザヴィエ国王の腹を貫いて、焼き焦がし、彼の身体が鉄屑と消し炭になるまで焼き尽くしたのだ――。


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