【First drop】Funny Days:two「二匹の使い魔」
屋根裏部屋の一角。蜘蛛の巣を綺麗に払った一人と一匹だけの住処。オイルランプの柔らかな明かりが灯る中、ニナは毛づくろいをしていた。エルノは、小窓から見える星空を眺めながら考え事をしていた。
「なぁ、ニナ。『カジワラ』ってどんな女性だったんだ?」
「そうねぇ……あなたも私も、木の上から一回しか見たことないけれど、ユアンが言ってたわ。死にゆく敵にも手を差し伸べる、愛に溢れた女性だったって。あなたくらいの年齢で、勇気に溢れ、男性にも負けないくらいの胆力があったそうよ」
「……そっか」
毛布を首元まで掛けて眠りに就こうとした時、ニナが質問をして来た。
「それはそうと、どうして急に聞いてきたの?」
「……俺は、何にも知らないなぁって思ったんだよ。ずっと『Ⅻ(ザイシェ)の国』で生活してきた。けれど、俺は自分の両親も周りの世界も、何にも知らない。勿論、ドラゴンとかユニコーンとか、お前みたいな猫の妖精(ケットシー)とか、ロック鳥とか。他の人が見たことの無い物をたくさん見てきた。けれど、俺は普通の人の知ってることを何にも知らないんだよなぁ」
「思い出すわね。荷物を詰めて旅に出た日のこと」
**
――三ヶ月前。Ⅻ(ザイシェ)の国、創造主の祭壇。
「……創造主様、なんの用でしょうか?」
石積みの白い祭壇から美しい声がした。ニナはひれ伏し、祈るように話しかけた。すると、その声はニナに語った。
「時が満ちました。愛する我が子『エルノ』を旅立たせなさい。ニナ。あなたは使い魔の中で、最も弁が立ちます。それを見越して頼むのです。我が子を創造してから、十二年の歳月が過ぎ、戦乙女カジワラの手によって、メフィストフェレスも滅びました。しかし大きな悪意が、再び地を飲み込もうとしているのです……エルノを連れ、旅に出なさい」
「創造主様。仰られることはよく分かります。しかし、私の他に適任者がいるのではないでしょうか?私なんかでよろしいのでしょうか?」
「ニナ、あなたとエルノは幼い頃からずっと一緒でした。それは本当に、姉と弟のような麗しい関係でした。この先、どんな恐怖や困難があっても、強く手を引き、今度は使い魔としての責務を全うしなさい。これは強制であり、命令なのです」
ニナは静かに祭壇に祈り、決意を決めるのに数日を要した。
ある朝、祭壇に来ると白い猫の妖精(ケットシー)のユアンが、湧き水で身を清めていた。
「……ユアン?」
「…………」
ユアンはニナと違い、無口な使い魔だった。
「相変わらず無口ね。使い魔として働くって、どんな気持ちだったの?怖くなかった?」
「…………」
「何か言いなさいよ」
「…………やってみればわかるよ」
ユアンはそれだけ言うと、そのまま去って行ってしまった。それからニナはエルノに身支度をさせ、海流を渡って「リザードマンの住む、Ⅺ(ロファ)の国」に出ると、魔力船に乗って「Ⅺ(ロファ)の国」から、西回りに「エルフとノームの住む、Ⅷ(セイシャ)の国」まで来たのだった。
彼らは根城とする住処を探し、潤沢にあった資金や食料も底を突いた。へとへとになって歩いていると、「都立ケハー・大図書館」の前に、髪の毛が掻きむしったように乱れ、眼鏡が汚れて曇っていた冴えないエルフの男性を発見した。彼は大事そうに抱えたバラの花束に、指から魔法を使って火を付け、燃やそうとしていた。
ニナはそれを見て、勢いよく男性を突き飛ばした。
「だめーっ!!あなた、何をしているの?!綺麗な花束を燃やそうとして!!」
「ななな、なんだよ、いきなり!!……って、ケットシー?!」
「だって、あなた花束を……」
「ああ、僕は『妹に先を越されてから』と言うもの、恋愛がからっきしになってしまったんだよ。今日も女性と食事の約束をしていて、張り切って準備して出て来たんだけれど、三時間以上待っても来やしない。遠目から見ていたのか、分からないけれど『会えない』って、ドタキャンされちゃったんだよ。……酷い話だろ?」
「……同情したいのは山々だけれど、花を燃やそうとするのは間違ってると思うわ」
ニナは、男性の落としたバラの花束を、丁寧に整えて男性に渡した。
「ありがと。……はぁ、心理学の勉強をいくらしても、女性の心が分からないままじゃ、結局何にも役に立たないのかなぁ。これじゃ僕は一生独身だよ」
溜め息を吐く男性。ニナは、冴えない男性を見て呆れ返っていた。負け犬根性が染みついているようだった。エルノが一人と一匹の会話を聞いて、面倒臭く思ったのか、ニナにしつこく声を掛けた時だった。
「ちょっと待って。その、心理学って何?」
「ああ。最近、『Ⅻ(ダース)の世界』に入って来た学問だよ。興味あるのかい?」
「ええ、教えて。代わりにあなたを男性として磨いてあげてもいいわ」
これが、ベレンセとニナの初めての出会いだった。
**
――Ⅷ(セイシャ)の国、王宮図書館。
セシリアは、王宮図書館でロウソクの明かりを頼りに、勉強をしていた。眠気が襲って来たので、思い立って、頂いたばかりの「魔法の精油」を、ロウソクの火に垂らそうと思い、カバンから精油の入った小瓶を取り出した。透き通った小瓶の中は、黄色く曇りのない鮮やかな精油が見えた。蓋を開けて香りを嗅いでみる。魔術精製された「カディナジンジャー【ジンジャー・生姜】」のスパイシーな薫りが周囲に広がった。
「なんて生命力あふれる薫りなのかしら……気持ちがとっても元気になるわ!!」
瓶と一緒に括られていた手紙。そこには「ニナが書いたらしき手紙」が、撚(よ)った麻ひもで括り付けられていた。
「……カディナジンジャーは、Ⅺ(ロファ)の国のカディナ火山の火口で採れる生命力の強いジンジャーなの。市場に出回ることがあまりない為に、セシリーには却(かえ)って珍しかったでしょう。葉から水蒸気を取り入れ、地下茎に蓄える。硬い地下茎は花崗岩の固い地盤を押し破って生えている為に、引き抜くのも難しいし、危険な場所に生える為か、とても採取が難しいの。精製もベレンセはかなり苦労したようだわ。じっくり味わってね。――ニナ」
その手紙を読むと、何だか使うのが惜しくなり、セシリアは直ぐに小瓶の蓋を閉めた。眠気がすっかり覚め、窓の外を見ると、星空が広がっていた。時刻は深夜。誰に急かされるわけでもないのに、今日も遅くまで勉強をしてしまったようだ。
**
――翌朝、港町エルダーニュ。薄暗い港町で漁師が魚を捕っていた。二人のドワーフの漁師は、不毛な漁に疲れを覚えたのか、汗を拭い、網を片付けていた。すると水面がゆらりと揺れ、泡立った。
「おい、何かが海面にいるぞ!!」
「……あ?気のせいじゃないのか?早く帰ろうぜ」
漁師の一人が水面に顔を近づけた瞬間、口から何かが体内に侵入し、気を失ってしまった。相方が身体を揺すぶると、何もなかったかのように漁師は立ち上がった。そして海に飛び込んで、黙々と陸地に泳いで行ってしまった。
「……おい!!待てよ!!何があったんだ!!」
「ディス……アを売らなければ……悪魔の……誇りに賭けてでも」
**
十時過ぎ。エルダーニュの港の市場が賑(にぎ)わう頃、セシリアは一人で古文書を買いに来ていた。
「ふわあぁああ……」
セシリアが欠伸(あくび)をしながら歩いていると、足が止まった。見下ろすとエルノが足元で見上げていた。
「ねーちゃん!!」
「エルノ?」
「欠伸してるのか?昨日、一番高い『エルダーニュ・オイル』をあげたじゃないか!」
「あー、あれのお蔭で眠れなくなっちゃって……もう眠くって眠くって。ふわぁああ……」
「勉強熱心なのは、素敵なことだけれど、逆効果じゃなくって?」
ニナが言った。セシリアは恥ずかしくなり、頬を掻いた。
「それはそうと、いつも連れているユニコーンの『マドレーヌ』は、どうしたの?」
「疲れた状態で買い物に付き合わせるのも悪いし、家に置いてきたの。エルノとニナは『Ⅻ(ザイシェ)の国』の出身だって言ってたよね?『マドレーヌ』のことは、ずっと前から知っていたの?」
「ええ。あの子、使命感が強い子でね。『創造主様の言葉』をずっと信じて、『戦乙女カジワラ』がこの世界に来るのを、ずっと心待ちにしていたの。でも、今あなたと一緒にいるのも充分幸せじゃないかしら」
「そう言ってくれると嬉しいな。マドレーヌ、『カジメグのお姉ちゃん』が居なくなってから寂しそうだったから……私も、あの日のお別れを思い出すと、今でも悲しくなるもの」
**
――エシュカトル神殿の祭壇。そこでメフィストフェレスと剣を交えた戦乙女カジワラは、死闘の末、勝利した。そして自分の手首にナイフの刃を引き、生贄として自身を捧げた――。彼女の功績は「リカルド=アイマール」の記した教典が「Ⅻ(ダース)の世界の伝承」として、今でも語り継がれているのだ。
**
「それはそうと、またベレンセの所でお茶にしない?」
ニナがセシリアにウインクをした。セシリアは興奮気味に答えた。
「喜んで!」
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