【First drop】Funny Days:one「竜の秘薬と魔法の精油」


 ぽつりぽつりと林の小道を歩く。少しずつ遠ざかる港町の景色。近付くふんわりとした木々の匂い。それに混じって薫るのは、不思議なアロマオイルのような香りだった。おしゃべりな黒猫のケットシーのニナは、かつて戦乙女「梶原 愛(カジワラ メグミ)」を、案内した白猫のケットシー「ユアン」について説明した。




 「かなり遅くなってしまったわね。紹介するわ。この子はエルノ。私は『ニナ』。あなたは混血の『セシリア=ケーテル』よね。三十年前に、ユアンから聞いたわ」


 「なんで分かるの?それにユアンって……」


 驚きを隠せないセシリア。ニナは鼻を鳴らしながら言った。


 「ユアンは白い白猫の使い魔よ。彼がね、自慢げに話してくれたのよ。可愛い可愛いエルフとノームの混血の女の子が、『戦乙女カジワラの冒険』に最後までついて行ったって。『僕は、彼らを誇りに思う。創造主様の使い魔で良かった』って、言ってたわ」




 それを聞いて、思い巡らすセシリア。旅路の際にちょろちょろと顔を出す白猫。Ⅻ(ザイシェ)の国の前で、「どんぐりで作ったオカリナ」を吹き鳴らし、海獣リヴァイアサンを呼んで、仲間達と訪問したことを。目の前に幻獣がいるのも、かつて見てきた光景も嘘ではなかった。改めて感動を隠せずにいた。


 「そのユニコーン、すっかり懐いてんのな。俺らには、全く話もしなかったのにさ」


 エルノがマドレーヌを睨む。マドレーヌは「梶原 愛」の愛馬だった。それをセシリアが譲り受け、今日に至るまで世話をしているのだ。


 「まぁ、あのつまらない国よりもこの町の方が、幾分気持ちがいいぜ。飯も美味いしな」


 「……果物ばっかりだったしね。エルノ、贅沢はしないこと!」


 「へいへい」


 姉弟が交わす会話のようで、セシリアはクスリと笑った。少し歩くと、丘の上に立つ小高い一軒家に到着した。木造のログハウスの煙突からは、精油を抽出するかぐわしい匂いが漂っていた。


 「ふんわりと甘いような、いや、ツンとするような匂いがするわ」


 「あなたがお探しの『エルダーニュ・オイル』よ。ただね、私みたいな猫には、ちょっと匂いがきつくってたまらないの。しばらく入れそうも無いわね」


 ニナが鼻を摘まみながら文句を言っていると、エルノは、ドアの前に立ちと激しく叩きながら、大声で叫ぶように言った。


 「おーい!!ベレンセ!!帰ったぞ!!開けろー!!」




 ドアが軋むような音を立てて静かに開いた。すると、中から丸眼鏡を掛けたダーク調の銀髪で、学者肌の男性が出てきた。彼はエルフのようで、「大図書館の博士」が身に付ける深緑色の外套を着ていた。


エルノの隣に立つ、セシリアの顔をまじまじと舐めるように見ると、眼鏡のピントが合ったのか、怯えるように後ずさりし、壁に張り付いた。


 「ひゃ、誰かと思った!!」


 「……ベレンセ、いきなり失礼じゃない?」


 ニナは、ため息交じりに答えた。セシリアは顎に手を当てながら尋ねた。


 「誰ですか?」


 「ああ、彼は『ベレンセ=ハウジンハ』。周りからは変人扱いされているの。話せばすぐに分かるわ」


 震えるベレンセ。セシリアは腕を組み、何度も首を傾げていた。ベレンセはセシリアの数回の仕草を見て、身を乗り出すように、顎に手を当てて話し始めた。


 「……君はどうやら、『気が弱く、自己中心的で警戒心が強い』ようだね。誰かから言われなかったかい?」


 「ベレンセ、あなたいきなり失礼よ!」


 ニナが叱った。しかしセシリアは、疑問に感じたのか、質問を返した。


 「へ?どうして分かるんですか?」


 「さっきから、話すたびに口元に手を当てたり、腕を組んで話しているだろう。あと、緊張した時に髪の毛を触る癖があるみたいだね」


 「きもちわるー。だからモテないんだよ」


 エルノがそっぽを向いて、吐きそうな顔をしていた。セシリアは鳥肌を立てながら言った。


 「……そう言うことにしておきます。い、一応ね」


 「ベレンセ!御託はいいから、中に入れてあげて」


 ニナが怒鳴った。しかし、研究熱心なベレンセは女性の心理感情を無視して、更に饒舌気味に言った。


 「ほら。口癖に『一応』とか、『取り敢えず』とか言ってるじゃないか。これも自信のない証拠だよ。僕の目に狂いはなかった」




 「……ベレンセ、お前そこまでにしておかないと、ねーちゃんに嫌われるぞ。『パーソナルスペース』だっけ?目の前の距離が、がっつりと離れてるのが見えないのか?」


 エルノが答えた。セシリアはベレンセに対して顎を引いて上目遣いになっていた。無意識にベレンセに対して批判的な態度を取っていたのだ。「会話の距離」も遠くなっていた。彼の失礼な態度に、かなり引いていた。


 「……仕方がないよ。人としばらく会っていなかったのだから」


 「『仕方がないよ』は『セルフハンディ・キャッピング』だっけ?自分自身に言い訳も用意する、便利な言葉だったよね」


 エルノはさらに突っ込んだ。ベレンセは慌てた様子で取り乱しながら言った。


 「へ、へへ、参ったなぁ、エルノ。君に、心理学の話をしたのが間違いだった!!ああ、研究再会しないとなぁ……」


 逃げようとしたベレンセの肩を、好奇心旺盛なセシリアががっつり掴んでいた。


 「し、心理学って何ですか?!教えて下さい!!」


 エルノは、ベレンセに親指を指しながら言った。


 「ねーちゃん、こいつは『心理学』って学問の研究家なんだ。魔法の精油『エルダーニュ・オイル』の開発者でもあるんだ。心理学って何のことやらさっぱり分からないけれど、面白いんだぜ?」


 「そう思います!ベレンセさんは気持ち悪いけど、とても興味が湧きました!!」


 「がくぅ……一言余計だよ、君」




**


 そしてベレンセは、家の中に二人と一匹を招き入れた。壁際にある精油の抽出装置の側には、大量のエンガル高地で採れる「エンガルオレンジ」が積まれ、その側には皮がすり潰されて圧搾機に掛けられていた。セシリアは、まじまじと見ながら、ベレンセに聞いた。


 「噂で聞いたんですが、『エルダーニュ・オイル』を精製してるんですか?」


 「そうだよ。妹のアメリアは『こんなものを作って何の役に立つんだ?』って言っていたけれどね。Ⅶ(セファ)の国を初めとする、魔術種族の国には『精神的な病』が蔓延しているのを、君はよく知っているだろう。かつて『魔術種族の国』が、王政だった時代から、今は亡きアウフスタ女王の治世の代に至るまで、精神病魔『メタヘル』が猛威を振るっていた時代があったんだよ。これによって免疫力が激減し、人々は合併症で死亡してしまったんだよ。今は『月の涙(フル・ドローシャ)』の地脈が回復して、『竜の秘薬(ファグマ)』が量産できるようになったけれど、根本的な病気の解決には繋がっていないんだよ。……なんせ、国の自殺率がワースト一位に入るのだからね」




**


 三十年前、都立ケハー・大図書館のレジスタンスと、王政で最後の女王だったアウフスタ女王が激突した。闘いは熾烈を極め、愛(めぐみ)の前で自害する形で、命を絶った。しかし、彼女の母は『悪魔憑きの悪魔』と呼ばれる、精神を蝕む病『メタヘル』に侵されて、命を失い、アウフスタ女王自身も、悪魔(メフィストフェレス)に唆(そそのか)されて悪事を犯した、被害者の一人だったのだ。




 アウフスタ女王は『月の涙(フル・ドローシャ)』と呼ばれる魔法のチョコレートに、竜骨と薬草を混ぜ込んで、魔力精製した『竜の秘薬(ファグマ)』。病気に効く万病薬であったが、精神病に対して根本的な解決には、繋がらなかった。ベレンセは、精神力の弱い魔術種族(エルフ&ノーム)がどのようにして、メタヘルに対抗できるのかを、ずっと研究し続けていた。




**


 「えっ、アメリアさんのお兄さんなんですか?!びっくりしました!!」


 「今更気が付いたのかい?まぁ、出来損ないの兄を持つ妹は、苦労する物だからね。アイツは偉くなったけれど、僕はからっきしだよ」


 「そんなことないですって。私も何度か薬の生成に関わらせて貰ったんですが、結局のところ、精神的なケアをしてくれる治療方針は、今の『Ⅻ(ダース)の世界』には存在していないみたいですよね。ベレンセさんはそれを目的に?」


 「そうだよ。友人を何人か過労で亡くしているからね。今じゃ、すっかり変人呼ばわりさ。研究が変わっているからね」




**


 ランプシェードの明かりの元、ニナが給仕をし、エルノは小銭を数えていた。ベレンセは椅子に座って本を読むセシリアの前で、羊皮紙で作られた古書を抱えながら、話し始めた。




 「セシリア、君に興味深い話をしようと思う。最近の君くらいの世代は『コミュニケーション能力が欠如している』と言われているんだ。その原因は、対人恐怖に駆られ、『相手に軽蔑されるのではないか』『嫌がられるのではないか』と言う、自己評価を非常に気にしやすい傾向にあるらしい。君と戸口で二、三回話した時に、僕が交わして君から分析したもの。それが『非言語的コミュニケーション』と言うんだ。若い世代は、この能力に乏しさがあるらしいよ」


 「非言語的コミュニケーションですか?初めて聞く言葉ですね」


 「そう。だって、これは『戦乙女カジワラ』が世界に平和をもたらしてから、つい最近『僕のところに入ってきた言葉の一つ』なのだからね。それだけ周囲の人達は、自分のことばかりで、心に余裕が持てなかったのかも知れない。『非言語的コミュニケーション』とは、『言葉にしないコミュニケーション。身振り手振り、対人距離、環境や、化粧などのアクセサリー、表情や声のトーンなど』を指す。それをいかに読み取ることが出来るかどうかが、対人関係スキルを磨くコツになるんだ。最近の若い人はこういう大事なことを、誰からも教わってないのかも知れないね」


 「ベレンセさん、私と大して変わらないじゃないですか。それにベレンセさんの方が、対人関係のスキル磨いた方がいいと思います」


 「ははっ、お互いに知識だけは付き過ぎたんだな」




 皮肉を言うベレンセ。セシリアは、ベレンセの淹れた紅茶を受け取った。そして、セシリアは読んでいた本を閉じた。


 「『ユーリ = アンゾルゲ』著の『心情心理・研究外典』、とっても面白いですね。やはりこの研究書は、外典しか見つからないのですか?」


 「そうなんだよ。僕も探しているんだけれど、戦火で焼かれてしまったようだ。この心理学者は、かなり有名な人だった。Ⅱ(バンジ)の国の田舎町に住む、人間(トールマン)の医者だったんだ。しかし、ヨハネス国王が持ち込んだ『霊媒の文化』が、時代背景で色濃く出ていたのか、医療文化はすっかり押し流されてしまったようだよ」


 「なんだか寂しい話ですね……」


 肩を落とすセシリア。『ユーリ = アンゾルゲ』著『心情心理・研究外典』は、臨床心理学の研究書でベレンセが持っているのは数少ない写本だった。しかし、肝心の「キモの部分」が焼失してしまって、今は存在しないようだった。


 「セシリー、君にお願いがある。僕と一緒に研究をして、この本に代わる『心情心理・研究新書』を執筆して欲しいんだ!勿論、儲けは折半しよう。どうか、冴えない僕に力を貸して欲しい!」


 身を乗り出してベレンセはセシリアの手を掴んでいた。エルノがそれを見ながらニヤニヤしていたので、恥ずかしくなって咳き込んだ。


 「わ、私なんかでいいんですか?……お金には全く興味ないですけど……」


 「聡明な君だからお願いするんだよ。ニナの遠い親戚『ユアン』は、戦乙女カジワラの導き手となり、世界に平和をもたらすカギとなったんだろ?ニナ、君をセシリーを連れて来てくれたのも、偶然じゃない!僕は、確信していたんだ。研究の成果が出れば、きっと世界はもっと平和になるってね!」


 「また、そう買い被っちゃって。おバカさんね。私達は、ただの居候って言ったじゃない」


 「あ、そうだ!!市場に持って行った『エルダーニュ・オイル』は、売れたのかい?」


顔を見合わせて押し黙るエルノとニナ。そして、エルノは机の上の小銭をかき集めると、ゆっくりとベレンセの元に近寄って、静かに言った。


 「ごめん……割っちゃった」


 「ななな、なんてこったい!!精製するのに一週間掛かったのに……」


 ベレンセは、床に手をついて、酷くショックを受けていた。セシリアは自分が原因であることを言い出すことが出来なかった。




**


 やや日が沈みかけ、シチュー鍋を囲みながらベレンセは語っていた。


 「取り乱してすまない。セシリー、君はよく知っているだろう。三十年前に『戦乙女カジワラ』が、僕の妹『アメリア=ハウジンハ』と一緒に『都立ケハー・大図書館のレジスタンス』を率いた。そして『アウフスタ女王の王国軍』と激突し、それによって、大きな革命が『Ⅷ(セイシャ)の国』で勃発したと言う話を」


 「はい。良く知ってます。私の両親は、図書館司書でしたから。母が疲れ切ったレジスタンスにジャガイモのポタージュを振る舞って元気づけたことも、教えてもらいました」


 「その時、空が暗転し『メタヘル』が国中を覆ったんだよ。今ではすっかり姿を見なくなったのだけれど、僕は、また恐ろしいあの時の惨劇が起こると思うと、身の毛がよだつ思いだ」




**


 ――鬱のように人々の心に闇を覆い掛け、自殺に追いやる恐ろしい心の魔物。メタヘル。免疫力が弱い種族に特徴的に影響し、今でも有効な治療手段が見つからずに、人々の心は闇に落ち込んでいた。一時の平和はあったものの、やはり本質は解決していなかったようだった。




**


 「僕が『エルダーニュ・オイル』を作った理由はね、そこにあるんだ。『外典』に書かれていたんだけれど、人々の意識は『意識』と『無意識』に分けられ、その中で無意識も『個人的無意識』と『普遍的無意識』に分かれるんだよ。『普遍的無意識』を『人々が持ちうる共通の心』すなわち、良心や悪意、民族感情だとするならば、『個人的無意識』は『トラウマや思い出などから、呼び覚まされる無意識』と記されている。そして、意識と無意識の境目が歪んだときに、表面的に問題的行動が現れて、暴走したり、自傷したりしてしまうんだよ。『エルダーニュ・オイル』は自律神経を整えたり、鎮静効果があり、リラックスして良く眠れるように、僕が作り出した『魔法の精油』なんだよ」


 「俺には、ただの金儲けの道具にしか、見えないけどな」


 ニヤニヤしながらエルノが言った。ニナがエルノの手の甲に爪を突き立てて叱った。


 「エルノ!!失礼なこと言わないの!!」


 「はぁ……『心理学とエルダーニュ・オイルの関係』って、知れば知るほど奥が深い世界ですね……何だか、凄く興味深いのに、私なんかに協力出来るのかなぁ」


 「大丈夫だって。そこの、『ただ飯喰らいの一人と一匹』なんか、つい最近になって押し掛けてきて、『Ⅻ(ザイシェ)の国から来たから匿ってくれ!』って言ったんだから。初めは、僕も耳を疑ったよ。だって『幻獣の国』から来た。って言うんだからね」


 「ベレンセ、そう言うけどねぇ。蜘蛛の巣だらけの研究室、一日掛けてお掃除したの、私なのよ」


 「そーそー。こいつさ、引き籠ってばっかだからさ、港に降りて行って『エルダーニュ・オイル』を俺らが売ってやってんだよ。失礼な奴だよなぁ……金も無いし、料理もろくに出来ないくせにさ」


必死になってへこへこ謝るベレンセ。そんな三人の奇妙な同棲が、セシリアには微笑ましく見えた。セシリアは我に返ったように、ユニコーン『マドレーヌ』のことを思い出した。そして皿の上の料理を掻き込むと、急いで帰り支度をして、外に出て行った。


 「あっ、ごめんなさい!!もう帰らなきゃ!!また遊びに来ますね!!」


 「ちょっとまって!!」


 ベレンセが呼び止めた。そしてクリスタルの小瓶に入った精油をセシリアに持たせた。ほんのりと黄色がかった精油だった。


 「最近作った『カディナジンジャー【ジンジャー・生姜】』の精油。ロウソクに数滴垂らして、香りを楽しんでみてよ!」


 「へっ?!いいんですか?!」


 「いいっていいって。その代わりに、ちゃんと遊びに来ること。僕の研究は忙しいんだから」


 ベレンセは、セシリアの手に小瓶を握り込ませると、そのまま背中を押し、扉を閉めてしまった。




 「……帰ろっか。マドレーヌ」


 「ぶるる」


 マドレーヌは嬉しそうに嘶いた。そして、セシリアは月明かりに照らされながら、帰途に就いたのだった――。


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