第219.5話 線香花火
八月八日。
今日は緑依風の十四歳の誕生日だ。
夜八時。
緑依風が家族と共に、母の用意したごちそうと、父が作ったバースデーケーキを食べ終え、リビングでテレビを観ていると、ピンポーン――とインターホンが鳴った。
この時期、こんな時間に鳴るベルチャイムは、来訪者を確認せずとも誰だかわかる。
隣人の坂下家からの、花火のお誘いだ。
毎年夏になると、松山家と坂下家は家の前に集まってよく花火遊びをする。
学校のある期間は土日のどちらかだが、夏休みになると平日の夜でも関係なく遊んで、全ての花火を使い切った後は、アイスやスイカ、かき氷を揃って食べるなんてこともある。
緑依風が千草や優菜に続いて家の外に出ると、「よっ! 十四歳おめでとさん」と、風麻がお祝いの言葉をかけてくれた。
「ありがと。メッセージでも、もう言ってもらってたけどね」
「まぁ、せっかく顔見たわけだしな……」
「うん……」
風麻のやや照れ臭そうな姿を見ていると、緑依風もその気持ちが移ったかのように気恥ずかしくなる。
*
袋から花火を取り出し、留めてあるセロテープを取る。
虫刺され予防の蚊取り線香、虫よけスプレーをして、ろうそくを三つ用意すると、各々好きな花火を手に取って、ゆっくりと先端を火に近付ける。
シュワワワーッ!
――と、一番最初に火がついていきのいい音を鳴らしたのは、秋麻の花火だった。
続いて千草、風麻。
ここ最近は、長男長女の二人が大きくなったこともあり、花火は子供達だけでやることが増えたのだが、今日は珍しく両家の親達も出てきて、葉子と伊織は末っ子達が火傷しないように気を配りつつお喋りを。
北斗も、和麻に誘われて坂下家の庭に移動し、ビールを振る舞われていた。
久しぶりに親同士も仲睦まじげに和む様子を見ていると、緑依風は九年前の夜――五歳の誕生日を思い出した。
「(あの日も確か、風麻の家族が私の家に集まって、一緒に誕生日をお祝いしてくれた後、みんなで花火したんだっけ……)」
当時はまだ、優菜や冬麻は生まれておらず、花火をやる時には必ず母親達が付き添って、「気を付けて」「人に向けちゃダメよ」と、優しく注意してくれて……。
幼き日の緑依風は、勢いよく火花が飛び出すタイプの花火がちょっぴり怖かった。
毎年、花火遊びを開始してしばらくは、ジュボッ! と音が鳴った途端にびっくりしてしまい、手を離して花火を地面に落とすことばかりだった。
だから緑依風は、それよりも静かで小さな線香花火が一番好きだった。
時々、ろうそくから離れる際に大きく揺らして、早く火の玉が落ちてしまうこともあったが、「これなら怖くない」と、他の花火に慣れるまでの間、線香花火を中心に遊んでいたのだ。
細い線状の形。
燃え方や尽き方に多くの人は、この線香花火というものに弱さと儚さを感じるらしい。
しかし、緑依風はそう思わなかった。
むしろ、線香花火というものはその頼りない見た目と違い、強くて逞しい花火だと思っている。
その理由は――。
「なんだ……また線香花火かよ」
まだたくさんの花火が残っている中、緑依風が線香花火を手にするのを見た風麻は、呆れ笑いをしながらすすき花火を持ってやって来る。
「線香花火って、最後の締めにやるもんだろ」
「ちゃんと五つ残しておけばいいんでしょ」
緑依風がそう言ってろうそくに先を近付けると、灯った部分から燃え盛る火がどんどん上へと昇って集まり、玉状へと変化する。
「こっちの花火の方が色が変わってオモロイのに……」
「確かに面白いけど、でも私はやっぱり……これが一番好き」
「なんで?」
「……風麻に……似てるから」
「は?」
風麻があんぐりと口を開けて振り向くと、緑依風はクスッと笑って、その理由の説明を始めた。
「――線香花火って、実は結構かっこいいんだよ。この細い体よりも大きな火の玉を作って、広い範囲に強い火花をバチバチ散らして……大事に持っていると、いろんな形になりながら意外と長く燃え続けて、逞しいんだ」
「…………」
風麻は話を聞きながら、緑依風の指先から伸びる線香花火が、火球が小さくなってもなお、地面に落ちずに火花を咲かせる様子をじっと観察している。
「イヤリングくれた誕生日の夜、パーティーの後に花火したでしょ? その時に線香花火して思ったの……風麻の体は小さいけど、自分より大きな子にも立ち向かうような、強くて勇気があって、逞しいとこ……似てるなって」
「…………!」
「あと、優しいとこも……あ、調子乗って高いとこに上ってすぐ落ちたりする、ちょっと危なっかしい所もかな?」
「おい、最後の余計だぞ……」
風麻が上げて落とすなと思いながらツッコむと、緑依風は「あははっ」と笑って、終わりを迎えて消えた線香花火を、水を溜めたバケツに入れた。
「……さて、次はスパークやろうかな?」
「じゃあ、俺は……こっち」
緑依風が棒状のスパーク花火を取ると、風麻は線香花火を取り、ろうそくの火に先端を付ける。
火の玉が膨れて、ジジッと焼ける音がすると、そこからバチッ、バチバチと火花が力強く四方八方に飛び交った。
「……ははっ、確かに! よく見るとこいつ、意外とやんちゃで激しいんだな!」
「でしょ?」
外灯と線香花火に照らされる風麻の顔は、とても穏やかで優しい。
緑依風は、その横顔を隣で眺めつつ、こんなことを想う。
「(全部……好きだよ。優しいとこも、強いところも……甘いものに目が無いとこ、少しお調子者だったり、ムキになっちゃう子供っぽいところも……ずっと、ずっと大好きなんだよ……)」
火が消えると同時に、緑依風の視線に気付いた風麻は「あんま見んなよ……」と、むず痒そうにしながら片手で顔を隠す。
十四歳の誕生日の締めくくりは、風麻と花火をしながら過ごす夜だった。
「(来年の誕生日も、風麻と一緒にいられたらいいなぁ……)」
そう願う緑依風は、再び彼によく似た花火を手にして、ろうそくに先をそっと近付ける。
線香花火は、細い体からめいっぱい火花をあちこちに散らして、力強く燃え盛っていた。
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