第12.5話 僕のヒーロー(前編)
「日下くんって、大人っぽくて優しそうだよね」
「静かで落ち着いてるし、他の男子と全然違う!そこがいい!」
女子生徒の会話が聞こえた僕は、「そんなことないよ」と心の中で呟いた。
僕だって、他の男の子と同じように意地悪でワガママな時もあった。
アニメや戦隊ヒーロー番組を見て、心が熱くなった時もあった。
特に、ヒーローに憧れる気持ちはとても強かったし、今もそうだ。
――僕は、誰かのヒーローになりたかった。
僕には二人の憧れのヒーローがいる。
一人は僕の命を救ってくれた人。
もう一人は、僕にできた初めての友達だ。
僕は、小学校卒業と同時に、二駅離れたこの『夏城町』に引っ越しして来た。
だから、校区の違うこの中学校で、僕の過去を知る者はごく僅か――。
「おーい、爽太〜!」
「あ、直希だ。おはよう!」
廊下を歩いていた僕に声をかけてくれたのは、この学校で唯一、僕のことを古くから知る人間、三橋直希だ。
僕の隣を歩く直希は、ツンツンと逆立つ髪が生える頭の後ろに手を添えて、「部活決めたかー?」と、聞いた。
「うん。風麻と一緒にバレー部に入ろうかなって思ってる。体験してみたら面白くてさ」
「そっか、俺はやっぱり野球部だな!体験する前に決めてたけど」
「ははっ、予想通りだね」
直希は小学校の頃から少年野球チームに入っていたので、僕は直希なら絶対野球部だろうなと思っていた。
直希は僕を嬉しそうに見つめながら笑っている。
「どうしたの直希、人の顔見てニヤニヤしちゃって?」
「いや、ホントに元気になったんだなーってさ!」
直希はそう言って、ニッと笑った。
「それは、冬丘小から夏城に転校する前から知ってただろ?根治手術も終わって、元気になってからだって遊んだのに」
「うん、そうなんだけどさ。やっぱり嬉しいじゃん?お前とまたこうやって、同じ学校で会って話せることも、元気で逞しくなったのを見れるのもさ!背も俺より伸びちゃって……あんなに小さかったのにな~」
直希は目を閉じて、感慨深い顔をした。
「栄養も摂れるようになったからね。あの頃は、体に負担をかけないためにって、食事制限も多かったし」
「でも、まだひょろっちぃぞ!もっと食って、背だけじゃなくて、横にもがっしりしないと!……あ、じゃあまたな!」
隣のクラスの直希は、挨拶しながら軽く手を挙げて、自分の教室へと入っていった。
僕も「うん、またね」と言って、教室に入った。
*
僕は、小学三年生まで、先天性の心疾患を患っていた。
でも、今は最小限の薬の服用と、年に一回の検査を受ける程度で、他の人と変わらない生活を送れている。
流石にフルマラソンなどは無理だが、体育の授業も、運動部に入るのも問題ないと、医師から太鼓判を押してもらった。
直希は、制限されまくりで何もできなかった僕にできた、初めての友達だ。
*
――直希との出会いは、小学校一年生の春。
担任の先生は、入学式の翌日、僕の病気をクラスメイトに説明してくれた。
先生は、幼い子供でもわかるよう、言葉を選びながら話していた。
突然脅かしたりしてはいけない。
たくさん動くような遊びには誘ってはいけない。
クラスメイトは先生との約束を守ってくれた。
でも、小学校に上がったばかりの子供に、やっぱりこの話は難しかったのか、中には正しく理解できない子も当然いた。
『話しかけるのもダメ』だと勘違いした子達は、僕がそばに行くと黙ってしまい、そっと離れていった。
僕は、毎日泣きながら家に帰っては、自分だけクラスに馴染めない悔しさを、母に話していた。
*
ある日、教室にある図鑑を読みながら、どうすれば他の子と仲良くできるのか考えていると、クラスで一番明るくて元気な少年が、僕に声をかけてきた。
――それが直希だった。
「なぁ、日下も一緒に遊ぼうぜ!」
僕は、ボールを持った直希を見て「僕は外で遊べないから……」と言った。
「なんで?びょーきだから?」
僕が頷くと、「外で遊べないって、外に出るだけでもダメなのか?」と、直希は聞いた。
「ダメじゃないよ。ボールをただ投げたりとか、転がしたりとかはできる。でも、サッカーとか、ドッジとか……走るのが多いのはダメって、お母さんに言われてるから……」
僕が目を伏せながら、悔しさで手に力を入れると、直希は「なーんだ!遊べるじゃん!」と言って、ニーッと笑った。
「じゃあさ、日下が遊べる遊びしようぜ!――なぁ!日下も一緒にいれて、ボール転がしして遊ぼう!」
直希は後ろで待っているクラスメイトに提案した。
「えーっ!ボール転がしって幼稚園じゃん!小さい子の遊びなんて、俺したくない!」
「それに、日下は遊びに誘っちゃいけないって先生言ってたじゃん!」
「…………」
クラスメイトの言葉を聞いて、僕が落ち込むと、「――じゃあ、いいよ!」と、直希が投げやりな声で言った。
直希はクラスメイトの元に近付くと、手に持っていたボールを、その子達に少し荒っぽく渡した。
「俺は今日から日下と遊ぶから、お前らだけで遊んでくれば!」
僕はキョトンとしながら、その言葉に驚いていた。
「えぇ〜っ!やだよ、直希いねぇとつまんねぇもん!」
「そうだよ!」
ボールを渡された男の子が言うと、その周りの子供達も、直希が抜けることに不満の声を上げた。
「誰かを除け者にするより、みんなで遊んだ方が楽しいじゃん!」
直希が強い口調で説得すると、「わかったよ……」と、クラスメイト達は渋々承諾した。
「よしっ!みんなでボール転がしやるぞ!ほらっ、日下も立って行くぞ!……あっ、今日から日下のこと、爽太って呼んでいい?」
直希は僕の手を引っ張りながら振り返った。
「うん、ありがとう三橋くん!」
「俺も直希って呼んで!さっ、時間なくなっちゃうから、ちょっとだけ早く行こうぜ!ちょっとだけな……」
直希は僕の足に合わせて走らず、ちょっと急ぎ足で、運動場へと連れ出してくれた。
直希のおかげで、僕は初めてクラスメイトと遊ぶことができた。
最初はつまらなさそうだったクラスメイトも、休み時間が終わる頃には、他の子と同じように、僕に接してくれた。
*
学校から帰る時、直希は僕に「一緒に帰ろう」と声をかけてくれた。
「俺さ、お前のことずっと気になってたんだよな。仲良くしたいって思ってたけど、どうやって話そうかなってさ」
「そうだったの?」
「うん。そんで、姉ちゃんと母ちゃんに、どうやって爽太と仲良くなろうかなって聞いてみたら、爽太ができることを聞いてあげなさいって言われたんだ」
帰り道で、直希は僕にいろんなことを聞いてくれた。
僕ができること、できないこと。
好きなもの、苦手なもの。
家族の話、病気の話。
僕は、僕が自分でわかっている範囲内で全て話した。
「――そっか、じゃあ明日からは遊びももっと考えて、今日より楽しいやつみんなでやろうぜ!」
「でも、直希は嫌じゃない?僕より、友達とサッカーとかドッジボールした方が楽しいんじゃ……」
僕が直希に遠慮すると、「俺ら友達じゃないの⁉」と、直希は目を開いて驚いた。
「え……そうなの?」
「そうなのって……お前もしかして、友達いたことない?」
直希に聞かれて考えたが、僕はどの程度の人が友達なのかわからずに、首を傾げた。
幼稚園に通えなかった僕が交流した同年代の子供といえば、小児病棟で出会った子供達だ。
小学校に入学する前に最後に入院していたのは、五歳の頃。
妹のひなたが誕生したことで、一人っ子から兄になったばかりの僕は、ひなたにヤキモチを妬いて、超ワガママな子供になっていた。
僕は、親が自分ばかり見てくれなくなったことに苛立って、そのイライラを同室の子やプレイルームにいた子供達にぶつけてしまった。
当然、子供からもその親からも、病院スタッフからも問題児扱いされてしまい、両親は申し訳ないからと、僕を大部屋から個室に移動させた。
プレイルームに行っても、意地悪な僕と遊んでくれる子供は、いなくなってしまったのである。
自業自得で、そのことは中学生になった今でも、申し訳なく思っている。
ちなみに、小学校に上がる前には、感情のコントロールもできるようになり、両親と妹との仲も良好になっていた。
「えと……意地悪しちゃって、いないかも」
僕が友達がいないことを正直に答えると、直希は「いけないんだー!」と笑った。
「んじゃ、俺がお前の友達第一号だ!」
「いいの⁉︎」
「うん!……あ、でも意地悪はお互いしないって約束な!それから、ケンカしても、すぐごめんなさいしような!」
直希は僕に小指を差し出した。
「約束、指切りげんまんね」
僕もそれを誓い、直希と友達になった。
*
直希と直希の友達とも仲良くなった僕は、教室で一人で過ごすことが無くなった。
僕を避けていたクラスメイト達は、人気者の直希が僕と仲良く遊ぶのを見て、大丈夫と判断したのか、次第に僕に話しかけてくれるようになった。
僕達はボール転がしやボール投げに工夫を加えて、僕も友達も、両方が楽しめるルールを新たに作った。
ただ、全てのアイデアが上手くいくとは限らず、僕でも大丈夫だと思っていた遊びが、意外に疲れる時もあった。
でも、前を歩く友達の「結構面白かったな」「あれまた明日もやろうぜ!」という言葉を聞くと、僕一人のせいでルールを変えるのは申し訳なくなり、言わずに耐えようとした。
「――爽太?」
先を歩いていた直希が、僕の歩みが遅いことを心配して戻ってきた。
僕は少し苦しくて、それでもそれを悟られたくなくて、靴紐を結び直すフリをして座り込んだ。
「大丈夫か?疲れた?」
「そんなことないよ。靴紐が解けそうだから……」
立ち上がりたいのに立つ元気が無くて、「先に行ってていいよ」と僕が言うと、直希も同じようにしゃがみこんだ。
「爽太、嘘禁止」
「…………」
直希は僕の嘘に気付いていた。
「ルール変えよう。明日はもう少し優しいやつにしようって、俺からみんなに言うよ」
「でも……ちょっとしか疲れてないし、みんな楽しかったって……」
直希は少し怒った顔で「無理も禁止」と言った。
「友達ルールに追加な。しんどい時はすぐに言うこと。俺以外に言いにくいなら、俺にだけは絶対言うこと!」
「直希だけ?」
「俺ら親友じゃん!」
直希は笑顔で僕に言った。
「親友と友達ってどう違うの?」
僕が聞くと、直希は「友達の進化版っ!」と答えた。
「――んで、『大親友』はもっと強い!」
直希は両腕をぐんっと空に向かって伸ばした。
「あははっ、なんだよそれ!この間のテレビでやってた、無敵ロボみたい!」
直希の仕草や言い方が面白くて、僕の疲れや苦しさは一気に和らいだ。
「元気になったか?」
僕が笑うと、直希も安心したように笑った。
「うん、直希は面白いな!」
僕がゆっくり立ち上がると、キーンコーンカーンコーン――と、休み時間が終わるチャイムが空に響いた。
「あー……先生教室に来ちゃったかな?まっ、いっか!二人で怒られようぜ!」
直希は僕の手を引いてゆっくり歩いた。
友達から親友に昇格した日も、僕にとって忘れられない思い出だ。
*
僕はこの頃から、直希のことを『僕のヒーロー』だと思い始めた。
僕が体調の良くない日に「外で遊べないと」言えば、直希は「それなら教室で遊べる遊びにしよう」と、他の子が運動場に行っても一緒にいてくれた。
折り紙、読書、黒板にお絵描きなど、僕が楽しめる遊びを一緒にしてくれた。
学校を休むと、宿題のプリントを届けるついでに、家までお見舞いに来てくれた。
その日学校であった出来事を報告し、休んでいる間のクラスの様子を教えてくれた。
勉強が苦手な直希は、算数の分からない所を聞いて頼ってくれた。
教えてあげると、「爽太頭良いんだぜー!」と友達に報告し、その日以来クラスメイトが勉強で分からない所を、僕に聞いてくれるようになった。
「お前が勉強できて助かったー!ありがとな!」
直希はそう言ってくれたけど、お礼を言いたかったのは僕の方で、他の子と関われるきっかけをくれたことに感謝した。
――僕は直希に憧れた。
直希のように、誰かに頼りにされる存在になった自分を想像して、そんな日が来ることを夢見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます