第0.1話 おそろい(後編)
病院に戻ってしばらくたったある日。
「亜梨明、大事な話があるの……」
お見舞いに来た母親は、私に言った。
二年生から、小学校を病院のすぐ隣にある学校に変えないかという話だった。
今の小学校よりも病院併設の学校の方が、授業の遅れが出た時の対応もしっかりしているし、入院して登校が困難な時は、病室まで先生が来てくれるらしい。
なにより、授業中に何かあっても、病院と連携しているので対応がしやすく、通う生徒は少ないが、それぞれの事情を今の学校の子供達より理解しているので、環境が合うのではと、担当の先生が説明したようだ。
私はしばらく考えた後、ゆっくりと自分の考えを声にした。
「――ねぇ、お母さん。そこに行ったら、私……奏音に迷惑かけないよね」
「そうだね……。亜梨明には、お母さんと先生がついてるから」
母親は、少し言いづらそうにしながら、私の頭を優しく撫でた。
「奏音と学校が違うのは寂しいけど、奏音も、奏音のお友達も……その方が、楽しいよね」
私は、寂しいのをグッと堪えながら転校を決意した。
*
――三月。
入院と一時帰宅を繰り返していた私は、ようやく退院することができた。
奏音は私の帰宅を喜んでくれた。
しかも奏音は、私の退院祝いに、お小遣いでウサギのヘアピンを買ってくれていた。
「わぁ〜可愛い!」
「お揃いにしたんだよ!私に似合うなら、亜梨明にもきっと似合うって思ったの!私達同じ顔だから、プレゼント選ぶ時便利だね!」
奏音は、私の髪にヘアピンをつけてくれた。
私は何もプレゼントを買っていなかったが、奏音に『自由』をプレゼントしたいと思った。
言うのはもう少し後にしようとしていたが、私は今すぐ、
「あのね奏音……私、二年生からは違う学校に行くの」
「えっ?」
「病院の近くにあるとこ……。お母さんも先生も、そっちの方がいいって」
「私達……学校、バラバラになっちゃう……の?」
「うん……」
返事をした途端、私は急に寂しくなって、涙が出て喋れなくなる前に言わなきゃと、早口になった。
「私もその方がいいって思う。――だって、奏音と私は違うから……。双子だけど、私は病気で奏音は元気で……遊べるものも、遊ぶ子も違う……。奏音の友達も、私は嫌いだけど、奏音は好きでしょう?私もあの子達怖いけど、奏音は好きでしょ?ほら……全然違う……っ」
私が涙をこぼす前に、奏音の方が先に涙をポロポロと落としていた。
「もう、私のお守りしなくていいんだよ……。これからは、奏音は友達とたくさん遊んで、自由にしてね……っ。学校は……違っても、おうちでは一緒に遊べるし、大丈夫っ……!」
「やだっ!学校でも一緒がいいっ!私……なんとかするから!もう一人にしないからっ!だから……二年生になっても同じ学校行こうよっ‼︎」
奏音はしゃっくりを上げながらそう言ってくれた。
そう言ってくれるだけで嬉しかった。
だから余計に、奏音に自分のことで迷惑をかけたくなかった。
*
修了式の日に、担任の先生から私だけ転校することが告げられた。
クラスメイトは、あまり学校に来られなかった私がいなくなることに、大きな反応を示さなかった。
ただ「新しい学校でも元気でね」と、帰る間際に一言声をかけてくれる程度で、中には、名残惜しそうにしてくる子も少しいたけど、扱いにくいクラスメイトがいなくなることに、安心している子の方が多い気がした。
それを見ると、私の中にも僅かにあった、学び舎への想いは薄まり、新しい学校に通うことに気持ちが楽になった。
*
二年生から通い始めた新しい学校は、同級生がおらず、他学年の生徒と混ざって授業を受けるという、私にとっては斬新な環境だった。
新学期が始まってひと月経つと、そんな環境にも少しずつ慣れてきた。
私とは違う理由で、同じ学校に通う先輩達は、私を妹分のように接してくれる人もいて、前の学校よりも居心地が良かった。
ある日。
私が学校から帰ってくると、奏音もその後すぐに帰宅してきて、一緒に宿題をすることにした。
「――やっぱり寂しい」
ランドセルを開けた奏音が小さくこぼした。
「なんで?友達と今日も遊んだんでしょ?楽しくなかったの?」
「亜梨明といる時間が減って、寂しい……」
奏音はランドセルから宿題を取り出すと、私の対面に座って、口をすぼませながら俯いた。
「――だって、家にいる日はいいよ。でも、亜梨明がまた入院した時は会えないし……私達、普通の
私は、二人が近くにいるように思える、良い方法は無いかと考え始めた。
「あっ、じゃあさ!
名案が浮かんだ私は、自分の小物入れに入れていた、ウサギのヘアピンを取り出しながら言った。
「それでね……これを私がこっちにつけて……向かい合わせになると……!」
「ん?」
私は、奏音が今つけているのと同じ、お揃いのヘアピンを、彼女の対称となるように取り付け、奏音の顔を見た。
「ねっ!なんか鏡みたい!」
「あ……」
奏音は笑った。
「でも、このピンが壊れたらどうするの?」
「そしたら、またお揃いのピンつけよう!鏡を見た時、私は奏音を思い出すし、奏音も鏡を見たら、私を見てるみたいになるでしょ?そしたら、一緒にいるって思えない?」
正確には、髪の長さが違うため、全く一緒ではないけど……。
それでも、奏音は少し嬉しそうにしていた。
「会えない日とか、学校に行く時はこうしよう!」
「うん……!」
「奏音、私の病気……大きくなったら治るかもって前に聞いたでしょ?だから、大きくなって、今より元気になったら、また一緒に学校行こうよ。その時までの我慢だよ……」
奏音はそれを聞くと、「絶対良くなる?」と私に聞いた。
本音では、良くなる日なんて想像できなかったけど、それでも今はただ、目の前の妹を安心させたかった。
「うん!大きくなったら手術するって、前に先生言ってたし、それまで注射もお薬も頑張るから!」
「じゃあ、私も……今度、亜梨明と同じ学校に行く時は、亜梨明とも仲良くしてくれる子と友達になるっ……!もう一人にしないって約束するから、亜梨明も良くなるって約束してね!」
これが、私と奏音がお揃いにするきっかけだった。
*
結局、新しい学校で同学年の友達は、殆どできなかった。
それどころか、他学年にできた友達の中には、途中で元気になって普通の学校に戻る子供、他の理由で二度と学校に戻って来なかった子供もいて、私は別れを繰り返すなら、友達を作るのはやめようと考え始めていた。
そんな六年生の冬。父は、春に転勤が決まったと私と奏音に告げた。
「――それで、いい町を見つけたから、そこに家を買って暮らそうと思ってるんだ。東京に比べたら田舎かもしれないけど、都会田舎でそんなに不便じゃないし、大きな病院もある。治安もいいし、過ごしやすいんじゃないかと思ってね……どうかな?」
私は父の提案に大賛成だった。
成長するにつれて、体調が安定しやすくなったため、中学校からは、奏音と同じ学校に通えそうだと主治医の先生に言われたばかりだったし、なにより、全く知らない土地ならば、私のことを知る人もいないから。
私の病気を知らないなら、うまく隠して過ごせば、前のように煙たがられる心配もなく、真っ新な状態で、新しい学生生活をスタートできると思った。
ただ、奏音にとっては、今の友達と離れ離れになってしまうため、そのことが私も両親も心配だった。
「――いいよ!新しい町に行こう!」
奏音は、私や両親の予想とは違い、スッキリした顔をしていた。
「本当にいいの奏音?友達と別れるの辛くない?」
母親が聞くと、奏音は「友達なんて、新しいとこでも作れるじゃない」と、平気そうだった。
「私達、自分の部屋もらえる?新しいおうち楽しみ!どんなのかな?ねっ、亜梨明!」
私はこの時、奏音が何を思っていたのか全くわからなかったが、奏音にも、この数年間で色々あったのだろうと察して、何も聞かなかった。
*
――午前の診察で、明日退院の許可が出た。
昼食を終えると、奏音が見舞いにやって来た。
「やっほ、明日帰れるんだって?」
奏音は、私と反対の位置にお揃いのヘアピンをつけている。
「お母さん今先生に話聞いてる。入学式出られるの?」
「えと、入学式は間に合わなさそう……っていうか、しばらくは自宅療養だから、早くても学校は来週からかな」
「そっか……」
奏音は、私のいるベッドに腰をかけた。
「それ、ちゃんといつものとこにつけてくれてるんだね」
私が奏音の髪に触れながら言うと、奏音はフッと鼻から息を漏らして笑った。
「お揃いがいいんでしょ。でも、同じ学校に通えるならもう外す?」
「ダメっ!同じ学校でもお揃いにしてたい!」
私が我儘を言うと、奏音は呆れながら「はいはい、わかりましたよー」と言った。
「ねぇ、亜梨明……」
「ん?」
「本当に、病気のことクラスメイトに話さないの?お母さん心配してたし……私も心配」
私は両親にお願いして、生徒には病気のことを内密にして欲しいと、学校に頼んでもらった。
「内緒にして……流石に三年間隠しきる自信はないけど、本当のこと話しても、大丈夫って思える子に会えるまでは、言いたくないの……」
以前の様に迷惑がられるのも、過剰に心配され過ぎるのも嫌だった。
新しい学校では
「私、亜梨明が登校できる日までに友達作るよ。今度は、亜梨明のことを知っても仲良くしてくれる子を探す!あんたが安心して学校生活を送れるように――今度は、私は絶対、あんたを一人にしないからね」
奏音は決意を示すように、私の手を強く握った。
「――うん、すごく心強い。ありがとう……」
*
初登校初日、私は早起きして身支度を始めた。
「よし、ちゃんとつけれた!」
ヘアピンを触りながら独り言を呟いていると、後ろから寝ぼけ眼の奏音がやってくる。
「気合い入れすぎじゃない?まだ時間あるのに」
「だって楽しみなんだもん!」
私がテンション高めに言うと、奏音は「ハハッ」と笑って髪を梳き始めた。
「お揃いだよ奏音!これつけてね!」
「わかってるよ」
奏音は、しょうがないなという表情で、私の対になる位置にヘアピンをつけた。
「行ってきまーす!」
久し振りに、二人で同じ学校に向かって歩く。
初めての制服、初めての硬いローファーの靴。
奏音とお揃いだ。
隣にいる妹の横顔を見ながら、やっぱり私は『お揃い』が好きだなと、喜びを感じていた。
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