マジックストーリー~Short collection~

夏穂

第0.1話 おそろい(前編)


 朝六時。廊下の外で聞こえる足音でわかる。

 看護師さんが私の病室に近付いてくる――。


「亜梨明ちゃん、朝だよ〜」

 点灯された明かりが眩しくて、私は掛け布団を引っ張った。


「おはようございます……」

 顔を隠して、目が慣れるのを待ちながら、看護師さんに挨拶をする。


「おはよう。起きて検温しよっか!」

 あくびを一つしながら、観念して半身を起こすと、体温計を受け取って、看護師さんが血圧計を準備する光景を眺めていた。


「眠れた?」

「はい、昨日は夜中に脈も乱れなかったし、久しぶりに朝までぐっすりです!」

 東京から新しい町に引っ越ししてきたばかりの私は、慣れない環境に緊張したのか、不整脈や小さい発作を繰り返していたため、大事をとって入院することにした。


 私は、生まれつき心臓が弱い。

 なので、物心つく前から入退院の繰り返し。


 親はそんな私のことを考えて、引っ越し先は、大きな病院がある町を選んでくれた。


 慣れた病院と違うことにも最初は緊張したけれど、入院患者がたくさんいて慌ただしすぎる東京の病院より、こっちの方が、看護師さんが丁寧に接してくれるので、すぐに気に入った。


 *


 検温が終わると、看護師さんは「朝ごはん、もうちょっと待っててね」と言って、病室を出ていった。


 私は引き出しから、鏡とヘアブラシを取り出して、自分の身なりを整え始めた。


 病院で過ごす時だって、グシャグシャの頭でいるのは嫌。

 私だって女の子だもんね。


 しかも、この春から私は中学生になる。

 残念ながら、明日の入学式には出られなさそうだけど、学校に行ったら楽しい学校生活を満喫したい。


 長い髪を梳き終えたら、いつもつけてるヘアピンを四つ取り出す。

 何の変哲も無い茶色のアメピンを、私はいつも交差させてつける。

 そして、つけるのはいつも左側。

 決めているのはジンクスとかでは無い。

 妹とお揃いにするためだ。


 *


 朝ごはんを持ってきてくれた看護師さんは、私を見て「あら」と言って笑った。


「亜梨明ちゃん、今日も髪型ばっちりね!」

「えへへ〜、これをつけてると妹とお揃いになるんです!」

「妹さんがいるの?」

「はい!双子の妹で、顔もおんなじなんですよ!」

「へぇ〜!亜梨明ちゃんは双子なんだ!」

「あ、でも顔は同じでも性格は似てないんですよ。しっかりしてて、すぐ怒るけど、でも時々甘えん坊で〜――」

 看護師さんは、私の話を楽しそうに聞いてくれた。


 双子の妹の奏音は、私と違って健康体で生まれてきた。

 奏音は私と同じ顔なのに、違う所ばかりだ。


 友達と同じように遊べる奏音が羨ましかった。

 好きなものを好きなだけ食べたり飲んだりして、やりたいことを、何の心配もなくできる奏音が羨ましかった。


 でも、それと同時に、私は両親の愛を奏音より多く奪ってきた。


 幼い頃は特に、私は奏音が甘えたい時に、母を独り占めしてきた。

 それが原因で、奏音とよくケンカしてたっけ。


 私は一度しまった鏡を、もう一度取り出した。

 反対になって映る、鏡の中の私のヘアピンは、妹がいつもつけている位置にある。


 鏡を見ている間は、離れていても奏音に会える。


 そんな気分になれる。

 これは、私と妹にとって特別な行いだった。


 *


 ――小学校に入学したばかりの頃は、私にも奏音にもたくさん友達ができた。

 でも、それは周りの子達が、私の病気をよく理解していなかったから。


 担任の先生は、私に何かあって、問題が起こるのを恐れたのだろう。

 教室で遊ぶ時には何も言わなかったが、クラスメイトが外での遊びに誘うと、「亜梨明さんは外で遊べないよ」と引き止めた。


 親にも、走り回るような遊びはしないように注意されていたけど、その頃の私はクラスメイト同様に、まだ自分のことをよくわかっていなかったので、こっそりついて行って遊びに混ざろうとしていた。


 奏音は、母に私を気にかけるように言われていたため、そんな私を止めて、ひとりぼっちにならない様、友達と遊ぶのを我慢して一緒にいてくれた。


 私が教室で過ごす子と遊ぶ日は、奏音も外で遊べる子と混ざって、鬼ごっこや縄跳びなどを楽しんでいたらしい。


 *


 一年生の二学期、十一月の終わり頃。

 担任の先生が、なるべく外で元気に遊ぶように推奨していたせいもあって、教室に残るクラスメイトが減ってしまっていた。


 ある日、奏音が友達と何か話している姿を見た私は、そのグループに混ざろうとした。

 私が近付いた途端、奏音以外のグループの子達は、迷惑そうな顔をして私を見た。


「奏音ちゃん、私達先に行ってるからね」

 リーダー格の女の子が奏音に言った。


「何話してたの?」

 私が聞くと、奏音は少し元気の無い声で「みんなで遊ぼうって話してたんだ」と言った。


「私も遊ぶ!」

「今日は鬼ごっこなんだって……たくさん走るから、亜梨明には無理だよ……」

 

 私はこの前から薄々気付いていた、クラスメイトが扱いづらい私と一緒にいるのが嫌なこと。

 クラスメイトが遊びたいのは奏音だけだということ。

 奏音が、私が一人にならない様、周りにお願いして、私の体に負担が少ない遊びを頼み、その度に気持ちが疲れていたこと。


 なのに私は、奏音なら私のそばに絶対いてくれるなんて、甘い考えを持っていた。


「――じゃあ、図書室に一緒に行こう!私ね、この間気になる本見つけちゃった!奏音もついてきて!」

 ついてきてくれるのが当たり前なんて思っていた私は、奏音の手を引っ張りながらそう言った。


「やだ……行かない」

 奏音は動かなかった。

 断られるなんて予想していなかった私は、「えっ?」と振り返った。


「なんで……なんで私はあんたと一緒にいなきゃいけないの……なんであんたは他の子と違うの……双子だからって、なんで学校でまで一緒にいなきゃいけないの……⁉︎」

 奏音は、震える唇をゆっくり動かしながら、我慢していた思いを吐露し始めた。


「私だって友達と遊びたい!図書室なんて行かない!行くなら一人で行って!」


 奏音はそう言うと、先に運動場に向かった友達を、走って追いかけた。

 私はショックで何も言えないまま、その場から動けなかった。


 *


 奏音は私が嫌いだったのかと思った。

 不安になったら高い熱が出た。

 いつもなら、私の具合が悪いと心配して声をかけてくれる奏音が、何も言わない。


 ――あぁ、やっぱり嫌いだったんだ。

 

 布団の中でそう思いながら、私は枕を濡らした。


 *


 熱が下がって二日ぶりに学校に登校する。


 寒がりな私は、冷えのせいなのか、それとも学校に行っても、もう誰もそばにいてくれないことに怖くなったのか――手足が凍るように冷たくて、心臓の動きもぎこちなくて、とても怠かった。


 友達と遊ぶ奏音は、イキイキとした表情になっていて、私といるより楽しいというのが強く伝わった。


 胸の苦しさや怠さはどんどん増してきて、下校する頃には、歩くだけでも息が切れた。

 嫌われてても、頼れるのは奏音だけだと思い、私は友達と話をする奏音の元へと近寄った。


 奏音は、私に何かあった時のために、母親に子供用の携帯電話を持たされていた。

 登下校中に私の具合が悪くなったら、これですぐに迎えに来てもらえるようにするためだ。


 奏音は、真っ青な顔をした私が、何を言いたいのか察したのだろう。

 私が「奏音……あのね」と話しかけると、奏音はランドセルから携帯電話を取り出し、私に差し出した。


「私、今日友達の家にこのまま遊びに行くから。これは今度からあんたが持って、自分で電話して」

「…………」

 私は携帯電話を受け取って「わかった……」と言った。


「奏音ちゃん、早くおいでよ!」

「うん!今行くー!」


 ――行かないで。


 言いたい言葉が、涙に詰まって出なかった。


 奏音の背中を見ていると、一瞬彼女はこちらを振り向いたが、すぐに教室を出ていってしまった。


 *


 私は校門の前で、泣きながら母親に電話をかけた。

 母親は用事の途中だったらしいが、すぐに車で迎えに行くと言ってくれた。

 

 ――でも、母親は来なかった。


 後から聞いた話だと、道路が混雑していて、なかなか学校に到着できなかったらしい。


 一人で待っている間に悪化していく痛み、苦しさ、心細さ。


「奏音っ……」

 座り込んで、一番最初に呼んだ名前は奏音だった。


「奏音……っ、なんでいてくれないの……っ」

 私はまた、そばにいてくれることを当たり前だと思っていた。

 生まれる前から一緒にいても、生まれてからは離れることも多かったのに……。


 それでも私は、『私達双子は他の兄弟姉妹とは違う』、『他の子達よりも特別』だと思い込んでいた。


 奏音だって同じように考えてくれていると思ってたけど、彼女は『自分は自分』という考えを持っていた。


 そのことが、発作の苦しさよりも辛くて、涙が止められないでいると、用務員のおじさんが私に気付いて、保健室へと連れて行ってくれた。


 *


 救急車で運ばれた後、私はしばらく入院することになった。

 どうやらかなり心臓の動きが弱っていたようで、体の怠さが何日経っても抜けなかった。


 入院したことで、奏音にしばらく会えなくなった。


 小児病棟は、患者以外の子供の出入りを禁じていて、親以外は入れない。

 母親は、毎日ではなかったが、私の看病のために病院に泊まって、一緒にいてくれた。


 私は、また奏音に嫌われる原因を作ると思ったけど、私も子供なので、親に甘えられることは嬉しかったし、ちょっとだけ奏音に怒ってる気持ちもあったので、まぁいいかって、開き直ることにした。


 *


 容体が安定し始めると、主治医の先生が一時帰宅を許してくれた。

 私は、久しぶりに会う奏音になんと言えばいいのか考えながら、父親に抱っこされて家に入った。


 奏音はドアが開くと、玄関まで走ってきて私を出迎えた。


「ただいま……」

 私がそう言うと、奏音は突然、顔をグシャッと歪ませて泣き始めた。


 私は、奏音が怒るか、それとも口を聞いてくれないのではと思っていたので、泣くのは予想外で驚いた。


 父親が私をソファーに座らせると、奏音は私を抱きしめて謝り始めた。


「亜梨明、ごめんねっ!ごめん……っ!」

 母親は、「奏音ね、ずっと亜梨明に謝りたかったんだって。許してあげてね」と言った。


「置いていってごめんね……!酷いこと言ってごめん……っ」

「……いいよ」

 私はそう言って、奏音を抱きしめ返した。

 そして、嫌われていなかったことに安心したら、なんだか私まで泣けてしまった。


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