芦屋家の処遇
率直なところ、葉風の霊気集積が有効で良かったとホッとしている。
俺が苦手な殺生石に対しての対抗手段として考えた術だが、芦屋栄の力を削ぐことになり短時間で決着をつけられた。
あいつは持久戦に持ち込みたかっただろう。
無限に回復する霊気を利用して優位に戦いを進めたかっただろう。
仙狐の風香、天狐の葉風だけでも霊力の差は大きいと判っていたはずだ。
そこに俺が加わるのだから、力押しは不可能なのは明らかだ。
しかし、俺達が体内の霊気や精神力で戦う以上、いずれ必ず疲労する。外部から霊気を取り込み続けられる。その優位な一点を最大限に活用したかったし、そこにしか勝機はなかった。
結果は、俺達が一方的に勝利した形だが、栄の目論見通りに進んだらかなり苦戦していただろう。霊峰富士山がそばに控える樹海では、本来、栄の能力は最大限に発揮できたはずだからな。
あいつの思惑通りの展開されていたら負けないにしても苦労しただろう。そうならなくて良かった。
殺生石を全て回収して神渡ビルへ戻った俺達は、屋上の神社前にそれらを置いて玖音へ報告へ行く。
自動拳銃を撃ちまくった風香はストレスの解消ができたようだ。何発かは栄に当てていたしな。
桜井が誘拐されてから、いつもどこかしらに暗い空気があった。それが綺麗さっぱりと消えている。
まぁ、桜井とのこれからの接し方には迷っているだろう。でも、屋上で夕日を浴びた黒髪をなびかせる風香にはそのような気配は見えない。玖音への報告へ向かう表情もサバサバしている。足取りも昨日より軽そうに見えるのは俺の気のせいとは言い切れない。そんな気がする。
あとは気持ちの整理がつくまで……時間が解決する話なのかもしれないな。
葉風とともに俺も見守っていよう。助けが必要なら何でもやるし……。
「お疲れ様」
並んで歩く葉風に声をかけて肩を抱く。
「ええ、総司もお疲れ様」
俺の肩に頭を乗せるようにもたれかかる。ブラウンの髪がふわりと揺れて首筋をくすぐった。
俺達の中で葉風が一番疲れているはず。膨大な量の霊気を集積圧縮しシールドとして展開するには、かなりの霊力を必要とする。戦いの間、その状態を維持しなくてはならないのだから、いくら天狐だと言っても少し疲れているように見えるのは当然だ。
だけど、一区切りつけられた安心感も同時に感じる。俺と風香も安心している。
まだ芦屋隆造についても何かあるだろう。でも今だけは忘れて、穏やかな時間を過ごしたい。
そんな気持ちを込めて、俺は肩を抱いた手に力を入れる。
「甘い物食べたい」
「そうだな、店が閉まる前に買いに行くか」
肩から腰へ手を移し、柔らかな温かさを感じながら階下へ向かった。
・・・・・
・・・
・
玖音の部屋へ行くと、いつもの和室ではなく、ゆったりと座れる黒いソファがくの字型に置かれたリビングに居た。ニセウを抱いて荼枳尼と何やら相談しているようだった。
それにしても荼枳尼もこのビルの住人としてずいぶん馴染んだものだ。男癖が悪いのと、同じ稲荷神の
もしかすると、朝凪のおかげかもしれない。
荼枳尼の下僕にさせられた朝凪には申し訳ないと気が引けている。なのに、あいつときたら下僕の状況を喜び楽しんでいる。朝凪の立場に俺が……と考えると、毎日苦痛で仕方ないだろう。
Mってすげぇな……、適材適所だったんだろうな。
そんなことを考えて、玖音等の前に並べられた一人用ソファに座る俺達はそれぞれ座る。
「ご苦労様。準備していたことがうまくはまったようね」
俺達の顔を見て玖音は微笑んだ。
どうやら戦いの様子は既に知っている様子。樹木の精霊からニセウへ随時報告があったんだろう。
もしかすると状況次第では玖音自身も戦いに加わるつもりだったのかもしれない。
「はい。葉風のおかげで随分楽に終われました」
俺の報告を聞くと満足げにコクリと頷き、葉風と風香に優しい視線を送っている。
「風香はちょっと殺気を出し過ぎです。気持ちは判るけれど戦いの場では冷静にね? それでもよく役割を果たしてくれました。少しは気が晴れた?」
「はい。お姉様」
ちょっと照れくさそうな態度の風香に玖音と荼枳尼が笑みを向けた。
「それで玖音様……」
俺は芦屋栄の最後に感じたことを伝える。
殺生石となった以上、浄化されるのは当然だ。
では浄化された栄の魂はどうなるのか?
自身を消滅させたいと願っていたのだから魂も。
「それはできません。この世の
「そうですか」
まぁ仕方ないな。
人間もあやかしも等しくこの世の理に縛られている。不老不死と言われる存在であっても、何かしらの理由で魂を失えばやはり神々が決めた理に沿って裁かれる。
「栄達の殺生石は明日浄化します」
「明日ですか?」
いつもなら回収したその日のうちに浄化する。
だから意外そうに葉風が訊いた気持ちは判る。
「ええ、あなた達の戦いが終わったのを確認した後、風凪に芦屋隆造のもとへ飛んでもらいました。今夜遅く戻ってくるでしょうから明日にします。浄化の儀式に参加し、殺生石となったあやかしの事情を風凪にも自分の目で確認して欲しいのです」
「うちの坊やも同行しているしね」
荼枳尼が切れ長の目を更に細め、ニヤリと笑う。
朝凪も一緒?
「朝凪にもいろいろと経験して欲しいですからね。荼枳尼様のもとで霊力も増し、地狐として多少は成長しているようです」
冷静な風凪と一緒なら問題はないだろう。それに風香に対してと違い、朝凪は風凪には素直に従う。
そう考えれば、何も問題はないなと俺は玖音に頷いた。
「風凪はどのような用件で芦屋隆造のもとへ?」
葉風が訊くと、玖音には珍しく悪い顔をして荼枳尼と視線をかわした。
「芦屋栄の件は、芦屋隆造の失態です。本来は、我らの手を煩わせることなく隆造が収めるべきことでした。しかし、収めなかったか、収められなかった。その点をうやむやにしないように、きっちりと念押しにいったのですよ」
「貸しを作りにいったと?」
「そうです。それに、本人が望まないのに、また別の緊急的な理由もないのに人間をあやかしに変えた。このこと自体が高天原にとって問題なのです」
玖音は問題について説明を始める。
神に至る道は、人間にもあやかしにも開かれている。
人間やあやかしが一足飛びに神になるには、荼枳尼が大黒天によって為されたように神が関わる必要がある。
神が関わらないならば、人間は霊体化された存在を通過しなくてはならない。あやかしや仙人の状態を通過しつつ徳を積む必要がある。
人間があやかしに変わるケースの多くは、現世への強い心残りが原因だ。そして心残りの多くは、何かへの強い怨恨である。怨恨以外の心残りを持った人間の多くは幽体化しても、実体化する力を持つ霊体化はしない。
怨恨が理由で変化したあやかしは、だいたい人間へ害を為す。結果として神へ至る道は狭くなる。
魂が昇華し神へ至るにはいろんな道がある。だが、人間が人間をあやかしに強制的に変えた例は過去にない。
何かの行為の結果あやかしになった例はあっても、本人の意思を無視して、あやかしに変えることを目的とした行為での例はない。
今のところ、あやかしや仙人を神の域に高める手段はない。しかし人間をあやかしに変えられるのであれば、理屈の上では、人間やあやかしを神の域まで至らせられる可能性がある。
神にも邪神はいるが、これまでのところ、邪神は制御されている。数が少ないためだ。
しかし、人為的に邪神を生み出せるようになれば、それは見過ごすことのできない大きな問題だ。
『このような種族転換の術が開発されていけば、神々の理を人間が破る可能性が出る』
荼枳尼はこの懸念を高天原に伝えた。
人間が発展していくために、様々な研鑽を積んで新たな技術を手に入れていくのは神々は推奨している。
しかし、それはあくまでもこの世の理の範疇でならという条件がつく。
荼枳尼の懸念はこの条件からはみ出す可能性があり、現世には基本的に不介入の高天原の神々の間でも、芦屋隆造が行った禁呪は放置しておけないという意見が多数になった。
そこで高天原としては手を出さないけれど、荼枳尼と玖音を通じて芦屋家を縛ることになった。
芦屋家は荼枳尼の監視下に置かれる。
玖音に協力し、国内のあやかしが人間とぶつからないように生活する手伝いをする。
人間を害するあやかしの退治や捕獲に協力する。
あやかしを己の欲のために使う人間を牽制し、場合によっては制裁する。
以上の四点を核とした条件を呑むならば、芦屋家は今後も存続を許される。
もし呑まないならば、高天原公認のうえ芦屋家討伐を神渡ビルに荼枳尼が命令する。
「フフフ、芦屋家などどうとでもなる。でも、我らの事情を知る人間の協力者は欲しいですしね」
目の前に居るのが、いつも冷静で大人な態度を崩さない玖音とは信じられない。
荼枳尼よりも悪い顔で、今にも舌なめずりしそうな雰囲気だ。
協力者とは言ったが、下僕と聞こえる。
やはり風香の姉だな。あやかしでも血は争えないということかな。ということは葉風にもこの気性が……。
葉風の綺麗な横顔をチラと見て、用心だけはしておこうと思った。
「で、風凪が追い込みをかけに行ったと……」
「借金取りじゃないんですから、その表現は避けてください。でも意図はその通りです」
「芦屋家を鎖に繋ぐだけじゃないですよね?」
玖音は悪い顔からいつもの澄ました顔に変わる。
「ええ、生活圏を失い神渡ビルを頼るあやかしは増えています。でも、受け入れられる数には限界がある。ですので、山に住むあやかしには農業系の生産を、水辺に住むあやかしには水産系の生産を行って貰おうと考えています。その際、どうしても人間社会と接点が生じます。土地利用の名義取得に始まり、流通の段階などでですね」
「なるほど、芦屋家には橋渡し役を務めさせると」
「神渡ビルの代理人といった形ですね」
ま、芦屋家にとっては雑事が増えるのは確か。でも、陰陽師本来の仕事の部分も多いのだし、その面できっちり働けば家名もあがるだろう。悪いことばかりじゃない。
玖音の機嫌が良くなるばかりじゃなく、あやかし退治に力を注ぐ機会が減り俺もトレーナーの仕事に今よりは集中できる。
やっと日常に戻れるってわけだ。
「判りました。では明日の殺生石浄化の際にまた」
報告も終えたし、芦屋家の処分も聞いた。
俺達は、一礼して立ち各々の仕事に戻った。
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